ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
今日から仕事始めじゃああああ!!


第二話 軍議

 

 

 アルビオンの首都ロンディウムの南側に、ハヴィランド宮殿は建っていた。

 ハヴィランド宮殿のホールは白ホールとも呼ばれ、白の国とも称されるアルビオンに相応しい白一色の荘厳な場所である。十六本の円柱が周りを取り囲み、天井を支え、白い壁は傷一つすらない美しいもので光の加減によっては顔を映し出す程に輝いていた。

 おおよそ二年前には、王を大臣たちが囲み、国の舵取りを行った場所であったが、今行われている会議は一枚岩とは言えないものであった。

 

「タルブ戦での敗戦から艦隊編成を迫られ、その時間を稼ぐために行われた女王アンリエッタの誘拐の失敗。それに加え、敵軍……トリステイン、ゲルマニアの連合軍は突貫ではありますが二国合わせて六十隻もの戦列艦を空に浮かべたとのことです。この数は再編にもたつく我が軍の保有する戦列艦の数に匹敵します。しかも向こうは艦齢の若いものばかりです」

 

 歴戦の将であるホーキンスが現状の報告をすると、別の将軍が侮蔑を多分に含んだ口調で呟いた。

 

「ハリボテの艦隊だ。奴らの練度は我らに劣る」

「それは、昔の話です。現時点では我らも練度の点では褒められたものではありません。革命時に優秀な士官を多数処刑した結果、著しい練度の低下をきたしました。残ったベテラン勢も先のタルブ戦で失いました」

 

 クロムウェルはホーキンスの報告を黙って聞いている。ホーキンスはクロムウェルが何も言わないのを横目で確認し更に続ける。

 

「さらに、先日ロマリアがトリステイン、ゲルマニアの連合軍に正式に参加すること発表を致しました……」

 

 ホーキンスは語尾をやや曇らせながら、ロマリア皇国が敵に回ったことを告げる。

 その声を聴き、ホール内は軽いどよめきが起こった。

 なぜなら、ロマリア皇国の表向きの連合への参加は、信仰の対象である始祖ブリミルの血を脈々と告げるアルビオン王家を滅ぼしたことがブリミル教のへの敵対と見なした為と身内であるブリミル教の司教でありながら世を乱したクロムウェルの粛清と発表していたが、それを額面通り受け取る者は少ない。

 もし、それが連合の参加の理由なら、なぜ王族排斥を謳ったレコンキスタによるアルビオンの内乱の際に何の行動も起こさなかったのがおかしいからだ。それが身内のしでかしたことなら、なおさら大事にはしたくないはずなのに。まさかブリミル教の元とはいえ司教が王族を殺すような真似はしないだろうと高をくくっていたのか?直系という点ではわずかに三つの家系しか始祖の血を伝えていないというのに、その考えはあまりに楽観的に過ぎる。

 ロマリア皇国がアルビオンの内乱の際に介入しなかった理由はただ一つ、その内乱の中心人物である司教、クロムウェルが太古に失われた始祖ブリミルの御業、虚無に目覚めた為だというのがもっぱらの噂であった。

 自分達が信仰するブリミルのみが使ったとされる虚無に表だって反抗する事が出来る様な信仰心を彼らは持ってはいない。その為、ロマリア皇国はアルビオンの落日をただ見ていることしかできなかった。例え、尊い始祖の血脈を一つ失うと分かっていながらも。にも関わらず、何故今になってロマリアが軍事介入してくるのか?

 それは、曰く、クロムウェルの虚無は虚偽である。

 現在、神聖アルビオンに内に真にしやかに噂されている噂であった。

 とは言え、クロムウェルが虚無の使いであるという話自体が噂に過ぎないので、表立った騒ぎになってはいなかったが、あちらこちらで欺瞞が膨らみつつはあった。

 とは言え、もう王家は滅んだ。ここにいる彼らは全て共犯者、今更引くことは許されない。

 

「ふむ。三国が協力するとあっては攻めにくいな」

 

 一人の肥えた将軍がのんきに呟くとホーキンスはその将軍を思い切り睨みつけた。

 

