ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第四話 火の意味

 コルベールはシエスタの手伝いをするゼルフィルドを興味深げに眺めていた。

 その身に搭載している兵器はコルベールの知識を遥かに上回る超技術の産物だが、ゼルフィルドの人格はコルベールにとって嬉しい物であった。

 周りの貴族、平民も驚いてはいるようだが、ガリアにはガーゴイルという魔法で動く人形があることが、周知な為、好機の視線はあれど、皆に受け入れられたようだった。

 エルジンと見慣れぬ機械を組み上げていた時は好奇心でぶっ飛んでいたが、いざ完成の時にふと思ったのだ。兵器を内蔵し、戦争目的に作られた機械兵は一体どんな人格をしているのだろうと、彼が知っている機械兵であるエスガルドは感情が人間よりも少ないものの紳士的で理知的であった。だが、聞けば機械兵とは元々主の命を受けてエルジン達の世界を侵略してきた外敵であったという。

 主の命を忠実に聞き、たとえそれが殺戮であったとしても実行する。その考えに至った時、コルベールは、忘れてはならぬ過去の己の罪を思い出していた。まさにそれは上司の命を受けてあらゆる任務をこなした自分と同じだと。そんな考えが頭をもたげていたため、コルベールはゼルフィルドが起動しているのを見た瞬間に思わず身構えてしまった。

 もし目の前の機械兵が今でも異世界に侵攻すると言う命令を順守しようとしたならばこの身に代えても止めねばならぬと。

 だが、それは杞憂だった。

 いつの間にやら、主従の契約を結んだのか、この学院で働く何故か召喚師の素養があったメイドの少女シエスタを仮のマスターと仰いで言うことを聞いているではないか。慇懃にシエスタに接するゼルフィルドと機械兵に特に怯えもせずとんちんかんな受け答えをしているシエスタを見て気が付くとコルベールの方から力が抜けていた。

 

 コルベールは過去の罪から逃避するために、自らの属性の火での破壊を禁じ、火を国の人の役に立つ事のみ使う事を己に課した。しかし、いくら研究しても彼の満足のいく結果へと辿り着くことは出来なかった。

 罪の象徴の首筋の火傷が熱を持ったように、罪を贖えと苛むように痛みを放つ。

 そんな中、ナツミが持って来てくれたゼロ戦という機械も喜びはしたが、戦争の道具と聞き心の何処かでは落胆していた。そして、その中で出会った機械兵エスガルド、兵器でありながら人と共に暮す彼を見て、徐々に火の新たなる可能性がコルベールに見えてきた。

 そして、さらにエルジンと共同で修理したゼルフィルドがシエスタと共にいるのを見て、それは確信に変わった。火は破壊の象徴だ、しかし一方で食を生み出し、人々の暖となる。本能の欲望の赴くままに使うからこそ火は破壊の象徴なのだと、ならば火を律することで人は理性の獣足りうるのだと。ゼルフィルド達、機械兵もそうだ。彼らは強力な破壊兵器をもっているが、今のゼルフィルドはシエスタの仕事の手伝いを率先して行っている。

 洗濯の仕方が分からず首を傾げ、シエスタに一つ一つ教わってる様子からは彼が侵略兵器だったと思う者はいないだろう。それを見て、コルベールは再び自分の信念に火が付くのを感じた。

 このハルケギニアで皆の役に立つような発明をしてみせると。

 そんな決心をしたコルベールに声をかける人物がいた。

 

「ミスタ・コルベール?」

「ん?おお、ミス・ツェルプストー。君か、たしか君には火の使い方について、聞いたことがあったね」

「ええ」

 

 キュルケは明らかに不快感を顔に張り付けて相槌を打った。

 

「どうしたのかね…?」

「ミスタ。貴方は王軍には志願なさいませんのね。……男子生徒達の多くが戦に赴くというのに」

「ん……ああ戦は嫌いでね」

 

 苦いを通り越し吐き気すら感じる忌まわしい過去を思い出しコルベールは沈痛な表情を浮かべて答えた。

 キュルケにはその表情が臆病風に吹かれて戦に行かぬ言い訳をしている情けない男にしか見えなかった。

 

