今回は若干十香が可愛そうです。やりすぎたかも…
それを踏まえて楽しんでいってください。
十香が現界した日の翌日、一護はベットの上で寝ていた。今日は平日で普段ならばもう家から出なければ遅刻確定の時間だ。しかし、今日だけは特別である。なぜならば、ただでさえ十香が現界した際の余波である空間震により校舎がめちゃくちゃに破壊されているはずである。おまけに、自衛隊のAST部隊にも破壊されている。よって、休校になっている筈である。
「……」
一護は体を起こして徐々に頭が覚醒しつつある中、家中がしんと静まり返っているということをなんとなく認識した。起床直後の回らない頭でしばらく考える。だが、思いつかないので考えるのをやめる。と、ここで枕元にあった携帯から軽快な着信音が鳴る。一護は通話ボタンを押して電話に出る。
『黒崎一護の携帯で合ってるか?』
スピーカ―から耳慣れた青年の声が聞こえる。「ああ。」と、自分が黒崎一護であることに肯定の意を示してから相手方の用を聞いた。
「それでウルキオラ、何か用があるのか?」
『今日はいつもより多く客が入ってな、俺だけでは店を回しきれん。』
何でも屋としてウルキオラから依頼を受ければ一護は手伝うつもりなのだが、今は本来なら学校にいなければならない時間。そのような時間に依頼をしてくるのはどうであろうか。
「まあ、報酬をもらえればそっち行くけどよ…スタークさんはどうしたんだよ?」
『あいつは自由過ぎて役に立たん。』
スッパリと一刀両断された。仮にも自分の店の店主にそんなことを言ってしまっていいのだろうか。スタークが非常に怠惰な性格なのは事実なのだが。
『それに昨日の空間震の影響で学校は休校になっている筈だ。どうせ暇を持て余してるだろ。』
「確かにそうなんだけど。ま、とりあえずそっちに行くわ。」
一護は電話を切り、喫茶『
一方その頃、士道は学校からの帰路に着いていた。やはり、一護の言う通り学校が休校になっていた。偶に思うのだが、一護はこういう特殊な事態に対しての対応に慣れていると思う。
「…ドー。」
幾ら裏の事情を知っていたとしても少しぐらいは自分のような反応をするのではないか。今回のこと以外でも、5年前の大火災の時に助けてもらったのもあるし。
「…い、…ドー。」
それ以前に自分と同じく捨てられた聞かされたというのだけど、何だかそれとは違うような気がする。もしかして一護は…
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
一瞬、何が起きたのか分からなかった。気づいたら士道は地面を背にして寝そべっていた。別に士道は地面に寝そべっていたいというわけではない。なら、なぜ寝そべっているのか。その答えはすぐに知れた。
「なぜ気づかんのだ!ばーか、ばーか。」
「十香!」
よく自分の周囲を見てみると、士道が寝そべっている地面は凹んでいた。出会ってすぐこれとは、軽く寿命が縮まる。いつまでも地面に寝転がるワケにはいかないので制服に付いた汚れを払い落しながら立ち上がった。
「何で十香がここに居るんだよ。空間震も起きてないし。」
「私にも分からん。」
「はあ!?」
自分がここにいることが分からないとはどういうことであろうか。自分の意思でここに居るわけではないのか。士道の訝しげな表情を見た十香は少し拗ねたかのような表情で答えた。
「しょうがないではないか、いつもこの世界に来るときはもう一つの世界で叩き起こされて引き寄せられてしまうのだから。」
士道はそれを聞いて戦慄した。十香がこちらの世界に現れたとき、十香の意思は関係ないということである。気づいたらもうこの世界にいて、ASTの攻撃に晒されているということなのだ。このことに気づいた士道は拳を握りしめた。
「ところで、でぇと、とは何なのだ?」
このデートを成功させようと思ったところ、十香にそんなことを言われたのでどうやって説明をしようか本気で焦っている士道であった。
一護が喫茶
「何、作ってるんだ?」
「新しいパンを作っている。今のこの店のメニューの数が少ないと思って、こいつを作ってみたのだが。」
