「そうですか…ヴァリエール公爵の娘の病が治りましたか」
カトレアの病気が治って数日、ハルケギニアの某所で呟く男がいた。
「……ちっ、これで虚無の力で娘を治すと言ってこちら側に引き込む策がおじゃんだぞ!」
「まぁまぁ、そう荒れずとも」
高価そうな服を着た男が苛立つように机を激しく叩く。それを宥めるもう黒尽くめのローブの女性。
「これが荒れないでいられるか!!ヴァリエールの使い魔の娘が操るワイバーンはそちらにとって脅威なのだぞ!!ヴァリエールをこちらに引き入れられれば、ワイバーンをこちらに、仮に悪くても暗殺が容易になったはずだ。だがこれではあの使い魔と正面から戦うのだぞ!……それともなんだ神聖アルビオンにはあれをなんとか出来る策があるのか!!?」
どうやら荒れた男と相対するもう女性はアルビオンの手の者であったようだ。
「まだ確約はできませんが、ガリアの協力が得られそうです。トリステインがアルビオンに侵攻するその隙をついてガリアの両用艦隊が王都トリスタニアを攻めれば……」
「な、何!?が、ガリアの協力が得られるのか!?だがそれだけであの使い魔……待て、そうか!アルビオンの侵攻作戦にあれほどの力を持つヴァリエールの使い魔が同行しないわけがない、確かにそれならら……!」
男は女性から提案された策を自分の頭でシュミレーションし、その策の成功率を叩きだすと自らの顔に喜悦の表情を張り付ける。
「ご満足していただければ幸いですわ。……リッシュモン様」
リッシュモンの表情を見た黒いローブの女性は、リッシュモンが浮かべているよりも更に暗く深い笑いを浮かべていた。
「アニエス・シュバリエ・ド・ミラン、参上つかまつりました」
アンリエッタの執務室に短く切った金髪、強い意志を宿した青い瞳した鎖帷子の女性が入室する。その背のマントには百合をあしらった紋章、王家の印が象られている。
「調査の方はどうですか?」
「はい」
鎖帷子の女性―アニエス―はアンリエッタの問いに返事とともに懐にしまった書簡をアンリエッタに捧げた。アンリエッタはそれを受け取り、中を確かめる。
この女性、アニエスは魔法衛士隊という国の主力を多くをタルブ、先の女王誘拐事件で失った為に、新たに新設された銃士隊という部隊の隊長であった。部隊は女王の警護が主任務という名目で立てられたため、隊員の全てが平民の女性で構成されていた。
例外はアニエス。元々平民の出の彼女であったが、平民では他の部隊との折衝や、任務に支障をきたすために唯一、貴族の位を与えられていた。
「やはり、手引きした者がいるのですね……」
「ええ、わ……」
「わずか五分後ですね」
二人の会話に、アンリエッタの隣で大人しく侍女っぽく振る舞っていたアカネが口を挟む。その言葉にアニエスがきっと鋭い視線を飛ばす。
「さらに、その人物は七万エキューに近い、お金を自分の地位を確かなものにするためにばらまいてます」
アニエスの視線に気付きながらもアカネはまるで狐のような笑いを浮かべて更に続ける。
「……これほどの大金、彼の年金で賄える額ではありませんわ」
「ええ、貯金を切り崩しても無理でしょう」
「というかアカネいつの間に調べたんですか?」
「これも任務の内です」
大したことではありませんと言外に言いながら、にんにんという謎のポーズをアカネはしている。だが、今度はそこでアニエスが切り返す。
「もう一つ情報が」
「なんですか」
「その者の屋敷に奉公する使用人に金を掴ませ得た情報ですが……。アルビオン訛りを色濃く残す客が最近増えたとか……」
「その使用人をここへ」
「……昨日より連絡が取れません。おそらく感づかれ、消されたものかと」
アニエスの言葉を聞き、アンリエッタが溜息を吐く。
「これで彼が我が国を裏切っているのは、ほぼ間違いが無いようですね」
「獅子身中の虫ってことですね」
「レコン・キスタは国境を越えたる貴族の連盟と聞き及びます」
「お金でしょう。彼は理想より、黄金が好きな男。彼はお金で国を……、わたくしを売ろうとしたのです」
「とんでもないやつですね」
アニエスとアンリエッタの会話に地味にアカネが合いの手を入れるが、軽く流される。
