ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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ウェールズ編、その3です。
作中でフォルテとミニスのネタバレがありますのでご注意ください。


番外 ウェールズのリィンバウム逗留記その3

 トライアングルメイジ。

 それは一概に言える事ではないが、ハルケギニアにおいてエリートと言って差し支えないメイジのクラスである。ドット、ラインが大半を占めるメイジ達においてスクエア、トライアングルは十分に優遇されている。

 ウェールズも風のトライアングルメイジであり、その名に恥じない腕を持ってはいる。ルール無用の戦いならまだしも、決闘などではそうそう負けはしないだろう。王族故に受けた最高の教育は伊達ではない。

 

(……多少程度は戦える。そんな事を思っていたのだが……)

「くっエア・ハンマー!」

 

 ウェールズは空気を硬く凝集させた見えざる槌を己に迫る人型のそれに躊躇い無く叩きつける。常人を凌駕する身体能力を持つそれも、見えざる攻撃には分が悪かったのだろう。青白い肌をしたそれはエア・ハンマーをまともに食らい五メートル近くも吹き飛ばされる。だが、背から突き出た皮膜を張った翼を数度はためかせ、なんなく着地してしまう。その様子からウェールズの魔法はほぼ効いていないのは明白だった。

 

「これが悪魔か」

 

 ウェールズに見据えられた悪魔は、悔しがるウェールズの視線が心地良いのか、耳まで裂けた口角を厭らしく歪ませると、楽しそうに青白い肌を笑い声に併せて揺らせた。悪魔はほぼ人型ではあるが、病的な青白い肌に二つの角、一対の翼を有し、その右手には得物なのだろう人では片手では持ち得ぬ大剣を軽々と持ち上げていた。

 一しきり、ウェールズの恐怖を堪能した悪魔は大剣を肩に担ぎ、翼を持って跳ねるように駈け出した。

 

「ブ、ブレイド!」

 

 大剣を膂力に物を言わせて振るう悪魔に対して、慌てた様子でウェールズはブレイドの魔法を唱え杖を剣の如く強化する。風を唸らせ自らに迫りくる大剣をウェールズは間一髪受け止める。

 

「ぐぅうう!」

「―――――――」

 

 悪魔は攻撃を受け止められたことに、僅かに顔を顰めたが、顔面を歪めながら鍔迫り合いをするウェールズの苦しむ様が琴線に触れたのか、残酷な笑みを浮かべ耳障りのする笑い声をあげた。

 

(ま、不味いなんて腕力だ)

 

 渾身の力で受け止め続ける大剣がまるで引くことのない様子にウェールズの全身の筋肉が悲鳴をあげる。杖と大剣越しに悪魔はウェールズとは対照的に不気味な笑みを浮かべていた。

 

「王子大丈夫か!?おらぁ!」

 

 徐々に押されつつあったウェールズの右脇からジンガが飛び出し、渾身の力を込めた右こぶしを叩き込む。両手が塞がった上に、目の前で苦しむウェールズを注視していた悪魔は、顔を驚きに歪めること以外を許されず地面を数度バウンドするほどの威力で打ち据えられてしまう。

 

「まだまだぁ!」

 

 人間ならほぼ戦闘不能になってもおかしくない程の攻撃を仕掛けたにも関わらず、ジンガは迷うことなく追撃する。そして丁度、悪魔が起き上がるタイミングで再び、ストラをたっぷり込めた拳を二度三度と振るう。脇腹を抉り、くの字に体を曲げる悪魔は反撃すら許されない。

 

「大丈夫ですの?」

「あぁ、幸いにも怪我は無いよ」

 

 恐怖かはたまた先の鍔迫り合いで必要以上に力を込めたせいか、震える両手で杖を握るウェールズにモナティが心配そうに寄り添う。モナティはこんな戦場に関わらず相も変わらずぽやぽやとしている。

 そんなモナティの様子に少しは余裕が見えたのか、ウェールズは周りに目を向ける。

 数多くの悪魔達が未だ攻めているものの、ソル達は全く怯むことなく悪魔達を押し返している。

 数多くの悪魔達、そしてそれを総べる魔王達と戦った彼らには、むしろ余裕と言っていい戦況だった。

 

「むっ」

「ち、降りて来いよ!」

 

 目の前の悪魔を切り捨てたレイドが眉を顰め、ガゼルが空へと短剣を投擲し、悪態を吐く。自分達の劣勢を思い知ったのか、悪魔達は各々の翼をはためかせ、戦いを空中からの急襲へと切り替えた。しかもそのうちの何体かは直接、大樹へと飛んでいく。

