ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第六章の始まり始まり。


第六章 メイド召喚士と機械兵
第一話 夏休み明け


 

 

 

 

「あ~学院も久しぶりね」

 

 そう言いながらナツミはのんきにアウストリ広場を歩いていた。

 時刻はちょうどお昼を過ぎたあたり、朝食も終えたナツミの思考は半分以上睡魔に持ってかれていた。日差しは夏と言うこともありキツイが、名も無き世界の日本の高温多湿の気候に慣れたナツミに、ヨーロッパに近い気候のハルケギニアの夏はそれほど不快ということではなかった。

 ちょうどいい木陰に入り、昼寝をしようとナツミはきょろきょろと、条件に合う木を探す。

 

「あ、エルジンだ」

 

 視線を辺りに彷徨わせていると、ここ数か月もの間ろくにリィンバウムに帰らずに怪しげな研究を続けるエルジンがナツミの視界に入る。

 

「おーい、エルジン!」

「ん?ナツミか。いつ帰ってたの?」

「昨日だよ。顔だけでも見せようと思って昨日、格納庫に行ったけど誰もいないんだもん」

「昨日……ああ!昨日はコルベール先生と開発した武器の試し打ちに学院の外に行ってたんだ~」

「へぇ~……」

 

 秩序を守るエルゴの守護者にあるまじき台詞にナツミは思わず呆れてしまう。とは言えエルジンは機械狂いが高じてエルゴの守護者になったような者なのでそこら辺は変わることはないだろうとナツミは頭を切り替える。

 

「どんなのちなみに」

「僕らの才能が怖いよ!なんとコルベール先生が開発した魔法を発生させる装置を取り付けた誘導爆弾さ!……とは言っても敵も味方も関係無く突っ込むんだけどね。あ、爆弾は僕の手製ね」

「……ふぅん。まぁほどほどにね」

 

 聞いたことを心底後悔してナツミは先ほど以上に呆れた視線をエルジンへと送る。どうやらエルジンは徹夜明けの様でテンションだけで体調を維持している様子であった。目が充血していてはっきり言って怖い。

しかも、大好きな機械の話を振られ目を淀めて呆けたようになおもぶつぶつと喋るエルジンを放ってナツミは昼寝の場所を探すことにした。

 エルジンは完全にスイッチが入ったようでナツミが居なくなった事にすら気づいていなかった。エルジンの知るロレイラルの機械兵器と、コルベールが扱う魔法は出会ってはならなかったのでは思わないでもないナツミであった。

 

 

 

 広場から少し離れ、木陰が広く寝やすい芝生を備え、なおかつエルジンが目に入らない木を見つけると、木に体を預けて、夏の風に髪を靡かせる。暇なルイズの家でも良くこうやって寝ていたなぁと襲ってきた睡魔に抗わずにナツミは目を瞑る。そうしているうちに瞼にルイズの家で過ごした夏休みの間の出来事が映っていった。

 

 

 

 

 

 

 ルイズの家でカトレアの治療をして以来、ナツミはそれはもう大変な日々をヴァリエール一家と過ごすことになった。カトレアが治ったのがよっぽど嬉しかったのか、ヴァリエールの家の方々はルイズを除き、何かとナツミを構おうとしてきたのだ。

 まず、一番構ってきたのが、長女エレオノール。

 

「ま、まぁ奇遇ねルイズの使い魔さん。ちょ、ちょうどいいから一緒にお茶でもしなさい」

 

 と毎回、どもりに至るまで完璧に同じ台詞を言いながら一日一回は必ずナツミをお茶へ招待するのだ。お茶会は大抵カトレアやルイズ、たまにカリーヌが混ざるほとんど家族団欒みたいなものであった。 

 特にやることのないナツミはほぼ毎回、その誘いを受けていた。それだけではない、ナツミの目から見ても高価そうな装飾品やドレスなどもナツミへと惜しげもなく譲ったりもしていた。

 

「へ、部屋に収まらないから、ありがたく受け取りなさい」

「はぁ、ありがとうございます」

 

