英雄になりたいと少年は思った   作:DICEK

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ベル・クラネルの長い一日②

「君がベル・クラネルか。よろしく、ルート・ダラスだ」

 

 にこやかに手を差し出してくるのは、二十代後半の人間の男性だった。使い込んだ装備にヒゲ面。一般人が想像するいかにもな冒険者という風貌のルートに、ベルは妙な安心感を覚えた。レフィーヤやリヴェリアのような『魔法使い、もしくは弓使いのエルフ』というのも定番ではあるが、こういう男性もまた冒険譚の中では定番である。

 

「レフィーヤは手が離せないってことで、あの子が合流するまで君を預かることになった。あっちの探索に比べたらあくびが出るかもしれないが、一つよろしく頼むよ」

 

 よろしく、と次々にパーティの面々が握手を求めてくる。ルートを含めて全部で五人。全員が人間で、レベル2のルート以外はレベル1である。レベルにおいてはレベル6のリヴェリアは元より、レベル3のレフィーヤと比べても見劣りするが、ロキ・ファミリアに限らずオラリオに存在する過半数のパーティはこういう構成である。人生初のパーティがレベル6と3というベルの方がマイノリティなのだ。

 

 ついでに言えば、男性とパーティを組むのも初めてのベルにとって、今回のレンタルは心の踊るものだった。レフィーヤが知れば拗ねること確定であるが、女所帯では得られない安心感というのもあるのである。そんなベルの心情を知ってか知らずか、ルートはベルを見据えて小さく咳払いをした。さりげなく、残りのメンバーがベルを囲むように移動していたのだが、ベルはそれには気づかなかった。

 

「……ところで一つ確認しておきたいことがあるんだけど、良いかな? これは俺たちだけじゃなく、ロキ・ファミリアに所属するほとんどの男性団員の総意だと思ってくれて構わない」

 

 一体どんなことを聞かれるんだろう。真面目な表情のルートに思わずベルの態度も固くなるが、

 

「リヴェリア様と一緒のベッドで寝てるって話は本当か?」

「レフィーヤと一緒にシャワーを浴びる仲とも聞いたぞ?」

 

 あんまりと言えばあんまりな内容に、ベルは思わず肩をこけさせた。

 

 他にも、ギルドのエルフと懇ろだとか、酒場のエルフとよろしくやっているとか、ベルからすれば身に覚えのない話が次から次へと出てくる。性に奔放なアマゾネスに比べ身持ちが固いことで有名なエルフやハーフエルフとばかりそういう話があるものだから、エルフ堕とし(エルフキラー)なる二つ名、というかやっかみをされていると聞いた時には、流石にベルもめまいを覚えた。

 

 とにもかくにも噂である。吹けば飛ぶようなそれらが真実であるなどと、ルートたちも本気にしている訳ではないのだろうが、世の中にはまさかということがある。噂のどれか一つが本当だったら、男として羨まし過ぎる。鬼気迫る表情でベルに問うのも、男としては当然の行動と言えた。

 

 ここで変に言い逃れをしたら、逆に疑われる。そう判断したベルはきっぱりと声を張り上げた。

 

「全然、全く、やましいことは何もありません!」

「…………そうか。それを聞いて安心したよ」

 

 ベルの言葉に嘘はないと直感したのだろう。ルートの顔から燻った怒りが霧散した。どうやら危機は脱したようだ。安心したベルはよせば良いのに、脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 

「あ、でも毎朝リヴェリア様の膝に乗せられて、髪を梳かされたりはします」

「やっぱり死刑だな」

 

 やっちまえ、というルートの言葉に、団員の男性たちが殺到する。無意味に胴上げされたりジャイアントスイングをされた挙句芝生の上に放り投げられたり、痛くも痒くもないが何だか大変なことをされたりした。モテない男たちの報復が一通り済んだのは、十分も過ぎた後だった。

 

 やり遂げた感満載のルートは、全身やつれたベルを前に何事もなかったかのように、今日の予定を口にする。

 

「今日のベルの役割は途中まではサポーターだ。本来なら今日潜る予定だったのはサポーターがいらないくらい浅い階層の予定だったんだが、途中でレフィーヤが合流するならもう少し欲張れるってことで、今日は余分に設定してみた」

