英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ロキ・ファミリア

 

 

 ベルの一件で先走る眷属が出ることを防ぐため、主神たるロキは主命によって待機を命じた。

 

 団印まで使った最上位のこの命令は、ロキの口頭及び書面にて彼女が『神会』に参加する前に全団員宛に通達されている。その日ダンジョンに出払っていた団員にまで使いが走る程の徹底っぷりだ。

 

 知らない聞いていないでは済まされない。これを破れば最悪除名追放もありうるという、非常に重い命令だ。ベルに対するアポロン・ファミリアの行動にキナ臭いものを感じ取っていた団員たちも、張りだされた命令書を見ていよいよ大事になったと確信を持った。

 

 だが、『神会』である。

 

 神アポロンから仕掛けられた『戦争遊戯』について、集まった神々が今日議論する訳だが、最大手のファミリアの一つであるロキ・ファミリアは、元より『神会』で大きな発言権を持つ。これに匹敵する発言権を持っているのはオラリオにおいてフレイヤ・ファミリアしかない。

 

 この二つのファミリアがいざ戦争となった時、どちらに付くのが正しいのか。神ならぬ身である地上の子供たちにも容易に想像がついた。

 

 いくら神が退屈を嫌うと言っても、勝算のない戦いを挑むとは考えにくい。神アポロンには何か勝算があるのだ。ロキ・ファミリアを相手にしても問題ない程の勝算となれば、答えは自ずと絞られてくる。まさかあのファミリアが……と信じがたくはあったが、中堅のアポロン・ファミリアがロキ・ファミリアと対等以上に戦うとなると、助力している存在はあの女神しか考えられない。

 

 かの女神はどの程度の助力を約束しているのか。どこのファミリアが相手でも負けるつもりのないロキ・ファミリアの面々だったが、それも相手ファミリアが単独であればの話だ。フレイヤ・ファミリアとアポロン・ファミリアが全面的に手を組んだとなれば勝利に危険の信号がともり、ここに更に別の大手ファミリアが手を貸すとなれば敗色が濃厚となる。

 

 そうなればロキ・ファミリアも他のファミリアの手を借りざるを得なくなるが、フレイヤを敵に回してもロキの味方をしてくれそうな神はオラリオ中を見てもイシュタルくらいしかいない。フレイヤを合法的に痛めつけられるというのならば、あの女神は本当に何でもするだろう。ロキ・ファミリアと合同でというならば、文句が出るはずもない。

 

 ロキイシュタル連合を相手にするとなると、フレイヤ・ファミリアから見てアポロン・ファミリアが相方では分が悪い。それに対抗するためには更に援軍を、と戦いの規模が際限なく大きくなっていくのは目に見えていた。オラリオを二分する全面戦争に発展する可能性も否定はできない。そうなると後は消耗戦で、神々もそれは避けたいところだろう。どの辺りを落とし所にするのか。それを探るための『神会』になるのだろうが、子供たちは神の思惑など知る由もない。

 

 一体これからどうなるのか。オラリオの他のどの場所よりも混沌としたロキ・ファミリアの本拠地に『神会』の第一報が届いた。神ロキが戻ってくるよりも早くの先触れは、怒りと興奮が混ざった口調で次のことを口にした。

 

 

 

 ロキ・ファミリア対アポロン・ファミリアの『戦争遊戯』が正式に成立。

 

 ただし、ロキ・ファミリアからの参加者は『白兎』ベル・クラネルのみとし、救援は他のファミリアからのみ認めるものとする。アポロン・ファミリアには何の制限もなし――

 

 

 

 最後まで聞き終わるよりも先に、食堂に轟音が響いた。『大切断』ティオナ・ヒリュテである。腕の一振りでテーブルを粉砕した彼女は、次いで怒りに満ちた雄叫びをあげた。正気を失っている。それを悟った他の団員たちは我先にとティオナの傍を離れた。ベルに対する仕打ちへの義憤も勿論あったが、今は何より身の安全が第一だ。

 

 手当り次第近くにある物を破壊して回っているティオナに、団員たちは近づくこともできない。これで得物のウルガが手にあったらそれこそこの部屋だけでなく塔まるごと破壊されることまで気にしなければならなかったろうが、ウルガは第一報が入った瞬間、ティオナの隣にいたレフィーヤによってひったくられ、今も彼女が腕の中に抱えている。

 

