英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ベル・クラネルの長い一日⑤

「すまん、遅くなった」

 

 ベルの部屋を辞し、ロキの私室に着いた時には、既にロキ以外にフィンとガレスの姿があった。黄昏の館に戻ってきた時、ロキが既に守衛にまで布告を出していたことから、召集くらいはかかっていると思っていたのだが、案の定だった。

 

「ベルは大事ないんか?」

「エリクサーを使ったからな。しばらくは養生が必要だろうが、大事はない」

「血になる物を食わせてやれ。あれくらいの年なら、食って寝れば大抵のことはどうにかなるもんじゃ」

「誰もがお前と同じくらいに頑丈だったら、私も安心できるんだがな……」

 

 それが当然と言わんばかりのガレスの物言いに、種族的には特に頑強ではないフィンとリヴェリアは苦笑を浮かべる。ドワーフというのは一事が万事こんな調子だ。里にいた頃はガサツで野蛮で文明的でなく、エルフの対極にいるような種族とされていたが、いざ付き合ってみるとこういう豪放磊落な者も面白いと思えるようになった。

 

「それから、ルート班の連中のことだが……」

「さっきラウルを聖域(サンクチュアリ)まで使いに出したわ。聖域で再教育やー、て宣伝しておけば誰も文句は言わへんやろ」

 

 ロキの出した聖域という言葉に、ファミリア幹部であるところの三人は重々しく頷いた。

 

 聖域とは戦神アテナの本拠地(ホーム)である。アテナは地上の子供たちが武器を持たずに拳で殴り合うのを見るのが何よりも好きと、変わり者が揃っている神の中でも変わった趣味を持った女神だ。

 

 そのファミリアも変わっており、数あるファミリアの中でも珍しい子供の教育を請け負うシステムを持っていることでも有名である。冒険者のレベル向上のために、という建前はさておき、より多くの子供がなぐり合っているのが見たいという最低な理由で始められたこのシステムは、主に弱小のファミリアによって利用されているが、大手のファミリアも利用することが度々あった。

 

 このファミリア、その修練がオラリオ一厳しいということで有名なのだ。大手がここを利用する時、それは団員に懲罰を課す時だ。普通は見過ごすことのできない行為であったとしても、聖域に行って戻ってきたとしれば、禊は済んだと冒険者たちに思わせられるくらいに、聖域の訓練は過酷なのである。

 

「……ルートんとこの話はもうええやろ。その様子やとベルのスキルの詳細が解ったみたいやけど、どないや?」

「スキルの一部、ということで聞いて貰えると助かる」

 

 はぁ、と大きく息を吐き、リヴェリアはダンジョンから戻ってくるまでに纏めた考えを口にした。

 

「ベルのスキルは、ステイタスに大幅な補正をかける効果を持っているのは間違いない」

「ティオナやティオネみたいにってことかい?」

「すまない、言葉が足りなかったな。ベルのスキルは基本アビリティをスキルの効果で任意に増減させている」

 

 リヴェリアの言葉に、居並ぶ面々の間に驚きが広がった。システムを作った側であるロキをしても、数値を任意に操作するなど聞いたことがなかった。

 

「見ていた限り、合計値は変わっていない。基本アビリティの合計値内で、その必要に応じて配分しなおしているようだ」

「……そんなゲームみたいなことが可能なのかい?」

 

 フィンの視線はロキに向く。『勇者』と呼ばれ、オラリオでも指折りの冒険者に数えられるフィンであるが、地上の子供に違いはない。『恩恵』のシステムに関することならば、神であるロキに聞くのが一番だ。神の権威を表すのに最も都合の良いシステムであるから、『恩恵』に関しては秘密主義を貫かれることもあるが、自分の子供のことならば話は別だ。

 

「まぁ、『恩恵』で与えられるのは子供からすれば後付けの能力やからな。可能か不可能かで言えば可能やろうけど、にわかには信じがたい話やで?」

「だが、事実だ」

 

 戦っている最中にベルの背中を見ていたリヴェリアは、実際に増減する数値を見た。例えばティオナがスキルで基本アビリティに補正を受けて、それが元に戻った時、数値の上での減少は発生するが、それ以前、戦う前の数値よりも下がるということは原則的にない。

 