「普段は別にサポーターを雇ってるんですか?」

「いや、基本的にこの班で持ち回りでサポーターを決めてる。これはこれで大事な仕事だからな。フリーを雇うと別に金がかかるし、持ち逃げされたら俺たちだけの問題じゃ済まなくなるからな」

 

 内輪で選出したサポーターが仮に持ち逃げをしたとしても、それは班の内輪もめで済むが外部の人間――つまりは、ルートたちの主神であるロキ以外の神と契約した者を使って、彼ないし彼女とトラブルが起きた場合、これはルートたち当事者だけでなく、ファミリアとファミリアの、引いては主神同士の問題にまで発展する。金と異性はトラブルの原因の定番であり、それはオラリオに住む冒険者であっても変わらない。

 

 ギルドができ、冒険者たちが守るべきルールが定められた昨今でも、その手のトラブルは後を断たない。内輪でサポーターを使うというのは、そういうトラブルを回避する意味合いもあった。

 

「レフィーヤが合流したら、別の役割に交代してもらうから、そのつもりでいてくれ」

「別に最後までサポーターでも大丈夫ですよ?」

「俺も普通ならそうするんだけどな、あくまで預かった形のお前に最初から最後まで荷物持ちをさせてたとなったら、レフィーヤやリヴェリア様に何を言われるか解ったもんじゃないからな……」

 

 先輩後輩というのは入団した時期で決定する。つまるところ、一日でも早く入団していれば、後にレベルが逆転されたとしても上下の関係は変わらないのだ。ルートたちは全員、レフィーヤよりは早く入団しており、彼女から見れば先輩である。普通であればそこまでおっかなびっくりすることもないのだが、レフィーヤがベルのことを猫っかわいがりならぬ、兎かわいがりをしていることはファミリアの中でも有名な話であり、元々彼女と仲の良かったリヴェリアもベルを構っているというのもまた、有名な話だった。

 

 レフィーヤ一人であれば、先輩風を吹かせることもできたのだろうが、副団長であり、レベル6であり、ファミリアの先輩でもあるリヴェリアまで出てくると、話は変わってくる。実力とその立場が恐れられているのもあるが、女神も嫉妬するほどの美貌を持ったリヴェリアは、男性冒険者の憧れの的でもある。できるだけ覚えを良くしておきたいというのは、男のサガと言えるだろう。

 

「とは言え、どんな役割もやっておいて損はない。レベルが上がれば大遠征に召集されることもあるだろうが、その時はサポーターだって一人二人じゃないからな。どんな役割で参加しろって言われても対応できるようにしておくのが、理想ではある」

 

 ルートのもっともらしい言葉に、ベル以外の面々も頷いている。

 

 大遠征は何か一芸に秀でている場合を除いて、レベル1の冒険者を連れていくことはない。最大手ファミリアの一つであるロキ・ファミリアにとっても大イベントであり、それに参加することを一つの目標としてる冒険者もいる程だ。

 

 ベルは他人から見ればリヴェリア、レフィーヤのお気に入りであるが、それとこれとは事情が異なる。深層は浅層に比べると危険度が段違いであり、最低限自分の身を守れないようでは話にならない。お気に入りであるからこそ、ある程度のレベルになるまでは、いかにリヴェリアでも首を縦には振らないだろう。

 

 リヴェリアやレフィーヤの参加しているイベントに、自分が参加できないことを雰囲気で察したベルは当然落ち込むが、それを見たルートたちは苦笑を浮かべる。自分がかつて味わった落胆を、この少年も味わっていることに彼らは一種の連帯感を覚えていた。他人が自分と同じ道を歩いていると実感すると、人はそれだけで優しくなれるものである。

 

 微妙に落ち込んでしまったベルを励ましながら、一行はダンジョンに向かう。冒険者歴の長い彼らにとって、一層を通過するのは作業のようなものだ。あらかじめ決められた役割に従って周囲を警戒したり、モンスターと戦う彼らの姿を見て、ベルは素直に感嘆の溜息を洩らした。

