竜籠で高名な水のメイジの医者が何人も呼ばれ、カトレアの診察を入れ代わり立ち代わり診察を行なっていく。
その中には実際にカトレアの治療を行った者も含まれていた。
そもそもカトレアの病は悪いところの水の流れを良くして治しても、今度は別の場所が悪くなるという対処療法しか現状とれる手段がないという厄介極まりない物であった。
「?」
だが、カトレアの診察を行った医者達は一様に首を傾げている。いくら水の流れを調べても体に異常がないのだ。むしろ健康そのもので、体が悪かったのは何かの間違いだったのではと思われる程、申し分ない水の流れであった。敢えていうなら診察が長時間に及んだためか多少疲れている位である。
おっそろしい目つきでカトレアの診察を監視(本人は見守っているつもり)しているカリーヌからの圧力に耐えるのも流石に限界だったので医者達は診察の結果をカリーヌへと告げる。
もちろん内容は異常ありません、お嬢様は健康そのものです。と、
「本当ですか!」
「本当です」
「本当に本当ですか!」
「本当に本当です!」
…………。
鬼気迫るカリーヌとそれを否定する医者との間で永遠と同じ言葉が繰り返されたが、最後はカリーヌも喉を枯らせながらもようやく理解するに至った。初めは何かを堪えるように体を震わせていたカリーヌも、やがて我慢の限界に達したのか、普段は鉄仮面のよう変わらない表情も嬉し涙で溢れ、三姉妹も泣きながら抱き合った。
ヴァリエール公爵も抱きつこうとしたが、同じく抱きつこうしたカリーヌに吹き飛ばされながらも笑顔を辞めなかったりと、嬉しい意味で大騒ぎになった。
急遽、夕飯が仮の快気祝いとなり、使用人達も大忙しとなったものの、優しいヴァリエールの次女であるカトレアの回復を心から祝い腕を振るっていた。そして、ナツミはせっかくの快気祝いなら、家族水入らずが良いだろうと言うことでシエスタとともに使用人達と夕食を共にしていた。
というかカリーヌはナツミの存在をすっかり忘れていたし、あまりにいつもと違いすぎる母にカトレアとルイズもナツミの事を言うタイミングをすっかり失していた。
「いやぁ、ほんとにめでたいぜ!カトレア様が元気になられてほんとに良かった!」
「ああ、まったくですね!」
使用人達にはヴァリエール公爵から祝いとして多くの酒が振る舞われ、普段は飲むことのない上質の酒を飲み、使用人達も、気持ち良く酔っ払っていた。
「ほら、嬢ちゃん達も飲みな!こんな酒、次にいつ飲めるか分からねぇぞ!?はっはっは!」
ナツミがカトレアを治したと知らない使用人はばんばんとナツミの肩を叩きまくる。
「ぶほっ!?あ、あの口に物を入れてるとき叩かないで下さい……」
ちなみにナツミはお酒を勧められたものの丁重に拒否していた。
名も無き世界では未成年の飲酒は禁止されていたし、リィンバウムでは酒を飲む余裕などなかったため、お酒を飲む習慣が無かったためである。
だが、
「あはあは、あははははは!!このお酒おいしいれすね!」
ナツミは突然笑い出すシエスタを見て、ぎょっとした顔をする。
ナツミの隣にいたシエスタは違った。タルブ村は良質な葡萄の生育に適した地域で、さらにその葡萄から良質なワインを生産する産地として有名であり、シエスタの家も葡萄を育てていた。故に彼女は昔からお酒を飲む習慣があった。
ナツミにとってシエスタは弟子であり親友でもある大切な、それこそフラットのメンバーと比べても遜色がないほど大事に思っていたが、酒を飲んだシエスタは別であった。なんというか、彼女は酷い酒乱なのだ。
思わずナツミがタルブの村でのシエスタの酒乱ぶりを思い出している間に、とうの彼女はついにラッパ飲みまで始めていた。
「ああ!シ、シエスタ!それだけは止めときなさい!!」
「ぐび、ぐび。ぷっはあああ!!……ん~」
「シ、シエスタ?」
「ナツミちゃんって肌が綺麗だねぇ」
座った目つきでシエスタはナツミをじろじろと見やり、おっさんみたいな事を言い出す。
「あはは……ありがと」
「体もすっごく細いよね~」
そう言ってシエスタはナツミに抱きついてくる。
可愛い女の子が抱きつく光景にヴァリエール家の使用人の男性が羨ましそうな顔をしていたが、はっきり言ってナツミには迷惑以外の何物でもない。というか息が酒臭い。流石にそれを面と向かって言うのは憚れたが。
「ってか何処触ってんの……!シエスタ」
「おっぱい」
「は、離れて!」
もはや酒乱セクハラメイドと化したシエスタを無理矢理引きはがそうとするものの、武器を握った状態ではないナツミとシエスタでは普段メイドとして肉体労働しているシエスタにやや軍配があがる。
