英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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強くなるために①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルにとって修行というのは、杖で殴られるか地面を転がっているか、その二択だった。所謂剣術とかそういうものの教えを本格的に受けたことは今までない。

 

 その原因の一つは指導を受け持っていたリヴェリアとレフィーヤにある。彼女らは後衛の魔法使いであり、武術とは縁遠いポジションにいる。やんごとない立場であったリヴェリアは一応、武術の類を学んだことはあったがあくまで護身術の域を出ていない。

 

 それに、地上において連綿と続く『武術』というのは、あくまで子供たちがお互いに戦うことを想定し、受け継がれてきたものだ。ダンジョンで怪物と戦うには役に立たないという意見も冒険者の間でも根強いが、リヴェリアはその類ではない。

 

 使う使わないの選択を迫られるならばまだしも、できないのでは話にならない。学べるものは可能な限り習得するのが、リヴェリアの教育方針である。剣術もいずれは信頼のできる師匠を見つけて指導させるつもりだったのが、ベルがあまりに早くランクアップしてしまったせいで、伸ばし伸ばしになっていたのだ。

 

 それを今から、リュー・リオンは教えようとしている。リュー本人にそれについて思うところはなかったが、外部の人間に指導を持っていかれたことは、後にロキ・ファミリアのとある人々の間で決して小さくはない遺恨になるのだが、今はまだ別の話である。

 

 冒険者としてではなく、指導者としての観点である。武器を持ったベルの立ち姿を一目見て、リューは彼が武術の経験者から一度も指導を受けたことがないのだな、と察した。

 

 同時にレベル2になるまでこの状態で放置していたことに若干の怒りも湧くが、ベルの環境に思い至る。どれほどの見識を持っていたとしても、二か月かからずにレベル2になるなど予想することはできないだろう。二か月という時間だけを見れば、まだまだ駆け出しも良いところである。

 

 腕を磨いてから冒険者になるケースの方が多いが、ファミリアに入ってから腕を磨くというベルのようなケースもなくはない。

 

 そしてそういった場合、まともなファミリアならばその修練に慎重を期する。ダンジョンに連れていくにしても監督役を連れて浅層で経験を積ませ、ホームで基礎的な修練をさせるのだ。ベルに素振りをさせながら近況を語らせた結果、今の彼がその段階にあることは理解できた。リヴェリアに、ベルが大切にされているのが良く解るが、安全ではあっても決して平坦な道ではない。駆け出しに課す修練としては、かなりキツい部類に入るだろう。

 

(まぁ、私の修行についても、彼女たちの想定を遥かに超えるのでしょうが……)

 

 大汗をかきながら地面で荒い呼吸をしているベルを見下ろす。小太刀の素振り、順手の振り下ろし左右100回。回数としては軽いものだが、教えた通りに振れなければカウントを0に戻すルールである。無論、速度が足りなくても最初からだ。これがやってみるとかなりキツい。

 

 ベルは決して体力のない方ではない。田舎育ちで細いなりに身体は鍛えられていたし、オラリオに来てからはリヴェリアの課題を日々片づけるために武装をしてダンジョンを走り回っている。見た目程ひ弱ではないベルの体力を、リューの課した条件での素振りは根こそぎ奪っていた。

 

 美人さんのエルフなのに、この人ドSだ……と内心で戦慄しながら、呼吸を整え終えたベルは立ち上がった。その眼は既に、次の指示を待っている。明らかに疲れた様子なのに、弱音を吐くこともなければ態度にも表情にも出さない。よくよく躾けられている。リューは素直に感嘆の溜息を漏らした。

 

 これが生来のものでなく、リヴェリア達の調教の成果だとすれば素晴らしいの一言に尽きる。普通は過酷な状況を押し付けられれば多少なりとも視線や態度に反抗心が見えるものだが、ベルにはそれらが一切なかった。調教の成果でないというのなら、よほどの善人か被虐趣味のどちらか……あるいはその両方ということになる。指導する者としては、実に鍛え甲斐のある素材だった。

 

「それでは『戦争遊戯』を前提にした訓練を始めましょう。ロキ・ファミリアの代表として貴方は戦う訳ですが、その際、神ロキの眷属の助けを期待することはできません。私と椿・コルブランドは頭数として数えてもらって構いませんが、それでも、貴方個人の戦闘力を上げることは最低条件と言えるでしょう」

