ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第六話 ルイズを変えた人

 

 凛々しく自分とそして彼女の母であるカリーヌの戦いを終わらせたルイズが突然がたがたと震えるのを見て、只事ではないとナツミは二人の間に割って入ろうと足を前へと出す。

 だが、それは徒労に終わる。

 中庭の大扉が大きな音と共に開かれて、桃色の風が飛び込んできたのだ。桃色の髪はナツミ、ルイズよりも年上の美しい女性。女性は腰がくびれたドレスをこれ以上ないほど優雅に着込み、頭には先ほど桃色の風と見誤った煌めく桃色のブロンドが眩しいまでに輝いていた。

 女性はルイズを見るとまるで輝くような、喜しか見いだせない純粋な笑顔を見せた。

 

「まあまあ!ワイバーンが見えたから来てみたんだけど、なんて大きいのかしら」

 

 まるで子供ようにはしゃぐ女性。

 

「カトレア」

「ちいねえさま」

 

 女性はルイズの二番目の姉。まるでルイズをそのまま成長させたようにそっくりな容姿をしている。性格と胸はまるで違うが。

 

「あらあら、これがルイズが話していた使い魔さんのワイバーンね!想像していたよりもずっと大きいわね」

「カトレア!離れなさい!」

 

 ナツミに対する警戒を少しは緩めはしたものの、烈風とまで言われた自分と対等に渡りあったナツミの実力は無防備を晒していいものではない。カリーヌはまだナツミへの警戒を完全に無くしたわけではなかった。

 そんな者が従えるこれまた規格外のワイバーンに、幼少から体が弱く、姉妹の中でもとりわけ愛情を注いだ娘が近づこうとし、普段では考えられないほどの慌てた声をカリーヌは張り上げる。だが、ナツミへと注意力を割いていた彼女に、とっさにカトレアの元に行くほどの余裕はなかった。

 ワイバーンは己に近づく人間にその人間の胴体ほどの牙が乱立する頭部をゆっくりと近づける。

 カリーヌがはっと息を呑んだ瞬間。

 

「まあ、人懐っこいわね。よしよし」

 

 カトレアの目の前にその頭をワイバーンは差出し、カトレアはそれを見て嬉しそうに鼻の頭を撫でてやる。

 ワイバーンも表情にこそ現れてなかったがカトレアに撫でられたことにナツミに抱くそれに近いほどの安心感を抱いていた。

 

「あらあら、ご主人様と同じくらい思ってくれるのは嬉しいけど、ご主人様に悪いわよ?」

「guuul」

「人の言葉が分かるの?」

「gul」

 

 なぜかカトレアはワイバーンの心中を察し、ワイバーンは人語が分かるので会話が成立するという不思議な現象が起こっていた。

 一触即発とまではいかないものの、それなりに緊張感があった中庭の空気も、一人と一匹ののん気過ぎる会話(?)を前に完全に霧散する。毒気を抜かれたのか、カリーヌは溜息を一つ吐き肩の力を抜く。

 

「はぁ、もういいわ。ルイズ、そのワイバーンは暴れたりはしないのね」

「は、はい」

「なら中庭に置いたままでいいわ。これ以上騒いでもしかたないわね。ルイズ、夕食までは大人しくしておきなさい」

「は、はいわかりました」

 

 そこまで言うとカリーヌは自らのドレスに付いた汚れを軽く払い、城内へと向かって行く。

 

「ルイズの使い魔さん。貴女も夕食には参加なさい。……服は着替えなさいね」

 

 最後に横顔が見える程度に振り向き、ナツミへと声をかける。そこには使い魔に向ける表情ではなく、自らが認めた戦士への賛辞が込められているようにナツミには感じた。

 

 

「はああああぁああ、こ、怖かった……」

 

 カリーヌが視界から居なくなった瞬間ルイズはぺたんとお尻を地面に付ける。

 

「どうしたのルイズ?」

「大丈夫ですかミス・ヴァリエール」

 