 如何に信じがたくとも、リヴェリアは実際にそれを見た。面倒を見ているベルの安全にも関わることであるから、今後の対応についてもはっきりと決めておきたい。

 

 いつになく強気なリヴェリアの態度にロキは僅かな間逡巡すると、

 

「……自分のスキルについては、ベルもそろそろ知っといた方がええやろ。内容が内容やし、事故があっても困るしな。パーティを組むんは、これからも秘密を知っとる奴だけっちゅーことで、どないや?」

「どのレベルまで話す?」

「レベル5以上の団員は全員ってことでええやろ。ここ以外となると、アイズたんにティオナにティオネにベートか。まぁ、そのくらいやったらもうリヴェリアが手を回してそうやけども」

「既にティオナを遣いに出した。ティオネとアイズとベートを見つけ次第、ここまで戻ってくるよう言いつけてある」

「なら、ベルについてもとりあえずしまいやな。後はステイタスを更新して、レベル2になったベルと一緒に話そか――」

「あー、いやすまない。まだある」

 

 フィンが『過保護だねぇ……』と苦笑する。確かに自分でもそう思ったが、それでもこれは言わなければならないことだ。

 

「ベルのスキルと武装のレベルがかみ合っていないのは致命的だ。防具はいずれ揃えるにしても、奴のスキルに耐えられるだけの武器は、早急に用意しておく必要があると思うのだが」

「ルートの武器をぶっ壊したんやろ? あれ以上となると、結構お値段するで」

 

 良い武器というのはそれなりに値が張るもので、最終的にミノタウロス相手にベルがへし折ったルートの剣も、安く見積もっても八ケタには到達しているはずだ。レベル2のルートでは現金一括とはいかず、ローンを組んでの購入である。

 

 ロキ・ファミリアの団員ということであれば、それなりの信用が得られローンも組みやすいが、基本、冒険者というのはいつ死ぬか解らない危険な職業ということで、低レベルの内はローンはあまり歓迎されない。ルートがローンを組めたのは、ある程度の頭金を用意できたからだ。

 

 これからレベル2になるとは言え、冒険者になったばかりのベルにそんな蓄えがあるはずもないのだが、

 

「支払いは私がしよう。ロキにはヘファイストス・ファミリアに仲介を頼みたい」

「まさかファイたんに頼むつもりか?」

「命を預ける武器に、金を惜しむ道理はないだろう? どうせならば良いものを、だ」

「フィン、ガレス。このママ本気の本気やで」

「誰がママだ、誰が」

 

 怫然とするリヴェリアに、ロキたちは揃って笑い声をあげた。それがリヴェリアには不本意だった。確かに過保護かもしれないが、気に入った者に構うのは生物としては当然のことだ。ロキもアイズには相当に目をかけているし、いろいろプレゼントしたりもしている。

 

 それに比べれば自分のベルに対する態度など、大した問題ではないとリヴェリアは本気で思っていたが、神造武器を全額自腹でプレゼントしようとしている辺り、他人から見れば十分に正気を失っていた。アイズに対するロキと大差ない。フィンとガレスは、そう思って笑ったのである。

 

「悪いんやけど、ママにばっかりええかっこさせへんで。そういう事情ならウチも一枚噛んだる。最短記録の更新でしばらく神会でデカい顔できそうやしな。ウチが全額払ろうてもええんやけども、それやとママも納得せえへんやろ?」

 

 プレゼントしたいんやもんなー、とにやにや笑うロキの額に、リヴェリアは躊躇いなくデコピンを打ち込んだ。魔法使いとは言え、レベル6冒険者のデコピンである。神である以外はただの人間と大差ないロキは、痛みにのたうち回る。

 

「さて、話がまとまったのなら私はこれで失礼しよう。今日はベルについているから、用があるのだったら明日以降にしてくれ」

「君がいれば心配はないと思うけど、きちんと養生するようにベルには言い含めておいてくれ」

 

 心得た、と短く答えると、リヴェリアは足早にロキの私室を後にした。心は既にベルの所にあるようである。リヴェリアと知り合って久しいフィンには、彼女のベルに対する執着が意外に思えた。アイズにはよく母親のような表情、態度で接しているが、彼女は出自も境遇も特殊である。

 

