英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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宣戦布告

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘密の話をするのに適した場所はそうない。ある意味、先ほどまでいたダンジョンが最も適した場所であるといえるのだが、怪物の他、敵対勢力に遭遇する可能性を考えるとそのままという訳にはいかなかった。

 

 ならばどこか、ということで移動した先は、適当に見つけた大衆食堂だった。『火蜂亭』という名前のそこはそれなりに人が入っている。客層は冒険者ではない人間の方が多いだろうか。

 

その少ない冒険者たちは、新たに店に入ってきた集団の中に高位冒険者である椿やティオナの姿を見つけて目をむいた。まだまだ視線を集めることに慣れていないベルたちは、注目を浴びることに居心地の悪さを感じるが、当の椿たちにこれを気にした様子はない。 

 

 食堂をずんずん進み、一番奥まったテーブルを選ぶとさらに奥まった席に少女を押しこめた。その進路を塞ぐように、右にティオナ、左にレフィーヤが座る。椿は正面。ベルが所在なさげに座ったのは、椿とレフィーヤの間だった。

 

「まず、名前と所属を聞いておこうか」

「リリルカ・アーデ。ソーマ・ファミリアの所属です」

「やつらの仲間の装備を奪った、というのは事実に相違ないか?」

「……間違いありません」

「そうか。では、手前から聞くべきことはもうない。今後のためにもしかるべき所に突き出しておくべきだと思うんだが、ベル坊、お前はどう思う?」

 

 どう思うも何も、盗みが事実であるのならばベルたちにはそれ以外の選択肢はない。私刑にかけられていたところを助けた縁はあるが、お互いのことは名前と所属くらいしか知らないのだ。心苦しく思うところはあるものの、だからと言って罪を犯した者を助ける理由にはならないだろう。

 

 冒険者としてのベルたちの務めは、例えば罪を犯した者がいるとしたらそれを捕まえるところまでで、それを裁く権利はない。

 

「私は椿の案に賛成かな」

 

 既に気持ちの整理はついているのだろう。運ばれてきた麦酒に口を付けながら、ティオナが続ける。

 

「レベル1でサポーターの小人をダンジョンで私刑にかけてたんだから、殺すつもりだったんでしょ? この娘の命のことを考えても、ちゃんとしたところに突き出した方が良いと思うよ」

 

 とは言え、先々のことを考えれば、それも危うい。私刑にかけられるようなことをしたのならば、それ相応の恨みを買っているということでもある。冒険者が一般人に手を出すことは重罪だが、相応のペナルティを覚悟するならば、手を出せない訳ではない。

 

 完全に手を切りたいのであればオラリオを出るしかない。来るものは拒まないオラリオだが、冒険者が出ていくことには厳しい。追手が冒険者に限られるのであれば、外に出るのと出ないのではかなり安全度が異なるのだが、当のリリルカも冒険者である。出入りは大きく制限されるに違いない。

 

 結局のところ、当局に突き出されることが現時点では最も安全なのである。リリルカとしてはできればそれは避けたいところだろうが、コネも金もない現状、それを避ける手段もない。命を助けてくれたベルたちが突き出すと言えば、それに強く反対する手段はないのだった。もっとも――

 

「サポーターの扱いが悪いことは僕も知ってますけど、リリルカさんはどうしてそこまでしてお金が必要なんですか?」

「ちょっ――」

 

 ティオナが止める間もあればこそ、リリルカは待ってましたという表情を僅かに浮かべ、ベルたちにとっては最悪な答えを口にした。

 

「ソーマ・ファミリアから抜けるためです」

 

 ――向こうから不用意に首を突っ込んでくるならば、話は別である。

 

 リリルカの返答の受け止め方は、二つに分かれた。ベルは彼女の言葉を額面の通りに受け取ったが、彼以外の三人は渋面を作り、その言葉が齎す自分たち、そしてファミリアが被る被害について考えを巡らせていた。

 

 足抜けのために他人の物に手を付けるというだけでも問題なのに、それを他のファミリアの冒険者が助けたとなれば、話がより複雑になってくる。

 

 既に椿たちはリリルカを助けてしまった。話の流れからして、リリルカと初対面であることはあちらも理解はできただろうが、こういう込み入った話の場合は『そうではない』という論法で押し切ってくることも間々ある。リリルカの目的がこちらを巻き込み、話を大きくすることだとしたら既に目的は半ば達成されたと言っても良い。