「同じ火の使い手として、恥ずかしいですわ」

「ミス……いいかね?火の見せ場は……」

「戦いではないと?いい加減聞き飽きましたわ。……火を使う資格もない臆病者の戯言にしか聞こえません。……とんだ炎蛇ですこと」

 

 キュルケは静かに、しかし反論を許さぬ声色でコルベールにそう言い放つと踵を返して歩き去って行った。

 コルベールはキュルケの軽蔑を通り越し、侮蔑すら混じった言葉をぶつけられたにも関わらず、怒ってはいなかった。ただただ、火が皆に与えるイメージがここまで破壊に染まっていることが悲しかった。

 悲しみを背負ったままコルベールは最近はエルジンと寝食を共にするようになった研究室へと戻り椅子へと座る。コルベールはしばらく考え事をしていたが……、いろんなものが雑多に積まれた机の引き出しを、首にぶら下げた鍵を使って開けた。

 その中に閉まってあった小さな箱を取り出すと、それを取り上げ、蓋を開く。炎のように輝く赤いルビーの指輪がそこにはあった。その炎のようなルビーの輝きを見ていると、かつての罪がまざまざと脳裏に甦る。

 自らの罪がコルベールを責め、苛む。

 そんな中、コルベールに声をかける者がいた。エルジンだ。

 

「先生、何やってんの?」

「ん?ああ、エルジン君か」

「ああ、じゃないよ先生。望遠鏡の改良が出来たよ。今夜は晴れるみたいだし、月の観察にはもってこいだよ」

 

 エルジンの明るい声に、コルベールの暗くなっていた心が少しだけ晴れたような気がした。刃物も人を斬るなら剣となり、食材を切るなら包丁となるのだ。役に立つからこそ正と負、両方の面を持ってしまう。

 

「そうだね。今夜が楽しみだ……そうだ、火は決して破壊だけのものではない」

「なんか言った先生?」

「いや、なんでもないさエルジン君。さぁ今夜使う実験機器の準備でもしようか」

 

 知らず、口にした語尾にエルジンが反応するが、コルベールはやんわりとそれを流した。

 自分が言わずともエルジンは既に自分が到達したそれに気付いているのを知っていたからだ。

 エルジンと共にあーでもない、こーでもないと実験機器の準備をするコルベールの脳裏の苦悩は少しだけ薄れていた。

 

 

 

 

 ゼルフィルドが復活してシエスタと共に学院で働いている頃。

 ナツミとルイズは再びヴァリエールの領地へとやってきていた。

 理由はアルビオン侵攻に際してのルイズとナツミの従軍に関してだ。アルビオンへの侵攻作戦が魔法学院に発布されたのは、夏休みが終わって二か月が過ぎた頃……、先月はケンの月のこと。

 

 何十年ぶりの遠征軍の編成で本来なら王軍は士官不足になるところであったが、幸いにもロマリア皇国が同盟に参加してきたことで戦力の増強ができたので、貴族学生の士官登用と言う事態は避けられた。

 侵攻作戦を押す強硬派は最後まで学生の登用を上申していたが、枢機卿とアンリエッタの両名、魔法学院の学院長の反対にあった為だ。戦力が拮抗しているならまだしも、三国同盟により戦力は二国同盟の頃よりも大分増強されている。無理に急造の士官を揃えることこは利点よりも害の方が多い。

 とは言っても、自ら志願する生徒達を抑えきることは出来ず、ギーシュを始めとした男子学生達の多くが従軍することにはなったが。

 これはトリステイン貴族特有の誇りの高さが原因だった。

 一部の男子学生が従軍することを自慢し、残ることを希望した者達を臆病者と罵ったのだ。元々プライドの高い彼らはそれは耐えられなかった。内心では怖がりながらも、次々に長期休暇許可申請を出す生徒達を悲しげに学院長は見ていた。普段は漂々としているが、学生達を愛する心は持っているのだろう。

 そして、ルイズとナツミだが、当初二人は侵攻作戦に組み込まれてはいなかった。

 いや、ナツミ自身はクロムウェルが持っているだろうアンドバリの指輪、そして忌まわしき魅魔の宝玉の欠片を回収するために参加するつもりではあった。人間同士の戦争に気乗りはしないが、多くの死者を出し、戦争特有の負の感情が渦巻くそれは悪魔にとって最高の栄養源だ。