 

 レフィーヤに監督されているとは言え、基本的に一人で戦っていたベルには複数で協力するルートたちの戦い方は目から鱗が落ちるものだった。一人では全てのことを自分一人でやらなければならないが、仲間がいればそれを分担することができる。同じモンスターを同じ数相手にするにしても、効率が段違いだ。

 

 その分、取り分も減ることになるので、一人でいる時よりも多くの仕事をしなければならないが、そのデメリットだけでより多くの安全を買えるのならば、十分にお釣りが来ると言っても良いだろう。

 

「何というか、思ってたよりも強いなベル。流石にリヴェリア様たちが面倒を見てるだけのことはある」

「ありがとうございます!!」

 

 自分が褒められたことももちろん嬉しいベルだったが、それ以上にリヴェリアとレフィーヤが褒められたことが嬉しい。ベルの一々素直でまっすぐな反応に、ルートたちはベルがリヴェリアたちに可愛がられる理由が解った気がした。自分が同じことをしても彼女らに気に入られるとは思えないので、見た目の愛嬌も多分に絡んでいることではあるのだろうが、生まれ持ったモノを才能というのであれば、ベルの人好きのする容姿もまた才能である。

 

 神様というのは往々にして不公平なものだ、というのは日々神様に接しているオラリオの住民ならば痛い程に理解している。とは言え、美女美少女に恵まれた人生に対して、男として思うところがない訳ではない。これで少しでも鼻にかけるところがあればベルを嫌うこともできたのだろうが、少し接してみた限りでベルは所謂『良い奴』だった。

 

 若いというか、幼い思考をしているところも儘あるが、それも愛嬌として済ませられる雰囲気は殺伐とした雰囲気になりやすい冒険者の間では重宝されるだろう。リヴェリアやレフィーヤが構うのも、解る気がした。

 

 いずれ自分をあっさりと超えて強くなる。そんな予感をひしひしと感じながら、ベルに冒険者としての心構えを、レフィーヤが想定しているであろう範囲を超えないように注意しながら説いていると、一行は広い場所に出た。

 

 ダンジョンの地理について、まだまだ詳しくないベルは知らないことだったが、その場所はロキ・ファミリアに所属する冒険者の間では『L-13』と呼ばれる場所だった。第二層に行くためにはいくつかの経路があるが、最短、もしくはそれに準ずる経路を通る際には、必ず通過することになる場所である。

 

「止まれ」

 

 そこに一歩足を踏み入れた時、先頭を歩いていたルートが警告を発した。そのただならぬ気配に全員が足を止め、ベル以外の全員が自分の武器に手をかけた。そこまで行くと、ベルにも何か深刻な事態になったのだ、ということが理解できた。

 

 冒険者歴の浅いベルにも解るくらい、そこには激しい戦闘の後があった。それも明らかに、一方的なものである。その場所に足を踏み入れたばかりのベルたちにも解るくらいに死臭が漂っているが、見えるのは破壊の痕跡と血だまりだけで、死体は一つもなかった。ダンジョンの中でモンスターが冒険者の死体を食うというのは聞かない話ではないが、ルートはこの破壊の痕跡が刻まれたのは、そう昔のことではないと判断した。

 

 何しろ、ここは最短ルート上にあり、第二階層に降りる冒険者のほとんどが通る場所である。こんな場所で一方的に冒険者が殺されるなんて事件があれば、すぐにギルドが布告を出す。自分たちがそれを聞いていないということは、この哀れな犠牲者たちが第一号で、自分たちがその次という可能性が高い。

 

「ルート、どういうことだ?」

「モンスターと戦って、冒険者が負けた。大きな血だまりの数から見て、冒険者の数は四人以上。対するモンスターはおそらく一匹、多くても二匹だと思うが」

 

 推測を述べていく内に、ルートは言い淀んだ。

 

 ここはまだ第一層だ。この場で殺された冒険者全員のレベルが1だったとしても、ここまで一方的に冒険者を殺せるモンスターが第一層に出たという記録は、少なくともルートの記憶にある限りでは一度もない。仮にそんなモンスターが現れたのだとしても、全滅というのはいくら何でも不運が重なりすぎている。一人か二人、無事に逃げることができたとしても良さそうなものだが、ルートたちはここに来るまでの間、一度も他の冒険者とすれ違うことはなかった。

