今回は視点がコロコロ変わりますが混乱しないようご注意下さい。
ここ最近はずっと生徒会室で仕事してる気がする。
とくに学校が楽しいわけではなく、サッカー部に顔を出すのも面倒で寒いし、一緒に遊ぶ友達はいないし、せんぱいとは会ってないし。
まあ最後に関しては自分で決めたことですし、もういいんですけどね。
どうせ私じゃだめなんですよ。
MAXコーヒーを飲みながら再び仕事に取りかかる。
甘いな。
不意にドアがノックされる。
とりあえずどうぞと返事をすると雪ノ下先輩だった。
「こんにちは、一色さん」
「雪ノ下先輩、こんにちはです。どうしたんですか今日は」
雪ノ下先輩がここへ来るのは珍しいことです。
雪ノ下先輩とは久しぶりだな。相変わらず綺麗な黒髪だな。
「ええ。偶然会った平塚先生に一色さんに渡すよう頼まれた書類をね」
「それはご苦労様です。雪ノ下先輩」
「一色さん、生徒会の仕事は忙しいのかしら?最近は奉仕部へは来なくなったし、うちの比企谷君ならいつでも貸し出しているし、派遣してもいいのだけれど」
せんぱいは変わらずかわいそうな扱いを受けてるんですね。
雪ノ下先輩はせんぱいに対して酷いですね。
面白いですけど。
「それとも、奉仕部へ来るのが嫌なのかしら。いえ、正確には比企谷君に会うのが嫌なのかしら?」
雪ノ下先輩の目がさっきと変わって鋭く、棘がある。
「どういうことですか?」
やっぱり、雪ノ下先輩は私とこの話をするために来たのだろう。
「私も由比ヶ浜さんもあなたの比企谷君に対する好意くらいはすぐにわかるわ。比企谷君自身は気づいていないようだけど」
せんぱい鈍感ですもんね。鈍過ぎて辛いです。
「あなたは私と由比ヶ浜さんに対してずっとどこか気を使っていたでしょう。比企谷君となにがあったかはわからないけれど、来ないなら来ないで中途半端なことはしないでほしいわ」
中途半端?なにを言っているんですか?
私はもう奉仕部へは関わっていないですよ。自分からは。
「中途半端ってどういう意味ですか?」
「あなたにプレゼントしたティーカップのことよ。なんだか見ていて目障りなのよ」
勝手にプレゼントしておいてなんなんですかね。
別に私、欲しいなんて一言を口にしてないんですけど。
「目障りならそちらで処分して頂いて構いませんけど」
「私は処分出来ないわ。だって。比企谷君はあなたのために考えて選んだものだもの。処分するなら自分で取りに来てちょうだい。大掃除の日までは待つわ」
雪ノ下先輩はそう言い残して生徒会室を出て行った。
奉仕部へはもう行かない。そう決めたんだ。
せんぱいを思い出す。
雪ノ下先輩は言った。
あなたのために考えて選んだものだと。
やっぱりせんぱいはそこにいなくてもあざといですね。
それから数日、私は結局ティーカップを取りに行けないままでいた。
一度は部室の前まで行ったんですよ?
