やはり比企谷八幡は捻くれている。   作:秋乃樹涼悟

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今回は前回の話から少しだけ飛びます。
あれ?さっきまで誕生日会してたじゃん?と思うかもしれないですが、ご了承下さい。


ぼっちの誕生日ほど辛いものはない。

「…なあ一色…」

「なんですかー?」

「今日って、俺の誕生日だったよな?」

「…そーですよ」

 

つい1時間程前、俺は一色が俺のために企画してくれた誕生日パーティーで楽しくしていたのだ。奉仕部の部室でケーキを食べ、プレゼントをもらっていた。

 

だが今は、平塚先生が一色を呼び出し、なぜか俺だけ一色の仕事を付き合わされ、生徒会室で一色とふたりきり、山の様に積まれた書類に囲まれている。

一色の顔はまるで残業中のOLのようで、先程とは全く違う。

 

プレゼントをくれた時の一色は正直言って、可愛かった。

不覚にもドキリとした。

あのときは危なかったぜ…うっかり一色に惚れちまうところだったぜ。

 

「せんぱい、諦めてください。せんぱいのこれからの人生はひとり寂しく生きていくんですから。誕生日もバレンタインデーも、クリスマスも」

「…」

「せんぱいもいずれは家を遠回しに追い出されて、生きるためにどっかのブラック企業に就職して独りになるんですから」

 

パソコンと睨めっこしならがら俺のヒットポイントを削ってくる一色。すでにイエローゲージ突入である。

 

「遠回しに追い出されるってなんかリアルだな…」

「まあそうなっちゃったら私が拾ってあげてもいいですよ。ほら、私って、捨てられた子犬とか子猫とか見捨てておけない人じゃないですかぁ?」

「人を捨てられた子犬とかと同じ扱いするなよ。…でもまああれだな。養ってくれるってんならいいかもしれない」

 

むしろ一色に養ってもらえるなら捨てられた子犬でもいい。

小町にどこか似てるからだろう。なんか落ち着く気がする。

 

「せんぱい今私と結婚とか考えてましたか?ごめんなさいいきなり結婚とかって話は流石にアレなんでプロポーズする前にまず私に告白して付き合ってからにして下さい心の準備とか色々大変なんでごめんなさい」

「あ〜はいはい」

 

なんでそこから結婚の話になるんだよ、飛躍しすぎだろ。

 

「一色、比企谷、どうだ?」

 

突然ドアを開けて入ってくる平塚先生。毎度のことながらノックはなし。…よくこれで社会人やってるよな。

 

「平塚先生、私前に言いませんでした?ちゃんとノックはして下さいって」

「いやぁすまんすまん。ついな」

「そんなんだから婚期遅れるんですよ、平塚先生」

 

やばい、ついうっかりポロっと出てしまった。

歯を食いしばらないと!と!…ん?

ファーストブリットが来ない。

 

「…どーせ私なんか結婚なんて出来ませんよ…昨日のタイムラインで昔仲の良かった子達が男と一緒に楽しそうにビーチパーティーしてるの見て嫉妬してますよ。…また私だけ呼ばれなかったな……あは、あははははー…はぁぁ」

 

やってしまった…。

笑い出した挙句しくしくと子供のように泣き出す平塚先生。

ものすごく罪悪感を感じる…これならまだファーストブリット食らった方がマシだった気がする。

 

「それで平塚先生、なんでまた来たんですか?私とせんぱいの邪魔をしに来たんですか?」

「一色、今の言い方だといちゃいちゃしていた様に聞こえるぞ。仕事の邪魔だろ、それを言うなら」

 

いちゃいちゃなんて一粒も入ってなかったからな。リアルな現実を聞かされて、告白もプロポーズもしていないのに振られただけだ。

 

「まああれだ、比企谷の誕生日だし、仕事も急にさせてしまったし、せっかくだからこれが終わったら飯でも奢ろうかと思ってな。もちろん一色もだ」

「じゃあじゃあ私、あのお店がいいです!らっせの人!」

「ああ。なんか懐かしいな」

「じゃあそこにするか。では仕事が終わったら私を呼びに来てくれ」

 

用を済ませると平塚先生は職員室に戻った。これからまた仕事があるのだろう。社会人ってほんと嫌だなぁ。

俺に至っては誕生日なのに仕事してますけどね。俺ってマジ社畜。

 

その後三十分ほど仕事をし、要約残り2、3割となった。夕方には終わるだろうし、丁度良い時間帯になるだろう。

 

ふと一色を見ると、手を重ねて頭の上に上げ、伸びをしていた。一色も疲れがきているようだ。

 

「せんぱ〜い」

「なんだ?」

「私の肩揉んで下さい〜」

 

机に突っ伏しながらそんなことを言ってくる一色。いやむしろ俺がされたいんですけど。

誕生日だからやってくれないかな?今日くらい。

 

「せんぱい疲れた〜」

「いや、俺も疲れたんですけど」

「じゃあせんぱいがしてくれたら私もしますからぁ」

 

いやどんだけ疲れてんだよ…

それにちょっと甘えた感じがあざとい。

 

でも確かに俺も疲れているし、一色もしてくれるというならお互いにメリットもあるし、いいかもしれない。

 

「…わかったよ。やりゃあいいんだろ?その代わりちゃんと俺にもやってもらうからな?等価交換だし」

「わかってますよ。ほらほら早くせんぱい。私は疲れました」

「へいへい」

 

とりあえず立ち上がり、一色の元へと歩く。一色の後ろにつくとなぜか少し鼓動が早くなった。

その小柄な肩や亜麻色の髪から香るほのかな香りに、一色が女の子なのだと感じているからだろうか。

 