 

 その事実から、件の冒険者はここか、あるいはここまでの間で殺されたと見て間違いはないが、そうなると件のモンスターは複数の冒険者を相手に逃走することも許さず、一方的に皆殺しにした挙句、全ての死体をどこかに片づけたということになる。

 

 無論、まだ遭遇していないだけで逃げたり隠れることに成功した冒険者がいることも否定はできないが、この場で殺されたであろう冒険者の数を想像するに、件のモンスターの脅威は既に、自分たちが関わって良いレベルを超えているとルートは見た。

 

 何か良くないことが起こっている。そう判断したルートは即座に撤収を決断したが、それを口にするよりも早く、ルートたちとは反対の入り口から、大きな足音が響いてきた。

 

 この場における正解は、わき目もふらずに踵を返し、全速力で逃げることだったのだろうが、自分たちは冒険者であるという認識がルートたちの足をその場に留めた。命が何より大切と解っている冒険者たちでも、『逃げる』という行為には決して少なくない精神的な抵抗があった。目の前に凄まじい脅威がやってくると解っていても、姿も見ない内から逃げ出すのは格好悪い行為だと、心のどこかで思っていたのだ。

 

 その見栄と判断の遅さが、ルートたちの命運を分けた。一瞬にしてその場の空気に飲まれた彼らは、最初にして絶好の逃げる機会を失ってしまう。

 

 かくして、大きな足音の主はルートたちの前に姿を現した。

 

 牛頭の巨人である。上層では珍しい人型のモンスターであるそれは、名をミノタウロスと言った。手には身の丈ほどもある雑な造りの大剣が握られており、その刀身は真っ赤に染まっていた。何を斬ってそうなったのかは、考えるまでもない。これが、この惨劇を引き起こした犯人だ。ルートがそう認識した時、ミノタウロスは雄叫びを挙げて、まっすぐに駆け出した。

 

「走って逃げろ!」

 

 そうなってからのルートの決断は早かった。残りのメンバー全員に撤退の指示を出し、自分は一人、剣を抜いてミノタウロスに向かっていく。ミノタウロスのレベルは2。レベル1の仲間たちではとてもでもないが対応できるものではない。逃げるにしても、ある程度は時間を稼ぐ必要がある。その役目ができるのは自分しかいないと解った上での行動だったが、まず一撃。ミノタウロスの大剣を紙一重で避けた所で、ルートは激しい違和感を覚えた。

 

 ミノタウロスと戦ったことは、何度かある。単独での撃破は経験はないが、レベル2の冒険者が複数でかかれば問題なく処理できるレベルのモンスターだったと記憶している。無理をすれば自分一人でも倒せない相手ではない、というのがルートの認識だったが、たった今避けた一撃はその認識を覆すものだった。想定していたよりも明らかに早く、重い一撃である。

 

 同じモンスターでも特別な個体が生まれることはあるが、これがそれなのだろうか。何と間の悪い。心中で毒づきながらも、ルートの動きに迷いはなかった。

 

 仲間のために少しでも時間を稼ぐ。強い決意に支えられた剣はなるほど、レベル2の冒険者にしては鋭く重い。ルートの攻撃を、ミノタウロスはその大剣で受け止めた。甲高い音が響き、火花が散る。力と力のぶつかり合い。ミノタウロスの巨体から生み出される膂力はすさまじい物があったが、ルートもレベル2の冒険者である。負けじと強く押し返した所で、なんと、ミノタウロスは僅かに身体の力を抜いた。

 

 本来はモンスターと最も縁遠いはずの『技術』に、ルートの身体は僅かに前につんのめった。

 

 そして、それを狙いすましたかのように、ミノタウロスは身体を折りたたみルートに蹴りを放った。それは、ロキ・ファミリアのベートのような洗練された動きではなく、目の前でひたすら繰り返された動きを、見様見真似で試してみたような不自然さがあったが、モンスターが技を使うはずがないという冒険者にとってはある種当然の固定観念に縛られていたルートには、効果覿面の攻撃だった。