 部屋に収まらない物と言いつつ綺麗に包まれたそれを見て、いかに鈍感なナツミでも自分にプレゼントされた物だと分からないわけがない、というか何故かそんな事にも頭が回らないエレオノール。そんな高価な物を幾つも貰っても、着るつもりも着る機会もないのでナツミが、一度それを断ると。

 

「そ、そう……悪かったわね」

 

 しょんぼりという単語がぴったりのそれを見て、ナツミは次回から断ることが出来なくなった。

 それと同時に、性格がきついから婚約を解消されたと聞いていた彼女の可愛らしい一面を見て、何故婚約者はこんな彼女の一面に気付かなかったのかと首を傾げたのはここだけの話。

 

 

 

 次にナツミにちょっかいを出したのがルイズの母カリーヌ。

 ナツミとの戦いでかつて魔法衛士隊でカリンの名前で性別を偽って過ごした昔の血が騒いだのか、ナツミを幾度となく城の外に連れ出して手合せをさせられた。軽い気持ちで手合せに応じたナツミであったが、それは一番最初の戦いで後悔の一色で塗り替えられた。

 序盤こそ、手合せと言うこともあって、お互いに探る様な戦いだったが、流石はあのルイズの母。

 性格がそっくりなのだ。

 つまり、凄まじいまでの負けず嫌い。

 自分の攻撃をことごとく防ぐナツミにカリーヌは徐々にヒートアップし、ある時など大きさが二百メートルにも迫るストームを唱えてナツミに襲い掛かって来たのだ。これにはさしものナツミも引いた。

たかが手合せで城を飲み込むほどの竜巻を発生させる人間がいるなど思わなかったからだ。

 とは言え、魔王の咆哮から生まれた竜巻を防いだこともあるナツミにとって、カリーヌの竜巻を防ぐのは不可能ではない。蒼い魔力の奔らせて真っ向からナツミは竜巻を迎え撃った。地形が変わる程の力のぶつかり合い。

 ナツミは思った。流石は大艦隊を一人で殲滅した娘の母だと、まさにこの母(カリーヌ)がいてあの娘(ルイズ)ありと。

 魔王をぶちのめす自分は棚に上げて何を言うとソルがいたら突っ込んでいるところであっただろうが、こういう時に限ってソルはいない。いるのは、母そして妻の強さに怯える一家の長、ヴァリエール公爵とその娘エレオノール、ルイズ。

 そして、にこにことその様子を見るカトレア。

 

「あらあら、お二人とも仲が良いのねぇ」

「良かった屋敷の庭でやらなくて」

 

 そしてのんきに胸を撫で下ろすルイズ。大分ナツミに染められてきたようだ。そんな二人の脇でエレオノールとその父ヴァリエール公爵はぶるぶると震えているのがかなり対照的だったという。

 

 

 そして一家の中で唯一の男性、ヴァリエール公爵と言えば夕食は家族とともに一緒に食べろといった以外は特にナツミに関わってくることはなかったものの一つだけ真剣にお願いをされたりしていた。

 

「頼む、妻をあまり刺激しないでくれ……」

 

 堂々とした佇まいで如何にも貴族然としていたヴァリエール公爵が真剣に頭を下げる様にナツミも驚きを隠せないでいたが、大人の男性に頭を下げられて頷かない訳にもいかず、了承したが後からそれを知った妻にこっぴどく怒られたりしていた。曰く、戦士として手合せするのは当然らしい。騎士姫カリンが復活した瞬間だった。

 

 

 

 とヴァリエール一家はナツミに色々ちょっかいを出してはいたが、ナツミへの大きな感謝は皆変わらずに抱いていた。

 東方の素性の知れないメイジとはいえ、一応は末っ子であるルイズの使い魔。それにカトレアを救ってくれた恩人ということもあって、家族に近い扱いを受ける程にまでになったりした。

 

 

 

 

 そして救われた張本人であるカトレアはそれまでの時間を取り戻すように、乗馬やピクニックを楽しんでいた。ルイズはもとより、ナツミやシエスタもピクニックに参加しお互いに友好を深めあった。

