「八幡、お昼一緒に食べよ?」
「いや、おまえ他のやつに誘われてただろーが。そいつらと仲良く食えよ」
この渋谷凛という女、なかなかどうして面倒な存在である。
見た目、言動、行動共に全てがリア充の代表格のような存在であるにも関わらず、ぼっち、もとい総武高校を代表するような嫌われ者の俺と一緒にいようとする。
その行動の意味が俺には全く理解できない。
この女の言動、行動からは全く裏を読み取ることができない。
恐らくではあるが、本当に信じ難いことではあるのだが、コイツには裏表がないのだと思う。
だからこそ、余計に厄介だ。
けれども百戦錬磨であるところの俺を舐めてもらっては困る。負けることに関しては俺が最強。
最初から期待しないし、途中からも期待しない。最後までも期待しない。
俺は決して他人に期待なんかしない。
「八幡と食べるからって断ってきた。だから八幡が断ったら私初日から1人でお昼食べることになるね」
「ちょっとあなた何してんの?そうやって退路塞ぐのやめてくれる?」
「はやく食べよ?」
「勝手すぎませんかねぇこの子…」
もともと席が隣同士で近いのに、渋谷は更に俺の机の側に椅子を運ぼうとしている。
おいおい、どんだけ近いんだよ。
さすがにこの状況はあまりよろしくないであろう。
何より目立つし。
俺は机の横に掛けてあった袋を引っ掴むと席から立ち上がる。
「今日は先約があるんだ。残念だったな」
「嘘だね。目がめっちゃ泳いでるよ?」
「ちっ。目敏いやつめ…。俺は昼飯はベストプレイスで天使の舞を見ながら食べるって決めてんだよ」
「ちょっとなに言ってるかわかんないけど、じゃあそこに早く行こうよ」
「 一緒に食うことは確定事項なのかよ…」
渋谷はこう見えてかなり頑固というか融通が利かない。これがアイドルというものなのか…(偏見)
理論で説き伏せる俺に対して、渋谷は感情で訴えかける。俺のほうが分が悪いのは火を見るよりも明らかだ。
人生は諦めが肝心って偉い人も言ってたし、もう諦めよう…。
「とっとと行くぞ」
荷物を持って後ろのドアから教室を立ち去る。
その際に、粘っこい視線を感じたけど、多分気のせい。
「なぁ、お前なんでリア充の奴らとかと仲良くしねーの?明らかにそっち側の人間だろ?」
廊下を歩きながら気になったことを直接聞いてみる。
言動、行動の裏を読むことができないなら、表から直接的に聞く他ない。
渋谷は心底不思議そうな顔をして首をかしげる。
「私が八幡と仲良くしたいから、八幡と一緒にいるんだよ?」
なんの照れもなく、なんの含みもなく。
彼女の口からは、さも当然の如く、その言葉が紡がれる。
顔が、全身が熱を帯びるのがわかる。
自分の顔が紅潮していくのが見なくても感じ取れる。
「…ぼっちキラーめ」
っぶねー。マジ、っべーわ。
俺じゃなかったら絶対惚れてる。なんなら惚れて告白して振られてクラスの奴らに知られて気まずくなるまでがセット。
どこの中学時代の俺だよ。
「でも、他にも一応理由はあるんだ…」
そう溢す彼女の表情は翳っていて、その瞳はどこか儚げで、それでいてとても美しかった。
「私そこそこ顔がいいじゃん?だから近寄ってくる男子はみんな下心丸見えでさ、女子は私の見た目を男子と仲良くするために利用するだけだったからさ…。」
諦観というのだろうか。
彼女の顔には悲愴感、あるいは諦めという感情が色濃くでていた。
「…そうゆうの疲れちゃった」
ひどく悲しそうに笑う彼女。
きっと俺と理由は違えども、周りの交友関係を諦めたのだろう。
彼女の気持ちを全て理解できるなんて、そんな大層なことを言うつもりはない。
けれど、その言葉には、その考え方には少しばかり共感を得るものがあった。