 

 ベルもリューも、この時点で敵の正確な数を把握していた訳ではない。関わり合いのないファミリアの情報などよほどの情報通でもなければ知っているはずもなかったが、リューは冒険者としての経験と複数のファミリアを同時に相手をしたとある経験から、アポロン・ファミリアのおおよその人数に当たりをつけた。

 

 冒険者の情報は全てギルドに保管されている。所属冒険者のレベルは公開情報であるから、コネがなくても時間さえあれば、構成員の人数とレベル分布くらいは調べられるはずだが、リューにもベルにもその時間はない。現状はとりあえず、レベル2の『白兎』が一人では、決して相手にできないくらい沢山という認識で問題ないはずだ。

 

 ではレベル4の『疾風』ならば簡単に行くかと言えば、そういう話でもない。一対一の戦いに於いて、レベル差というのは無視できない力量差を生み出すが、単体対複数であれば、数の差でそれを覆すことも不可能ではない。

 

 伝え聞いた情報では、アポロン・ファミリアで最もレベルが高いのは、団長のヒュアキントス・クリオのレベル3であり、これは彼単独のもの。残りは全てレベル2以下である。

 

 全て一対一で戦うのであれば、例え百人、二百人連続で相手をしても遅れを取ることはないだろうが、その全てが一斉にかかってくるとなると話は変わってくる。『戦争遊戯』の内容はまだ決まっていないが、ここまで有利なカードを組んだのだ。競技内容だけ平等公平になるとは考えにくい。

 

 数の有利を活かした上で準備万端となれば、如何にリューでも多数を相手にするのは難しい。ベル一人では何をか況やである。

 

「私も、そしておそらく椿・コルブランドも、早々他の冒険者に遅れを取るつもりはありませんが、私も彼女の手も二本しかありません。これはアポロン・ファミリアが売り、貴方が――ひいてはロキ・ファミリアが買った喧嘩です。最終的に勝者が我々となっても、その時立っているのが私や椿・コルブランドだけなのでは意味がありません。ルールの上では勝利となっても、その時に貴方も立っていなければ、観客は貴方の勝利と思わないでしょう」

 

 これはファミリアの名誉を賭けた戦いであると同時に、興行でもある。勝敗は広く賭けの対象とされ、オラリオ中の視線がここに集まる。『戦争遊戯』を開くに至った理由は多くの者が知るところだろうが、衆目に晒される以上、本来の『戦争遊戯』のルールとは関わりないところで、勝利の形には注文が付けられる。大衆とはそういうもので、そして数とは力だ。

 

 戦いが終わった時、ベル・クラネルは武器を手に立っていなければならない。そうでなければ『助っ人に頼って勝ちを拾った』と、心無い後ろ指を差されることになるだろう。ここまで不利なカードを強制しておいてとリューでも思うが、冒険者にとって評判というのは無視できるものではない。

 

 名誉でモンスターを打ち破ることはできないが、自尊心を満たすことができる。自己満足の範囲を出ないとしても、気の持ちようが全てのコンディションに影響することは、冒険者として生き抜いてきたものならば良く知っている。後ろ指を差されるというのは辛いものだ。ベルのような純粋な人間ならば猶更である。

 

「つまるところ、私と彼女の両方ともが手を離せない時、貴方は最低限、自分の身を守れるようになる必要があります。ダンジョンでモンスターと戦う修練をオラリオに来てから積んだと思いますが、これからやるのは多人数の冒険者を相手に生き残り、そして勝つための修練です」

 

 レベル2の冒険者、しかも冒険者になってまだ二か月という駆け出しに求めるには酷なハードルであるが、『神会』によって決が採られた『戦争遊戯』を回避することは難しい。やるかではない。できるかでもない。ベル・クラネルは己と主神と仲間の名誉のために、絶対にアポロン・ファミリアに勝たなければならないのだ。

 

「そのために必要なのは、体力と精神力です。何があっても足を止めないように。そしてどれだけ打ちのめされても立ち上がるように。まずは色々な武器と戦ってみましょうか。手始めに素手です」

 

