裏と表と個性とアイドル
そういえば、今日は新刊の発売日だ。
ふと思い出して、部活帰りの帰路書店に足を運んだ。
三年生に進級してから一か月ほどが経つが、ここ最近は特に何もなく退屈な毎日を送っている。まぁ要するに、奉仕部に依頼がほとんど来ないのである。それについては、依頼者が来ないってことはこの学校は平和なんだなぁなどと楽観視することができるが、実際問題やることがないのだ。端的に言えば暇である。
奉仕部は居心地がいいし、出てくる紅茶は美味いし、時々飛んでくる毒を除けばそれはもう最高であるといえる。それは言いすぎだな。最高なのは我が家でした。
最近は一色が奉仕部を訪れる回数も減ってきていて、どうやら生徒会長としてしっかりと仕事をしているようで、俺たちを頼ってくることもほぼなくなった。ほんのたまにだけ俺を雑用として頼ってくるけど。いや、使ってくるけど。
それでもまぁ、頼られなくなってしまうの案外寂しいものだななんて、柄にもなくそんなことを思っていた。
とにもかくにも、時間を有効活用できるように、新しい本を買ってみるのもいいかもしれない。そう思いながら、店の扉を開けた。
お目当ての本を見つけるとそれを手に取った。そして他にも何かいい本がないか店内を探し始めた。何も考えることなく歩き回ってると一つの本が目に付いた。本といっても、小説や参考書などではなく、どこにでもあるような雑誌だった。
ただ、その雑誌の表紙には天使が写っていた。もうあまりの可愛さに、それはもう絶句してしまうレベルである。戸塚とタメを張る可愛さ。まさか戸塚と同じレベルの可愛さの人間がいるとは思わなかった。
これ以上店でニヤニヤと雑誌を見続けるわけにもいかないので、その雑誌も手に取り、購入し、颯爽と家に向かって自転車を漕いだ。
× × ×
「たでーまー」
「おかえりおにーちゃん。今日は帰ってくるの遅かったね」
妹の小町が、制服にエプロンを付けた格好で姿を現した。恰好から察するにどうやら晩飯の支度をしてくれているらしい。
うちの妹が天使すぎるんだが。絶対嫁には出しません。
「書店で天使を見つけちまってな」
そういいながら先ほど買った雑誌を小町に見せつける。
すると、呆れたかのように深々と溜息を付いた。
「…おにーちゃんほんとやよいちゃん好きだよね。もうおにーちゃんじゃなくて、ろりーちゃんだよ…」
「待て小町。俺は決してロリコンじゃない。ただやよいちゃんが可愛すぎるからいけないんだ」
「お願いだから捕まるようなことはしないでね?ただでさえ怪しいんだから」
「え、ちょっと酷くない?おにーちゃん傷ついちゃったよ?」
「はいはい。ご飯の支度できたら呼ぶからね」
「おう、すまんな」
小町との会話を切り上げると全速力で階段を駆け上がり、自室にこもる。
そして先ほど買った雑誌を袋から再度出し、ベットに横になる。
興奮冷めやらぬ状態でページを捲っていく。やよいちゃんは、先頭グラビアのようで最初の4ページを天使が飾っていた。
説明するまでもないかもしれないが、やよいちゃんとは765プロ所属のアイドル高槻やよいのことである。その可愛さたるや、戸塚、小町に並ぶほどの可愛さで俺の中で3大天使として有名である。ちなみに俺はロリコンではない。
天使の可愛さに癒され、このページ切り抜いて保存しとこうかななどと考えながら更にページを捲っていくと、今度は346プロのアイドル達のグラビアが少し小さめに掲載されていた。
正直アイドルに対してあまり詳しくない俺ですら、この二つのプロダクションは知っているくらいなので、おそらく知名度的にはどちらもものすごいものだろう。
しかしながら、346というと色んな方面に手を出しているためか、アイドル事務所としての実績はあまり聞いたことがない。
やよいちゃんの可愛さに敵うやついないだろうけどついでに見てやるとするか。