ウルキオラは現況で焼かれているパンではいまひとつ満足できないというものだと判断していた。一護から見てみると、自分自身とあれだけの激戦をしていた相手が真面目にパンを焼いているという光景はどんな者でも大きな変化が起こるものだと実感した。
「俺はこいつの様子を見なければならない。一護はそこに置いてあるエプロンを着けて、客の対応をやってもらう。あと、メニューにあるものの作り方はカウンターの下にあるメモに書いておいた。それを参考にすれば問題ない。」
一護はウルキオラの指示通りこげ茶色のエプロンを身に着ける。次にカウンター下にあるメモを取り出して目を通した。
「マジかよ…全部これの通りやらなきゃいけねえのかよ。」
「当然だ。これぐらいのこだわりを持たなければ最高の味を出せん。」
一護の言う通り、メモにはコーヒーの挽き方から始まりコーヒーカップの置き方までの手順が細々と記されいた。正直言って、ここに書いている通り動ける自信がなかった。しかし、頼まれて了承した以上ここで断るわけにはいかない。
カランカラン
「ねえ、令音ぇ。ここのオムライスおいしいんだよ。出来たばっかりのこの店なんだけど、いつも満席で…」
聞いたことのある声が聞こえてきた、と思い声がする方を向くと、中学の制服姿の琴里が令音を引き連れてやってきた。まさか、琴里がやってくるとは、と驚きながらも店員らしく対応する。
「いらっしゃいませ。お席はあちらの方にお願いします。」
「お、おにいちゃん!?」
琴里が一護のエプロン姿を見た瞬間、括り付けてあったツインテールがピーンと伸びた(気がした)。相変わらず多彩なリアクションを持つ妹である。
「苺、君は学生だ。こんな時間からアルバイトをするべきではない。」
やっぱり聞かれたか――――――と思い、一護は申し訳なく令音に弁明した。
「そりゃ、そうなんですけど。ここの店主とカウンターの中に居るやつと昔からの知り合いで手伝ってるんです。今回は見逃してくれませんか。」
「教育者ならここで見逃すわけにはいかないが、寄り道をしている琴里を私は了承している。こちら側だけでは不平等だろう。今日のところは見逃してあげよう。」
「ありがとうございます。」
無事に令音からバイトの許しを貰うことができた。その令音と琴里をまだ席に案内し終えてなかったので、1番奥のテーブル席へと案内をした。2人が席に着くと、令音が周りを見回して一護に言った。
「君は気にならないのかね?」
「何がですか?」
「いや、それならいいのだが。」
元々この店はメニューにある料理の味が絶品ということもあるが、店員のルックスの良さで女性客が大変多いのだ。今日が初見でも、来禅高校内屈指の人気を誇る一護ならば当然の如く女性の注目を浴びている。当の本人は全く気付いていないのだが…
「すみません。」
「はい、ご注文はなんでしょうか?」
一護を呼んだ女性客はメニュー表にある『完熟とまとの特製オムライス』を指差した。注文を受けた一護は料理名からして非常に素材にこだわったオムライスということを窺える。何とも作るのがめんどくさそうなメニューである。だが、客の注文を断るわけにはいかない。
「かしこまりました。少々お待ちください。」
一護が営業スマイルで返すと目の前の客は顔を赤くして机に伏せた。いきなり顔を隠すということは自分の顔が怖かったのであろうか。それにしても目の前にやられるのはかなりショックである。しかし、いつまでもそのことばかりを気にしているわけにもいかない。若干気持ちを落としながらもいそいそと注文されたメニューを作る一護なのであった。
1時間後、喫茶
カランカラン
「ぶっふううううううううううううううう!」
今のは琴里が口に含んでいたジュースを吹き出した音だ。吹き出したモノが一護に向かって飛んで行ったが、手に持っていたお盆を盾にして防いだ。まあ、床がびちょびちょになったのだけれども。
「いきなり何すんだ!」
「だ、だってあれ…」
一護がジュースを噴き出した琴里に批難の声を挙げると、琴里はそれに至らせた原因を指差した。指差したのに従って一護と琴里に向かい合って座っていた令音が見る。
ドシャン
「ぶっふううううううううううううううう」
「なあに、これぇ…」