 

 ここから先は、ベルや椿の所属するファミリアが問題になる。最大手の一つであるロキ・ファミリアに鍛冶系ファミリアの中で最大規模を誇るヘファイストス・ファミリアと、ソーマの販売を手掛けているとは言え中規模の域を出ないソーマ・ファミリアでは規模が違い過ぎる。

 

 話が大きくなり、ファミリア同士の問題となってもソーマと、ロキやヘファイストスでは『神会』での発言力が違う。強請集りの類はまず通らないし、そもそもソーマが神の集まりに全くと言って良いほど顔を出さないというのは、オラリオでも有名な話だ。ファミリアを仕切っているのが人間ならば、あくまで冒険者同士の話し合いで解決しようとしてくる可能性が高いだろう。

 

 その場合は、こちらの方から話を大きくしてやれば、あちらは引くかもしれない。あくまでソーマ・ファミリア『だけ』が相手の場合であるが、あちらは神を引っ張ってこられない以上、片方だけが神を持ち出せば一方的に押し切るということも可能ではある。

 

 リリルカの目的はその辺りだろうと、椿は当たりを付けた。元からこんなことを考えていた訳ではあるまい。命を助けられ、ここまで連れて来られる間に考えを纏め、これを口にしたのならば中々敏い少女ではある。金銭によってファミリアを抜ける制度があるとはそんなに耳にする話ではないが、それが非合法組織から抜けるのと同様の話であれば安い金額でないことは想像に難くない。

 

 所属しているのは冒険者ばかりの組織であるから、金額も冒険者なりの金額に設定されてるはずだが、リリルカは冒険者であってもサポーターだ。上下の振れ幅が大きい冒険者の収入の中でも、低レベルのサポーターは更に低い部類に属する。

 

 冒険者の装備をかすめ取って処分しているのであれば蓄えもあるだろうが、それでも目標金額を達成するには遠いに違いない。そも、設定された金額を収めた所でファミリアを確実に抜けられるとも限らない。冒険者でなくなるのは主神の承認が必要だが、組織を統括しているのが人間ならばそこで神が出てくるという保証はない。

 

 より確実に、と考えるならば他人の手を借りるのはそれほど的外れな手ではないだろう。余計なことに巻き込まれればその冒険者も良い顔はしないだろうが、それ以降冒険者でなくなるならばオラリオでの立場がどうであろうとあまり関係がない。

 

「お前を囲んでいたのは、ソーマ・ファミリアの連中で違いないな?」

「はい、間違いありません」

「奴らは仲間が物を盗まれたと言っていたが、それはソーマ・ファミリアの連中ではないな?」

 

 リリルカはそれで押し黙ってしまう。その態度から、椿はリリルカの仕事がソーマ・ファミリア以外の複数のファミリアに跨って行われていることを理解した。思っていた以上に複雑な話だ。ベルの判断である。協力したことに今更否やを唱えるつもりはないが、いよいよ話が複雑になってくると椿の口からもため息が漏れる。

 

「…………やっぱりさっさと突き出しましょう。これで私たちまで巻き込まれるようなことになったら、リヴェリア様やアイズさんに申し訳ないです」

「そこでロキの名前が出てこないところに、そちらの雰囲気の良さが感じられるが、まぁ良い。こんなところだ、ベル坊。まさか異論はないな?」

「…………はい、ありません」

 

 何も言いたいことがない訳ではないが、他の全員が反対をしている。ベルとて、感情の整理がついていないだけで理性ではリリルカを突き出すべき、と解ってはいるのだ。皆がそうすべき、というのであれば反対する理由はない。

 

 一方のリリルカは、一人明らかに人の好さそうだったベルが折れたことで、全ての希望が潰えてしまった。ダンジョンで魔物のエサになっていたことを考えればこれも上々の結果であるが、小人、安全な場所まで浮上すると欲が出てくるものだ。

 

 何か他に打てる手はないのか。何しろかかっているのはリリルカの人生である。生きてきた中で最も頭を使って考えていた、そのせいだろうか。高レベルの冒険者たちよりも先に、リリルカはそれに気づいた。