 ベルも特殊には違いない。この成長の速さなど、リヴェリアが目をかけるだけのことはあるとフィンでも思うが、手取り足取りというのはやり過ぎなようにも思えた。ベルの人間性からか今のところ贔屓だ、という目に見えた声は団員から上がっていないが、リヴェリアを慕う女性エルフの動きが、些か剣呑になってきているという。

 

 だが、血統による上下関係が絶対なエルフにとって、リヴェリアの決定は絶対だ。彼女が好んでベルを周囲に置いて構っている以上、余エルフに意見を差し挟む余地はないが、だからこそ、彼女らには不満が溜まっている。人間と恋に落ちるエルフというのは、英雄譚の定番の一つでもあるが、それは人間側の定番であってエルフ側にはさほど浸透していない。数ある亜人種族の中で、最も純潔主義の割合が多いのがエルフである。

 

「フィンやガレスは、ベルのスキルどう思う?」

「あれがレフィーヤに目覚めた、というなら手放しに喜べたんだけどね……使い所は難しいと思うよ」

「そか? レベル1でミノタウロスを撃破できたんやから、凄いスキルちゃうの?」

「君もさっき言った通り、『恩恵』で与えられるのは僕らにとっては後付の能力だ。例えばベルは敏捷が高いけれど、敏捷の基本アビリティだけで速く動いてる訳じゃないだろう? それを支えるための力だって必要だし、そもそもこれは僕ら本来の力じゃない訳だから、それを扱うための器用さも必要だ。失敗して転んだ時のためにも、耐久だって残しておかないといけない。必要に応じて再分配ということだけど、自由度はそこまで高くないと思うよ。というより、任意に配分する方が危険度は高いんじゃないかな」

 

 その基本アビリティを行使するのに、どの程度他の基本アビリティが必要なのか。それをしっかり把握している冒険者は皆無と言っても良い。そもそも基本アビリティを自由に変更できる子供などいなかったのだから、検証などできるはずもない。確実なのは、何も修正を加えられていない状態の基本アビリティは、それで調和を保っているということくらいである。

 

 最悪、数値を少し弄るだけでも、危険度が爆発的に高まるということも考えられた。任意ではなく自動的に処理をされたのは、ベルにとっては幸運だったかもしれない。おそらく本能的に、ここまでなら大丈夫という範囲でスキルの処理がなされたのだ。

 

「つまり、数値を全部敏捷に突っこんだりは――」

「止めておいた方が良いと思うよ」

 

 転んだだけで、地面ですり下ろされて即死、では目も当てられない。それを想像したロキはうげー、と顔を顰めると、深く深く溜息を吐いた。

 

「上手くいかないもんやなぁ」

「魔力特化型なら、話は簡単だったんだけどね。器用さはともかく、力や耐久は魔法を扱うのにそこまで必要じゃないだろうから、魔力と器用さに振り直してもそこまで影響はないと思うけど」

 

 実際に体を動かす場合は、そうはいかないという訳だ。一瞬、一秒を争う時に任意に振り直し、それで失敗したら目も当てられない。ベルがあれを使いこなすには、訓練に多くの時間を割く必要があるだろう。ベルが魔法を使えれば、と思わずにはいられない瞬間だった。

 

「とにもかくにも、ベルがランクアップしてからやな。更に新しいスキルに目覚めるかもしれんし、もしかしたらもしかすると、魔法を覚えるかもしれんしな」

「ははは、まさかそんな上手いことが……」

 

 ある訳ないさー、と軽く否定しようとしてフィンは押し黙った。既にベルはレアスキルを入手している。これで打ち止めと見るか、これが始まりと見るかは考え方に寄るだろう。フィンはどちらかと言えば、一度起こった事はまた起こるという、ジンクスとかそういうものを信じる性質だった。

 

 それが悪いことでないのが救いだろう。一人の団員が強くなるということはすなわち、他の団員がより安全になるということでもある。普通は長いことをかけて、集団での戦い方を覚えていくものだが、このペースで行けばベルは、常識では考えられないくらいの速度で成長し続けるだろう。

 

 レベル3になれば、大遠征にも参加できるようになる。せめてその時までには、集団における自分の役割を意識した戦闘というものを、できるようになっていてほしいが、さて。これ程までに急速に成長する冒険者など例がないことから、こう育てるべきという指針が全く立たない。団長としては頭の痛い話だ。