まずあるものを見た一護がお盆を落とし、続いて令音が口に含んでいたぶどうジュースを琴里に向けて発射した。そして、ぶどうジュース攻撃を受けた琴里は体がベトベトして軽く涙目だ。一護は床がジュースまみれになっているのを掃除しないといけないなぁ、と思う隙もなくあるものに釘づけなっていた。
「ここではどんなものを食べられるのだ?」
「基本的にはコーヒーとかを飲める場所なんだけど…」
そう、店内に入店したのは来禅高校の制服を着た男女2人――――――――――士道と十香だった。周囲から見れば何の変哲のないカップルなのだが、琴里・令音・一護からしてみれば緊急事態だ。
琴里はバックの中から黒いリボンを取り出して、現在括り付けてある白いリボンに取り替えた。取り替えると同時に弱い自分から強い自分にマインドシフトする。
「さて、一護、協力してもらえるかしら。」
ぶどうジュースまみれの司令官様に言われても反応に困るわけだが、「何よ。」と言われ琴里の言う通りにした。
「いらっしゃいませ、ご注文はいかが致しましょうか?」
「えーと…って、兄貴なにしてんだよ!?」
「気にすんな。」
士道に当然聞かれる質問だと思ったので、その質問に関してはスルーする。スルーしたのは単純に答えるのがめんどくさかっただけなのだが。再び「ご注文はいかが致しましょうか?」と一護が繰り返した為に諦めて士道はこの店では廉価なコーヒーを注文した。
対して十香の方はまだ何を注文するのか決めかねていた。というよりも、メニューに載っている料理がどれも美味しくて涎を垂らしまくっている。これでまた床が汚れて掃除をしなくてはならない場所が増える、ということは今は気にしないようにしよう。
「ん?何だこの美味しそうな匂いは。この匂いがするものが欲しいぞ。」
十香が反応した匂いは、現在ウルキオラが製作中のパンであった。十香にまだ試作中ということを伝えようとしたのだが、ちょうどパンが完成したらしくウルキオラがテーブルの上に置いた。完成したパンは先ほどまでオーブンの中に入っていた素材の小麦にこだわったパンにきな粉をまぶしたものであった。
十香はいつの間にか匂いがする方に顔を向けていた。しかも、瞳を爛々と輝かせながらだ。それに気づいたウルキオラは完成したパンを十香達が座っている机に置いた。
「あの、俺たちそのパンを頼んで無いんですけど。」
士道は困り顔をしながら言った。このパンが高価なコーヒーのようなものだったらそれだけで士道の財布の中身がすっからかんになってしまう。
「サービスだ。金はいらん。その代わりに感想をくれ。」
ウルキオラの計らいにより無料でパンを食べれることになった。見ているだけでも惹きつけられる魅力がパンに秘められている。士道が手を伸ばそうとしたとき、もう既に皿の上に置かれたパンは無くなっていた。顔を上げてみると、十香が涙線が崩壊しながらも無我夢中でパンに食らいついている。
「こ、これが、デェトか?」
十香が士道にそんなことを尋ねてくる。士道はパンを食べることが出来ずに軽く項垂れていたが、パンを食べている十香を見ればそんなことはどうでもよくなった。
「デートっちゃデートなんだけど、違うかな。」
「これも違うのか?デェトとは奥深いものだな。」
「えッ、もう食い終ったのかよ。」
気づいたらもう平らげていた。十香が食べ始めてからまだ30秒も経っていない。全然時間が経っていないので一護もまだ他の仕事をし始めようとしたところである。士道はもうちょっと丁寧に食べてほしかったなとも思った。
「あ!」
士道はあることに気づいて声を挙げた。パンを無料で提供されることの代わりに感想を言わなければいけないのだ。だが、士道はその肝心パンを食べていない。要するに、感想が言えない。
そんな思考がお見通しだと言うかのように士道にウルキオラがパンを渡した。
「いいんですか?」
「構わん。出来るだけのデータが欲しいからな。」
「ありがとうございます。」
まだ出来たてのきなこパンを口に入れる。そこから広がったのは…
(これは…口の中にきなこの甘さとパン自体の絶妙なふわふわ感がマッチして、口の中を至高の世界に誘ってくれるッ!)