 

 人間よりも二回りは大きいモンスターの蹴りである。それをまともに食らったルートは血を吐きながら吹き飛ばされ、ダンジョンの床を転がった。それでも、武器を手放すことがなかったのは冒険者としての意地だった。血を吐くルートを見て、ベルたちは慌てて彼に駆け寄った。ここでも、指示を無視した形である。一目散に逃げていれば犠牲は避けられないにしても、全滅は免れたかもしれないが、ベルたちは誰もそれをしなかった。

 

 仲間を見捨てることが、どうしてもできなかったのだ。人間として美しいはずのその行為はしかし、ベルたちに新たなピンチを生み出した。眼前にはミノタウロス。単体でアレと戦えるルートは既に負傷している。命に別状はないが、自分と同レベルの強敵とすぐに戦えるようなコンディションではない。

 

 残りのメンバーはベルを含めて全員がレベル1である。レベル差はほとんどの場合において、絶対である。それは冒険者にとって、ダンジョンで生き残るためにまず叩き込まれる常識の一つだ。冒険者はそれを肌で実感し身体に覚えこませていくのだが、この中に良くも悪くもそれを理解していない駆け出しの冒険者が一人いた。

 

「僕が残ります。皆さんはルートさんを連れて撤退してください」

「おいベル!」

 

 仲間の一人が抗議する。これは序列の問題だ。殿というのは一番危険な役目で、ここまで危機的状況であればそれは皆の代わりに死ぬ囮と同義である。そしてそれは新人に押し付けるべき役割ではない。より強い者、古参の者が張るべき役割だ。

 

 自分たちよりも足の速いミノタウロスと相対している以上、ここでメンバーが取れる選択肢は実質的に二つしかない。全員でここに残って、ミノタウロスと戦うか。誰か一人を犠牲にして、時間を稼ぐか。ベルは一人、その役割を背負おうとしている。一人の冒険者として実に勇敢な発言であるが、ここでそれを変わるのが先輩としての役割だ。

 

 しかし、目の前にはミノタウロスがいる。レベルが上の、敵うはずもない怪物だ。

 

 そんな怪物を前に、自分以外の誰かが残ると言っている。代わると言うべきなのは解っていたが、誰一人として声をあげることはできなかった。

 

 仮にここで生き残れたとしても、新入りを犠牲にして生き延びた自分たちに、冒険者としての道はない。それが解っていてもなお、彼らは足を踏み出すことが、言葉を発することができなかった。戦えば死ぬという恐怖は、それ以外の何物にも代えがたかったのだ。

 

「…………すまない」

 

 ルートを抱えた彼らは、ベルを残していくことを決めた。予備の武器を全て外し、その場に置いていく。うわごとのように、ルートが何かを言っていたが彼らは耳を貸さなかった。ルートを抱え、なるべく早くとミノタウロスとベルから離れていく。

 

 皆がとりあえず、安全な場所まで距離を取ったことを確認したベルは、自分の剣を構え、ミノタウロスと相対した。

 

 小柄なベルよりも三周りは大きく、頭は牛。筋骨隆々のそのモンスターは、鼻息も荒くベルを見下ろしていた。命の危機である。レベルが上のモンスターを相手に、経験の浅い冒険者が一人。生き残れる道理はないが、不思議とベルは落ち着いていた。武器を持つ手に、力を込める。今、自分の背後には撤退する仲間がいる。自分が死ねばそれだけ、仲間が危険に晒される。

 

 本音を言えばとても怖い。今すぐにでも逃げ出したい気持ちは、ベルの中にもある。

 

 だが果たして、ここで仲間を危険に晒す人間が英雄になることができるだろうか。物語の中の英雄はここで、何をするのか。武器を持って戦う。怪物と戦って、倒す。それが英雄のあるべき姿であり、自分のなすべきことだ。

 

 強固な意志の前に、震えはぴたりと止まった。

 

 




既に撤退の援護ではなく撃破が目標にすり替わっていますが、その辺は後でリヴェリア様にでも説教してもらおうと思います。

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