「どこ行くの~?」
「っ外に出るわよ」
そんな光景を食い入るように見る男性陣の視線に耐えかねたナツミはシエスタを引きずるようにして、使用人用の部屋からなんとか脱出する。
「う~もう!シシコマ!獅子奮迅」
「うわっ!?」
廊下に誰もいない事を確認するとナツミは憑依召喚で身体能力を強化し、シエスタを抱えあげると風のようにその場を去った。
「はぁ~やっと静かになったよ……」
「くか~」
ヴァリエールの城の屋上でナツミはそう言って一人ごちた。
ナツミの肩に頭を乗せて先程までセクハラを試みようとしていたじゃじゃ馬娘シエスタも今は酔いがすっかり回り、眠りについていた。そんなシエスタを見て軽く苦笑すると、とりあえず肩が痛くなってきたのでプニムを召喚してしばらく頭を支えてもらう。
「ふ~肩が凝っちゃった」
ぐりぐりと肩を回し、肩を解しながら、ナツミは屋上の縁に腰を乗せて、夜空を見やる。
双月が重なった今晩は、大きさはともかく、故郷である名も無き世界を思い出させる。
それにシエスタ、ルイズと二人の家族団欒を見ていると、ホームシックとは言わないが懐かしさが込み上げてくる。
「どうした相棒?また昔の事を思い出しているのか?」
「まぁね。……それにしても良い月ね」
ナツミの様子にデルフが気にかけたような声をかけるが、ここ最近は何かと忙しく、懐かしさはあっても悲しさは何故かあまり感じていなかったため、軽く微笑んだ。月の儚さと凛としたナツミの様子はこれ以上無い程に似合い。まるで物語の様な荘厳な雰囲気を辺りに滲ませている。
そのまま、しばらく昼間の熱を宿した夏の夜風を浴びていると、突然背後に別の風が舞った。
「ここにいましたか」
「……ルイズのお母さん?」
杖を振って体に纏った風を霧散させると、カリーヌはナツミへと歩み寄る。
「どうしました?こんな夜中に、部屋にいるものとばかり思いましたよ」
「あはは、ちょっと友達が酔っぱらっちゃって、酔いを醒まさせてました」
「そう……」
「えっと、どうしました」
なんでかまでは分からないが、カリーヌは戦いと先と同じくらい気を張っている様であった。ナツミは戦闘状態まではいかないが、体の各部に力を入れて、なにが起こっても取り敢えず対処できるようにはしておく。
「こ、これから、い、言うことはヴァリエール公爵夫人として言うことではありません」
「はぁ」
頬を染めて、視線を泳がせながら、たどたどしく喋る様子はルイズとそっくりなカリーヌ。
「ごほん!……この度は娘のカトレアの病気を治して頂き、ま、まことにありがとうございます。明日正式にヴァリエール公爵……夫から礼をすると思いますが、こ、これは一人の母として礼です」
まるで学芸会に初めて駆り出された少女の様にカリーヌはカチカチに緊張しながら、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「いや、ルイズはあたしの大事なご主人さまですし、当然ですよ」
大人にそこまで畏まられると逆に困ってしまうナツミ。
だが、そんなナツミにお構いなしに、カリーヌはすぅと意を決したかのように息を吸い深々と頭を下げた。
「……そ、それでもです!ほん、とうにカトレアを助けて……く、くれて、あ、ありがとうございます……っ」
「そこまで思われてるなんてカトレアさんは幸せものですね」
頭を下げるカリーヌの足元は雨でない温かな滴で黒い染みを作っていく。それはまるでカリーヌの心を暗くさせていたものが飛び出しているようにナツミには見えた。
泣き続けながらも、カリーヌの心は温かなもので満たされいく。
カトレアの病に心を痛め、辛く当たる事しかしなかった末っ子のルイズの使い魔が、その原因を取り除くとは誰も夢にも思ってもみなかった事だ。
あえて、彼女は口にしなかったが、この感謝の言葉にはナツミがルイズの憂いを払ったことも含まれていた。
「ほんとうに……う……あ、ありがとう……ひっく、」
大きな劣等感を抱え、心を歪ませてしまった末っ子と、病気により体を蝕まれた次女、二人の娘を、何年かかっても母なるカリーヌが癒せなかった二人の娘を救い、癒してくれた優しい少女に心の底から頭が上がらないカリーヌ。
そんな内心をバレないようにと頭を下げ続けるカリーヌを見て、泣き顔を隠しているとナツミは誤解する。
そして、ルイズもよく泣いている事を思い出したナツミは、やっぱり母娘だなと思ったのはここだけの話である。ナツミは知らない、自身が成したことがただ少女や女性を救っただけではなく家族そのものを癒したことを。
自然に他者の歪みをひいては世界の歪みを癒す、それがナツミが