 低級悪魔しか今は確認できていないが、それほどの負の感情があれば強大な力を持つ上級の悪魔を呼ばれかねない。

 だからこそ、アルビオンに赴くにはそれ相応の危険が伴う。故にナツミはエルジン、エスガルドが守護する魔法学院にルイズを残していくつもりであった。二人に加え、最近めっきり強くなったシエスタが居れば、ほぼ鉄壁の守りを誇るからだ。

 しかし、予想とは違った方向で頓挫した。

 ロマリア皇国。教皇ヴィットーリオ・セレヴァレによるルイズとナツミ二人の戦争への参加依頼である。書簡には依頼すると書いてありながらも、送られてきた書簡の様式は勅令の体裁を取っていた。

 つまり、教皇から下された女王アンリエッタへの命令であり、アンリエッタにそれを断る事は出来なかった。教皇の命を退けられない力無き自分への情けなさと、友人を戦場へと送らねばならない苦悩からか、直接二人に戦争への参加を告げたアンリエッタの唇からは薄く血が滲んでいた。

 それを見て断る事が出来る程ナツミは薄情では無い。ルイズを戦場に連れて行くことに抵抗はあったが、ナツミの傍に居れば身の安全は確保できるし、なんならソルを連れていけばいい。そんなこんなあったものの従軍することに決めた二人だが、二人の従軍に反対する者が居た。

 それはルイズの父、ヴァリエール公爵だ。

 親馬鹿の典型、特に末っ子ルイズに並々ならぬ愛情を注ぐヴァリエール公爵は、従軍する旨をルイズが手紙で伝えると、従軍はまかりならぬという返事が返って来たのだ。

 最初ルイズは無視しようかと思いはしたものの、それはあまりに不義理と考えてナツミと共に再び帰省する運びとなったのだ。

 

「揉め事にならなきゃいいけどね」

「なったとしても仕方ないわよ。勅令なんだし……ってか私を置いていくつもりだったのよねナツミ」

 

 これから起こる事態が想像がつかず、楽観的な事を呟くとルイズがそれに乗ってきた。

 後半は明らかに若干の糾弾の色が見えた。

 

「うっ!ははははは……」

「笑って誤魔化しても無駄よ!」

「いや、戦争なんて体験しないにこしたことはないよ?」

 

 ナツミ自身が世界征服に取りつかれた狂気の召喚師の集団と戦った事があるだけに、あの戦場の空気をルイズに知って欲しくなかった。ナツミが現代日本で戦争を知らずに生きてきたことがそれに拍車をかけていた。

 

「もう遅いわよ……ラ・ロシェールやタルブでの戦いがあったでしょ?……それに」

 

 最近はなんだか平和で忘れかけていたナツミだったがルイズとて戦争を目の当たりにしたことをすっかり失念していた。

 

「それに?」

「私達は主と使い魔でしょ?」

 

 信頼してくれと視線で訴えるルイズ。

 召喚して間もない頃の縋る様な瞳はもう鳴りを潜めていた。

 立ち止まらず、常に最善を尽くそうと胸を張って生きるナツミの生き方にルイズも触発されたのかもしれない。

やや目じりが上がり気味にその瞳には意思の強さを表す強い光が宿っていた。その力強い光は、リィンバウムに居るナツミの仲間達のそれと良く似たものだった。

 その光に、思わずナツミは笑い声をあげる。

 

「あはっ!それもそうか!ごめんなさいマスター」

「モ、モナティの真似はいいわよ!」

 

 真面目に想いを告げたのに何処か茶化されたのが恥ずかしいのか、ルイズは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。

 そんなルイズをナツミは楽しげに眺めていた。

 そして改めて決心する。ルイズを力の限り守り抜くと。

 

 

 

 

 

「あ、ご、誤解しないでね!ナツミは使い魔より……と、友達と思ってるんだから」

「ぷっははは!言わなくても分かってるわよ」

 

 

 別にナツミは先の言葉をそのままの意味でとってはいなかったが、慌てて訂正するルイズが可愛くて思わず更に吹き出してしまった。そんなナツミを見てルイズは頬を膨らます。

 ワイバーンは自らを背で、繰り広げられる漫才を欠伸をしながら聞いていた。

 

 

 

 

 アルビオン侵攻作戦はもう近い。

 


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