ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第七話 青い髪の少女

「へぇ~ってことは相棒は異世界の英雄ってわけだ。こりゃあ、おでれーた!」

「ま、まぁ英雄って言うほど大したもんじゃないけど……」

「ほんとによく喋る剣ね」

 

 魔法学院に帰る道すがらナツミは自らの素性をデルフリンガーに教えていた。

別に黙ってても良かったがナツミの持つ魔力にデルフリンガーが気付いたため、いずれ話す事が早まっただけと判断したためだった。それに万が一デルフリンガーがナツミの素性を他の人に吹聴しても、こんな錆だらけの剣の言うことだあまり説得力は無いだろう。

 ちなみに慣れない乗馬でナツミがへばったのでルイズが代わりに説明していた。

 

「しっかし、娘っこ。相棒がすげぇのはわかったけどよ。流石に誇張しすぎじゃねぇのか?」

「そんなことないわよ。ナツミに聞いた話そのままよ」

 

 デルフリンガーは話の規模が大きすぎて話半分しか信じていないようであった。確かに異世界ということがまず眉唾物なのに、その上に世界を救った英雄というのは流石に六千年近く存在する彼にも信じにくいのだろうが実際には誇張が一切無いだけ手に負えない。

 

「まぁ、確かに只もんじゃねぇのはわかる。なんつーか、強者が持つ独特の気配をこいつも持ってるみてぇだしな」

 

 それでも自身を持った者の力を測れるデルフリンガーはナツミが持つ力が尋常ではないことは感じ取っていた。剣士としての力も優れているし、魔力もある。相棒としては文句のつけようがない。

 

(こりゃあ、いい相棒に見つけてもらったぜ)

 

 デルフリンガーは自らを十全と扱ってくれるであろう相棒の背中で揺られ、何十年ぶりに未来に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

「ルイズ……今日はもう寝ようよ」

「何言ってるの?こういうのは毎日の積み重ねが大事でしょ」

 

 珍しくナツミが疲れ切った声を上げていた。それとは対照的にルイズの声は喜色を多分に含んだものだった。

二人は現在、それぞれの場所で食事を終えて、中庭へと向かっていた。その理由はルイズが召喚術の練習をする為だ。ナツミは六時間にも及ぶ慣れない馬での遠出で、すぐに就寝することを提案したのだが、初めて使えるようになった魔法に近い召喚術を早く上達させたいルイズの向上心に折れた結果だった。

 

「はぁ~、しょうがないわここで見てるわ」

「うん。今日は少しだけにするから」

 

一応、練習には付いてきたものの、腰のだるさは半端ではなく。ナツミは心底疲れ切ったといった体で地面に座り込む。

 

「相棒、娘っこは何をするんだい?」

「ああ、召喚術の練習よ」

「召喚術?……ああ、相棒が言ってた相棒の世界の魔法だっけか。へぇ~ちょっと興味があったんだよなぁ」

 

 

 鍔を鳴らし言葉を漏らすデルフ、その言葉には若干の興味の色が見えた。

 

 

「ナツミやるわよ~!」

 

 準備ができたのかサモナイト石を握りナツミを呼ぶルイズ。術を行使していないのにもう魔力が漏れ始めており、ナツミは体に纏わりつく怠さ堪え注意を促す。

 

「全力でやらないでよ。ちゃんと魔力を制御してね」

「は~い」

 

 無意味に元気な返事と溢れる魔力、何処か覚えがあるその様子にナツミは不安を覚えるが、自身が持つ魔力が並外れている為、まぁ良いかと納得してしまう。ルイズが目を閉じ、それまで溢れるだけだった魔力をサモナイト石に込める。

 

(こういうのはイメージが大事。ナツミの召喚術を思い出すのよ)

 

 イメージはナツミがギーシュのゴーレムに放った召喚術の様に、素早く相手を粉砕するような一撃。

 イメージ通りに魔力をサモナイト石に込め、目を開くとともに握った石を前に突き出す。

 

「打ち砕け光将の剣!シャインセイバー!!」

 

 真名とともに名も無き世界より召喚された五本の聖剣が大地に突き刺さりその魔力を解放する。爆音と共に土砂が巻き散らかされる。後には深さ数メートルの穴が空いていた。

 

「すごい!やった~!!」

 

 両手を上げて喜ぶルイズであったがとうのナツミは頭を抱えていた。そして

 

「おお、すげえなぁ。只の錬金じゃ、ああはいかねぇぜ。?どうした相棒頭抱えて」

「……ちょっとね」

「ナツミ、どう?」

 