 しかし、病気は治ったとはいえ家に籠りがちだったカトレアの体力はお世辞にもあるとは言えず、疲れすぎて熱を出し、何度かカリーヌやエレオノ―ルに怒られたが、二人とも怒りの中にもはしゃぎすぎたカトレアに呆れた様な表情が見え隠れしていたとかしないとか。

 などと四人が四人ともがそれぞれ異なる反応を見せたが、やはりナツミに皆が感謝しているというだけは変わらない。それがナツミにとってどうにも照れ臭かった。

 ナツミからすれば、友人の姉が病気だし自分には治せる力があるから治した位の行動だが、相手からすればもはや完治は望めないと諦めていた病気を何の苦も無く治した様子は彼女がベッドの上で読んでいたおとぎ話の魔法使いに見えたのだ。

 なのでカトレアがナツミを見る瞳には若干以上に尊敬が混ざりすぎていたのだ。

 特に治療した翌日など

 

「ナツミ様!ありがとうございます」

 

 様付けナツミを呼ぶ始末で、ナツミを驚かせた。

 ルイズとナツミでなんとかさん付けで落ち着かせたが、そこまでの道のりは中々に大変であったが、今となっては彼女達の中で大切な思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん」

 

 ゆさゆさと優しく体を揺すられる感覚が夢の中に居たナツミの意識を覚醒させる。

 

「ナツミちゃん」

「う、う~んシエスタ?」

 

 ナツミが妙な体の火照りを感じながら目を覚ますと、シエスタの姿が視界に飛び込んできた。シエスタは何故か心配そうな表情でナツミに声をかける。

 

「ナツミちゃんこんな所で寝て大丈夫なの?」

「ん?こんなところ……」

 

 妙に息苦しいというか、頭がぼーっとするのを感じながらもナツミはシエスタの問いを受けて、周りを見渡す。そこには先まで寝ていた光景が広がっている。

 ただ一点、違うところを除いて

 

「なにこの日差し……熱っ」

 

 寝る前は夏の日差しよりナツミを守っていた木陰も、日が傾いたせいでナツミの身を太陽から守る役目をなせず、ナツミの体は全身余すところなく日光に晒されていた。

 

「……もしかしてこのダルさは……」

「やっぱり!こんなところで寝るからだよ!……日射病になりかけているのかもね」

 

 シエスタの言うとおりナツミは軽い日射病になりかけていた。喉は渇くは、体は火照るわで体の動きが妙に鈍いのだ。

 そんな緩慢な動きをするナツミにシエスタはまるでいたずらを思いついた子供の様な笑顔を浮かべるとナツミ見えないようにサモナイト石を取り出して何かを召喚する。そんなシエスタの様子にも弱ったナツミは気付かなかった。

 

「もうしょうがないな。よいしょっと!」

「うわああ、シ、シエスタぁ!?」

 

 突然ナツミの膝の裏と背に手を回したシエスタはあろうことか軽々とナツミを持ち上げた。ナツミが如何に細めの少女と言っても、同じくらいの体格のシエスタがナツミを抱き上げている光景は傍から見ると異様そのもの。

 しかも、その恰好はいわゆる、

 

「お、お姫様抱っこ……流石に恥ずかしいんだけど」

 

 なんとか、シエスタの腕から脱出しようとするが珍しく弱ったナツミにそれは叶わない。

 

「あはは、無理だよナツミちゃん。エレキメデスの憑依召喚してるからね。いまなら丸太だって持てるよ?それにこれはお仕置きだよ。一人でお昼寝なんてずるいよ」

 

 いたずらが成功したせいかシエスタは本当に楽しそうに笑っていた。ナツミはそんな笑顔を見ていると日々成長しているシエスタに喜んでいいのか、悲しいんでいいのか今ばかりは分からないまま、シエスタに腕に大人しく収まるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな戦時下とは思えない平穏な日々の裏では神聖アルビオン、帝政ゲルマニア、ロマリア皇国、トリステイン王国がそれぞれの動きを見せていた。

 ナツミ達が平穏に過ごせていたのは夏休みが終わって僅か二か月ばかりのことであった。

 




今年最後の投稿です。

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