 ルイズが生まれたての小鹿のようにプルプルと震える様子に、ナツミとワイバーンから降りたばかりのシエスタが何事かと近づいてくるが、まさかルイズもお母さんが怖くて腰が抜けました。などと恥ずかしすぎる事をいえるはずもない。

 カリーヌは普通の母親と言うカテゴリーに収まる人間ではないが。

 

「う、な、なんでもないわよ。ちょっと、そ、その貧血よ。貧血」

 

 とりあえず自らの最低限の誇りを守るために小さな嘘を吐くルイズ。

 

「え、大丈夫?」

「なら早く中に入りましょう。夏の風と言っても当たり過ぎると体に悪いですし」

 

 そんなルイズの嘘を真っ向から信じるナツミとシエスタ。二人の純粋すぎる瞳に良心が切り刻まれるのをルイズは感じていた。

 

「っ!?(こ、心が痛いわ……でも正直に言ってもそれはそれで痛いし……うぅ)」

 

 突然胸を押さえて呻くルイズにより二人が心配するが、それはより一層ルイズの良心を苛む。一種の拷問だ。

 

「あらあら?どうしたのルイズ?」

「……ひ、貧血です。ちいねえさま」

 

 カトレアがワイバーンのひとしきり愛で終えたのか、俯くルイズの元へやってきてルイズを心配そうに声をかける。そして再び嘘を吐く羽目になるルイズ。

 頑張ってナツミとカリーヌの怪獣大決戦を食い止めた自分に何故このような苦難が訪れるのか、ルイズは再び心で泣いていた。

 

「大丈夫?早く中に入りましょう。えっとどちらかルイズを連れてきて貰えるかしら?」

「あ、じゃあ私が……ほぃっと」

「わあああ!?な、なななななな」

 

 カトレアに促され、ナツミはルイズを軽々と持ち上げる。所謂お姫様抱っこで。

 流石のルイズもそんな恰好で持ち上げられるとは思っていなかったのか、恥ずかしさのあまり大声を出してしまう。

 

「なななナツミ!ほ、他の運び方があるでしょ!!背中でおぶるとか!」

「いや、ないわよ?だって背中にはデルフがいるし」

「先客してるぜ」

「溶かすわよ」

「やめてよ。結構役に立つのよ?ねデルフ」

「溶かすのは勘弁してほしいなぁ。最近、楽しいし」

 

 口では嫌がるもののナツミの腕の中に素直に収まりながらルイズはデルフと口喧嘩を始める。存外にまんざらでもないようであった。

 ナツミもデルフを溶かすと物騒なことを言ってはいるもののそこに本気にした様子は無い。いつものことと涼しい顔だ

 そんな三人(?)をカトレアは微笑ましそうに眺めているのであった。

 

「……良い友達ができたみたいね。本当に良かった」

 

 魔法が全くできなかったルイズは小さな頃からカトレアにべったりであった。母や上の姉からは口煩く、魔法の訓練を言いつけられ、父は優しかったものの社交界や他の貴族との園遊会で忙しく中々家には居なかった。

その中で唯一自分に構ってくれる下の姉のカトレアに一番懐いていたのだ。

 そんなルイズが魔法が出来ないという劣等感を抱えて、トリステイン魔法学院に入学。最初こそ体が弱く魔法学院に入学することができなかったカトレアはルイズを羨ましいと思っていたが、去年の夏休みに帰って来たルイズはどこか様子がおかしかった。

 別にカトレアにべったりなのはいつものことだが、ある一点、奇異なところがあったのだ。

 それは

 ―友達の話をしない―

 ことであった。初めての同い年に近い者たちの寮生活なら必ずあって然るべきな話をルイズはしなかった。彼女達の姉のエレオノ―ルが学院に入学して初めての夏休みにはそれはもう毎日のように友達の話をしていたはずなのに。

 その時は何故、友達の話は無いのと出来る限り優しく聞いたところ、勉強に忙しいと俯きながら答えるルイズにそれ以上の事が聞けず。胸が張り裂けるほどの悲しい気持ちを抱いたことを覚えていた。