 とてとてと可愛らしい足取りでルイズはナツミへと歩みより、期待を込めてそう問いかけた。本人的には大成功だと思ってる居る分だけに言いずらそうにナツミは口を開く。

 

「どうってねぇ、ルイズ。魔力を込めすぎよ……。あの穴をだれが塞ぐの?」

「あ」

 

 ルイズは今の今まで魔力を行使していなかったためか、どの術にも魔力をしこたま込める癖があった。なので現状の課題は的確な魔力運用を主眼において訓練していたのだが、今回は失敗に終わった。

 

「一応、召喚術の事は内緒にしてるからあまり派手にやるのは不味いんでしょ?」

「う、ご、ごめんなさい」

 

 注意に対し潔く謝るルイズ、心根はやはり素直な子なのであろう。

 

「まぁ、まだ練習中だからしょうがないか、でも慣れるまではシャインセイバーは禁止ね。あれは威力があるから、しばらくはロックマテリアルで練習よ、いい?」

「うん。そうする、流石にあの威力を見ちゃうとね」

 

 あはは、と自分で作った穴を見て苦笑するルイズ。

 

「とりあえず、穴を塞ぐね」

 

 そう言うとナツミは幾つかのサモナイト石を懐から取り出し魔力を込め始める。

 

「えっと、ユニット召喚でプニムとゴレムでいっか」

 

 召喚術が完成する間際、ふと人の気配がしてナツミは召喚術の行使を止め後ろを振り向いた。

 

「何?今の魔法」

 

 冷たい声がナツミの耳に届く。そこには冷たい声が非常に似合う青い髪の少女が小首を傾げ佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ルイズとナツミが学園に帰り着いた頃、ベッドの上で一人のメガネをかけた青い髪の少女―タバサ―が自室で本を読んでいた。読書は彼女の唯一と言っていい趣味である。年頃の少女らしい本を読むこともあるが、知識を深めるために歴史書や教練用の本がその大半を占めていた。

 

「ふぅ」

 

 読書も一段落したのか、本から顔を上げ一息付く。その顔はなんだか晴れない。それはタバサの境遇から来ているものだけでは無かった。

 最近のタバサの悩みというか考え事はルイズが召喚した一人の少女ナツミの事であった。タバサ自身は名前までは知らなかったが彼女がギーシュを倒したときの様子がどうにも気にかかっていた。

 この年で騎士の称号を持つほどの戦闘経験を持つ彼女はあの決闘の異常に気付いていた。

 

(あの最後にゴーレムを倒した攻撃。あの時、一瞬だけど剣が見えた)

 

 その剣がギーシュのゴーレムを四散させるほどの威力で突き刺さり、地面に一切の傷を付ける事なく消えた。

 

(剣の錬成で一つ、エアハンマー以上のスピードでギーシュのゴーレムに突き刺ささる。そして瞬く間に消失)

 

 そんな事ができる魔法なんて無い。少なくともタバサは知らない。もしその魔法をメイジのクラスに当て嵌めるなら。

 

「トライアングルは確実、スクエアでもおかしくない……それだけじゃない体術も凄かった」

 

 複数のゴーレムを接近戦で相手にしながら僅かな掠り傷すらも負わないナツミの体術はある意味、彼女が目指すものである。

そきこまで考え、すくっと突然タバサはベッドから立ち上がり頭を振る。

 

(……考えても仕方ない)

 

 現状彼女はナツミの事を知らなすぎる。それにナツミの素性やその力は非常に興味を惹くが自分に課した目的とはなんの関係もない。これ以上無駄に思考を割くのは良策ではないだろう。それにもうすぐ夕食の時間でもある。思考を切り替えるのにちょうど良い、そう考えタバサは食堂へと足を運んだ。

 

 

 きょろきょろと食堂で辺りを見渡すタバサ、先程ナツミの事はもう気にしないと結論していたが、なんだかんだで気になるのかルイズを探しているようであった。

 

(居た、けど居ない)

 

 今日も食堂に来ているのはルイズだけの様であった。ギーシュの決闘以来、ナツミの事は見ていない。自分の使い魔たる風竜の幼体たるシルフィードが言うには毎日学園をふらふらしてたり、メイドの手伝いをしているようであった。

 

 

「どうしたのタバサ?」

 

 いつもと違い、きょろきょろしているタバサが珍しいのか、キュルケが声をかける。彼女はこの学園で唯一と言っていいタバサの友人であった。決闘騒ぎを起こしたことも今は懐かしい。

 

「気になる子でもいるの~?」

 

 からかう様な声色でタバサの様子を窺うキュルケ。

 

「なんでもない」

「あら、つまんないリアクションね」

 