「じゃあ、始めるぞ」

「はい。お願いします」

 

肩揉みなんて小町以外にしたことがない。小町にもよく肩揉みをお願いされてやっていたことはある。だが小町は妹だし、とくに意識したことがないが、相手が一色だとこれはまた別の話である。

一色の肩はやはり小さくて、こんな女の子が1年にして生徒会長を務めているのだから、やっぱりすごいと思う。

 

「せんぱい肩揉み上手ですね〜気持ち良いです〜」

「まあな。よく小町にせがまれて肩揉みしているからな」

「シ〜ス〜コ〜ン〜」

 

一色にシスコンと言われているがとくに気にならなかった。というか別のことがずっと気になっているのである。

完全夏服の今、俺も一色も制服のシャツだけなため、制服越しに一色の熱を感じる。

 

「せんぱいありがとうございます。もう大丈夫ですから、次はせんぱいの番ですよ。はい、腰掛けてください」

「おう、そうか」

 

一色は立ち上がり、一色の座っていた席に座るようにとぽんぽんと椅子を叩いた。向こうの席までいくのは面倒だからだろう。

一色の席に座ると、仄かに一色の温もりが残っていて、再び一色という女の子を意識させられる。こういうところは本当にあざといと思う。本当に。

 

「じゃあ始めますね。せんぱい、気持ち良すぎて眠っちゃったりしないで下さいね」

「それは保証できんな」

 

そうは言ったが、正直眠れる気はしない。

小町にしてもらうときはちょくちょく眠ったりもしていたが、一色にしてもらうとなるとまた別のことなのだ。

 

一色の手が優しく俺の肩に触れる。やはりのその手は小さくて、そして温かい。

 

「せんぱい」

「なんだ?」

「せんぱいは結局、どこに行くんですか?進路」

「そう言えば言ってなかったな」

 

この間話してから、答えはみんなには言ってはいなかったのだ。まあわざわざ言いふらすことでもなかったし、聞かれもしなかったため言わなかっただけなのだが。

 

「まあ結局あれだな、専業主夫」

「せんぱい、アホ毛抜きますよ」

「嘘ですすみません。…結局私立文系に落ち着いたよ」

 

色々と迷ったがやっぱり私立文系になった。まあそっちの方が安泰だからというのもあるが、理由はひとつではない。色々が絡み合って、結果そうなっただけのこと。

 

「じゃあもし私がそっちに行ったら、面倒見て下さいね」

「もし来たら、な」

 

その後は再び仕事に戻り残りを片付けて平塚先生を呼びに行った。

 

 

 

 

 

「いやぁここに来るのも久しぶりだな。比企谷はわかるが、一色もここに来たことがあるのだな。一色がラーメン、というのは意外な気もするのだが」

「この間せんぱいに連れて行ってもらったんですよ」

 

一色の言う「らっせの人」もしっかりいて、今日はなんだかんだついているようだ。

最近は勉強やら面接やらであまり来れなかったし、またあの味を堪能できるのは嬉しい。

 

3人でカウンターの席に座り、右から俺、一色、平塚先生となっている。

平塚先生と一色がおしゃべりしている間に注文したラーメンは3人とも受け取っていて要約食べられる。

 

「比企谷、替え玉欲しいなら頼んでもいいからなー。一色もだぞ」

「平塚先生今日は太っ腹ですね。じゃあお言葉に甘えて」

「じゃあ私もお言葉に甘えちゃいます」

 

平塚先生が替え玉を3つ頼んで、それぞれの器に入れられた時に平塚先生のケータイが鳴った。

 

「すまんな」

 

画面見た平塚先生は露骨に嫌な顔をしてから電話に出た。

そして話しながら外へと向かっていった。その姿を見ると、社畜って嫌だなと思う。

すぐに平塚先生は戻ってきたが、なにかの仕事を押し付けられたらしく若干不機嫌だ。

 

世の高校生・中学生よ、これが大人だ。

早く大人になりたいなんて言う奴は一度周りの大人のこんな姿を見てみるといい。希望なんてほとんどない。

 

「すまんな比企谷、一色。これからまた仕事をしなくてはならなくなった。代金はここに置いておく。すまんが比企谷、食べ終わったら一色を送ってやってくれ」

 

器に入っていた替え玉を一瞬で食べ終え慌てて店を出ようとする平塚先生は立ち止まり戻ってきた。

 

「比企谷」

「はい?」

「誕生日おめでとう」

 

そう言って平塚先生は仕事に行った。

平塚先生、かっこよすぎるぜ。俺があと10歳年とってたら惚れてたまである。

なんで平塚先生は結婚できないのだろうか。本当に色々と残念である。

 

「せんぱ〜い」

「なんだ?」

「私お腹いっぱいです」

 

見ると一色の器には替え玉が半分はないが、まだ結構残っている。むしろ一色にしはよく食べた言えるがやはり残すのはもったいない。

 

「せんぱい、食べて下さい〜」

「…わかったよ」

 

こういうときの一色には結局折れてしまうのが俺なので早々に諦めた。人間、諦めがやはり肝心である。

 

 

 

 

 

ラーメンを食べ終えると外はもう日が落ちていて、月はほとんど照らしてはくれなくて、街灯の鈍い明かりだけが俺と一色の歩く道を照らしていた。

半歩前を歩く一色の髪はどれだけ暗くても、わずかな明かりで亜麻色に輝いていた。

 

 

 

 




たぶん、あと2話で終わるかな?たぶんですけど。
流れによっては終わる終わる詐欺とかしちゃうかもしれないけど。

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