士道はあまりのおいしさに一瞬意識を手放しそうになった。五河家で最も料理が上手い士道でも競っているわけではないが、負けを認めてしまう。
「美味いです。」
正直にその一言しか言えなかった。それは形容できる言葉は本当にそれしか無かったのだ。この味ならば十香が涙を流すのも頷ける。
「そうか。」
ウルキオラは士道のそれだけの感想から様々なものを感じ取ったのか、カウンターの中に戻っていった。
ここまでの士道と十香の一連の流れを見て、客のおばさんたちがチラチラと見ながら新たな話の種にしている。そのような周囲の状況に十香が顔を険しくさせた。
「やはり、また捕食者のような猛獣の目…生かしておいたら何をされるか分からん。」
十香の手が輝きだしたかと思うと、その手に
「お客様、他のお客様の迷惑になっている。その剣を収めろ。」
そう、ウルキオラが刀をいつの間にか十香の首元に置かれていた。一応一護もそれに気づいてウルキオラの刀を防ぐように斬月を具現化して止めている。だが、傍から見れば2人が十香の首元に刀を当てているかのように見える。
「おい、いくら何でもそれを出す必要はねえだろ!」
一護がウルキオラの行き過ぎた行動に批難する。なぜならば、以前に一護とウルキオラが戦っていたときに一護は何度か負けている。その際、一護は素手で胸に孔を空けられている。ウルキオラが武器を手にしてしまえばオーバーキルだからだ。
「今の俺のやるべきことはこの店を護ることだ。ならば、危険は排除しなければならない。」
「だからって、やりすぎだ!」
一護はこんなことが今後も起きるんであればここでバイトをして見守ろうかと思ってしまった。こんな非日常な状況に対しての士道の反応は…
「に、日本刀って、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
当然の反応である。ちなみに、他の客にこの状況を見せないようにするために一護とウルキオラは霊圧で気絶させてある。これでは本末転倒な気はするが、今の状況を見られるよりはマシだろう。
一方で、当のこの制裁を受けた十香は本日2度目の涙線崩壊である。特にウルキオラの持つ濃密な霊力と無機質で黒く染まったように見えた瞳が十香の生存本能に危険だと教えていた。
「ご、ごめんなふぁい。」
「それでいい。」
全然良くはないが、何とか今の戦慄の状況からは脱することが出来た。後に琴里曰く『生きた心地がしなかったわ。生命と精霊の救済の二重の意味で。』と当時のことを思い出して顔を青くして体をワナワナさせながら語った。
およそ30分後、士道は会計をしていた。そのときにレジを担当していたのは一護であった。レジを挟んで兄弟が立っているという奇妙な状況だ。
「600円になります。」
「安すぎない、それ!?」
ひとしきり泣いた後も十香はあのパンの味が忘れられなかったのか大量消費をしていたのである。食べた量の割に値段が釣り合っていないのだ。
「ウルキオラが言ったろ、あれはサービスだって。」
「よかった…あんな量の金額が払わせられたら、お先真っ暗だよ。」
士道は財布から硬貨を取り出し支払った。支払った金額がちょうどだったのでお釣りはない。一護はレシートと琴里に託されたものを渡す。
「福引券?」
士道が疑問形で言った。一護は士道にデートの作戦だということを耳打ちで伝えた。士道は明らかに嫌そうな顔をするが了承した。
会計も終わったので士道が店から出ていこうとしたが、後ろに隠れていた十香が申し訳そうに言う。
「その、すまんな。私が迷惑を掛けて。」
「いや、こっちが悪かったよ。本当はあいつもああいうわけじゃないから。でも、十香が困ったときはすぐに駆けつけるからな。」
「うむ、ありがとうなのだ。」
2人は店を出ていった。少しして、ウルキオラが一護に話しかけた。
「あの2人が気になるんであれば、上がれ。」
「そんなことをしたらお前が…」
「問題ない。今日は売り上げがもうノルマに達した。もうすぐ店を閉めるつもりだ。」
「サンキュー、ちょっと行ってくる。」
一護は士道と十香のあと追って店を出て行った。一護はその目で2人の何を目撃をするのだろうか。