「攻めにくい?何を言っているのです!!彼らの行動は間違いなくアルビオンへの侵攻を視野に入れたものです!で、質問です。閣下の有効な防衛計画をお聞かせ願いたい。もし艦隊決戦で敗北したら、我らは裸です。敵軍を上陸させたら……、泥沼になりますぞ。革命戦争で疲弊した我が軍がもちこたえられるか……」

「それは敗北主義者の思想だ!」

 

 ホーキンスが質問した将軍とは違う、年若い将軍がテーブルを叩きながらホーキンスを非難した。

 

「落ち着きたまえ。将軍、彼らがアルビオンを攻めるためには、それなりの戦力を傾ける必要がある」

 

 クロムウェルは若い将軍をやんわりと制すると、視線をホーキンスへと向けた。

 

「さようです。いかに三国が協力しようとも天然の要塞であるアルビオンの攻略は至難でしょう」

「ならば!」

 

 ホーキンスの言葉に若い将軍は目を血走らせ言葉を被せる。

 

「ですが!彼らには国に兵を残す必要がありません。彼らには、我が国以外の敵がおりませぬ」

 

 ホーキンスは若い将軍が反論する前に今現在最も危惧する情報を叩き付ける。

 本来なら戦いにおいて他の国に無防備を晒すのは愚か極まりない。故に全兵力で攻めるなどということは決してやってはいけないことだが、今回においてそれは異なった。

 まず、隣国同士であるトリステイン、ゲルマニアの同盟。そしてその同盟に参加を表明したロマリアと。

 最後にトリステイン、ロマリアの間に存在する大国ガリア。

 

「ガリアは中立声明を発表いたしました。……それを見越しての侵攻なのでしょう」

 

 苦々しく報告するホーキンスにクロムウェルは背後を振り返り、シェフィールドと顔を見合わせた。彼女は小さく頷く。

 

「その中立が、偽りだとしたら?」

 

 ホーキンスの顔色が変わる。

 

「……真ですか?それは。ガリアが我が方に立って参戦すると?」

 

 にわかには信じられない話であった。

 神聖アルビオン、つまりレコンキスタはハルケギニアの王政に逆らった者達だ。アルビオンと同じ始祖ブリミルを端に生まれたガリアが敵対することはあっても神聖アルビオンに協力するなどとても考えられない。ホーキンスの疑惑に満ちた問いに、他の将軍達も同じ疑問を抱いたのか、クロムウェルひいてはシェフィールドへ注目した。

 

「そこまでは申してはおらん。なに、ことは高度な外交機密とでも言っておこう」

 

 だが、クロムウェルの言葉は軍議の場にあって最も懸念すべき事項を払拭するに足る言葉ではあった。ガリアが秘密裏にアルビオンに協力するのであれば三国がアルビオンに侵攻した隙に背後から攻めることも出来るし、守りに徹すると見せかけてガリアと挟撃することも可能だ。

 

「案ずることなく諸君らは軍務に励んでくれればよい。攻めようが守ろうが我らの勝利は動くまい」

 

 将軍達は一斉に立ち上がるとクロムウェルに敬礼し、己が指揮する軍や隊の元に戻っていった。

 

 

 

 

 

 クロムウェルはシェフィールド、ワルド、フーケを伴って自分の執務室へとやってきていた。

 

「傷は癒えたかね子爵?」

 

 ワルドは淀みなく一礼をして見せる。そこからケガの有無を窺わせることはなかった。

 

「結構。して、どう読むね」

「あの将軍の見立て通りでしょう。トリステイン、ゲルマニア、ロマリアの三国は確実に攻めてくるでしょう」

「うむ。勝ち目は?」

「我らの方が不利でしょうな。地の利を差し引いても……というより、あのワイバーンが出てくればそれだけで戦況が崩れます。報告によればシェフィールド殿と技術協力を経て作成された新砲を直撃したにも関わらずピンピンしていたとか……」

「……閣下の虚無ならば」

 

 ワルドが痛い目に二度も遭わされたナツミの事を思い出したのか、若干蒼い顔をしながら的確に現状を報告し、その脇にいたフーケが軽い調子で繋ぐ。実際に多くの死体を蘇らせた様子を見ていただけに、虚無の力の有無に関して疑うことはなかったようだ。

 

「……そう当てにされても困るな。強力な力はおいそれと何度も使えるものではないのだ」

 