 だから、今年の夏休みで帰ってくるルイズをことさら心配していたのだが、それは杞憂であった。夏休みに入り、なぜか当日に帰って来たルイズはもう喋る喋る。

 カトレアに召喚した使い魔の少女の事や、無口なガリア人の友達、ゲルマニアであのツェルプスト―に連なるライバル、最近よく一緒にいる平民の少女など、去年は終ぞ口に出さなかった友達と呼べるような人達の名前が次から次へと飛び出し来るのだ。

 ある意味予想が裏切られた形となってカトレアは大いに喜んだ。

 その頬笑みを見たルイズは自分の話が面白いのだと勘違いして更に話す。そしてカトレアもそんなルイズを見てより一層頬笑みを深くしていた。そしてその会話の中で頻回にそしてルイズが変わるきっかけを与えてくれたのが、おそらく使い魔として召喚してしまったナツミという少女だとカトレアは感じていた。

 ルイズは気付いていないだろうが、今ナツミに抱かれているルイズの表情はカトレアと話をしている時と同じものであった。つまりそれほどの信頼をナツミに置いているということでもあった。

 

「ふふ、ルイズ。あんまり使い魔さんを困らせてはダメよ?」

「あ、あぅ」

 

 身内、しかも大好きな姉に醜態を晒してしまい首筋まで真っ赤にして俯いてしまうルイズ。

 

「このままだと使い魔さんの腕が疲れてしまいますわ。とりあえず私の部屋に行きましょうか」

「あ、はい」

 

 ナツミの返事を聞き満足そうにカトレアは頷くと自らの部屋へ三人を案内するのであった。

 

 

 

 

 

「どうぞ。ああルイズはベッドに座らせてあげて下さい」

「分りました、どうしたのシエスタ?」

「あうう、あのあの。平民のわたしがこんなところにいていいいいいんでしょうか!?」

 

 カトレアに言われるままにルイズをベッドに座らせたナツミは、シエスタがいつぞやの時のようにプルプルと高振動しているのを見て、疑問の声をあげる。

 

「なんで?」

「なんでって……だ、だって貴族様の部屋だよ?気になるよ!」

「いやルイズの部屋には良く来るじゃん?それに女王様の部屋だって入ったことあるでしょ?」

「全然違うよ!ミス・ヴァリエールとは良く話すし、女王様の部屋とは比べないでよ。そ、それに熊とかいるよ」

 

 よく話すというか最近仲の良いルイズやタバサとは普通に話せるが、流石にこんな大きい城のご令嬢とあっては平民根性が骨の髄までしみ込んでいるシエスタには少々荷が思い。ってか何故かカトレアの部屋には熊だの犬、猫など多くの動物が寛いでいた。

 

「?ワイバーンの方が暴れたら大変だよ」

「……それもそうだね。じゃなくて、こういったお屋敷には使用人の専用の部屋があってね。普通、わたしみないな平民は……」

「そんなに怯えなくてもいいですよ?ルイズの部屋みたいに寛いでくれればいいわ……っ」

 

 シエスタの言葉を遮ってシエスタの怯えを取ろうとしたカトレアだが、突然体がぶれてよろめく。

 そのままなんとか倒れまいと足に力を込めていたカトレアだったが、その抵抗も空しく。地面に吸い込まれるように倒れ込みそうになる。

 それを見たナツミが咄嗟に駆け寄り、カトレアを抱き止める。

 

「大丈夫?」

「……あ、ありがとう」

 

 慌てすぎたためかナツミは敬語をすっかり忘れていた様子だが、もとよりそんなことは気にしないカトレアは素直に礼を言う。

 

「もしかして、ルイズの体が弱い方のお姉さんって貴女ですか?」

「え、ええ。そうだけど」

 

 ナツミのオブラートに包まない言葉にカトレアは苦笑する。

 ヴァリエール家、次女。カトレアは生まれつき体が悪かった。数々の秘薬、高名な水のメイジ、いずれも彼女の病気を治すには至らなかった。多少歩いたりすることはできたが、突然体が不調を訴えるため、寮生活を送らねばならない魔法学院にすら入学できなかった。家柄も容姿も性格、魔法の才能も人から羨まれる程に優れていたカトレアであったが、唯一健康だけは優れていなかった。

