ウェールズ編です。
逞しく鍛え上げられた筋肉がこれでもかと張り詰める。その様はまるで引き絞られた弓に酷似していた。
フォルテは普段は背に背負った大剣を腰に佩き、その柄を右手で握っていた。屈んだ背からは闘気が溢れ、閉じられた瞼からは極限の集中が見て取れた。
不意に一陣の風が吹き荒ぶ。
「!」
フォルテの目の前に木の葉が舞った。
斬!
次の瞬間、白刃が一線を描き木の葉が真っ二つに切り裂かれる。
「す、凄い」
「いや、ウェールズ殿それだけでは無いでござるよ」
フォルテの普段の膂力にモノを言わせた剣技とは対極に位置する技巧の粋とも呼べる技にウェールズは素直に驚くが、鬼妖界《シルターン》のサムライであるカザミネは、ウェールズでは見切れなかったフォルテの剣技のその先を見極めていた。
「え」
カザミネの言葉に呆けた声を上げようとするが、その呆けた声は驚く対象を変えて唇から離れていった。
フォルテが放った大剣の軌跡、その延長線上に有る複数の木が、ゆっくりと倒れていく。だが、倒れた木は明らかに大剣が届き得る範囲を逸脱するものだった。
「カザミネ、これは?」
「これは居合と呼ばれる技術でござるよ」
鬼妖界のサムライと一部の忍が扱える剣技の一つ居合、間合いを越えた相手を切り裂く剣の極みの技の一つである。
無論、本来は大剣使いのフォルテが使える技ではないのだが、フォルテはその目で見た技を再現することが出来るほどの才能を持つ天才である。大剣と刀といった違いは有ったが、それを自分なりに工夫することで、居合切り俺流なる技を強引に編み出していたのだ。
「しかし、取り回しの難しい大剣でこの技量。正直羨ましい限りの才能でござるな」
言葉とは裏腹にカザミネの表情はとても楽しそうだ。自身の近くに強者が居るというと事は鍛錬の相手に事欠かないと同義である。そんな人物が周りに大勢いるこの環境に満足しているのだ。
「こっちからすると相手の攻撃を最小限の動きで避ける体さばきには驚きを隠せないんだがな」
残心を終えウェールズ達に顔を向けたフォルテは、大剣を肩に担ぎながら呆れたように呟いた。
フォルテの大剣とは違いカザミネの刀は切れ味を重視しておりその刀身は非常に細い。特殊な製法から非常に硬いが、それでも相手の攻撃を受け止めることは想定されていない。故にカザミネはフォルテの相手の攻撃を受け止めて反撃するという戦い方とは対照的に相手の攻撃を避けて反撃するという戦法をとっていた。
性格もあるだろうが、ギリギリまで相手の攻撃を引き付けて一刀の元に相手を切り捨てるカザミネの戦いはフォルテには真似が出来ないものだった。
「それは戦い方の違いによるものでござるよ」
「まぁそれは分かるんだがな。まぁ隣の芝は青いってことだな」
そう言い合うと二人は互いに不敵に笑う。それは今まで数々の戦いを一緒に切り抜けた者達が出来る一種の信頼が込められたものだった。
「つまりだ。お前は風の魔法っての使えるだろ?それと剣技を合わせたらどうかと思ってな」
「……ふむ」
「それで居合切りでござるか。確かに相性は良さそうでござるが……剣技と魔法の合わせ技。見当もつかぬでござるな。というか鞘が無いのはどうするのでござるか?」
「まぁ、それは創意工夫と言うやつでなんとかするさ」
「便利な言葉でござるな……」
生真面目なカザミネと割とノリで生きているフォルテが互いに意見を交わすが、ウェールズの新たな技の開発は難航しそうな様相を見せ始めた。カザミネの剣技を模倣して生まれたフォルテの居合切り(俺流)だが、刀と剣はまだ共通点が多い。しかし流石に魔法によって剣と同様の切れ味になるとは言っても、ウェールズの武器はあくまで杖である。居合切りに必要な鞘がそもそも存在していない。
「居合切りは難しそうかぁ……」
「そうでござるな。とりあえず摸擬戦で経験を積むのが肝要なのではないでござるか?もちろん、ウェールズ殿は魔法を使って貰って結構でござるよ」
そういうとカザミネは愛用の刀の柄に右手を添える。
「あぁ、だが本当に魔法を使っても?」
「うむ、魔法を込みでのウェールズ殿の実力を知っておきたいのでござるよ。遠慮無く全力で来るでござるよ」
「……分かった」
カザミネの言葉にウェールズの目が若干細められる。ウェールズとてナツミの仲間として数々の修羅場を潜り抜けたカザミネの実力が自分よりも劣っているとは思っていないが、それでもトライアングルクラスのメイジとしての誇りもある。