 

 一瞬遅れて椿、ティオナが気づいた時には、彼らはもう『火蜂亭』へと踏み込んでいた。

 

 冒険者の集団。十人は下らないだろう。先頭にいる身なりの良い男が、集団の代表に見えた。ベルたちの中で、その男が誰なのか察しがついたのは椿とリリルカだけだった。

 

 ヒュアキントス・クリオ。アポロン・ファミリアの団長で、レベル3の冒険者である。彼がいるということはすなわち、アポロン・ファミリアとして行動しているということ。彼は店内をぐるりと見回すと、まっすぐリリルカに視線を定めた。

 

 この時点で、リリルカが手をつけた冒険者の中にアポロン・ファミリアの団員がいたことが解る。どこのファミリアに手を出したかというのは、まぁ、この際あまり問題ではない。ベルたちはリリルカを突き出すと決めた以上、そこから先は彼女と被害者の問題であり、ベルたちは関知することではない。

 

 問題は、今現在ヒュアキントスが団員を引き連れてこの場にいることだ。これに疑問を持ったのはやはり、椿とリリルカである。彼らの目的がリリルカなのは間違いないが、それにしても登場が早すぎる。ベルたちはダンジョンを出てまっすぐこの店に来た。適当に選ぶ時間があったとは言え、それも誤差のようなものだ。

 

 アポロン・ファミリアの面々が最初から的をかけてリリルカの行動を追っていたのだとしても、ヒュアキントスも込みで動いていたのでなければ、このタイミングでの登場には説明がつかない。

 

 他所の団員に物を盗まれた、というのはファミリアとして決して小さな問題ではないが、結局はそれだけの話だ。団長まで出てくるということはファミリアとしてそれだけ話を大きくするということであり、延いてはファミリア同士の問題にまで発展する可能性もある。

 

 よほど金額が大きいならばともかく、たかがそれだけで、ファミリア全体が動くとは考えにくい。何か裏がある、と椿とリリルカは同時に直感した。

 

 椿がリリルカを見る。何か心当たりはあるか、という視線での問いに、リリルカは首を小さく横に振った。嘘を吐いている風ではない。事実、リリルカは本当に心当たりはなかった。確かに彼らの物に手を付けた。アポロン・ファミリアはオラリオにあるファミリアの中でも取り分け面子を大事にする連中であるが、当事者の片割れであるリリルカからしても、やはり大げさに過ぎる気がする。

 

 盗人一人に対する動員規模ではない。何か別の思惑が働いていると考えるに至るが、リリルカにはその心当たりが全くなかった。

 

 対して椿は、リリルカ以上に手がかりがない。ヘファイストス・ファミリアの団長という職業上、色々なファミリアの情報は入ってくる。ヒュアキントスというのはまさに神の子というべき男であり、主神であるアポロンのことを第一に考える。

 

 アポロン・ファミリアの団員の物に手を付けたのであれば、なるほど、アポロンの顔に泥を塗るということにも繋がるが、翻って言えばその程度で団員を動員する小物という、悪評にも繋がりかねない。これまた、やはり相当の額が動きでもしない限り、団長自らが動くということはないはずだ。

 

 ともすれば、リリルカが手を付けたのがヒュアキントス本人か、あるいはアポロンその神の物に手をつけた、という可能性もないではないが、それだと現状では明らかに規模が小さい。

 

 リリルカが行ったのが、彼女の身の丈相応の盗みであるならば、現状は明らかに不相応である。その差分を埋めるならば、それなりの道理がなければならない。アポロン・ファミリア団長であるヒュアキントスが動くだけの理由となれば――

 

(神アポロンの勅命である、か……)

 

 そう考えるのが自然ではある。

 

 だがそうなると、やはり『どうしてリリルカに』という疑問は残る。いずれにせよ神の勅命が出たというのであれば、これ以上を調べるとなると神か、それに近い立場の者の手を借りるより他はない。

 

 目下の問題は、現状、この場をどうやって切り抜けるかである。

 

 雰囲気からして、あちらの目的がリリルカなのは間違いがない。ダンジョンで彼女に手を出したのは彼女と同じくソーマ・ファミリアの団員であるが、それと同等のことをしでかしそうなことは、彼らの剣呑な雰囲気を見れば解った。