「…まぁお前の気持ちも少しわかる。人間誰しもが1番に自分を可愛がるものだからな。自分以外の他人は利用してなんぼだろう。お前はそれに早いうちから気付けてよかったな。利用されるだけの価値があるんだから、きっとそれは誇っていいことだろ」
鳩が豆鉄砲喰らったような顔をした渋谷が数秒沈黙の後に吹き出す。
「なにそれ、励ましてんの?」
「…さあな。ただ世の中には利用する価値もない人間もいるんだよ」
「それ自己紹介?」
「…うるせぇよ」
俺の後ろをついてきていた渋谷が小走りで俺の横に並び立つ。
そのまま、俺の真正面に入ると真っ直ぐ俺の瞳を見つめる。
「…ありがとね。なんか元気出た」
そんなはっきり言われるとこっちが照れるっつーの。
プイッと顔を背けて再び少し早足で歩き始める。
「…早くしねーと飯食う時間なくなんぞ」
「じゃあ行こっか」
それきり会話は特になかったが、不思議とその沈黙も悪いものではないと思えた。
× × ×
最後のチャイムが鳴ると生徒はそれぞれの支度を始める。
部活行くもの。家に帰るもの。はたまた、教室で仲良くお喋りするもの。
かくいう俺は強制入部させられた部活動があるので、普段ならばそそくさと部室に向かうわけだが、今日に限っては教室の机で教科書とノートを広げていた。
渋谷はアイドルのレッスンなどで割りかし忙しいらしく、 勉学のほうは少し疎かになっているらしい。
そこで、放課後暇な時は勉強を教えてほしいと頼まれた。
もちろん働かざること山の如しとまで言われた俺が素直に教えるはずもないのだが、この女本当に頑固である。
結局泣き落としに近い形で俺が諦めることとなってしまった。
まぁ部活でも本読むだけだから別にいいんだけどね?
むしろアレだな、こうやって施しを与えているのだからこれも奉仕部の活動の一部とみなしていいのではないだろうか?
やだ、八幡くんったら働き者!!
ふっ…やはり俺には社畜の魂が宿っていたようだ。
必要ないかもしれんが一応部長様に遅れるという旨の連絡を入れておこう。由比ヶ浜を介してだけど…。
なんなら、出れないって送っとくか。
これで、勉強を早めに切り上げて部活時間よりも早く帰るなんてことが可能になるんじゃね?
っべー!マジ俺ってば天才じゃね?
そうと決まれば、早速行動に移す。
由比ヶ浜に今日は部活出れない。と送信した。
打ち終わって携帯を机に置くと、瞬間にスマホがバイブで揺れた。
返信早すぎだろ…。
メールフォルダを開くとそこには、
ダメよ。遅れてでもいいからしっかり来なさい。と表記されていた。
この簡素な感じは雪ノ下だな。わざわざ由比ヶ浜の携帯使うぐらいなら俺に連絡先教えとけよ…。
まぁいい。これは見なかったことにして帰っちまえば俺の勝ちだ。
スマホの電源を落とそうとしたとき、後ろからスマホを取り上げられた。
振り返ると、悪戯っぽい笑顔を浮かべる渋谷が立っていた。
メールの差出人と内容を見て怪訝に思ったのか、気まずげに問いかける。
「えっと…八幡。この人にお金貢いだりしてないよね?」
「何と勘違いしてんだおまえ。そりゃ同じ部活のやつだよ」
「部活いかなくていいの?」
「ああ。行ってもどうせ本読むだけだからな」
「ふーん。何部なのそれ」
「…奉仕部」
「ふふっ…変なの」
「知ってるよ」
俺が変なのも、奉仕部とかいう部活があること自体変なのも十分知ってますよ。
「あ、じゃあその部活行こうよ!そこで勉強すれば八幡も部活に出れるし、私も勉強教われるしで一石二鳥だよ」
「その提案は俺に得が一切ないんだよなぁ…」
それになんとなく面倒なことになりそうな予感がビンビンしてる。
…帰らしてくんねーかなー。
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