 咄嗟の状況判断は流石にパーティを組んでいるだけのことはあるが、ウルガがなくてもティオナの動きは止まらない。自らの怒りを発散するかの如く手当たり次第に物を破壊していくが、その怒りはいつまで経っても収まる様子がなかった。

 

 誰かが止めなければならない。それはその場にいた冒険者の誰も解っていたが、ティオナ・ヒリュテはレベル5。ロキ・ファミリア全体で見ても10指に入る高レベル冒険者である。人数でこそ勝っているが、この場に居合わせた冒険者で最もレベルが高いのはレベル3のレフィーヤで、後は全員2以下である。頭数ばかり揃っていても勝てるものではない。同等以上の冒険者でなければこの暴走は止められないが、その到着まで放置していると本当に塔が丸ごと破壊されかねない。既に知らせに走ってはいるが、塔が壊れる前に間に合ってくれるかどうか――

 

「ティオナ! やめなさい!」

 

 冒険者たちの真摯な祈りが通じたのか。報せを受けて最初にすっ飛んで来たのは、ティオナの双子の姉、ティオネだった。彼女も第一報は耳に入れて義憤に燃えていた口だが、双子の妹が怒り狂って暴れていると報せを受けてその怒りも吹っ飛んでしまった。自分よりも怒っている人間がいると、怒りは沈静化するという現象の良い見本である。

 

 冒険者たちが尻込みしている怒りの大嵐の中に、ティオネは躊躇なく突っ込んでいく。視界に動く標的を見つけたティオナは、それが双子の姉であるとすら理解しないままに、拳を繰り出した。唸りを挙げて飛んでくる拳。大岩すら粉砕するその一撃は、ティオネの目から見ても雑な攻撃だった。

 

 これが我が妹か、と嘆息しながらティオネはそれを最小限の動きで避けた。紙一重の距離を拳が通過するのを横目に、拳を軽く引く。

 

 そして、一閃。

 

 ティオナの身体が開いた瞬間を狙い澄まして放ったティオネの拳は、一直線にティオナの顎を打ちぬいた。夢に出そうな程の不快な音と共に、顎を打ち上げられたティオナの身体が宙に浮く。打ったティオネ本人だけでなく、戦いを見守っていた冒険者の誰もが、これで終わりだと確信した。それ程の会心の一撃だったのだが、怒りに我を失ったティオナの耐久力は、その場にいた全員の想像を越えていた。

 

 限界を超えた怒りが、ティオナを動かしている。意識を失わず獣のように四本脚で着地したティオナが、全力で床を蹴り、ティオネに突っ込んだ。殴る蹴るなど文明的と言わんばかりの体当たりは、来ると解っていて身構えていたはずのティオネを容易に吹っ飛ばした。

 

 ごきり、というのは肩が外れた音だろう。立ち上がったティオナの右腕には、全く力が入っていない。ついでに拳も砕けている。戦闘を続行できるような状況にはないが、怒りに満ちた目は次に破壊するものを求めていた。一方、吹っ飛ばされたティオネもレベル5の冒険者である。強引に空中で身体を捻ってこれまた四本脚で着地し、ティオナに突っ込んで行く。

 

 ティオナはこれを迎撃するべく、意識を完全にティオネの方に向けたが、それこそがティオネ『たち』の狙いだった。

 

「寝てろ、ド貧乳」

 

 双子のアマゾネスが戦っている間。気配を殺して背後に周っていたベートが、ティオナの首筋に手刀を撃ちこんだ。怒り狂っていても冒険者でも生物的な急所は健在であり、そこを同等の力を持った冒険者に攻撃されれば一溜りもない。

 

 普段であれば、ここまで簡単に背後を取られたりはしなかったのだが、怒りがティオナの判断を鈍らせていた。床に崩れ落ちるティオナの腕を取って支えたベートは、忌々しそうに溜息を吐いた。怪我をさせずに無力化するために仕方なかったとは言え、騙し討ちは彼の流儀ではない。

 

 もはや一秒でもこんな空間にはいたくなかったのだが、その前にするべきことがあった。

 

「手間をかけさせたわね」

 

 やってきたティオネにベートは視線で合図を送る。何を言った訳ではないが、それでティオネはベートの意図を察した。二人でティオナの身体を固定する。『行くぞ』というベートの掛け声で、二人は同時に動き――夢に出そうな耳障りな音と共に、ティオナの肩は元に戻った。

 