 

「不味いっ!モナティ!」

「はいですの!」

 

 悪魔達の狙いを逡巡することなく見抜いたソルは、温存していたモナティへと支持を飛ばす。

 

「力を貸してですの……ワイバーンさん!!」

「なっ!?」

 

 支持を受けたモナティから服を靡かせるほどの魔力があふれ出る。その膨大な魔力と、ワイバーンという単語に驚くウェールズを放って、空に輝きが生まれ、巨大な影が顕現する。

 

「GAAAAAA――――――――――――!!」

 

 ナツミが駆るワイバーンと遜色ないワイバーンが咆哮をあげる。

 突然、大樹の守るように現れたワイバーンに悪魔達は驚愕に目を開くが、そんな驚きに攻撃の手を緩めるワイバーンではない。大木の程もある尾をまるで鞭の様に撓らせ、悪魔達を打ち据えた。

 

「――――――!?」

「―――――――!」

 

 防御も回避も出来ずに悪魔達は地面に自分の体でクレーターを穿ちながら絶命する。ワイバーンは地に伏した悪魔達には一瞥もくれることなく、口腔の端々から揺らめく炎を見せたかと思うと、轟々とうねる炎を幾つも吐き出した。

 空気を熱し、火線の尾を引きながら、火球の群れは悪魔達を燃やし尽くさんと突き進む。

 悪魔達は苦々しげに叫び声を上げながら、有る者は火球を避け、有る者は受け止め、また有る者は無残にも、炎の渦へと巻き込まれていった。

 

 

「モ、モナティもワイバーンを召喚できたのか」

「えへへ、マスターとお揃いですの!」

 

 傍から見ると庇護欲を掻き立てる容姿をしたモナティだが、その腕力は獣人だけあってかなりのものだ。そしてソルやミモザ、ギブソンといった最高峰の召喚士には劣るが、一流の召喚士と遜色の無い魔力も有している。伊達にエルゴの王たるナツミのパーティの一人ではない。ワイバーンやミミエット、Aランクの召喚獣までなら召喚可能だ。

そして曝炎の花が咲き乱れる中、モナティに続き、ソルやカイナと言った召喚士達が空に向かって次々と強力な召喚術を放つ。

 悪魔達が突然、直接大樹を狙う策は確かに、意表を突く形にはなったようだが、逆に遮るものが無くなった為か、悪魔達は次々に地へと落ちていく。

 

「ウェールズ、大丈夫か?」

「あぁ」

「ふむ……どうやら制空権は完全にこちらのものになったようだ。残党が引いていく、一度拠点に戻るぞ」

 

 幾ばくかの悪魔達の残党は各々傷を覆いながら、怨嗟の声を喚き、また一人、また一人と、空の彼方へと去っていく。これ以上の進撃は無駄だと悟ったのだろう。

 ソルは周囲の安全を確認すると、満身創痍と言った体のウェールズの肩を労をねぎらう様に叩き、戦場の余韻が徐々に薄れゆく、その場を去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 ウェールズは簡易ながらも石で形作られた物見櫓の上で一人、大きな月を眺めていた。

 ハルケギニアでは煌々と光る二つの月が夜を照らすがリィンバウムではそれを補う様に大きな月が一つ輝いているだけだ。良く見れば、月の表面の影もハルケギニアのそれとは大きく違っていた。

 

「……まさか、ここまでの力の差があったとはね」

 

 昼間の悪魔達の襲撃で、思った以上にフラットのメンバーとの力の差があった事にウェールズは地味にショックを受けていた。モナティですら一人でレキシントンを叩き落とせるだけの力を持っている。ソルやアカネがナツミは規格外だと散々言っていたが、全員が全員、ウェールズから見れば規格外だ。

 だが、これは比べる相手が悪すぎる。ウェールズとて経験こそ少ないものの、悪魔相手に一方的に倒される程、弱くは無い。フラットのメンバーは各々が得意分野でリィンバウムのトップクラスの猛者達なのだ。これと比べられる方が可哀想だ。

 自身の力の無さに嘆いたウェールズが夜の見張りを自ら買って出たのは、そんな負い目からだった。

 月明かりが優しく身を包んでくれる中、ウェールズは両肺の空気を吐き出す勢いで溜息を吐く。淀みなく溜息は夜気に紛れて行くが、胸のつっかえはまるで無くなることがない。

 

「よぉ、王子様。溜息かい?」

 

 不意にウェールズの背に無遠慮な声がぶつけられた。

 ウェールズが後ろを振り向くと、背に大剣を背負い、快活な笑みを浮かべた大男が立っている。

 