「例の男、お裁きになりますか?」
「証拠が足りません。彼が国を裏切っているのは間違いないですが、証拠をここまで巧妙に消されては難しいでしょう」
「ならば……私めが率いる銃士隊にお任せください」
そこまで言って、アニエスは立ち上がると一礼するとその場を後にする。
最後にじろっとアカネを睨むの忘れずに。
アニエスは他の銃士隊の者達と一緒に練兵場で訓練を行っていた。
元々は魔法衛士隊の為の練兵場だが、衛士隊の半数近くを失ったために、広い練兵場のほとんどが使われなくなったために半分ほどの敷地を銃士隊ように貰い受けたのだ。
無論文句こそ出たが、女王直属の近衛隊である銃士隊の隊長の位は、規模は違えど元帥にも匹敵するのだ。それに女王の口添えがあれば、多少の無理は効く。
就任早々に無理を通したくはなかったが、練兵場は必要は必要なので納得させたのだ。
「はっ!」
「くぅ」
辺りに、銃士隊の女性の声が響き、銃声が辺りに木霊する。そんな中、アニエスは銃士隊のメンバーの体捌きを指導したりしていたが、何故が辺りをきょろきょろと見やり、少し落ち着かない様子を見せていた。
「お待たせ!」
「うわっ!?」
辺りを警戒していたはずなのに突然背後から声をかけられて、思わず驚いた声をアニエスはあげてしまう。アニエスの後ろに立ったのは我らが忍者娘、アカネ。
「お、お前いつの間に」
「さぁ、いつの間にやら」
なはは~と執務室では決して見せない笑顔でアニエスをからかう様に……否、からかうアカネ。
「ち、相変わらず珍妙な術を使うなお前は」
「もーお前じゃなくてアカネ。せくしぃくのいちって呼んでよ」
「呼ぶか!」
これまたにこにこと笑うアカネに対し、アニエスは舌打ちをする。なんせ見た目こそは底抜けに明るい少女だが、先の執務室でも、そして今アニエスの目の前に居ても気配と言うものが全くと言っていい程無いのだ。
「それで何の用?なんか睨んでるから来たけど」
「ふん。久しぶりにお前と手合せしたくてな。というか一応、陛下の護衛だろ離れていいのか?」
「あんたがそれ言う?っていうかさ、気付かれないと思ってるの?常に三人くらい護衛の人つけてるでしょ?」
あれで隠してるつもりなの、と言わんばかりにやれやれと肩を竦めるアカネ。
「お前みたいな変態と一緒にするな。普通は気付かん。いいから剣を出せ」
「はいはい」
苛立つアニエスは剣を抜くと正眼に構えアカネを正面に見やる。アカネはメイド服の何処からか刀を取り出し半身に構えた。
アカネがこの王宮にシオンに放り込まれてから僅か数日でアニエスが率いる銃士隊が正式な近衛隊と相成った。
元々タルブ戦以前から構想はあり、隊員も揃ってはいたが、貴族主義の保守派により近衛隊として認められず、このままいけば立ち枯れと言うところに先の女王誘拐事件があり、それを重く見た枢機卿とアンリエッタにより、保守派も認めざるを得なかったのだ。
そんな銃士隊の隊長―アニエス―がいまいち気に入らないのが、あとからポッと出てアンリエッタの寝室の警護まで任されているアカネだった。
「く、真面目に受けろ!」
アニエスの剣が縦横無尽に振るわれるが、アカネは防ぐ必要もないとばかりに左右、後ろのステップのみで軽やかにアニエスの攻撃を避ける。
「ほいっと、ほい、ほい」
アニエスの抗議もそこ吹く風と軽く躱し、それに対して怒りのままに剣を振るうアニエスの攻撃をさらに避ける。
(やれやれ、真っ向から剣なんか受けたらむしろ隙だらけだよっと、ってか殺気が籠ってる…殺す気?)
徐々に殺気が籠り始めたアニエスの攻撃を掠らせもせずに避けているアカネ。言葉こそ、軽く言っているが、アカネは彼女の剣の腕自体は高く買っている、だからこそ煽る様な言葉をかけ、挑発することでその太刀筋を読みやすくしている。
アニエスの剣は実戦形式で鍛えられたものらしく、なんとか騎士団流剣術みたいな型がないので、その時々に応じて剣の振りが変わるので非常にアカネからしても読みにくい。
(ち、相変わらず避けるのは抜群に上手い、それに攻撃してこないとは手加減しているつもりか!?)