 肩が外れたのはベートの責任ではないが、治療の必要な冒険者を治療するのは発見者の義務のようなものである。大衆の前で治療を行っている自分という構図に耐えられなかったベートは、ティオナの肩がきちんと戻ったのを雑に確認すると足早に食堂を去った。その背中を苦笑と共に見送ったティオネは、改めて居並んだ団員たちに問うた。

 

「だれか、ハイポーション持ってない?」

「私がやります!」

 

 ティオネの声に、慌ててレフィーヤが駆けよる。過保護なリヴェリアのお達しで、回復薬は常に携帯するようにしている。生傷こそ絶えないが、大怪我をすることの少ないベル相手にはあまり出番はないが、備えあれば憂いなしだ。

 

 大暴れした下手人であるティオナの拳は、力加減を考えずに振り回したせいで砕けてしまっている。無事な指は一本もない。怪我人を見慣れているはずの冒険者たちも、あまりの酷さに顔をしかめる者がほとんどだ。

 

 そのティオナより酷い有様なのが、食堂である。椅子やテーブルで無事な物は一つもなく、ティオナに殴られた壁は所々に罅が入っている。まさか塔をへし折るなんて……と一般の人間は思うだろうが、身体へのダメージを全く考えず、武器を使ってならば、それはレベル5の冒険者にとって決して不可能なことではない。

 

 事態が収拾され、その場にいた全員が最初に考えたのは、塔が壊れなくて良かった、だった。

 

「レフィーヤ。それはしばらく預かっててもらえる? 武器が自分の手元にない方が、あの娘も安心できると思うのよ」

 

 応急処置を眺めていたティオネの視線がレフィーヤの傍らにあるウルガに向く。それは自分に危険地帯に居続けろということでしょうか、と聞き返すことはできなかった。これは誰かがやらなければならないことで、自分が断れば他の人間がその役目を担うことになる。危険地帯に好んで足を踏み入れる趣味はないが、ティオナは同じファミリアの仲間であり、現在は共にパーティを組む仲間である。それに加えて、元来のエルフ的な責任感の強さもあり、レフィーヤはティオネの頼みを二つ返事で引き受けた。

 

 ハイポーションの効果もあり、しばらくするとティオナの壊れた拳は『一応』元に戻った。とは言えこれはあくまで応急処置である。保護の固定のため、包帯でガチガチに拳を固め、ティオナと一緒にウルガも背負う。一旦自分の部屋に寄ってウルガを放り込み、その足でティオナの部屋に向かう。

 

 一緒にパーティを組むようになってから、レフィーヤがティオナの部屋に出入りする回数はかなり増えた。エルフとアマゾネスである。これまでは同じファミリアに所属しているということ以外に共通項などまるでなかった二人だが、ベル・クラネルという共通の話題ができたことで交流が進んだ。

 

 話をするのは冒険に関すること――言ってしまえば仕事の話ばかりだが、他愛のないこともいくらか話す。好きな食べ物の話、洋服の好みの話。どういう色が好きで、逆にどういう色が嫌いか。お互いのことを少しずつ理解していく内に、ティオナとは友人と呼べる程度には親しくなれた気がしていた。友人が傷つくのは、自分のことのように悲しい。

 

 ティオナを背負ったまま、行儀は悪いとは思ったが足でどうにか扉を開けて、部屋に入る。自分の部屋に比べて雑多な雰囲気であるが、寝台周辺だけはきっちりと片付いている。寝転がっていても手の届くところに英雄譚が置いてあるのには、部屋に来るたびに笑みがこみ上げる。

 

 ベルの部屋も、似たように物が配置されている。彼の部屋の方が物は少ないが、寝台の周りに英雄譚が置いてあるのは一緒だ。

 

 今、彼はどうしているのだろう。ロキの指示で匿われたというが、元気にやれているのだろうか。ベルのことを考えながら寝台の上にそっとティオナを寝かせる。積んであった荷物を適当に退かして椅子に座ると、レフィーヤは一人、大きく溜息を吐いた。

 

 状況は想像していた以上に混沌としている。ロキ・ファミリアの面々は当然、自分たちも戦うものだと思っていた。それは常識的な理解ではあるのだろう。助っ人ありとは言え、まさか個人対ファミリアというバカげたマッチメイクが成立するとは思うはずもない。ファミリアを代表して一人の冒険者が戦うという展開はそれ程珍しいものではないが、レベル2の冒険者に対して相手はファミリア全員というのは明らかに過剰である。