 幸い、エルフにも関わらず前衛職の魔法剣士であるリューは、一通りの武器の心得がある。専門は小太刀と木刀であるが、それ以外も――あくまでそれなりという程度ではあるが、使うことができる。仮想敵としては十分に機能するだろう。アポロン・ファミリアが全員レベル3以下で良かったと、リューは内心で安堵していた。

 

 剣帯を外し、木刀と小太刀を地面に落とす。マントを羽織ったまま構えた拳は、専門ではないはずなのに様になっている。対してベルは借り物の小太刀を持ったまま、棒立ちである。武器を持った男と、無手の女性。状況だけを見れば男が一方的に悪者にされてもおかしくない。

 

 修行である。理解してはいるのだが、女性に対して武器を向けることに、ベルは抵抗を憶えていた。何を今さらと笑われるかもしれないが、これもベルの人間性である。自分が女性であるせいで、武器を向けることを躊躇っている。リューもベルの内心をそう理解していた。女性としては決して悪い気分ではない。むしろ、男性としてのベルの配慮はリューにとって非常に心地よいものだったが、今求められているのは男性としての優しさではなく強さである。

 

 心中に浮かんだ温かな気持ちを押し殺して、リューは言った。

 

「アポロン・ファミリアにも女性はいますよ? 敵対する全ての女性冒険者に、刃を向けることを躊躇するつもりですか?」

 

 リューの指摘に、ベルはすぐに意識を切り替えて小太刀を構えた。女性に手を挙げるのは趣味ではないが、この際その主義は引っ込める。相手は2レベルも上の冒険者である。一応、修練という名目だ。修練の目的はお互いを高め合うことで、殺すことではない。ポーションも十分に用意されている。死なないための予防線は色々と張ってあるが、例え万全の備えをしていても人間死ぬ時は死ぬものだ。

 

 修練だから安全だ、という気持ちも捨てる。目の前にいるのは倒すべき敵だ。そう認識して小太刀を構えたベルの姿は、アスフィと一緒にやってきた時よりも様になっていた。リューの顔に、ベルでも気づかないような薄い笑みが浮かぶ。

 

 大きく息を吐きだしたベルは、一気に踏み込む。フェイントも何もない。最短距離で、右手に持った小太刀を突きだした。リューの胴体を狙った一撃は、当たる寸前で避けられた。紙一重の距離。完全に見切られている。2レベルの力量差をベルが実感するよりも早く、リューは動いた。

 

 マントを翻したリューは避けた勢いのまま身体を反転させ、裏拳でベルの後頭部を狙った。直撃すれば昏倒するのは必至であるが、リューが消えた瞬間、ベルは身体を前方に投げ出していた。根拠があった訳ではない。足を止めるなというリューの教えもあるが、捕捉していた相手が視界から消えた時、その場に留まっていると危ないという経験則から、勝手に身体が動いたのだ。

 

 レベル差がある相手と戦うのは初めてのことではない。普段からレフィーヤを相手にしているし、たまにリヴェリアも相手になってくれる。前衛であるリューの動きは、後衛である二人とは明らかに違う洗練された動きだったが、とりあえず動くことはできた。

 

 起き上がり、身構える。これなら反応くらいはできなくもない――そう思ったベルの真正面で、リューの姿がかき消える。

 

 そして次の瞬間には、ベルの顔面にリューの拳が叩き込まれていた。視線は一瞬も逸らしていない。真正面に立っていたリューは、その場で踏み、拳を突き出した。何も特別なことはしていないのに、その動作はベルの想定の遥か上を行っていた。

 

「足を止めるなと言ったはずですよ」

 

 鼻を押さえて立ち上がろうとしたベルが見たのは、リューの靴底である。身体を倒し、地面を転がると後を追うようにリューが踏みつけて来る。背骨ごと粉砕しかねない勢いである。間近に迫る白く綺麗な生足に見とれる暇もない。飛び上がると、また正面から拳が来る。今度は辛うじて見えた。腕を交差して受ける。骨が軋みをあげるが、来ると解っていれば耐えられない程ではない。

 

 これならば、と足を動かそうとした矢先、容赦のない前蹴りが腹部に叩き込まれる。ビキ、という耳障りな音と呼吸が止まる程の激痛。身体の芯に響くような痛みに、ベルはその場に倒れ込んだ。動けない。身体に力が入らない。げほげほとせき込むベルに、リューはこれ見よがしに溜息を吐く。