アニエスの苛立ちは現在進行形でかなり増しているが、別にアカネ自体を否定してはいない。むしろその実力はかなり評価している。それも自分も上回る使い手として。
こちらが剣を振るう前にすでに回避する先読み、なんとか虚をついても反応できる反射神経、気配を絶つ技術。
そして、
「はい、首取った」
「ふん。これで二十連敗か……」
瞬間移動とも見間違えるほどの俊敏さ。アカネの姿が消えたと思ったその刹那にアニエスの首には横から刀が押し当てられていた。その刀の冷たさに自分の状態を即座に理解したアニエスは大人しく剣を腰に納めて溜息を一つ。
「相変わらずどんな身体能力してるんだお前は、まったく動きが見えん」
「なはは、秘密~」
先程までの苛立ちがウソのように笑顔のアニエス。
今まで訓練していた自分達を差し置いて女王の傍らで護衛をしているのは思うところがあるが、アカネが自分より腕が立つこと自体には苛立ってはいない。むしろ警護という観点から見れば歓迎してしかるべきことだ。
それに訓練できる相手がいるのはアニエス的には正直ありがたかった。だがアニエス的にはアカネの軽い……軽すぎる性格だけは頂けない。
それがアカネを表面上しか見ない宮廷貴族達に大したことはないと思わせ警戒心を減らしているのを知りつつもである。なんせ偶にアンリエッタに対して敬語が抜けるのだ。二人は気にしてないようだが、元々平民のアニエスにとっては心臓に悪い。
「じゃああたしはこれで戻るね」
「ああ、付き合って貰って悪かったな、陛下の警護しっかりやってくれよ」
「はいはい」
信頼を込めてそう言うアニエスに対し、相も変わらずの軽い口調で刀を納めてアカネはその場を後にした。
「ふん。やはり足音一つせんとは、いい加減なのか真面目なのかいまいち分からんな」
アカネが無音で歩く様子に自身よりも高い練度を持ってることを見せつけられたようで悔しいアニエス。
アニエスの中でアカネは真面目な本来の性格をわざと軽い性格に見せて相手の油断を誘う強者なのではという疑惑があった。それが、師匠によって本能、反射の域まで刷り込まれただけで、本当に軽い性格だと分かるのはもう少し後の話。
最近、魅惑の妖精亭の客層が変わってきているという。男性客が来るのはもちろんだが、女性客も多く訪れるようになっていた。
その理由がトリステインでは今まで見た事もない料理が食べられるという口コミからであった。
「この、うどんっての美味しいわねタバサ」
「……もぐもぐ」
褐色の肌にグラマーな少女―キュルケ―が隣の小柄な醒める様な青髪をした少女―タバサ―に同意を求める様に呟く。小麦を紐の様に加工する独特の形状、琥珀色の美しいスープ、そして見た目以上に驚かされる味。
「本当ね。食べた事の無い味だけど美味しいわねってギーシュ貴方どこ見てんのよ!」
「痛っ!モンモランシー、ぼ、僕は何も見てないよ!」
キュルケ、タバサと純粋に味を楽しむ二人に対し、ギーシュは際どい店員の少女達の恰好に鼻の下を伸ばすのを目ざとく見つけたモンモランシーがわき腹を抓る。
「ギーシュはともかくとして、てっきり女の子の恰好を売りにしてるかと思ったけど、料理も美味しいわね。特に聞いたこともないメニューは今のところ全部当りね。この豚のカクニってのカクニの意味は分かんないけど凄く美味しいわ~」
ギーシュが行きたいと言っていた店だけに、精々が話のネタになれば程度に思っていただけに、料理の美味しさがより際立つ。タバサもシソという聞いたこともない葉がいたく気に入ったのか、さっきからむしゃむしゃと食べている。
「そういえば平民と貴族が結構いるわね。これくらい一緒にいると騒ぎも起きそうなものだけど……変ね」
他の国ならいざ知らず、トリステイン貴族派プライドが高いことで知られており、貴族は貴族、平民は平民と酒場では区切られるものだが、この店は効率重視なのかそういったことには拘ってはいないようであった。
とキュルケが感心している矢先に事件が起こる。
「なんだと!席が無いとは何事だ!」
店内に怒鳴り声が響き、店内の客、店員が一斉に振り向くと、ハルケギニアでは珍しい黒髪の可愛らしい店員の少女が貴族達に取り囲まれていた。
「我等は、国を守っている貴族だぞ!」
「す、すいません……」
今にも杖を抜きかねない貴族―おそらく王軍の士官―を前に黒髪の少女は身を縮こまらせて怯える事しか出来なかった。それを見かねた、常連の男性客が立ち上がる。
