「う、うう……う、ゼルフィルドさん、には、そ、そんな……つ、つらい過去があったん……ですね……う、ひっく」
突然、謎の叫び声をあげて起動したゼルフィルドにシエスタはドン引きしたものの、叫んだ後は特に何もせず、自身の周りを静かに観察するゼルフィルドに危険はないと判断したシエスタがゼルフィルドに素性を聞くと、割とペラペラと身の内を説明し始めた。
数多の機械兵の残骸から優れたパーツを寄り合せて復活したゼルフィルドは以前よりもハイスペックなボディを手に入れていた。見かけこそオーソドックスな漆黒の機体だが、それもあくまで外見のみ。
そんな彼のパワーアップしたセンサーは、大気のマナや周りの物質からここがリィンバウムではない事をすでに捉えていた。
突然、起動したため最後に発した言葉を叫んでしまったものの、彼は機械兵らしく冷静であった。取り敢えず、周りに居た三人の人間の内、自分を再起動して人物を唯一立っていたシエスタだと認識したのだ。
その身に纏った機属性の魔力もゼルフィルドには好ましかった。……床に転がる少年からも相応の魔力を感じたが小汚い姿から恩人と認識するのは躊躇われたのだ。
「しえすた殿。敬語ノ必要ハナイ。私ヲ再起動シテクレタ貴殿ハ恩人、……早々二主ノ元ニ帰還デキナイ今ハしえすた殿ガ仮ノますたーダ」
「ま、ますたー?私はそんな大層な人物じゃないですぅ」
二メートルを優に超える機械兵が放つ威圧感に生来の平民癖が出て、思わずびくとしてしまうシエスタ。
「敬語ハイイト言ッテイル。普通ニ話シテクレ」
「ええ~!で、でも……」
「……」
別にゼルフィルドは睨んでいるつもりはないが、シエスタからすれば緑の光を放つ二つのメインモニターの光は睨まれているようにしか見えない。それに加えて無言の圧力。
シエスタにそれに逆らう勇気は無かった。
「わ、分かった。ゼルフィルドさん」
「サンモ要ラナイ」
「分かった。ゼルフィルド」
本人が全く自覚してない威圧感から希望通りの対応を得られたことで心なしかゼルフィルドは嬉しそうに頷いた。
「ム……」
「ど、どうしたの?」
満足そうに頷いていたゼルフィルドだったが、自己診断していた自身の新たな機体の不備を察知し、声をあげた。
「実ハ……」
ここまで修復されれば自己修復で大方の機能は回復可能だが、それでも解決できないものがあった。
それは……
「えねるぎーノ残量ガ足リナイ……何トカ出来ナイカ?」
「え、えねるぎーって何?」
どうやらエルジンが使った機械兵の残骸からはエネルギーが充分あったバッテリーがなかったのだ。とは言っても通常稼働なら数年持つが、無駄にパワーアップされた新ボディでは戦闘を数回こなせばで無くなってしまいかねない残量だ。
「電気ガ一番好マシイノダガ……」
「電気?……あ!ちょうどいいのがあるよ」
「本当カ?コノ世界ノ文明れべるデハソレホド期待シテイナカッタノダガ……ン!?」
バチバチと空気が帯電する音が響き、ゼルフィルドは機械ではありえないであろう嫌な予感と言うものを初めて感じていた。視線こそ向けなかったが、彼の強化されたセンサーは同じ世界の盟友が召喚されたのを感知していた。
ああ、確かに彼は電気が好ましいとは言ったが……。
「えっとぉ……ボ、ボルツショック!」
「ヌオオオオオオオオオオオオオ!?ヤ、ヤメ、gagagagagagagggggg!」
電化製品に過電流を流せば誤作動を起こすのは必定。
好物と勘違いしたシエスタによりゼルフィルドは再び黄泉の国へと引き返しかけた。
「ごめんなさい……」
「ム、謝罪スル必要ハナイ。次回カラ気ヲツケテクレレバイイ」
しょんぼりと言った様子がぴったりの体でシエスタは顔を俯かせゼルフィルドに謝罪していた。そんなシエスタをゼルフィルドは攻める様な真似はしない。かなりの機属性のマナを纏っていたことからシエスタを勝手に機属性の優れた召喚師だとゼルフィルドは思い込んでいたのだが、話を聞くと彼女はこの世界、ハルケギニアの原住民でイレギュラーな召喚師だという。
それに機械というものはこの世界に存在しないという。
そんな文明レベルの世界の人間に電気の性質云々、機界云々の話は酷である。幸いにも壊れずに済んだのもあるし、あまり自分を怖がらないシエスタに好感も抱いていたゼルフィルドはさらりと話題を変えることにした。
「トコロデしえすた一ツイイカ?」
「う、うん」
「私ヲ修理シタ人物ハ何処ダ?」
「え?そこに寝てる人達だけど……」
「…………」
シエスタが指さすままに視線を床に送ると先程、小汚いと判断した子供とこれまた小汚い上に頭が禿げた中年が呻き声をあげて転がっていた。