 故にヴァリエールの領地からほとんど離れぬこともできずに過ごしていた。

 幾ら家柄が良く、他が優れていても体が悪く、下手をすれば子すら生めぬ女は要らぬとばかりに嫁ぎ先さえ見つからない。そんな娘を不憫に思った現ヴァリエール当主である父が領地を与えてくれたが、それで彼女の心が満たされることはなかった。

 誰もかれもが、自分に気遣う言葉をかけてくれる。あるいは思ってくれてる。聡い彼女にはそれがどれだけありがたいことだとは分かっていたが、線を引かれているようでどこか嫌だった。

 だが、ナツミは事も無げに自分の事を病気ですかなどと聞いてきた。それがなにかくらいあっさりと。捉えたかたによっては失礼と捉えかねないそれがカトレアにとってはひどく珍しい物に見えていた。

 

「ナ、ナツミ……」

「いいのよルイズ?ホントのことだから」

 

 ナツミの言葉に顔を顰めるルイズをやんわりとカトレアは抑える。

 

「ええ、ごめんさない。せっかくお部屋まで来て頂いたのに、ルイズが自慢していた貴女のワイバーンを見て少し興奮してしまったの。思ったよりもずっと大きいから。それに風竜よりも早く飛べるって聞いたわ。乗ってみたいわね」

「じゃあ乗ってみますか?」

「いいの!って無理ね。どうも最近また調子が悪くて……ごめんなさい」

 

 ナツミの誘いに喜ぶも、自分の体調を考えて残念そうにカトレアは肩を落とす。ルイズはそんな姉を見て悲しそうな顔をすると、ナツミへと視線を移す。

 ナツミの召喚獣ならもしやと思ったのだ。だが、召喚術を秘匿せよ枢機卿と言われている為、それを口にすることはしなかった。

 

「ああ、そうか。じゃああたしがお姉さんを治しますよ」

「ってあんた!」

「どうしたの?ルイズずっこけて」

「だから、いいの?その一応秘密でしょ?」

「いいわよ?別に。ルイズのお姉さんを救える方法があるのに救わないなんてあたしにはできないし、それにこれでもし怒られたら暴れちゃうよあたし?」

 

 あっさりとルイズが葛藤した問題を吹き飛ばすナツミ。

 最後こそ冗談めいた感じでしゃべっていたが、前半の言葉にはルイズにとって嬉しいまでの真剣さが込められていた。

 流石に暴れられるのは嫌だが、自分の姉をそこまで思ってくれたナツミにルイズはもう数えきれない恩がまた増えたと困ったように苦笑した。

 

 

 

 ナツミの魔力に呼応してカトレアの部屋に光が満ちる。

 部屋の動物達もその幻想的な光景を大人しく見守っている。

 

「こ、これは……?」

 

 聞いたこともない現象にカトレアは心底驚くが、温かいその光からは危険など感じず、むしろ安らぎを感じる程だ。そして彼女の動物達もその光に包まれ、気持ちよさそう目を細めている。

 それを見て、危険が無いとカトレアは何故か確信した。

 

「カトレアさん。今から貴女の体を治します」

「……」

 

 蒼い光に包まれたナツミの視線がカトレアを射抜く。失敗は許されない為ナツミは全力に近い出力で魔力を放出する。幻想的な光景にカトレアは声も出せなくなっていた。

 それを見てナツミは素性が知れぬ自分が言うことを信じられないからだと判断した。

 

「あたしを信じて下さい。絶対に治しますから」

 

 もとよりカトレアはハルケギニアで試せる治療はないと言っても過言ではないほどの治療を受けて来ていた。

 諦めはとうにできていた。ならば、

 

「使い魔さん貴女の名前を聞いてもいい?」

「え、はい……あたしはナツミです。誓約者ナツミ」

「ナツミ……貴女を信じます。お願いします」

 