でも、ドア越しに聞こえる会話は暖かくて、なんかこう、家族で話しているような、そんな雰囲気で、やっぱり私はそこに入っていけなくて。
また逃げちゃいました。
そして期限日、大掃除の日、今日取りに行かないと、おそらくは処分してしまうのだろう。
雪ノ下先輩、嘘はつかないですからね。
せんぱいたちの気持ちがわかる唯一形のあるものを、処分されたくはない。
さらっと取って来て帰りましょう。
ノックをする前に深呼吸。
いつぶりかな。
二週間ちょっとくらいかな。
たかだか十数日なのにとても苦しかったな。
あのティーカップがあれば、ちょっとは楽になるかな。
ドアをノックし、どうぞと雪ノ下先輩の声が聞こえた。
「失礼します」
まだ二人は来ていなくて、雪ノ下先輩だけでした。
私にとっては嬉しいですけどね。
今せんぱいがいたらまた逃げちゃいそうでしたし。
「今日来なかったらどうしようか思っていたわ」
読んでいた分厚い本を優しく閉じて微笑む雪ノ下先輩。
この間とは全然違うじゃないですか。
「今日は由比ヶ浜さんと比企谷君は来るのが少し遅くなるそうだから、紅茶はいかが?」
いつもと変わらず接してくれる雪ノ下先輩。
やっぱり奉仕部っていいな。
「そうですね。じゃあ最後に一杯いただきます」
「ええ」
紅茶を淹れる雪ノ下先輩の仕草は上品で、私が見てもうっとりしてしまう。綺麗だな。
「どうぞ。お熱いうちに」
熱々の紅茶を一口。
雪ノ下先輩の淹れる紅茶は甘くて、ちょっぴり苦い奉仕部の味。
「あなたが来なくなってから少しだけ、この部は静かになったわ…」
「そんな顔で、言わないでください」
そんな名残惜しそうな顔をしないでください。
まるで永遠のお別れみたいじゃないですか。
「雪ノ下先輩って、せんぱいのこと、好きなんですか?」
最後に、ちょっとだけ意地悪しちゃいます。
みなさんが優し過ぎるから。
「さぁ、どうかしらね」
不敵に笑う雪ノ下先輩。
嘘はつかないけど、本当のことも言わない。
雪ノ下先輩も結構ずるいんですよね。
「そろそろね…」
雪ノ下先輩は小さいそうつぶやいた。
それと同時に廊下から声が聞こえてきた。
結衣先輩とせんぱいの声。そしてもうひとつ。初めて聞く声だ。
どうしよう。早く逃げなきゃ。
「言い忘れていたのだけど、今日は比企谷君の妹の合格祝いをするの。ここで」
「やっはろーゆきのん。小町ちゃん連れてきたよー。いろはちゃんもやっはろー」
「おう雪ノ下、一色。」
「雪乃さんやっはろー。あれ、もうひとり、美人さんがいる」
この子がせんぱいの妹さん。
せんぱいとは全然違う空気で、誰とでも仲良くなれそうな感じ。
「ああ、こいつはな、生徒会長の一色いろはだ。一年生にして生徒会長なんだぞ。最近も割と頑張ってるしな。一色、こっちは妹の小町だ。面倒見てやってくれよな」
せんぱいたちはいつもと変わらずに接している。
もっとぎこちなくなると思ったけど。
でもどうしよう。
「雪ノ下先輩…」
雪ノ下先輩を睨む。
「私は別に、騙したりはしてないわ。虚言もした覚えはないし」
「ゆきのんは嘘つかないもんね」
「一色さんも小町さんの合格祝い、一緒にどうかしら?」
わざとらしく聞いてくる雪ノ下先輩。
今帰ったりしたら、空気悪くしちゃうじゃないですか。
ずるいです。
「いろは先輩。初めまして。八幡の妹の小町です。うちのごみぃちゃんがいつもお世話になっています」
「お前はサラリーマンか」
「うるさい。今は小町がいろは先輩と話しているでしょうが。ごみぃちゃんは黙ってて」
小町さん、せんぱいに当たり強いな。
妹さんにもそんな扱いなんですね。やっぱりせんぱいですね。
「ゆきのん、もうパーティー始めようよ。いろはちゃんもちゃんと来てるし、私もうお腹空いた。ゆきのんのケーキ食べたい」
「わかったからくっつかないで。今出すわ」
…私はなにを悩んでいたんですかね…
なんか吹っ切れちゃいました。
「せんぱい、妹さんもっと早く紹介してくれても良かったじゃないですか?」
「そうだよごみぃちゃん。…私の知らないところで新たなお義姉ちゃん候補が…」
「わざわざ紹介する必要はないだろ、今回はただ機会があったからだし、それに、これからまたここで小町とも仲良くしてもらわにゃ困る」
やっといつもの一色さんに戻ったわね。
やっぱり比企谷君のおかげかしら。
比企谷君の言うとおり、小町さんも一色さんもすぐに打ち解けて、あんなに楽しそう。
一色さんが来てくれて良かったわ。
「一色さん、ティーカップはまだここに置いていていいかしら?」
一色さんに聞いてみた。まだここにいてくれるのかしらと。
「はい。また来ますから。雪ノ下先輩、ちゃんと保管しててくださいね」
次回は合格祝いの様子をお届けしたいと思います。