パラパラページ捲るってみると、一人ひとりに割り当てられる箇所こそ小さいが、それでも団体として見る分にはなかなかのボリュームがある。さすがは最大手事務所というべきだろうか。
「色んな人間がいるんだな…」
感心して独り言を漏らす。
デッカイアイドルに怠惰系アイドル。中二病アイドルに猫系アイドル。
最近のアイドルはキャラが濃いんだなと小学生並みの感想を抱いて、雑誌を閉じるのだった。
× × ×
翌日、放課後。
例のごとく退屈な日常である。
昨日買った新刊は既に読み終えてしまい、暇を持て余していると、携帯を弄っていた由比ヶ浜が口を開いた。
「そういえばもうすぐ中間試験だね。ゆきのんは勉強とかしてる?」
すぐ隣に座っている雪ノ下のほうへ体を向け問う。
「特にこれといった勉強はしていないわね。しっかり授業を聞いておけばそんなに勉強も必要ないものよ」
「ほぇー。そうなんだ。あたしは勉強してもできないからなー」
「それはお前問題ありだろ。大体、今年はもう受験生なんだから危機感持てよ危機感」
「ヒッキーに言われたくないし!大体ヒッキーも数学あたしと同じくらいじゃん」
「俺は受験で数学使わないからいいんだよ」
「よくはないでしょう…」
雪ノ下がこめかみを抑えながら溜息をつく。
いや実際苦手意識を持っちゃうとどうしても勉強する気にならないんですよね。
「そういえば、ゆきのんって1年生の時からずっと学年一位なの?」
「ずっと、というわけではないけれど。おおよそ一番ね」
雪ノ下は少し誇らしげに、主張の少ない胸を張った。
「でも意外だな。お前のことだからてっきりずっと一位なんだと思ってたわ。お前が一位じゃないときは誰が一位だったんだ?葉山か?」
「いえ、葉山君ではないわ。たしか同じクラスの前川さんだったかしら。二年生になるころには学校を休みがちになって競うことはなくなってしまったのだけれど」
「ほーん。そんなやつもいるのか」
「ええ。交友関係が恐ろしく狭いあなたには知り得ないことでしょうね」
「うるせーよ」
三人で話しているとあっさり時間は経過して、下校時刻となった。
雪ノ下と由比ヶ浜は鍵を職員室に返しに行くため俺とは逆の方向へ歩いて行った。
俺も帰りますかね。
下駄箱に到着した時、教室に新刊を置きっぱなしにしていることを思い出した。
持ち帰るのは別に明日以降でも構わないのだが、如何せん思い出してしまったからには取りに行かないと何となく寝覚めが悪い。
踵を返し足早に教室へと向かい、例の物をかばんにしまい込み、再び下駄箱へと向かう。教室を出て、階段に向かうための曲がり角を曲がろうとしたとき、何かが俺の体に結構な勢いで衝突した。
「んにゃぁ!」
猫のような素っ頓狂な声をあげて女子生徒が尻もちをついた。
ぶつかった衝撃で、手に持っていた参考書らしきものと、掛けていた眼鏡が床に落ちた。
「す、すみません。ちょっと急いでたので」
「あぁいえ、大丈夫っすけど」
さすがに、彼女がすべて悪いわけでもないので、俺も床にばら撒かれた参考書を拾う手伝いをした。参考書には丁寧に前川みくと名前が書かれており、名の後ろに猫のような簡易的な絵が描かれていた。
前川みく…。
猫…。
どっかで見たことあるような…。
散らばった参考書を拾い終え彼女に手渡すと、ようやくそこで彼女と初めて目が合った。
初めてあったはずなのに、なぜか見たことあるような気がする顔だった。
よく見たら、昨日の雑誌に載っていた顔と全く同じであることに気付いた。
「あ、346プロのみくにゃんじゃん」
「にゃああああ!?なんで知ってるのにゃぁぁ!?」
彼女の驚愕の声は人の少なくなった校舎に響き渡った。
というわけで、前川みく編、一話でした。
みくにゃんの年齢など話の都合上、一部変えている部分がありますのでご了承ください。
余談ではありますが、作者はみくにゃんが一番好きです。
感想、アドバイス等あればお願いします。
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