「君は……?」

「フォルテってんだ。よろしくな王子様」

 

 落ち込んでいるウェールズとは対照的に、フォルテはからからと明るく笑うと、ウェールズの横へと並ぶ。

 

「どうしたんだい?まさか、私、一人じゃ心配だから見に来たのか?」

 

 普段の彼なら別として、落ち込んでいるウェールズは反射的に皮肉を込めた言葉を発してしまう。自ら志願した見張りだが、先の戦闘ではほとんど活躍などしていない。だからこそ、お守役が来たのではと思わず邪推してしまったのだ。

 

「ん?もう二時間経ったぜ。交代の時間だから来たんだが?」

 

 フォルテの返答に、そんなに思索に耽っていたのかとウェールズは驚くと同時にそれ以上に再び落ち込んでしまう。見張りなのにロクに周りを見ていなかったこと、そしてフォルテに要らぬ八つ当たりをしてしまったことに。

 

「……すまない。少し疲れているようだ」

「そうみたいだな。っておいおい、そのまま帰るやつがあるか」

「……なんだい?」

「まぁ、相談ってわけじゃないが、そうだな……愚痴でも良いから少し吐き出して行けよ。そのままじゃいつか爆発しちまうぞ」

 

 急に掴まれた肩を胡乱気に見詰めながら、ウェールズはフォルテの提案に乗ってみることにした。フラットのメンバーにはこれ以上の迷惑は掛けられない。それにこのフォルテは豪放磊落な所はエドスに良く似ているが、身の端々からは並の貴族以上の気品差が有る。そう、どこか自分とも似ている何かをフォルテからウェールズは感じていた。その妙な親近感がウェールズが心の内を吐露してもいいかと思わせたのだ。

 その不思議な感覚に小さく笑うとウェールズはフォルテにこれまでの経緯を話し始めた。

 

「わははは!」

「笑うところではないんだがな」

 

 フラットのメンバーの無茶苦茶を笑い飛ばすフォルテに、ウェールズも抗議はするものの、可笑しそうに笑う。

 

「まぁこっちの連中も大概だけどな!」

 

 フラットのメンバーはエルゴの王ナツミを筆頭に秘密結社の総帥の息子、騎士団のお偉い方だが、フォルテの方も、エルゴの王には及ばないまでも伝説に伝えられる調律者(ロウラー)の末裔マグナ、天使の転生体アメル、

半機械人間、等と割とすごいメンバーである。というかフォルテもぶっちゃけ聖王国の王子である。そして知る者は限られるが、ミニスも腹違いとは言え現聖王国の王の直系の血を継いでいる。つまり初代エルゴの王の血を継ぐ者が二人も居るのである。

 

「確かに、昼間の戦いは凄かった」

 

 まだ近接戦は良い、無論あれだけの身体能力を持つ悪魔を一蹴する力は相当だ。だが召喚士達の火力はウェールズが知るハルケギニアのメイジの火力を遥かに凌駕するものだった。まさに世界が違うと言えば世界が違うのだが、それにしても凄まじいの一言に尽きる。

 

「まぁ、気にするな……って言っても、こればかりは本人が納得しないとな」

「そう……だな」

「そうだ!」

「!?」

 

 しきりに顎を撫でていたフォルテが突然、大声を上げ、面白そうに笑顔を浮かべる。

 

「なぁ王子……いや、ウェールズ」

「な、なんだ?」

「どうだ?俺で良ければ剣の修行の相手をしてやるぜ?」

 

 背の大剣の柄を力強く握り、フォルテはこれは妙案とばかりにうんうんと一人、頷いている。

 

「そう……だな。むしろそう言って貰えてありがたい。頼ってもいいだろうか?」

「わははははは!こっちが相手をしてやるって言ってんだ。気にすんな!」

「ぐっ!うっ!?ちょっと痛いんだが?」

 

 ばんばんとフォルテに叩かれた背に痛みを覚えるウェールズ。そこには痛みに顔を歪ませながらも、先までの憂いは何処にも見て取れなかった。

 

 

 

 




フォルテが何となく高貴な血筋というのは薄らと察してましたが、まさか王子でしかもミニスの異母兄とはびっくらこいた覚えがあります。
確かに色が金髪とか緑とか、獣属性とか伏線は有ったんですよね。それにマーン家って霊属性の名門なのに、なんで獣属性?ってのもありました。
更に王家の血を継いでいるから、膨大な魔力が有るって、主人公、ヒロインでも十分こなせる属性持ちじゃないか!


ウェールズ
クラスチェンジ!
王子⇒異世界の王子

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