装備は身体にあったものを、というのが冒険者の常識ではあるが、全ての冒険者にそれが適用される訳ではない。経済的に余裕のない駆け出しの冒険者はその一つだ。オーダーメイドの武器は市販の商品よりも高額になる場合がほとんどで、レア素材を持ち込んだとしても技術料が高くついてしまい、結局のところ、金欠冒険者では手の出ない商品となっている。
それでも、鍛冶師側の営業努力により格段に求めやすい商品も展開されるようになっており、神々が地上に降りた頃よりは、装備品の提供もある程度は体制が整ってきたと言えるだろうが、全ての冒険者にという訳にはいかないのが現状である。
冒険者にとって根深い、しかも命に関わる問題と言えるが、金を積めば解決できる問題であるだけに、他の諸々の問題よりも解決は後回しにされている。
金に糸目を付けないならば、大抵の鍛冶師は首を縦に振ってくれる。一見さんお断りというファミリア、鍛冶師もいるが、冒険者を紹介するのが神、それも最大手ファミリアの主神であるロキならば、断る神もいない。
ベル・クラネルは駆け出しの冒険者にして、前述全ての条件を満たした幸運な冒険者となった。
当初頼む予定だったヘファイストスに断られたことに、リヴェリアとレフィーヤは不満を漏らしたが、ヘファイストスが推薦したことにより団長である椿・コルブランドが武器を作ってくれること。いずれヘファイストスが武器を『リクエスト込みで』請け負うと約束したことで満足してくれた。ロキとリヴェリアの出費は増えることになるが、当初の予定よりも条件が良くなったのだから、文句を言うのは不敬というものだろう。
鍛冶の神が手ずから武器を打ってくれるというのだ。地上の子供からすれば、これ以上の好条件はない。
「ここやな。ベルはヘファイストス・ファミリアに来るのは初めてやったか」
「そうですね。というか、武器屋さんに来るのがほとんど初めて……だったような気がします」
これも最短記録を更新してレベル2になった弊害とも言える。
レベル2と言えば普通は何年も冒険者をやっているベテランであり、修羅場の一度や二度は潜っているものだ。武器の新調やメンテナンスなど、必要最低限のことは自分一人でできるのが当然のことなのだが、ベルはレンタル品でほぼ全てを賄っている内にランクアップしてしまった。自前の武器を用意するのも、これが初めてである。
「まぁ、誰でも初めてはあるもんや。うちもついとるし、緊張せんと気楽に行こうや」
ロキは気楽に言うが、神の身となれば怖いものなどないだろう。地上の子供は緊張もするし、怖い思いもする。冒険者となってオラリオで暮らすようになったとは言え、田舎育ちのベルは大きくて立派な建物にはまだ馴染みがない。それが初めて足を踏み入れる場所で、他人の
「おーっす。椿と約束してるんやけども、通してもらってええか」
そしてロキは、他人の本拠地であろうとおかまいなしだった。ヘファイストス・ファミリアの団員も、今日ロキが子供を伴って来るということは聞いていたのだろうが、最大派閥の一つ、その主神であるロキを前にして緊張していた。
こくこく頷く団員に軽く手を挙げ、勝手知ったる我が家とばかりにロキは歩いていく。その背中を見失わないようにしながら、ベルはきょろきょろ、物珍しそうに辺りを見回していた。
黄昏の館とは随分と装いが違っている。探索系と鍛冶系というのもあるのだろうか。すれ違う団員も男女を問わず、肌が焼けている。これは日に焼けているのではなく、炉の炎の熱で焼けているのだとリヴェリアから聞いたことがあった。加えて団員も、女性よりも男性の方が圧倒的に多いが、これはロキ・ファミリアと比較してのものである。
冒険者全体として見ても男性の方が多いのは事実であるが、ベルがヘファイストス・ファミリアでそれを感じたのはファミリア全体の中で見て、ロキ・ファミリアが特別女性の比率が高いからだ。ほとんど女性ばかりであるイシュタル・ファミリアのような例外を除けば、女性比率は全ファミリアの中でもトップクラスと言える。逆にアテナ・ファミリアなどは男性比率がとても高いのだが、それはさておき。ベルを連れたロキは、一つの鍛冶場の前で足を止めた。
ヘファイストス・ファミリアでは団員一人一人に専用の鍛冶場が与えられている。腕の良い団員は更に自前の鍛冶場を持っているのだが、今日、彼女はここにいた。
表札には、椿・コルブランドと書かれている。名前の響きからして、東の出身だろうということはベルにも解った。扉のノブに手をかけたロキが、一度振り返って小さくウィンクする。ベルが頷き返すと、彼女は勢いよく扉を開けた。
「おお? ノックもせずに誰かと思えば、ロキか。久しいな。直接ここに来るのは何か月ぶりだ?」
「ベートについてきて以来やから、ほんとに数か月ぶりやなぁ、椿。相変わらず、ええ乳しとるで」
「何、邪魔なだけの脂肪の塊よ。もらってくれるというのならば、くれてやるぞ?」
卑猥なロキの冗談にも、椿は顔色一つ変えない。無乳のロキにとっては手痛い反撃に、逆に言った本人が渋面を作っている。彼我の戦力差は圧倒的で、それは誰の目にも明らかだった。
神にさえ気安く物を言ってのけた椿は、笑みを浮かべてベルに歩み寄ってきた。サラシで覆われただけの豊かな胸が歩く度に揺れている。健全な男子であるベルはそれに目が釘付けになりそうになるが、慌てて逸らした。顔はもう、真っ赤である。
それが椿には可笑しかったらしい。カカ、と大声で笑った彼女は、ロキに問うた。
「随分とまた、初心な男を連れてきたものだ。これが最短記録を更新した『白兎』とは、実に信じがたい話だな」
「せやかて、このベルがミノタウロスを単独で撃破したのも、最短記録を更新したのも事実やで?」
「ふむ。まぁ、人は見かけに寄らんもの。冒険者ならば特にそうだ。現状レベル2とは言え、仲間のために単身ミノタウロスに立ち向かう気概やよし。主神様の頼みでもあることだし、手前が主の武器を引き受けよう」
「ありがとうございます」
「それで、何を打ってほしいのだ? 剣か? 鑓か? ナイフか?」
「え?」
全く考えてもみなかった椿の問いに、ベルはぽかんとなる。依頼主の渋い反応に、椿の方が今度は眉根を寄せた。
「え、ではない。ここは鍛冶屋で手前は鍛冶師。お前たちは武器を打ってほしくて、手前を訪ねたのだろう? 聞きたいのは手前の方だ。まさか何を打ってほしいのかも決めずに、ここに来たのか?」
「……神様、どうしましょう」
「せやな。そこまでは考えてなかったわ……」
ロキもベルも武器を作るという漠然とした要望を持っていただけで、これは、と思う武器がある訳ではなかった。ベルの場合は、今まで使ったことのある剣やナイフなどが良いかな、というくらいだが、未来に希望を抱く少年としては見栄えのする剣や大剣、鑓も捨てがたく思える。つまるところ、希望を一つに絞れるほど、ベルには明確なヴィジョンが定まっていなかった。
結論を出せないベルとロキに、呆れかえった椿は苦笑を漏らした。
「……それならば、お任せということで引き受けよう。とは言え、手前の好きな物を打っても、この小僧に扱えないのでは意味がない。噂の『白兎』がどれほど動けるのか、今後の参考までに見させてもらうとしようか」
「ロキ。手前をこの小僧のパーティに入れてもらえるか?」