 

 何か政治的な動きがあったに違いない。オラリオにおいて政治とは神々の利害の調整に他ならず、そこに子供たちが関与する余地はない。神は何よりも自由な生き物だ。その都合は地上の全ての法に優先される。ベルはそれに巻き込まれた形になる訳だが、その過程でロキ・ファミリアも罠にハメられた。

 

 アポロン・ファミリアの後ろにはおそらくフレイヤ・ファミリアがある。戦って勝てる相手ではないと普通の神ならば泣き寝入りでもするのだろうが、喧嘩を売られたのはあのロキである。彼女が子供に対するこんな仕打ちに対して、黙っているはずがない。

 

 ロキのことだ。何か凄絶な報復を考えているのだろうが……それは同時に、オラリオに特大の火種を持ちこむことを意味する。元よりオラリオ全てのファミリアが共同歩調を取っている訳ではない。神が自分の都合で動く以上、ファミリア同士の戦いもまた神の都合で行われる。

 

 ロキのゴーサイン。それは即ち、全面戦争の開戦だ。最終的な勝者が誰になるのか、そもそも勝者が残るのかすら誰にも解らない。混沌とした戦いは退屈に飽いた神々にとっては望むところなのかもしれないが、巻き込まれた子供たちには堪ったものではない。

 

 ベルのためにも、どこか適当なところで落としどころを見つけてほしいのだが……さてどうなるものか。

 

「レフィーヤ?」

 

 思考にふけっていると、ティオナが目を覚ました。寝台の上で身体を起こし、自分の身体を見下ろす。完全に砕けていた両の拳は、ハイポーションを使ってある程度までは復元できている。包帯こそ巻かれているが、これも安全のためで、明日には完全に回復しているはずである。

 

「レフィーヤがやってくれたの? これ」

「はい。怪我を治療して、部屋までお連れしました」

「……ああ、私大暴れしたんだったね」

 

 口調が間延びしている。意識はまだはっきりとしていないのだろう。あれだけ暴れたのだから無理もない。今ティオナに必要なのは、休息だ。ティオナはベッドの上で寝がえりを打って、レフィーヤに背中を向けた。軽い拒絶の雰囲気を感じ取り、立ち上がったレフィーヤの耳に、か細いティオナの声が辛うじて届く。

 

「レフィーヤ」

「なんですか?」

「私、悔しいよ……」

 

 ティオナは寝台の上で背を向けていて、その表情は窺い知ることはできない。それでも、レフィーヤには彼女が泣いているのが分かった。気丈な性格である。ロキ・ファミリアを代表する冒険者であり、『大切断』の二つ名を持つ冒険者の、何と弱々しいことだろうか。

 

 レフィーヤだって、ティオナと同じ気持ちである。ベルのために戦いたいのに、神々の決定がそれを許さない。心の中は悔しさで一杯だ。握る拳には、力が籠る。

 

 同じ気持ちだ。それを言葉にしても、ティオナには伝わらないような気がした。心を伝える魔法があればどんなにか、と思いながらレフィーヤはティオナの手を包帯の上から軽く握った。

 

 ティオナは振り返らない。しかしぎゅっと、手を握り返した。

 

 ベルのために何でもしよう。二人がそれを決意した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フレイヤとの極秘会談からこっそりとロキが戻り、作戦の全容を大幹部三人に伝えた後。大幹部の一人であるリヴェリアは、足早に食堂へと急いだ。ロキの命令でそこには既にリヴェリアが面倒を見ることになっている面々が全員集められている。

 

 既に怒り狂ったティオナの手によって破壊しつくされた後という情報は入っていた。塔をへし折られなかっただけマシだった、と思うべきなのだろうか。物損だけで人的被害は出ていないというのが、不幸中の幸いである。狂戦士と化したアマゾネスになど、近づきたいと思う者はオラリオにもいはしない。

 

 これからは何より時間が勝負だと可能な限り急いだつもりだったが、居並んだ団員たちを見た瞬間、リヴェリアは自分が出遅れたと激しく後悔した。情報の通り、食堂に無事な所はない。嵐でも放り込んだのかと言わんばかりに、テーブルや椅子の残骸が散らばっている中、冒険者たちは思い思いの場所に立っていた。

 