 

「攻撃はできる限り避けること。どうしても受ける時には、その心構えをしておくことです。拳を受けて気が緩みましたね? 常在戦場。せめて鞘から武器を抜いている時は、気を抜かないように」

 

 返事をしたいが声も出せない。呻きっぱなしのベルに、リューはすたすたと小屋まで歩くとバケツを抱えて戻り、その中身をぶちまけた。頭から被った液体は、純度の高いハイポーションである。バケツ一杯。決して安くはない金額だが、今回ロキ・ファミリアは金に糸目はつけないという。最大手のファミリアは、金でベルの時間を買ったのだ。

 

 ポーションの効果で無理やり癒されたベルは即座に跳ね起き、小太刀を構えた。リューに対してやる気のあるところを見せようと思った訳ではない。構えた状態でリューを視界に入れておかないと、痛い思いをするだけで修行にならないと身体で思い知ったからである。

 

 結構、と小さく漏らしたリューはマントを翻し、踏み込んだ。閑静なオラリオ郊外。響くのは、ベルの悲鳴だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、リューが一区切りついたと納得するまでの間に、拳で鼻にヒビを入れられること三回、前蹴りでアバラ骨にヒビを入れられること四回、ローキックで足の骨にヒビを入れられること二回と、リューの言葉を借りるなら全くもって大したことのないとても軽い怪我をベルは負った。その度にバケツポーションで無理やり癒され、立ち上がらされ、またヒビをいれられる。三回を超えたあたりから、もはや骨にヒビくらいではどうとも思わないようになってしまった。

 

 冒険者の身体というのは神の『恩恵』の効果で普通の人間よりも遥かに頑丈になっている。骨にヒビが入るというのは一般人であればそこそこ大事ではあるのだが、死ににくい冒険者にとってはまだまだ軽い怪我の範疇であるらしい。それでも痛いものは痛いのだが、痛みくらいならば気合で何とかなるというのはリューの弁だ。

 

「私は全身に刃傷を負い大量の血を失ったまま、左足と左腕が折れている状況で十人を超える追手を巻いたことがあります。骨のヒビくらい、怪我の内に入りませんよ」

「はぁ……」

「ですが、見込みはあると思います。思っていたよりも筋が良いですね」

「本当ですかっ?」

「はい。鼻もアバラも足も折るつもりでやりました。それがヒビだけで済んだのですから、クラネルさんはとても頑丈です」

 

 私が保証します、と誇らしげな顔をするリューに、ベルが返したのは苦笑である。頑丈、というのは英雄志望の少年の心には、あまり響かない褒め言葉だった。

 

「さて。区切りもついたことですし、一度食事にしますか」

 

 食事、という単語に、ベルの背筋に冷たい物が流れた。

 

 以前、リューにお手製の弁当を貰ったことを思い出したのだ。その味について品評するのはリューの名誉のためにも遠慮しておくが、控え目に言っても酷い味だった。約二週間後に大事な戦を控えた時期である。栄養をつけ英気を養うはずの食事で体調を崩すようなことはできれば止めておきたいのだが、修行を見てもらっている手前強く出ることもできない。

 

 元より、女が出したものはそれがどれだけふざけたものであったとしても、笑顔で平らげ美味いと言うのが男の仕事であると、祖父も言っていた。リュー本人にそのつもりはないのかもしれないが、これも男の修行、英雄の第一歩であると自分に言い聞かせる。

 

 ベルの全身に漂う悲壮感を知ってか知らずか、自分の荷物をごそごそとやったリューは、食材を持って戻ってきた。心なしか、むっとしているようにも見える。

 

「お前の料理は凶器だと同僚に言われてしまったので、当面は保存食で何とかします。干し肉は火で炙っていただきましょう」

 

 むっとしている理由が理解できた。料理下手を理解していたとしても、それを他人に言われるのはやはりリューでも傷つくのだろう。男の仕事をしなくても良くなったことに胸をなで下ろすベルだったが、食べられないとなるとそれはそれで残念な気がしないでもない。女性の手料理というのは、それだけで男にとっては魅力的なものなのだ。

 

 とは言え、今は体力勝負の時である。余計な体力消耗が避けられたと無理矢理良い方向に考えることにしたベルは、リューの手に見慣れない物を見つけた。

 