彼の電子脳は目まぐるしく回転していた。ルヴァイドに会う前の彼であれば、修理を施してくれたエルジンとコルベールをマスターと呼ぶのも吝かではなかったが、指揮官として主として凛とした態度を常々とっていた彼を見た後ではどうにも、床で平気で寝る人物をマスターと仰ぐのは無理だった。
なのでゼルフィルドは二人の事はとりあえず流し、先に宣言した通りシエスタを仮のマスターとした。 ……勝手に。
文字通り命を懸けた魂の叫びからゼルフィルドは多少人間臭くなっていたようだった。
さて、魔法学院でゼルフィルドが電撃を浴びている頃、王都トリスタニアの謁見の間にロマリア皇国の使者が訪れていた。
使者の名はジュリオ・チェザーレ、ロマリア皇国のトップである聖エイジス三十二世ことヴィットリオー・セレヴァレに深く信頼された少年である。少年が傅く先には、ジュリオから受け取った書簡を見て明らかに顔を顰めるアンリエッタの姿があった。
書簡にはこう記されていた。
ロマリアがトリステイン、ゲルマニアの両国の同盟に参加し、ハルケギニアの治安を著しく損なうばかりか、始祖が遣わした三杖の杖の一つであるアルビオンを滅ぼした大罪を償わせる侵攻作戦を聖エイジスの名の元に勅令として公布すると。
アンリエッタ自身は国力の差もあるので、侵攻はせずに物資などがアルビオンに流入しないように手回して、アルビオンを疲弊させるという考えがあっただけにこの勅令には賛同しかねた。
艦隊の編成こそ急務で行っているが、これも侵攻する意思があると見せかけるための策であった。侵攻するしないに関わらず、タルブ戦で失った艦は補填しなくてはならないし、侵攻する意思があるとアルビオンが思えば常に厳戒態勢を向こうがしなければならなくなり、疲弊効果が高まるからだ。
だが、聖エイジスの名の元に勅令を出されれば動かなくてはならない。ブリミル教を国教とするトリステインがこの勅令を無視すれば、たちどころに異教徒の烙印を押されてしまう。
そうなればせっかく同盟を結ぶと言ってきているロマリアとの同盟がなかったことなってしまう。
そうアンリエッタはこの勅令を飲まざるを得なかった。
とは言っても、トリステインに益がないかと言えばそうでもない。現在分析されているアルビオンの戦力とトリステイン、ゲルマニア同盟の戦力差は五分五分に近い。この状況でロマリアが同盟に参加してくれば、五分の天秤は三国の同盟へと優位に働くのは間違いない。
けっしてトリステインに損にならないこの勅令にアンリエッタは悩みに悩んでいた。その理由は……勅書には書かれてはいなかったジュリオがヴィットリオーから言付けられた伝言にあった。
ジュリオはアンリエッタにこう伝えた。
「教皇は仰っておりました。タルブ戦で素晴らしい活躍を見せたナツミ殿とミス・ヴァリエールにも作戦に参加してもらいたいと」
アンリエッタの背に冷や汗が流れる。
ナツミの力が知られているのはまだいい、別に隠してはいないしというかあれほど大きいワイバーンだ隠す方が無理だ。だがルイズは使い魔であるナツミが凄まじい力を持っていると見られているだけで、彼女自身には大した力が無いということにしていたのだ。
悪い言い方をすればナツミはルイズの隠れ蓑だ。虚無と言う六千年ぶりに現れた稀代のメイジであるルイズの。
虚無の力はタルブ戦でのルイズから凄まじいということをアンリエッタは知っていたが、それ以上に虚無という言葉が持つ力の恐ろしさを知っていた。ルイズが伝説の系統である虚無に目覚めたとあらば、虚無の使い手こそ王たるべきと考える輩が出ないとも限らない。実際にアルビオンはそうなった。
そしてルイズは幸か不幸か始祖の血脈に連なる開祖の庶子の家系たる公爵家。力とともにブランドも持った彼女を担ぎ上げ、良からぬ企みを講じる連中が出ないとも限らない。
ルイズが裏切ることは絶対ないと信じているアンリエッタではあったが、逆に言えばルイズ以外の貴族は信用していない。故に隠していた秘密を暗に知っているという態度を見せられたアンリエッタに選択の余地は無かった。
「……受け賜りました、そう聖下には伝えて下さい」
大切な友人達を再び戦場に向かわせなければならない。
アンリエッタの口腔には苦々しさと血の味が広がった。
申し訳ないのですが、今回の連続投稿はここまでです。
次は再びウェールズの閑話を一話ないし、二話挟みたいと思います。
残りも僅かですが、お正月を健やかに過ごして頂ければ幸いです。
今年も宜しくお願い致します。