ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第五話 戦争、それぞれの思い

 渋みががったバリトンの唸り声が高い天井にまで届き、その空間に響き渡る。その声色から、声の主は苦々しい感情を抱いている事が窺えた。

 

「ぐむむむむむ」

 

 口髭を揺らしながら、謁見の間から退出してきたのはヴァリエール公爵。

 そんなヴァリエール公爵をナツミとルイズは眺めていた。ルイズの実家ヴァリエール領へと向かった二人ではあったが、その翌日にはヴァリエール公爵と共に王都トリスタニア、王宮へと来る羽目になっていた。

 二人の従軍が女王アンリエッタから下ったというか教皇からの勅令と聞いたヴァリエール公爵が、二人と話しても埒が明かないと判断したためだ。

 ヴァリエール公爵は王宮に着くなり噛みつかんばかりの勢いで謁見の場に飛び込むと、アンリエッタとマザリーニに勢いよく捲し立てた。それは貴族としての威厳よりも、教師に文句を言う親馬鹿であった。

 何故、学院の生徒の士官登用を反対して、同じく魔法学院の生徒、しかも女子である娘が登用されるのかと。ヴァリエール侯爵のそれはそれはすごい剣幕であった。主にその剣幕の矢面に立ったのはロマリアの宗教庁から赴任してきているマザリーニ。

 ルイズとナツミの従軍に際してマザリーニが何かしたかと考えたのだ。マザリーニとしては教皇からの勅令そのままを伝えただけなのだが、血走った眼で己を睨むヴァリエール公爵は何を仕出かしても、不思議では無い危うさを秘めいて、要らぬ警戒心を煽られた。

 しかし、いくらヴァリエール公爵がトリステインで有数の権力を持っていようと教皇に逆らうことは躊躇われた。教皇の勅令に逆らえばトリステインは異端扱い、ならば勅令に反対するヴァリエール公爵を異端とし、国から切り離されてしまうだろう。

 そうなれば、家族ひいては家臣、領民全てに迷惑がかかってしまう。

 トリステイン貴族の中では珍しく統べる事の意味を理解している彼だからこそ、それが分かってしまった。納得できない苦々しさを漂わせながらも、彼は形ばかりの一礼をして謁見の間を後にしたのだ。

 

 

 

「あの、と、父さま……?」

 

 プルプルしながら俯く父におずおずとルイズは問いかける。

 

「おお!私の小さなルイズ!!」

「きゃあっ」

 

 ヴァリエール公爵は急に顔をあげ、ルイズに跳び付く様に抱きついた。

 

「教皇の勅令に逆らえない不甲斐無い私を許してくれ!!」

 

 戦場に娘を送り出さねばならない、そんな悲しさからおいおいとヴァリエール公爵は泣いていた。そして、今度は未だに涙が流れる瞳でナツミを睨む。

 実はマザリーニはヴァリエール公爵の興奮具合から説明してもろくに聞かないだろうと判断して、こう説明していた。

 タルブ戦でのトリステインの大勝利はナツミとそのワイバーンによってもたらされたものだと、だが使い魔風情がそんな大戦果をあげたとなれば王軍の将兵達との間で要らぬ軋轢を生んでしまう。

 そこで敢えてナツミの活躍を公にこう公表した。タルブの奇跡の光……始祖の力が降臨し、ブリミル教に反旗を翻すレコンキスタに神罰を下したと。

 これにより、始祖の加護があると思った将兵達の士気は飛躍的に高まった。

 だが、ここで思わぬ事が起こった。ブリミル教を国教に掲げるロマリアがこの奇跡の光を調査してナツミに辿り着き、ナツミの凄まじい力の事がバレてしまった。使い魔にそれだけに力があるのだ。ならばルイズは虚無に違いないとロマリアが誤解してしまった。

 それにより、二人は戦争への参加を勅令で告げられてしまったと。そんな説明を受けたヴァリエール公爵の心境は複雑の一言に尽きた。

 ルイズに笑顔を与え、カトレアの病を治し、歪だった家族の絆を癒してくれた比類なき恩人のナツミ。幾ら感謝してもしきれぬ彼女だったが、今回の遠征軍にルイズが参加する羽目になったのは間違いなくナツミのせいだ。

 だが、そもそも彼女がタルブ戦で戦わなければ今頃この国はアルビオンに飲み込まれていただろう。

 そんな思考ループにヴァリエール公爵は陥っていた。ひとしきりルイズを抱きしめた後、ヴァリエール公爵はゆらりとナツミの傍まで近づく。

 妙な威圧感にルイズもナツミも動くことが出来ない。

 

「ナツミ殿!!」

「は、はいっ!」

 

 王族もかくやという威厳溢れる声色に思わずナツミも背をしゃんと伸ばす。

 

「お主にルイズを頼んだぞ!」

「わ、分かりました……」

 