「そっちの紐はなんですか?」

「これは濃い目の調味料で野菜を煮た物を乾燥させ、縄のように編み込んだものだそうです。湯で戻すとスープになるとか……」

「食べたことはないんですか?」

「こちらに来る前に持たされたものなので、私も初めて見ます。当然食べたこともありません。ですがミア母さんのお墨付きですから、不味いということはないでしょう」

 

 手早く火を起こして、鍋を火にかける。水は小屋の裏手にある井戸から汲んできたものだ。小屋の中に甕があり、そこにいくらか溜めてある。干し肉を串に刺して火の近くに立てかけ、鍋には謎の縄を刻んで放り込む。空中でナイフを行ったり来たりさせただけで、謎の縄は一口サイズに分割された。

 

 手慣れた早業に、ベルからおー、と歓声があがる。この手際でどうしてあの料理ができたのか理解に苦しむが、手際だけで美味しい料理が作れるのならば、ロキ・ファミリアで言えばヒリュテ姉妹も料理上手になっているはずである。ほぼフィーリングで生きているあの二人は、決して下手くそではないが上手いとはお世辞にも言えない、女性として微妙な位置にいる。

 

 対してリヴェリアを始めとしたエルフは、概ね料理が上手である。アマゾネスとエルフの種族の差だとティオナは言い訳していたが、エルフ全てが料理上手な訳ではないということは、目の前の女性が証明している。結局は経験と才能に依るのだろう。リューにも才能がない訳ではないのだろうが、リヴェリアやレフィーヤほどにはきっと料理をした経験がないのだ。

 

 リヴェリアやレフィーヤと同じくらいの経験を積んでも、彼女らがたまに作ってくれる美味しいお菓子を作れるようになるとはどうしても思えなかったが、悪いことではなく良いことを考えようと思う。リューがお菓子を作ってくれたらそれだけで嬉しい。その気持ちに料理の腕は関係ない。

 

 ほどなくして料理ができあがる。材料を刻んで煮たり炙ったりしたのを料理と言えるのならばだが。それでも食べられる物がでてきたのはありがたいことだったし、初めて飲むスープは思いの外美味しかった。普段食べている量と比べると少なく、腹具合で言えば物足りないくらいだったが、どうせ満腹になっても吐きだしておしまいである。そも、食前の運動がアレだったことを考えると、満腹にしておくことがとても恐ろしく感じる。

 

「それでは腹ごなしと行きましょうか」

 

 ベルと同じく焼いた干し肉とスープを綺麗に平らげ、指を拭いたリューは立ち上がった。ベルも慌てて、それに従う。

 

「ではまた素振りから。今度は逆手の振り上げです。左右百回。一度でも形が崩れたら最初からになります」

「あの、参考までにお聞きしたいんですが、その後の訓練の内容は……」

「私との組手です。新たに物を憶えるには二週間というのはいかにも短い。今ある武器をより強化する方が良いでしょう。幸い、我々には『恩恵』の力がある。散々殴られ転がされることも、ステイタスになって戻ってくると思えば、やりがいもあるというものでしょう」

 

 ベルは苦笑を浮かべた。それさえなければただの虐待である。まぁ、相手は美人のエルフ。しかも二人きりだ。冒険者の中には大枚を叩いても是非にという者は腐るほどいるのだろうが、割に合っているかと言われると当事者であるベルをしても、首を捻らざるをえない感触である。

 

 そんな内心は微塵も出さずに、素振りを開始する。最初は振るだけで手からすっぽ抜けた小太刀も、リューとのシゴキを経て少しは手に馴染んできた。少なくとも、ただ振っているだけで取り落とすことはもうないだろう。小太刀について、リューから指導を受けたのは握り方と振り方だけだが、ただそれだけで座りが随分と違う。

 

 先達者から教えを受けると、これほどまでに違うものかと実感する。多くの冒険者が師を持ちたがる訳だと考えながら振っていると、鞘で頭を叩かれた。瞼の裏に星が散る。

 

「最初からです」

 

 リューが呆れた様子で嘆息する。顔立ちの整った女性が、軽く眉根を寄せる様に妙な色気を見たベルだったが、そのために一々鞘で叩かれたら頭の形が変わってしまう。雑念に身を任せるのは、戦に勝ってからだ。

 


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