自分が全力で戦ってもカザミネには摸擬戦の域を出ないと言われているようで流石に残ったプライドが小さな抗議を上げていた。
「じゃあ、二人とも適当に離れろ」
ウェールズの小さな心の機微にフォルテは気付くが、それを含めて学ぶところが有るだろうと、互いに距離を取らせる。
やがて草が踏みしめられ、小枝がパキリと音を立てる音が止み、二人は視線を交わし合うと構えを取る。
カザミネは凪いだ海の様な底の知れない闘気を纏い、ウェールズは台風の中心の様に静かでありながら触れれば吹き飛ばされそうな気配を放っている。互いに静では有るものの、その性質は異なるものだった。
「はじめ!」
フォルテの声にウェールズは弾かれたようにカザミネに突き進む。その様子はさながら突風だ。整った金髪が後方へと流れ右手に構えた杖は真っ直ぐにカザミネに向けられている。
一方、カザミネは摸擬戦開始の合図の後も抜刀の構えのまま僅かも動いてはいない。真っ直ぐに突撃してくるウェールズを、じっと直視している。
「エア・ハンマー」
自らの耳にも届かないような小さな詠唱の後に、ウェールズの杖から見えざる風の槌が放たれる。凝集されたとは言え空気は空気、それを認識することは常人では不可能であろう。現にエア・ハンマーは周りの空気との摩擦により風鳴り音を響かせどその形は不可視であった。
そして、エア・ハンマーを受けた事で生まれるであろう隙を突くために、ウェールズは杖をレイピアの様に構え突進する。
(彼女たちと共に世界を救ったメンバーの一員だ。エア・ハンマーだけでは倒せないのは明白だろう。だが初見の魔法、少なからず隙は生まれるはず!)
「……」
だが、ウェールズと対峙している者は決して常人とは異する者。心眼と呼ばれる一部の卓越した達人級の眼力をその身に宿している。そして、今まさに自身に迫ろうとする見えざる槌をしかと見据えていた。
「甘いでござるよ」
「なっ!?」
そう囁くとカザミネは前髪が触れる程の距離でエア・ハンマーを避ける。ギリギリで有るがゆえに体を屈めるだけで人を軽く吹き飛ばすエア・ハンマーがカザミネの頭上を通り過ぎていく。
当たると確信していたウェールズは逆に動揺し、更に変わらずに射貫くような視線を己に飛ばすカザミネに飲まれてしまう。
―――――居合切り――――
キンと金属音と、風切り音が同時に聞こえウェールズの手から見事な意匠の杖が回転しながら離れていった。
「う……ま、参った」
カザミネの威圧に飲まれながらもウェールズはなんとか、絞る様に声を上げた。その声にカザミネは相手の武器を弾き飛ばしがらも、僅かも緩めなかった殺気をようやく納めた。
「……ふぅ、なるほど」
残心を終えたカザミネは流れるような動作で刀を鞘へと納め、顎を触りながら先の戦いを思い浮かべた。
「うむ、瞬発力は中々でござるな。それに最初の魔法に合わせた弐撃目も悪くないでござるよ。一対一なら並の悪魔でも余裕で倒せるでござろう」
「そ、そうか」
「あぁ、俺だと最初の魔法を捌くのは難しいかもなぁ。でも、もう少し戦ってくれねぇと良く分からないな。どれ俺が相手をしよう」
そう言うなりフォルテは大剣を担ぎながらウェールズと十メートル程も離れていく。
「良いのかい?」
見た目通り戦士タイプであるフォルテは近距離攻撃に特化しているのだが、にも拘わらずカザミネとの立ち合いの時よりも距離を開けるフォルテに思わずウェールズは問うたが、フォルテはニヤリと笑みを浮かべ大剣を真正面に構えて笑顔を浮かべる。
「ああ、この方が面白い。それに手札を先に見ちまったからな。この方がフェアだろう?」
「しかし……」
「ウェールズ殿、ああいう性格なのでござるよ」
居合切りは自分から見せた故に、自分が距離を取る事でフェアとする。実にフォルテらしい男気溢れる行動だった。
「さて!何処からでも掛かってきな!」
フォルテの居合切り(俺流)は小説の技なので本編では登場しない技です。
ですがサモンナイト2の番外編で出たときは感動しました。
ちなみに自分の中でサモンナイトシリーズのお気に入りキャラクターは
一位ナツミ サモンナイト
二位ジンガ サモンナイト
三位プニム サモンナイトシリーズ
四位アティ サモンナイト3
五位ゼルフィルド サモンナイト2
となっています。
あと拙作では脳筋キャラのナツミですが、システム上では最終レベルでのナツミの魔力は他の主人公候補三人と比べて一番高いという……どういうことなの?