 それだけ言うとヴァリエール公爵は一人で帰って行ってしまう。このまま家に連れ帰ってもまた要らぬ考えが頭によぎってしまうからだ。

 皮肉にも家族を救ってくれた力は末っ子を戦争へと誘ってしまった。ままならないと公爵は頭を振るう。

 だが、同時に思う。自らの妻カリーヌと互角に戦った彼女ならルイズをきっと守り抜いてくれるだろう。

 戦争が終わった時は彼女を招いて家族で精一杯のもてなしをしようと彼は決めた。

 

 

 

 ヴァリエール公爵を見送った二人は、とりあえず戦争への従軍を認められたので学院に戻って出兵の準備をする事にした。

 

「戻ラレタカ、りんかー殿」

「た、ただいま」

 

 だが帰ってくるなり、召喚した覚えのない機械兵がナツミを出迎え、彼女は思わずどもってしまう。

 

(だ、誰?エルジンが召喚したの?)

 

「ゼルフィルドー何処ー」

 

 ナツミが混乱する中、シエスタの明るい声がアウストリ広場に響き渡る。機械兵―ゼルフィルド―はシエスタの声が聞こえるとその方向を向いて返事をした。

 

「ますたー、私ハココダ。りんかー殿ガ帰ッキタノデ出迎エテイタノダ」

「ナツミちゃんが帰って来たの!」

「……ますたー?」

 

 完全に話に付いていけずナツミの頭はクエスチョンマークで一杯である。自分が居なかった僅か二日間に一体何が起こったのであろう。

 

「あ、ナツミちゃん!お帰り」

「ただいまシエスタ……あの、この子は?」

 

 感情を見せずシエスタに視線を送って突っ立ているゼルフィルドを指さしてナツミは一番の疑問の解消を図った。

「あ、この子はゼルフィルドっていう私のお友達。エルジン君とミスタ・コルベールが先日修理を終えた機械兵だよ」

「ふうん。ああ、そう言えば機械兵のパーツを随分と持ち込んでたような……。というか良くそこまで復元できたわね。コンピュータってそんなに簡単に直るものなの?」

 

 

「普通ナラ、コウハ行カナイ。えすがるどガ二人ノさぽーとヲシテクレタ御蔭ダ」

「ふぅん」

「ソレニ運良ク、電子脳ガ無事ダッタノダ」

「ナツミちゃん。帰ってくるの早いね。ミス・ヴァリエールの実家に行くって言ってなかった?」

「ああ、実は……」

 首を傾げシエスタはナツミに問いかけた。

 ナツミはシエスタの問いに特に何も考えずに答える。

 戦争云々から、ルイズの父の反対と、許可を貰ったことを。だが、それは浅慮に過ぎた。友人が戦争に参加すると聞いて落ち着いていられるほどシエスタは大人ではない。

 

「どうしてナツミちゃんが戦争に参加するの!?」

 

 ナツミに肩を掴んで問いただす様にシエスタは大声を張り上げる。

 

「ど、どうしてって戦争を終わらせるためによ」

「終わらせるためだろうがなんだろうが、戦いは戦い。そんなの貴族の人達が勝手にやればいいよ」

「……それがしょうがないんだよ。私の持つ力は強大だって知られちゃってるしね」

 

 ナツミの言葉にシエスタは表情を曇らせ俯いた。そんなシエスタにかける言葉が見つからず、ナツミは俯くシエスタを眺める事しか出来なかった。

 しばらく、無言の時が流れる。ゼルフィルドは我関せずと微動だにしない。そして、シエスタががばっと勢いよく顔をあげる。

 

「なら私も行く!」

「ええ!?シエスタは平民じゃない!ダメよ!」

「そこらの貴族よりは役に立つよ!……力だったら私だって少なからず持ってるし!一緒に戦えるよ!」

「えええ!?」

 

 腕捲りしてまでやる気をアピールするシエスタ。

 そこらの貴族に聞かれたら面倒な事になる言葉を大声で放つシエスタだが、幸いにも貴族は居ない。

 しかし、周りが見えないほど、友人を助けたいという気持ちがナツミにも痛いほど感じられた。確かに今のシエスタならそこらの貴族より余程戦力になる。というか少なからず等と言うレベルでは無い。同年代のメイジだったら束になったところで、彼女には勝てないだろう。

 

 

「付き添いの侍女ってことにしておけば誰も疑いはしないし、敵も油断するかも……」

 

 妙にリアルに策を練り始めるシエスタ。だが、ナツミにシエスタを連れて行く気は無かった。

 戦いに連れて行ってしまった事があったが、今回のこれは戦争。今までの戦いとは規模が違い過ぎる。それにシエスタの機属性召喚術は目立ちすぎる。

 それを見た者達が虚無だとか騒ぎ出す可能性があった。と言ってもそれを素直に言ってもシエスタが聞かない可能性は多分にあった。無属性召喚ならその範囲に入らない事を勤勉なシエスタは知っているのだ。

 ナツミの単純な脳みそがフル回転し、それっぽい回答を導き出す。

 