 クロムウェルは期待を裏切ったせいで心が痛むのか気まずそうにそう告げた。

 

「まあ、その点は良い。策もある、してここに子爵君を呼んだのは訳がある」

「なんでしょう」

「君に任務を与える。やってくれるな?」

「なんなりと」

「メンヌヴィル君」

 

 クロムウェルの声に、執務室の扉が開き一人の男が現れた。

 白髪と顔の皺で年の頃は定かではない。一見しただけでは剣士とも見える程ラフな格好に鍛え抜かれた肉体だが腰には杖が下げており、メイジであることは察せられた。

 彼の顔は特徴的であった。

 額の真ん中から、左目を包み、頬にかけての火傷の痕がある。

 

「メンヌヴィル君。こちらがワルド子爵だ。……子爵も聞いたことくらいあるだろう?彼が白炎のメンヌヴィルだ」

 

 その二つ名を聞きワルドの目が険しくなる。伝説の傭兵メイジとも呼称される凄腕のメイジ。炎の使いでありながら、冷たい心の持ち主で戦場では貴賤はもとより老若男女の区別なく灰燼へと変えると言われている。彼が、まだ現役で傭兵しているにも関わらず伝説と呼ばれるは相対した敵は残らず殺し、味方もあまりの残虐さから口を紡いでいるからとも言われている程だ。

 

「さて、子爵。君には、彼が率いる部隊をとあるところに運んでほしいのだ」

 

 ワルドの顔に不機嫌さが滲む。仮にもスクエアメイジに名を連ねる自分に運び屋をやれというのかとその目は語っている。

 

「そう怖い顔をしては困る。余は万全を期したいのだ。小部隊とはいえ、秘密裏に舟で彼らを運ぶには風のエキスパートが必須だ。その中で万が一の不測の事態にも対応できる者と言えば子爵、君しかいないのだ」

「……御意」

 

 そこまで持ち上げられてはワルドに断ることはできない。

 

「して、何処に向かえばよいのですか?」

「まず、防備が薄く占領しやすい場所であること。つまり、首都トリスタニアから近すぎてはいかん。次に、政治的なカードとして、重要な場所であること。ということは遠すぎてもいかん」

「政治的なカード?」

「さよう。貴族の子弟を人質に取ることは、政治的なカードとして充分であろう」

 

 ワルドは得心がいったのか歪んだ様な笑顔を浮かべた。

 

「トリステイン魔法学院だ、子爵。君はメンヌヴィル君を隊長とする一隊を、夜陰に乗じてそこに送り込みたまえ」

 

 

 

 

 

 その頃、防備が薄いと思われている魔法学院では―――――

 

 エルジン達の研究室に顔を出す一人のメイド娘が居た。ナツミを始めとする女性陣は怪しげな研究をするコルベールとエルジンが籠るそこに極力近づかないようにしていたが、シエスタは例外であった。

 幼少からゼロ戦を見てきた彼女は機械に対して強い好奇心を持っていた。それに自身の召喚適性も機属性というものもそれを助長していた。なにより、彼女の相棒エレキメデスは元々はエルジンのサモナイト石であったし、機属性では文字通り並ぶ者がいない実力者で学ぶ点も多かったのだ。

 

「あれ~居ないのかなぁエルジンさぁ~ん」

 

 呼べどもエルジンの返事は返ってこない。

 召喚ランクがすでに一流の使い手と同等のAランクの召喚獣も使える彼女だが、目指すはSランク、偶には理論的に機属性の召喚術を聞こうとやって来たのだが相手が留守とあっては無駄足にしかならない。

 一応、奥まで見るかとシエスタは魔窟を進む。

 

「なにこれ?」

 

 若干引き気味にシエスタは呟いた。

 シエスタの視線の先、幾つもの工具が散らばる床にはコルベールとエルジンが死んだように眠っていた。

ときおり、「遂に……」、「ようやく……」

などと呻いていた。

 

「こんなところで寝たら風邪を引いちゃいますよ……っ!?」

 

 取り敢えず、タオルケットでもかけようと塔に取りに行こうと踵を返そうとしたシエスタにそれが目に入った。よろよろとシエスタはまるで吸い込まれるようにそれに近づく。

 そこには、エスガルドの真紅の機体とは異なる漆黒の体を持つ機械兵が直立していた。

 