 彼ら彼女らの目には、闘志が満ちていた。やれと言われたら何でもやるだろう。それはリヴェリアの目から見ても非常に頼もしいものだったが、同時に酷く危うくも思えた。

 

(やはり芝居は必要だったか……)

 

 芝居を打つというロキの方針に聊か懐疑的だったリヴェリアだが、団員たちの表情を見て絶対に必要なものだと考えを改めた。何か明確な指針を与えておかないと、彼ら彼女らは遠くない内に暴走する。特に食堂を破壊したティオナと、その面倒を見ていたらしいレフィーヤの雰囲気が酷く不安定だ。

 

 居並んだ団員たちはロキとリヴェリアたちで話しあい、班分けされた後だった。

 

 ガレスを中心とするのは比較的気性の荒いグループ。幹部ではベートが合流している。人数としては最も少ない彼らはガレスに連れられて、『戦争遊戯』の前日までダンジョンに潜ることになっている。

 

 フィンのグループはティオネと二人……で十分だとティオネ本人が強硬に主張したがそれは通らず、フィンの意思で比較的穏やかな面々が集められた。この班には特に行動の制限はない。ただダンジョンには潜らずに、各々が地上で思い思いに過ごす。自由時間を与えられたグループと言えば、一番解りやすいだろうか。

 

 リヴェリアはそれ以外の全員を受け持った形になる。中核となるのはリヴェリア閥とも言える、エルフを中心とした女性冒険者のグループだ。幹部ではティオナとアイズを受け持ち、エルフであるレフィーヤもここに属する。方針は学区などに赴き、勉強や交流をしたりなど固い行動が中心となる。

 

 状況を説明し終えると、何を悠長なという強い気配がエルフ組以外から漏れた。指針に対して明らかに不満を持っている。最初の時点で神命であると言っておかなければ、リヴェリア相手でも怒号が飛んでいた気配だ。

 

 不満が渦巻いていることをエルフたちも感じ取ったのだろう。彼女らにとって、リヴェリアに対して敵意を向けるなどあってはならないことだ。このままでは仲間同士で争うことになる。その気配を感じ取ったリヴェリアはこれくらいでなければな、と逆に心中で笑みを浮かべた。

 

 これから打つのは、オラリオ始まって以来の大芝居となる。この肌が焼けつくような殺気でなければ、真に迫ることはできない。

 

「そんな悠長なことしてないでさ。もうやっちゃおうよ。アポロン・ファミリア。団員全員半殺しにしてホームの前に並べてやったら、あっちの気も変わるんじゃない?」

 

 ティオナの言葉は物騒極まりないものだが、恐ろしいのはこれに追従する意見がいくらか上がったことだった。ファミリアの規模を考えれば、ティオナの言葉を実行するのはそれ程難しいものではない。各個撃破でも許されるのであれば、ティオナ一人であっても、十分に実行可能な内容であるが、それも平時の話。

 

 襲撃を警戒し、準備万端整えているアポロン・ファミリアが相手では、いかに『大切断』と言えども苦戦は免れない。

 

 それにいざ襲撃となれば、相手はアポロン・ファミリアだけでは済まなくなる。既に『神会』でルールは決した。ロキ・ファミリアから参加できるのはベルただ一人であり、それ以前に『戦争遊戯』の期日を前に、敵対ファミリアに対して攻撃をするのは、重大なルール違反である。

 

 ギルドからの制裁の対象となり、その命令を受けたファミリアが介入してくる可能性は高い。最大ファミリアの片割れであるロキ・ファミリアを蹴落としてやりたい。そう思っているファミリアはいくらでもある。ギルドから大義名分を与えられれば、彼らは喜んで剣を手にとり、襲い掛かってくるだろう。神アポロンは既に、制度と法を味方につけているのだ。こればかりは、腕っぷしだけではどうにもならない。

 

「アポロン・ファミリアの団員全員を半殺しにできたとしても、我々がペナルティを負うだけで奴らには肉体的な被害しかないぞ」

 

 『神会』で定められたルールからして、既にロキ・ファミリアにとって圧倒的不利にできているのだ。順当に考えるならば、このルールに沿ってロキ・ファミリアが勝ちを拾うのは不可能に近かっただろう。フレイヤとアポロンの意見交換が上手く行っていれば、フレイヤの一人勝ちだったのだからぞっとする。

 

「それに半殺しとは……アマゾネスにしては随分とお上品な発言だな? 首を並べるくらいは言うと思っていたぞ」

 