 冷たい返事にキュルケは肩を竦めるのであった。

 

 

 皆が夕食を食べ終えた頃、タバサは残ったハシバミの葉のサラダを一人食べていた。苦みが強く魔法学院の生徒には人気があるとは言い難いがタバサの大好物であった。キュルケとはあの後、話もせず食事していた。もともとタバサは寡黙な方だし、キュルケは男子とのお喋りに夢中になっていたからだ。

 

 もう食堂にいる生徒が疎らになった頃、タバサは食事を終え立ち上がる。

 

(ちょっと食べ過ぎた)

 

 食堂を出て、部屋に戻るつもりであったが今日はいつもよりサラダを食べ過ぎた為、少し運動がてら散歩して帰ることにし中庭に向かう。

 

「……!」

 

 タバサが中庭へと着くとルイズとナツミが二人で何事かを話していた。ナツミはなんだか腰を痛めているのか腰を屈めていた。何故か二人に隠れるように様子を見るタバサ。そんなタバサに二人は気付くこと無い。話は終わったのかナツミは肩を落として近くの芝生に腰を下ろす。

 ルイズはナツミから距離から離れ懐から灰色の石を取り出した。

 

(……?)

 

 タバサはルイズの行動が読めず首を傾げる。灰色の石を取り出したルイズは目を閉じ魔力を込め始める。

 

「打ち砕け光将の剣!シャインセイバー!!」

「!!?」

 

 ルイズの声が中庭に響くと突然、空中に幾つかの剣が出現し中庭に突き刺さり、土砂が巻き散らかされる。

 

(なにあれ?)

 

 今の魔法は夕方、術者がルイズであることと剣が消えずに突き刺さった事を除けばタバサが思い出していたものと同じものあった。

 

(ルイズが使ったから?……!)

 

 タバサが疑問を浮かべる中、穴に突き刺さった剣が光とともに消えていく。部屋でも考えたが、剣をわざわざ消すために錬金を余分に組み込むだろうか?否、そんな無駄な事をするメイジはいない。それなら系統を一つ追加して威力を更に上げた方がいい。そんなことよりルイズは杖を持っていないではない。

 そして、今、ルイズが何もしていないのに剣が消えていく。剣に元々そんな能力がなければ説明がつかない。タバサが知る限りそんなマジックアイテムは知らないし、メイジ達が扱う系統魔法でも説明がつかない。

 

(そうか、説明がつかないのが答え)

「系統魔法とは違う魔法」

 

 その言葉と口にし、タバサは立ち上がり二人に近づく。

魔法が使えないルイズが使えたのだ、自分にも使えるかもしれない。とある理由から力を求める彼女にそれはひどく魅力的であった。

 もはや気配を消すのを止め、何事かを話している二人に近づくと気配を感じたのか振り向いたナツミを目があった。その目に敵意は無い。内心、安心するタバサは内に秘めた動揺を押し込め意を決して声を出す。

 

「何?今の魔法」

 

 内心の動揺とは裏腹にその声はひどく冷たく夜気に響いた。

 

 

 

 

 

 永遠とも思える沈黙の後、先に口を開いたのはルイズであった。

 

「ええっと錬金よ!こ、この前、失敗したからね、練習!練習!」

 

 上ずった声を上げながらもっともな理由をタバサに伝える。

 

「そ、そう!」

 

 主人同様上ずるナツミ。そんな二人にタバサの声が無情にも突き刺さる。

 

「ウソ」

「な、なんでそう思うのよ!」

「足せる系統が多すぎる。ドットでもない貴女には無理」

 

 先程、ルイズが行使した魔法は剣の出現と、出現した剣を加速させ地面に突き刺さる。威力を抜きにしても土と風、最低二系統、ラインスペルと言っていい。錬金してもあれだけの質量を一瞬で出現させている。数日前に錬金すら出来なかったルイズにそんな芸当ができるか?否、出来ない。

 

「ぐぅ」

 

 タバサの的確な反論に言葉を無くすルイズ。そんなルイズから視線を外し、ナツミを見やるタバサ。

 

「でも、あなたも不思議、ルイズと同じ魔法使ってた」

 

 蒼い瞳がナツミの黒い瞳をじっと見つめていた。

 

「あはは、実はあたしもメイジで……」

「それもウソ」

 

 先程ルイズに返したようにまたしても即座にナツミの言い訳を切って捨てるタバサ。容赦が無い。

 

「メイジは杖が無いと魔法が使えない。つまり、あれは魔法じゃない」

 

 もはや確信を突きすぎてナツミはなんとも言えなくなっていた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が辺りを支配する中、タバサの瞳は依然ナツミへと注がれていた。

 

「……」

「……」

「……ふぅ」

 

 そのまま沈黙が続く中、タバサの溜息がそれを壊す。

 

「分かった……あれが魔法と言うなら、さっきの魔法を使って見せてくれればいい」

 

 何を思ったのか、タバサはそんなことを言い出した。

 

 

 

(どうすんのナツミ?シャインセイバー見せる?)