「エスガルドさんじゃない……でも綺麗。動かないのかな?」

 

 メインモニターと見られる両目は暗く、機械兵が起動している様子は見られない。普段は触ることのない機械兵にシエスタはこれ幸いとペタペタと触り出す。

 滑らかで冷たい機体は残暑で火照った手の平に心地いい。

 

 ヴォン。

 

 シエスタが遠慮無しに機体を触っていると突然、両目に光が宿り、現代風に言うとHDDが起動するような音が辺りに響く。

 

「な、なになに!?」

 

 自分に原因があるのを自覚したのかシエスタは後ずさる。その間にも、機械兵は起動に向けてシステムの立ち上げを行っていた。

 やがて各部の排気口から空気を吐き出すと徐に首を上へ傾ける。

 そして、

 

「クタバリヤガレェェ!!!!悪魔ヤロオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 彼がかつて、最後に叫んだ言葉をそのまま叫んだ。

 

 彼の名はゼルフィルド、かつて悪魔の軍勢に一人で突貫して自爆を敢行した勇者であった。

 

 

 

 

 機械兵、ゼルフィルド。

 リィンバウムにて断崖都市デグレアから黒の旅団の総指揮官であるルヴァイドの片腕として聖女アメルの誘拐を幾度となく狙ったかつて調律者であるマグナ達の敵であった機械兵である。

 機界にて名匠と名高いゼルシリーズを冠する彼はゼルの名に相応しく索敵、射撃に優れた機体であった。

それを証明するように生身の人間を差し置いて総指揮官の副官も務めていたところからそれが窺えた。だが、断崖都市デグレアは悪魔メルギトスによって都市の人民全てが悪魔に憑依させられた魔都に変えられていた。

 つまり、黒の旅団はルヴァイドを始め悪魔の手の平にまんまと踊らされていたのだ。それを知った総指揮官ルヴァイドは愛する都市を滅ぼされた怒りからメルギトスに突貫し、重傷を負う。

 自らの無力さを嘆き、涙を流す主人を見てゼルフィルドは冷静な機械兵には無縁の熱い感情に突き動かされ主を守るために悪魔の軍勢に突撃した。

 

「自爆しーくえんす作動!」

 

 リィンバウムで遺跡から発掘されたゼルフィルドに待っていたのは畏怖と好機の視線。かつて侵略するためにリィンバウムに送りこまれた彼だったが、長い年月の末にその命令はすでに無きものとなっていた。もはや彼の故郷は機械のみの世界となっていたのだから。

 やがて彼はデグレアの一旅団たる黒の旅団へと組み込まれた。

 そこでも彼は自分が畏怖と好機の視線に晒されるだろうと、無感情に思考していたが、彼の予想は外れた。黒の旅団の長であるルヴァイドは機械兵であるゼルフィルドをなんら差別しなかった。あくまで一兵士として接し、功績があればその都度それを差別することなく認めゼルフィルドもそれに答えた。

 気が付けば、ゼルフィルドは彼の副官に抜擢されていた。その時ゼルフィルドはモーターが高回転するのを自覚していた。人間であれば鼓動の高鳴りと呼ばれるその現象はゼルフィルドを困惑させたが、不思議とありもしない心が満足するような錯覚を覚えていた。

 そして最後の戦いにて自分を人間の部下と変わらぬ目で見てくれた主人が傷つけられて、ゼルフィルドは初めて命令を無視した行動をとった。

 まともに戦っては勝てない。

 故にゼルフィルドは自爆を選択した。

 後悔は無い……などと言うことはない。

 まだまだ仕えていたい。例え、自分より先に主が逝こうとも、その最後の時まで共に居たかった。

 だから彼は叫ぶ、そう人で言う心と呼ばれるものの赴くままに。

 

「クタバリヤガレェエエエエエエエ!!!!悪魔ヤロウゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

 それが彼に残されていた最後の記録だった。

 

 




後半のゼルフィルドの話は妄想なのであしからずです。
それまで機械的に喋っていたのに、最後の叫びから彼なりに感情があったのでは無いかと考えたらこうなりました。
ルヴァイドは元敵であったイオスも副官にした上にやたらと慕われていたのでゼルフィルドもこんな感じなのかと思っています。

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