 

 リリルカとアポロン・ファミリアという組み合わせが衆目に触れてしまった以上、まさか命を奪うなどということはあるまいが、死なない程度に痛めつけるだろうことは、想像に難くない。

 

 椿個人としては、別にリリルカがどうなろうと知ったことではない。盗みが原因で私刑にかけられるならば、それが因果応報というものだが、ベルを中心に一度彼女を助けるという判断をした以上、最後まで面倒を見るのが筋というものだ。危害を加えられると解った上でリリルカを引き渡すのは、道義に反する。

 

 ここでリリルカを渡さないということは、アポロン・ファミリアと事を構えるということに等しい。ダンジョンの中で念押ししたことが、早速火の粉となって身に降りかかっているが、果たして我らがベル坊はどういう判断を下すのか。

 

 お手並み拝見、というつもりで椿は一歩退いた。判断をベルに譲る、という無言の意思表示に気づいたティオナがそれに続いた。これで先頭に立っているのはベルと、その背後に寄りそうようにしているレフィーヤである。

 

「私はアポロン・ファミリア団長、ヒュアキントス・クリオだ。我らが神の勅命である。その小人をこちらに引き渡してもらおう」

「お断りします。彼女は僕らで、しかるべきところに引き渡します」

 

 にべもなく、はっきりと断られたことに、ヒュアキントスの端整な顔が僅かに歪んだ。邪魔が入ることは想定していたが、それがこんな小僧だとは予想もしていなかったのだ。白い髪に赤い目。兎のようなその風貌には、ヒュアキントスも覚えがある。

 

 最近、レベル1から2への最短記録を更新した。ロキ・ファミリアの『白兎』だ。見れば、その背後にはエルフの少女が控えている。同じく、ロキ・ファミリアの『千の妖精』だ。それに件の小人の周囲には『大切断』に『単眼の巨師』もいる。

 

 ここまでとなると、流石に想定外ではあった。主命である。例えどんな障害があっても成し遂げるつもりではあったが、立ちはだかるのが大手のファミリアとなると、話は違った。

 

 戦が始まれば、勝つために全てをかける。それは神の子として当然の行いであるが、勝つに難しい相手と、そうでない相手というのは確実に存在する。アポロン・ファミリアにとって、ロキ・ファミリアとヘファイストス・ファミリアというのは、まさにその筆頭だった。

 

 神の名において行動する以上、そこにはそれらしい振る舞いが要求される。主命を成し遂げることこそ第一だが、そのために主神の顔に泥を塗るようなことがあってはならない。 勝てない――勝つことが難しいファミリアをことを構えることは、最後の最後の手段であるべきだ。

 

 しかし、である。

 

 神の名前を出して行動に移してしまった以上、子供の判断でその拳を降ろすことはできない。ヒュアキントスたちにとって、リリルカ・アーデを連行するということは決定事項であり、これはアポロン本人が命令を撤回しない限り、違えることはできない。

 

 だが、その過程でロキ・ファミリアやヘファイストス・ファミリアと事を構えることになるとなれば、熟考が必要だろう。早い話が割りに合わないのだ。既に、盗人の小人一人を捕まえるのに、主命とは言え大人数を動員している。

 

 この上、ファミリア間の抗争となれば、間違いなく更に衆目を集めることになるだろう。できれば穏便に話を済ませたいというのが、ヒュアキントスの本音であるのだが、目の前の『白兎』は如何にも正義感の強そうな、冒険者という単語に夢を抱いていそうな若造である。

 

 言葉の裏にあるものを読めと言っても、彼には通じまい。話が通じないとなれば拳を交えるより他はないのだが、彼らの所属するファミリアは自分たちよりも巨大で、強力である。勝負の内容にも寄るだろうが、ファミリアの1対1同士の戦いとなれば、アポロン・ファミリアの団員全員が死力を尽くしたとしても、勝利の目は限りなく薄い。

 

 そこまで解った上で、頑なな態度に出ているのであれば大したものだが、ヒュアキントスの目に『白兎』はやはり小僧として映った。忌々しいことこの上ないが、主命を成し遂げるためにはこの小僧を除かねばならない。思考するが、考えることのできる時間は少ない。

 