(ダメ。あの子、半分気付いてんじゃないの魔法じゃないって)

 

 こそこそとナツミとルイズは相談する。そんな相談する光景をみてタバサは何も言わない。

 

(じゃあどうすんのよ?)

(召喚術で眠らせる)

(ダメよ。もし効かなかったらどうすんのよ)

(……そうだ!ルイズ、今日はもう魔力無いから使えないってことにすれば?)

(それよ!)

 

 多少物騒な解決策も出たが概ね良好な結論が出来た。ずばり、後回しと言う方法ではあったが。

 

「えっと、悪いんだけどもう今日は魔法が使えないのよ……あはは、また今度ね」

「……」

「ごめんね。今日はルイズ町に行ったりなんだりで疲れてるのよ」

 

 早口で捲し立てるとタバサに背を向け足早にその場から去る二人。

 

「待って」

 

 ギシリと油の切れた歯車の様に動きをとめ同じような動きで後ろを振り向く二人。

 

「なんでしょう」

 

 代表しナツミが問う。

 

「魔力が無いなら、さっきの魔法はしなくていい。レビテーションでも良い。唱えて」

 

 ルイズは元々魔法が使えない。さっきの現象を魔法というならより格下の魔法を使って見せろと言外にタバサはそう言っていた。

 無論、ルイズが使っていたのは召喚術なのでで、そんな魔法が使えるわけも無い。言い訳をなおも言い募る事しか出来ない。

 

「……いやもう魔力が……」

 

 ルイズが笑顔を向けながら断ろうとするが

 

「出来ないの?」

「えっと、今日は」

「出来ないの?」

「また今度」

「出来ないの?」

 

 

「ああ!やればいいんでしょ!」

(ちょっとルイズ!)

(しょうがないでしょ、やるしかないわよ!それに魔力の使い方は分かったわ……きっといけるわ)

 

 何故かやる気まんまんのルイズにナツミは不安しか感じていなかった。まだ短い付き合いだがこういう時のルイズは大抵失敗する。さっきのシャインセイバーがいい例だ。

 

 

 落ちていた枝を目標としルイズは杖を構えていた。

ルイズの背後には使い魔のナツミ、そしてルイズは名前も知らないクラスメートのタバサが並んで立っていた。目を瞑り、ルーンを唱え術を紡ぐルイズ。集中力は申し分なく、魔力の流れも召喚術で掴んでいる。

 短い詠唱が終わると目を開き杖を振るう。

 

「レビテーション!」

 

 なんと、ふわりと軽やかに枝は重力から解放される。なんてことは無く、枝は突き刺さったままだ。そして何故かルイズの向かいに建っている本塔の壁が爆発し壁に深い罅が刻まれた。

 

「……失敗」

「やっぱり」

「……」

 

 上からタバサ、ナツミ、ルイズである。

 再び沈黙が痛い。そしてもう言い逃れは出来なくなっていた。

 

(……ナツミ、ごめん)

(いいわ、気にしないで正直言って見逃してもらいましょ?)

(そうね)

 

 もう逃げ場が無いと悟った二人はタバサに向き直り、召喚術の話を正直に話すことにした。どちらにしてもレビテーションを使う前にタバサはもう気付いていた様であったし、遅いか早いかだ。だったら正直に言って研究所送りだけは免れるようにしたほうがいい。

 

「もう言い逃れは出来ないわね、実は……っ!?」

 

 ナツミが自らの素性を話そうとするとタバサは突然、杖を構えた。

 

「何!」

 

 とっさにデルフを右手に持ち、ルイズを左手に抱え後ろに飛び退く。

 

「おぅ、相棒出番かい!?」

「うん。ちょっとね!」

 

 タバサをまっすぐ見やり、ルイズを地面に下ろす。

 

(……この子只者じゃない、ギーシュと同じだと思ってかかったらひどい目にあう)

 

 数多の戦いを潜り抜けてきたからだろう。ナツミはタバサが纏う気配から優れた戦士だと即座に看過した。

 

「おい、相棒!」

「何よ!今取り込み中よ!」

「いいから聞け!その目の前の娘っこ、じゃねぇ後ろを見ろ!!!」

「え?」

 

 

 

ナツミが背後を振り向くと巨大なゴーレムが屹立していた。


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