 

 とは言え、ベルにはリヴェリアやレフィーヤもついている。聊か向こう見ずな所はあるが、仲間のために身体を張れると解釈すれば頼もしく思える。

 

 フィンの親指が軽く疼いた。彼が本当に頼もしくなる日は、そう遠くないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう。ステイタスを……」

 

 ダンジョンから戻ってすぐ、身支度を整えたオッタルは傍遣えをアレンと交代すると、ダンジョンで見聞きしたことの報告を己が女神に報告した。

 

 もっとも、フレイヤはフレイヤでダンジョンの中を鏡で覗き見る手段を確立している。どこで何が起こったかというのは、今さら話すまでもない。オッタルが話しているのは、ベルの動きに関するレベル7の冒険者としての考察だった。

 

 耐えられないはずの攻撃を耐え、殺せないはずのミノタウロスを殺した。レベル2のモンスターとは言え、あれはオッタルがこれはと思った個体を調教したものだ。

 

 ベル・クラネルがダンジョンに入ったという一報を受け、指定の場所でミノタウロスを解き放って待ち伏せていたら、第二階層から上がってきた冒険者と鉢合わせるというアクシデントがあった。

 

 ベルと戦ったあの場所にあった血だまりは、彼と戦う以前にミノタウロスが殺したものだ。レベル2以上の冒険者がいればオッタルも加勢するつもりでいたが、幸いなことに全員がレベル1。調教されたミノタウロスの敵ではなく、オッタルがしたことと言えば、ベル・クラネル一行が来る前にと死体を片付けたくらいである。

 

 レベル2のモンスターとして、あれ以上の存在はそういないだろう。現実的に考えて、レベル1であれを降すことは相当に難しい。調教したオッタル自身、やり過ぎたかと思ったほどなのだ。

 

 それが終わってみれば、ベル・クラネルの勝利である。あちらはあちらで瀕死になるまで追い込まれたのだから、完全勝利とはいかないが、相手が死に自分は生き残ったのだから勝利には違いない。

 

 オッタルの位置からは背中の神聖文字までは確認できなかったが、おそらくは敏捷を犠牲にして筋力や耐久の数値を上げたのだろう。戦闘中、背中のエンブレムはずっと淡い光を放っていた。神聖文字を解読できるものならば、それこそ詳細に事態を把握できたのだろうが、オッタルにできたのはベルの行動から彼に何が起きているのかを逆算することだった。

 

 窮地に追い込まれると基本アビリティが上昇するスキルを持った冒険者も多くいるが、それでは説明がつかないほどに、ベルは頑丈になり、力強くなっていた。冒険者としては荒唐無稽と思わざるを得ないが、現状解る範囲で合理的な推論を立てるのならば、基本アビリティが増減しているというのが最も可能性が高いように思えた。

 

「オッタル、貴方はそういうスキルを聞いたことがあって?」

「存じ上げません。レアスキルの類と推察しますが……」

「そう。私も聞いたことはないわ」

 

 少なくとも、ファミリアの子供たちの中には間違いなくいないし、そういうスキルがあるという話を耳にしたこともない。多くの男神と浮名を流しているフレイヤは、彼らの子供たちのスキルについても、それなり情報を得ている。ギルドに集積されている情報群を除けば、オラリオの神の中でも1、2を争うくらい、子供に発現したスキルを把握している女神であると言える。

 

「……ロキを突いて聞いてみることにするわ。ミノタウロスを撃破したのだから、ランクアップは間違いないでしょうし、神会で顔を合わせることになるでしょう」

「かの神が素直に吐くでしょうか」

「無理ね。あの子も、子供に対する愛はとても深いもの。レアスキルであるなら尚更。最短記録を大幅に更新した理由まで含めて、必死に隠そうとするでしょうね」

 

 それはそれで構わない。ファミリアの内情についてはギルドが定めた法に違反しない限り、干渉はしないというのが神の不文律だ。最大手ファミリアを率いるフレイヤとて、その例外ではない。ロキが秘密というならば、外には漏れまい。きっとファミリア内部にも緘口令が敷かれるだろう。

 