 さっさと判断を下さなければ、より悪い状況へと話が転がってしまう。振り上げた拳をどうするか、どの辺りを落とし所にするか。団長として、主神の名誉とファミリアの利益を考えていたヒュアキントスの横を、団員の一人が横切った。

 

 殺気立った彼の目に不穏な影がある。止める暇もあればこそ、彼は躊躇いなく拳を振り上げ、『白兎』に向かって振り下ろした。無抵抗にそれを受けた『白兎』は溜らず吹っ飛び、テーブルに直撃してそれをひっくり返す。

 

 『火蜂亭』が騒然となる。アポロン・ファミリアの団員が主神の名の元に、拳を振り下ろした。これは実質的な宣戦布告である。それを理解していたティオナは、それまでの傍観の態度から打って代わり、殺気だった雰囲気で自分の得物に手をかけた。

 

 オラリオにその名を轟かす『大切断』である。その特徴的な武器と、アマゾネスにしては貧相な身体は、関わり合いになってはいけない女の筆頭の特徴として、冒険者たちに知れ渡っていた。

 

 拳を振り下ろした男以外が、騒然となる。やるならば誰が相手でもやる、という強い気持ちできてはいるが、いきなり、それもレベル5の冒険者が相手ともなれば身も竦むというものだ。

 

 しかし、戦いの幕は既に斬って落とされている。それも斬り落としたのはこちらの方だ。手違いでしたで済まないのは、殺気だけで人を気絶させかねない程激怒している『大切断』を見れば解った。

 

 こうなればもはや、戦うより他はない。覚悟を決めたアポロン・ファミリアの面々が各々の武器に手をかける。巻き込まれてはかなわないと、食堂にいた客たちは我先にと逃げ出している。

 

 真っ先に戦うことを決めたティオナに、それを迎え打とうとするアポロン・ファミリアの団員たち。殴られたベルは、レフィーヤに介抱されている。どうしたものかと態度を決めかねているのは、椿だ。混乱に乗じて逃げようとしていたリリルカの首根っこを掴み、さて、と腰を落ち着けて考える。

 

 殴ったのはアポロン・ファミリアで、殴られたのはロキ・ファミリアのベルである。義理も人情もない表現をするならば、ヘファイストス・ファミリアの所属である椿は、これから始まるだろう騒動にはあまり関係がない。ファミリアの規模を考えるならば、規模が大きいロキ・ファミリアに分があるように見えるが、ここまでが何者かの仕込みであるならば、これより先にも何か、手が打ってある可能性は高い。

 

 ロキ・ファミリアと事を構えて、それでもなお、勝てる算段があると考えるのだとしたら。アポロン・ファミリアの背後にいるのが何者なのか、ぼんやりと影が見えてきた。このまま戦うのは、おそらく得策ではないのだろう。ベルのことを考えるのならば、この場で強引にでも割って入って、適当な落としどころを用意してやるべきだ。

 

 先に手を出したアポロン・ファミリアは少なくないペナルティを払うことになるだろうが、大手ファミリアの一つと戦うリスクに比べるならば、一考の価値はあるだろう。時間をおいて頭を冷やせば、まだこの段階ならばお互いに引き返すことができる。

 

 その仲裁ができるのは自分一人であると椿は自覚していたが、彼女はそれをしなかった。ロキ・ファミリアにとって、ベル・クラネルにとって、これはまさに災難であるが、同時に、器を量る良い機会でもある。最短記録を更新した『白兎』が、これからも英雄への階を上り続ける器であるのか。

 

 先達の冒険者として、また、彼の武器を請け負った鍛冶師として、椿は大いに興味があった。

 

「止めないんですか? リリはできれば、ここで止めてくださるとありがたいんですがっ」

「お前に言えた義理でもないと思うがな……まぁ、奴らやお前に事情があるように、手前にも希望があるのだよ」

 

 かかっと、小さく笑って見せた椿は、視線を上げて店の入り口を見た。何者かの仕込みであるならば、場が煮詰まったこの状況に、更に劇薬を突っ込んでくる可能性が高い。殺気立つ冒険者たちの背後で、店の扉が開く。

 

 神の伝令と呼ばれた男神を従えたその神は、店をぐるりと見回して、言った。

 

「で、これはどういう状況なん?」

 


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