「シ、シエスタにはこの学院に残った人達を守ってほしいの」

「え、この学院を?」

「う、うん!ほらこの学院って、身分が高い人がいっぱいいるじゃない?それを狙ってこないとも限らないでしょ?そうじゃなくても、キュルケとかタバサとか友達も居るしね」

「……」

 

 ナツミのそれっぽい理由にシエスタは神妙に考え込む。

 ナツミのセリフに思うところがあったようだ。

 ……無論、この適当な言い訳が本当に当たる等とはこの時のナツミは知る由もない。

 

「ダメかな?」

 

 ナツミに頼る事はあっても頼られることは無かったシエスタにナツミのそのお願いは劇的に働いた。

 

「っ――――――――わ、分かったよ!ナツミちゃん!学院は私に任せて!」

「う、うんお願いね」

 

 やる気に満ちたシエスタに呼応して魔力が溢れる。懐に入れた最も相性が良いサモナイト石エレキメデスが反応し辺りに電気を迸らせる。相性が良すぎるのも考えものだ。

 バチバチと当りの空気に溶けるそれをどもりながらも持ち前の魔法防御力で打ち消すナツミ。両手に力を込めながらシエスタは学院の平和を守ることを空に誓った。

 

 

 

 

 

 

 そんな学院の守り人が凄まじいやる気を出している中。

 魔法学院、いや魔窟を襲撃しようとする者達が居た。

 彼らが現在いるのはアルビオンの首都ロンディニウムから馬で二日の距離があるロサイスの街。

 隊長の名はメンヌヴィル。生き物、ひいては人間が焼ける臭いが三度の飯より大好きな人間であった。彼が率いるは十数名ほどの傭兵部隊だが、周りに放つ威圧感は重装甲槍兵一個大隊にも匹敵するほどだ。彼らが現在向かっているのは、ワルドとフーケが待つフリゲート艦だ。

 まさに今から彼らは魔法学院襲撃の為の作戦を実行しようしていた。

 

 

 メンヌヴィルはフリゲート艦に付くと、フーケ、ワルドと共に作戦の打ち合わせに入った。

 作戦の内容は魔法学院の占領について。クロムウェルは生徒を人質に取り、攻めてきた連合軍への交渉に利用しようと考えていた。

 夜闇に乗じてトリステインの警戒網を潜り抜け、直接魔法学院に攻め入る。一見無謀にも見える。しかし王都、国境等の要所は確かに警備が集中しているが、王都に程近く、しかも軍事的には価値が低い魔法学院は、警戒体制の中、平時と比べて銃士隊が派遣されいる程度しか警備が強化されていない。貴族の子弟と言う交渉材料がわんさか居るという事を考えてみれば、これはアキレス腱に成り得る盲点であった。

 

「しかし警備は他に比べて手薄とはいえ、メイジの巣だよ?ガキしか居ないとは言え、この数で大丈夫なのかい?というかあそこにはライトニング・クラウドを喰らった上にあたしのゴーレムに踏み付けられてもぴんぴんしている使い魔がいるんだよ……」

 

 実際に魔法学院を襲った上に、そこにいたヴァリエールの末っ子の使い魔に痛い目にあった事もあるフーケが作戦に不満を漏らす。

 

「なに、教師の殆どは戦争に参加するだろう。男子生徒もな。残るは女生徒ばかりさ、それにその使い魔も密偵からの報告だと王軍の士気を高めるために従軍すると言っていたしな……問題あるまい……行くのは私じゃないし」

 

 ナツミが居ると居ないではこの作戦の成功率は大きく変わる。

 流石にそれを確認しないほどワルドは愚かでは無い。フーケに聞こえないほど小さな声でとんでもないことを呟いているが。

 

「ふん。ならいいけどね」

 

 自分の進言を予想していたワルドの回答になんだか心を見透かされたような気がしてフーケはちょっと面白くなかった。

 

(……あんな女の子でも戦争に駆り出されるのか、ったくやってらんないねぇ)

 

 メンヌヴィルがワルド相手に、何やら自分の尊敬するかつて所属していた部隊の隊長の話を嬉しそうにしゃべる中、フーケは別の事を考えていた。自分を捕え、そして再び会った時もまったく臆することがなかった使い魔の少女の事を。

 見慣れぬ黒髪を靡かせ、月光に反射する剣を両手に構え、青き光を纏うあの少女はどんな困難でも障害でも難無く、切り裂いて仲間を守り通すだろう。純粋な力では無く、その心が何よりもフーケには眩しかった。

 あんな風に自身も生きられたなら、貴族の名を捨てることも無かったのかもしれない。そうでなくても妹のように思っている少女に自慢できるような仕事が出来たのではないかと。

 懊悩とするフーケとは裏腹にメンヌヴィルは過去に自分の顔に傷を負わせた男にもう一度会いたいと狂ったように笑い続けていた。

 




エスガルド、ゼルフィルド、シエスタ、エルジン。他原作メンバー。
こんな学院襲撃したくない。

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