 信じられる。この子なら、ルイズにあれだけの笑顔をくれた素敵な人ならきっと自分も救ってくれる。

 もう何年もすることが無かった期待を胸にカトレアは目を瞑る。

 

 

「おいで、聖母プラーマ」

 

 霊界にて全てを包み癒し尽くす聖なる母がナツミの魔力により顕現する。

 

「ルイズのお姉さんを癒してあげて……奇跡の聖域」

 

 

 呟くように祈るように凛とした剣が打ち合うような声が辺りに染みる。

 次の瞬間。

 眩いばかりのしかし瞳を焼くことが無い光がカトレアを包むように抱く様に包み。やがて部屋そのものが光に飲まれた。

 

 

 

 あれからルイズの実家は蜂の巣を突いた様な大騒ぎとなっていた。

 いきなり溺愛する娘が泊まる部屋の周囲が眩く輝いたのだから当然だろう。

カリンやエレオノ―ル、父が慌てて駆けつけ、ノックする間も惜しんで中に入るとカトレアが不思議そうに首を傾げて、何度も手を握ったり開いたりしている。そして何を思ったのかその場でぴょんぴょんと飛び跳ねたりと普段では考えられない行動をしているではないか。

 

「カ、カトレア?」

 

 家族を代表するようにカリーヌが声をかけるが、カトレアはそれには気付いた様子はなく、未だに体の様子を確かめる様な動きを見せていた。

 そんなカトレアの脇に先程自分と死闘を演じた末娘の使い魔が立っているのを遅ばせながら認識するとカリーヌは思わず怒鳴ろうと息を大きく吸い込んだ。

 

「あなた……っ」

「体が軽い!これ本当にわたしの体なの?」

 

 だが、それは次女であるカトレアの思ってもみなかった声に遮られた。

 

「ふぅ、とりあえず完全に治ったと思います。もしまだ変なとこがあったら言って下さい。一応これ以上の治療法もあるにはあるんで」

「まぁ。こんなすごい魔法以上のものがあるの?貴女は一体……」

「ま、それはおいおい説明します。今は……」

 

 今にもナツミの秘密を知りたいと、瞳をキラキラさせているカトレアをやんわりと後からと告げて、ナツミは 視線を部屋の入り口で話に付いていけずに佇む三人に向ける。

 

「……どういったことか説明して貰えるかしら?」

「は、はい!ナツミが……」

「貴女には聞いていないわルイズ。私は貴女の使い魔に聞いているの」

「ご、ごめんなさい」

 

 鷹のような射抜く視線にルイズが縮こまり、その視線をナツミに移すカリーヌ。

 

「えっと、カトレアさんの病気治しました」

 

 …………。

 あまりにもあっさりと言った為、辺りに静寂が広がる。

 

「「はあああああああ!?」」

 

 そして一瞬の間の後、ヴァリエール公爵とエレオノ―ルが馬鹿みたいに口を開けて驚きの声を張り上げた。

しかし、一人だけその輪に加わらない者が居た。それはカリーヌその人だ。

 

「貴女、まさか冗談で言ってるわけじゃないわよね」

 

 中庭での戦闘に匹敵、あるいはそれ以上の殺気を全身に纏い、カリーヌはナツミを睨みつける。もし、この場にカトレアが居なければ即座に首を撥ねても不思議ではないほどの殺気だ。

 まるで空気は帯電したかのようにビリビリと震え、彼女の夫ヴァリエール公爵も長女エレオノ―ルもがたがたと震えている。ナツミはその視線を真っ向から受けているにも関わらず、普段の態度を崩さない。

カリーヌが激高している理由はもはや家の皆が諦めかけていたカトレアの病気を治りましたと軽々しく言ったことだ。

 どんな病にも効く秘薬、高名なメイジでも終ぞ治ることのなかったカトレアの病。ちょっと腕が立つ程度で治したなどと言ってカトレアをあんなに期待させ裏切るようなら。

 

「もし、治っていなかったら首を撥ねるわよ」

 

 カリーヌの言葉は静かにしかし、遠くから鳴り響く遠雷のように危険を孕みながら、カトレアの部屋に染み渡った。

 


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