「貴族の旦那方。物には順序ってもんがありますぜ?それに旦那方ならもっといい店が似合いますぜ。見ての通りここには貴族の御婦人はいらっしゃいません。旦那方ほどの方々と釣り合うのはやはり同じ貴族ですぜ」
へりくだる様に男性は揉み手をしながら、なんとか店から貴族達を去らせようと、口達者にそう言った。
その言葉に貴族達は、その通りだとでも言いたげにふんぞり返り、黒髪の少女―ジェシカ―は店を貶められたことに眉を顰めた。
「言われればその通りだな。確かに平民の酌では慰みにもならんな」
「ふむ。ん?いや待て、そこにいるのは貴族の娘さん方ではないか」
一時は店を去ろうとした貴族達であったが、マントを着用していたキュルケ達を見つけると、その中の一人、男前な男が、典雅な仕草でキュルケ達に近づいた。
「我々はナヴァール連隊所属の士官です。恐れながら美の化身と思しき貴方と食卓を共にしたいのですが。よろしいですか?」
「失礼、友人達と楽しい時間を過ごしているので、遠慮いたしますわ」
「そこをなんとか、曲げてお願い申し上げる。いずれは死地に赴く我ら、一時の幸福を我らに与えてはくださるまいか?」
しかし、キュルケはにべもなく手を振りそれを断った。
貴族はそれを見て何を思ったのか、ギーシュ達をきっと睨みつける。
「な、な、なんでしょう?」
「君達が気を使ってくれないから彼女が困っているじゃないのかな?」
「は?」
突然、意味不明な事を言い出す貴族。
どうやら、キュルケが友人達に気を使って自分達と飲めないと言ってると思い込んだようである。フラれたことを最初から除外するあたり流石プライドの高いトリステイン貴族。終いにはキュルケとともに食事をしていたギーシュを含む残り三人を摘まみだそうとする。
「ちょ、ちょっと……っ!」
「私に任せて下さいジェシカさん」
ジェシカがなけなしの勇気を振り絞って、暴挙を止めようとするが、その行動は、肩に優しく手を置かれることで制止された。
ジェシカの行動を止めたのは、この世界では珍しいと言うか見る事のない作務衣に身を包んだシオンである。
「ちょっと、痛っ」
「モンモランシー!」
乱暴にモンモランシを席から退かせようとする貴族と言うかもはやただの賊みたいな貴族。
ギーシュが珍しく男気を見せて助けようとした瞬間。
「おわああああああ!?」
叫びと共に貴族は突然、店の外まで吹っ飛ばされていた。
しかも、ただ飛ばされたのではなく、周囲の人、テーブルを一切巻き込まないという凄まじい芸当込みで。
「「貴様!」」
残った貴族達は、先まで自分達の仲間がいた場所に忽然と現れたシオンを睨み杖を引き抜く。
「っ!」
そのまま魔法をぶつけるつもりだったが、シオンの無言の圧力を真っ向から受けて何も出来ずにいた。
「お客様に手をあげられては、こちらとしても相応の対処をさせて頂きます。……できればそのままお帰りになられるとありがたいのですが?」
「ここまでやられて、黙っていられるか!」
「では、店外でここでは他のお客様のご迷惑ですから」
そう言うとシオンは、風と見間違えるスピードで外へ出た。
そのスピードに、シオンを止めようとしたキュルケも唖然とする。そしてタバサも珍しく瞳を大きく開いて驚きを隠せないでいた。
(……まさかとは思いますが、治安を悪化させようとするレコンキスタの回し者ですかね?一応、お話は聞かせてもらいましょうか)
この後、貴族達はシオンに他の誰にも言えないほどの屈辱を体と心に刻み込まれた。
もちろん、この三人はレコンキスタの手の者では無かったのだが、下手に増長したプライドが招いた自業自得としか言いようがなかった。
「ふむ。勘違いでしたか……悪いことをしました。とは言え治めるべき民をいたずらに虐げるのも、女性に乱暴を働く見過ごせることではありません。これに懲りたら二度としないでくださいね?」
にっこりと爽やかに告げるシオン。だが、その忠告を気絶している貴族達は聞くことが出来なかった。
「やれやれ……聞いてませんか。……それより、そろそろ計画を実行に移しましょうか」
そう言うシオンは狩る者の瞳で、夜空を仰いだ。
シオンが貴族達をのしていた時分、王宮。
アカネが手慣れた手付きで紅茶をアンリエッタへと淹れていた。
「随分、紅茶を淹れるに慣れたみたいですね」
「ようやくですけどね~。お茶の方が楽でいいです」