 詳細を知るのは幹部のみとなる。ロキ・ファミリアも結束は固い。団員から直接情報を引っ張りだすのは難しいだろうが、調べる方法はいくらでもある。

 

 詳細を知っている者が少ないこの状態でも、その周辺を観察するだけでベルに『何か』あると掴むことはできた。異常な速度で成長しているということも、彼を監督しているエルフたちとロキ以外では、唯一掴んでいたと言っても良い。

 

 オラリオの中で起こっていることを、詳細に把握する。その一点において、神の協力者の多いフレイヤはロキを上回っていると自負していた。時間をかければ、その片鱗くらいは見えてくるだろう。焦らされるのもまた良しである。そうすればそうするほどに、感情の炎は燃え上がるのである。

 

 それに時間をかければ、その内本人と話をする機会が得られるかもしれない。今の段階ではロキと監督役のガードは固いだろうが、そのガードをこじ開けるだけの恩を売ることができれば、律儀なロキのことだ。ベルと一対一で話す機会くらいは、作ってくれるかもしれない。

 

「そうと決まれば、早速動かなくちゃ」

 

 嬉しそうに身を翻したフレイヤは羽ペンを取ると、文机の上の便箋に手紙を認めた。手早く二通の手紙を書き、封蝋を施す。後はこれを所定のファミリアに届けるだけ。直接の関与を匂わせないためには、仲介役を手配する必要がある。それにも、うってつけの神がいることを、フレイヤは知っていた。

 

「ヘルメス・ファミリアに伝書鳩を飛ばしてもらえる? 文面なし。青い布をつけておいて」

 

 アナログな方法だが、子供を仲介に挟むよりは秘密漏洩の可能性は少ない。ちなみに青布の意味は『今すぐバベルまで来い』である。今でこそフレイヤの子分のような立場に成り下がっているが、神代には神々の伝令役を務め、ゼウスが健在だった頃には彼の派閥に属していた男神である。あれで顔が広く、他のファミリアに繋ぎを付けるにはもってこいの神選だ。

 

「それから悪いのだけれど、あれを片づけてもらえる?」

 

 伝書鳩の手配のため、身を翻したオッタルをフレイヤが呼び止めた。彼女が指さした先には完全にパーツごとに分解された椅子だったものが転がっていた。ノコギリなどで丁寧に切ったのではなく、何か衝撃を受け続けて耐えきれずに壊れたという風である。苛立ちまぎれに椅子を蹴ったり振り回して叩きつけたりすれば、か弱い女性の力でも、こんな風に破壊できそうなものだが……その辺りで、オッタルは考えることを止めた。

 

 オッタルが女神から頼まれたのはこれらを片づけることで、何故これがここにあるのかを考えることではない。破片を丁寧に回収すると、部屋の隅にあるベルを鳴らす。ほどなくして、少し離れた部屋に待機している小間使いがやってきた。小間使いの当番は持ち回りであるが、今日の担当はエルフの少女だった。その少女に、オッタルは布袋に入った椅子の残骸を手渡すと、

 

「決して中身を見てはならない、推測してもいけない。何も考えずにこれを裏手の廃棄場所まで運び、誰にも見つからないように捨ててこい」

「かしこまりました」

 

 ファミリアの団員にとって神意というのは絶対であり、団長であるオッタルはフレイヤの代理として言葉を伝えることもある。現在、オッタルはフレイヤの傍遣えをしており、部屋から顔を出して指示を出してきた。エルフの少女が『これは神意である』と解釈するのも無理からぬことではあった。

 

 神妙な面持ちで駆けていく少女の背中を見て、オッタルは彼女が勘違いをしていることを悟ったが、無理に訂正するまでもないと判断した。どの道表に出してはならないことに違いはないのだ。それが過剰であっても、秘密裏に処理されるのであれば、オッタルにも文句はなかった。

 

 神とは元来自由なものだが、それだけではその名誉は守れないのだ。エルフの少女の足音が遠ざかると、オッタルは神妙な面持ちで、階段を下りて行った。

 

 

 

 




とりあえずこれで長い一日は終了です。度々一番長い日と間違えたのは良い思い出。


次回(予定)ステイタスの更新とお祝いパーティ。
次々回(予定)神会で二つ名決定。
次々々回(予定)武器を作ってもらおう。

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