 普段であれば過激な発言を諌める立場であるリヴェリアが、ティオナを煽るような言葉を発したことに、普段と違う雰囲気を感じ取った団員たちの視線が集まる。全員の視線が集中するのを待って、リヴェリアはティオナに向かって言葉を続けた。

 

「やるならもっと、大きなことをしろということだ。しかし、お前がやる気ならばちょうど良い。『これ』は間違いなくロキ・ファミリア始まって以来の大きな作戦となる。そのやる気は大いに助けとなるだろう。実に心強い」

 

 現在の苦境に対して、やはり何か作戦があるのだ。自分にできることはないか。ずっと考えていた団員たちにとってリヴェリアの言葉は正に天啓だったが、彼女の言葉はロキ・ファミリアの善性と言われる程に持ち上げられる普段のリヴェリアからは、想像もできないものだった。

 

 

 

「我々で、神アポロンを弑逆する」

 

 

 

 地上の子供の手による、神殺しの提案である。実行されれば関係者全員最悪死罪となり、計画をしただけでも厳しく罰せられる行いである。理性的なリヴェリアがこの提案をしたことで、団員たちは状況を『正しく』理解した。ここまでやらなければ、仲間を守れないような状況なのだと。

 

 そして、この作戦が成功すれば、オラリオにおけるロキ・ファミリアの立場は非常に厳しいものになる。オラリオにいられなくなることも、考えなければならない。団員一人のために、主神であるロキはそこまでやると言っている。リヴェリアもこれに追従した。そうすることが当然だと思っているのは明らかだ。

 

「これに対し、ロキは全ての団員に改宗を認める。成功しようとしまいと、今まで通りとは行かなくなるだろう。今宵一晩、じっくり考え、己の進退を決めるように――」

「私はやるよ」

 

 迷いなく、それが当然であるかのように、ティオナは言った。拳に巻かれた包帯を解き、レフィーヤから差し出されたウルガを受け取る。本調子とは行かないが、問題ない。それが仲間のためになるならば、何だってやる。例えそれが、神殺しであってもだ。

 

「……良く考えろ。これから我々がやろうとしているのは、神殺しだ。仲間のために、そこまでやってやる義理があるのか?」

「ここでやらなきゃ、何のための仲間なのか解らないよ」

「この決断には、お前のこれから先の人生がかかっている。人生そのものがここで終わるかもしれないのだ。それほど重い決断を、この場で決めても良いのか?」

「何もできないって一人で泣くくらいなら、神殺しに挑んで死ぬ方がずっと良いよ。いつまで、どのくらい考えても私は絶対に同じ答えを出すよ」

「結構。ならば、お前と同じ愚か者が他にもいるか、問うてみるとしよう」

 

 

 

 

「我らが主神ロキの名において、ロキ・ファミリア副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴが命ずる。『神殺しをせよ』この主命に反論なくば、今ここに跪け」

 

 

 

 

 

 

 リヴェリアの言葉に、ティオナが、レフィーヤが迷いなく跪く。彼女らだけではない。リヴェリアの受け持ちとなった団員全てが、仲間のためならば神殺しも辞さずとして、その場に跪いた。仲間たちの決意に、リヴェリアは満足そうに頷く。

 

「それでこそロキの眷属だ。我らの戦いを、神アポロンに見せつけてやろう」

 

 おお! と団員たちの雄叫びが響いた。ティオナも、レフィーヤも普段は控えめなエルフたちも全員が拳を突き上げて一つになっている。常であれば、リヴェリアも素直に喜べたのだろう。仲間が一体になっている。副団長としてこれ程嬉しいことはないが、リヴェリアは今からやることが茶番であることを知っていた。

 

 その事実を知っているのはオラリオでも極々少数である。『戦争遊戯』が始まるまで約二週間。その間、それをおくびに出してもならないというのは、想像するだけで苦痛だった。おまけにこの苦行を達成したとしても、仲間を茶番に巻きこんだとして、しばらく居心地の悪い思いをすることになるのは間違いない。この苦労は報われないのだ。

 

(この戦いが終わったら、しばらくベルを構ってやるのも良いかもしれんな……)

 

 早くも癒しを求める思考は顔にも態度にも出さない。やんごとなき立場に生まれ、そのように育てられたリヴェリアにとって、外面を取り繕うなど造作もないことだった。

 

 




次回からベルの修行編に入ります。

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