「……オチャ、茶葉を酸化させずに乾燥させたものでしたか、元が近い物なら味もそう変わらない物なんですか?」
「う~ん。紅茶よりも大分苦みがありますね。まぁあたしはお茶の方が好きですけど」
「そうですか、是非飲んでみたいですね」
二人はメイドと雇い主とは思えぬ会話を紅茶を飲みながら交わしていた。
……メイドと雇い主というのはあくまで表面上の建前に過ぎないにしても、アカネの砕け様子は度が過ぎているようにも見えなくもない。とは言え、本来の生活を損なわせないのが護衛の最上。
それを分かってやってるのであれば、アカネは相当の実力者であろう。いや、実際に相当の実力者なのだが、普段の彼女を見るに狙ってやってるのかどうかは微妙だろう。
「ふぅ、それで女王様。明日本当にやるんですか?」
「ええ、下手に長引かせても益はありません」
「ん~まぁ師匠に任せれば問題は無いとは思います。師匠には連絡しておいたんで、作戦通りに行動すれば大丈夫だと思いますけど」
他愛の話を早々に切り上げると彼女達は明日決行する秘密の作戦について最終確認をする。
目的はトリステインを裏切る、売国奴のあぶり出しである。その計画を実行するため、ここ数週間でアカネとシオンはアルビオンへの内通者を幾人か捕まえ、あるいは始末していた。
捕まえた者は、不味い情報を話されては困る輩を見極めるために、始末した者達はアルビオンへの内通を考えている者達の警告にそれぞれ活用していた。
だが、怪しいとは疑えるものの、尻尾を出さない者も幾人かいた。
明日決行される作戦はそやつらの見極めと始末が目的だった。
狩猟において狐とは狩りにくい動物である。頭が良いため、犬をけしかけたり、巣穴を見張っても尻尾を捕まえる事すら容易にとはいかない。
ならどうするか?
狐が狩りをする動物と言うことを逆手に取ればいい。獲物を狩っている途中ではさしもの狐も注意が獲物に集中するからだ。ならば、いまアルビオンと手を結ぼうとする者にとって最上の獲物とは何か?
それは、女王アンリエッタをおいて他にはいない。
国のトップと言うことも、もちろんあるが、現在の王軍の士気が高いのもタルブ戦に勝利をもたらした奇跡の聖女と言うのが特に大きい。そんなアンリエッタがアルビオンの手に落ちれば、士気が下がるのは当然のこと、下手をすれば裏切ろうかどうかと悩む貴族達がここぞとばかりにアルビオンへと掌を返す可能性も出てくる。
「だからと言って、自分が囮になるだなんて……」
「仕方ありませんわ。戦いの最中に裏切られるよりも、今のうちに摘んでおいた方が良いに決まってますわ。多少の危険があろうともね」
「まぁ、確かにそうですね。背後から撃たれる危険があるのに戦いを挑むのは下策ですしね」
「ええ、明日は頼りにしてますわよ。アカネ」
曇りなき信頼が込められたアンリエッタの言葉にアカネは思わず苦笑する。
苦笑しながらも、アカネは心中でアンリエッタに今まで以上の親近感を抱いていた。なんの疑いも無く、異世界から来た素性の知れない相手を信頼するなど、まるで異世界から来たナツミを無条件に信頼した自分自身のようだ。
魔王の化身の疑われたのにそれでもなんでかナツミを信じたのだ当時の自分は。それを思い出しアカネは一つに決心をした。
(ふ~む。これもカリスマってやつなのかね~。)
「あ~もう!仮とは言え臣下としては承服しかねますよ!」
「アカネ……」
「でも!」
アカネの言葉に曇りかけたアンリエッタの顔に風のような速さで指を突き付けた。
「友達として助けるわ……アンリエッタ」
「アカネ……」
「だからって……うわぁああ!?」
だから任せてと格好よく決めようとしたアカネだったが、感極まってアカネの胸に飛び込んできたアンリエッタにそれは遮られた。陰謀渦巻く王宮で、誰が裏切り者なのか確かではない状況で自分を守ってくれるアカネ。
王族と接する故か、軽い口調ながらも一定の距離を置いて接していたアカネからの友達宣言に溜まっていた不安が一気に爆発したようであった。
「ぐすっ、ありがとうアカネ。……あの私もお友達って呼んでいいですか?」
「なははは、両方友達だと思ったらそれだけでもう友達だよ」
遂に敬語まで完全に無くすアカネ。枢機卿やアニエスがいたら卒倒か銃撃もんだが、幸いにもここに二人はいない。
「だからあたしに任せちゃって!」
こうして翌日、裏切り者である狡猾な狐を狩るための狩りが始まったのだ。