今回は番外、ウェールズがリィンバウムでどんな生活をしているか?という話になります。
イベントもちらほら考えているので不定期に数話投稿する予定です。
茜色の夕焼けの中、三つの人影が肩を並べながら歩を進めていた。体躯はやけに大きな影が一つ、そして大きな影には劣るものの長身で細身な影が一つ、そして最後に一番細身で背もそこまで高く無い影が一つ。
「おいおい大丈夫か?今日はそこまで大変な現場じゃなかったんだぞ」
「そうだぜ?しっかりしなよ」
「あぁ、申し訳ない」
長身で細身な影がふらふらと歩く中、大柄な影と一番小柄な影はしっかりとした足取りであった。
「しかし、エドスはともかくジンガはどうしてそんなに力があるんだい?体格から見るにエドスと同じ位の腕力があるとは思えないのだが……」
大きな影の正体はエドス、そして一番小柄な影はジンガだった。
「ストラを使ってるからだけど?」
「ストラ?」
そしてやたらとフラフラな影は、リィンバウムへと逗留……じゃなく避難中のウェールズ殿下。フラフラなのは今日エドスが働く石切りの現場で急な欠員が出たためにジンガとともに手伝いに行ったからだ。
「なんといえば言いのか……魔力や精神力とは違う肉体の強化を行う力。みたいな感じか?」
「ん?気合とか根性とか?」
エドスの説明はまだしも、ジンガの説明は完全に感覚頼りのものだ。ジンガの膂力の仕組みが分かれば、いざという時に役立つと思っていたウェールズは力無く肩を落とした。
ウェールズがリィンバウム、フラットにやってきて数週間が経とうとしていた。ナツミも最初にフラットに世話になった時は、現代日本の女子高生から、子供達ばかりの広いだけのくたびれた家というギャップに驚いていたものだが、ウェールズのカルチャーショックはそれ以上だった。
フラットの家の中はリプレやモナティといった女子達が綺麗に掃除していたが、外はスラム街ということも有り非常にごちゃごちゃしている。路上で寝泊まりしている人も少ないながらもいるし、ガラの悪い人種も探さなくても見つかる。以前よりも少なくなったとフラットの住民は言うが、それでも驚いてしまうのはしょうがないことだろう。
王族という国の中でも、最高の質を享受し続ける生活と、その日その日をなんとか暮らしている生活に差が無いわけがない。
だが、これでもナツミがリィンバウムに訪れる前と比べれば随分とマシだった。収入という面では以前よりも数倍以上に多い、人も倍以上に増えた為、それに伴い支出も激増したが、その日暮らしという状況からは脱していた。
そもそも暮らしている人の数と働く人間の数が釣り合っていないのがおかしいのだろう。
「ほらウェールズ、フラットに着いたぜ」
「あぁ、すっかりお腹が空いてしまったよ」
覚束ない足取りながらも、ようやくゴールに辿り着くからか、それまでよりはしっかりした足取りでウェールズは現在の住居となっているフラットへと足を進めた。
ちなみにフラットのメンバーはウェールズの事を基本的に呼び捨てで呼んでいる。ウェールズが特別な扱いを拒んだのと、そういった堅苦しい呼称をフラットのメンバーが出来ないからだ。
「おかえりなさい。もう帰ってくる頃だろ思ったわ」
薄暗くなった路地に暖かい光が漏れる。その中心には赤毛のエプロンを着た少女がにこにこと笑いながら、石切りで疲れた三人を迎えてくれた。
「おうリプレ、ただいま」
「帰ったぜ!」
「ただいま」
赤毛の少女、リプレは三人の疲れながらも怪我がない様子に一層、優しい笑みを浮かべると、上着や手荷物を慣れた動作で受け取っていく。
「……ん、上着」
「ん?あぁ、ありがとうラミ」
そんなリプレのマネなのか、ラミはウェールズの上着を受け取り、部屋へと持って行く。
「少しはラミを見習えよフィズ。妹ばっかり手伝いさせていいのか?」
「……あんたには言われたくないわガゼル」
そんな中、ガゼルとフィズの二人は手伝いもせずにテーブルに並んで座っている。互いに文句ばかり言っているが、そこまで仲が悪いわけではない。むしろガゼルが盗賊の技をフィズに教える位には仲が良い。
そのうちフィズはガゼルの盗賊の技術を無駄に継承してしまうのだが、それはまた別のお話。子供に何を教えているのかガゼル。
そんな二人のやり取りはさておき、三人の帰宅を合図にぞろぞろとフラットに住むメンバーが食堂へと集まってくる。出身や経歴、年齢、色々な事情を抱えた者が住むこの元孤児院だが、なんやかんやできちんと皆で食事をするのだ。それがナツミの影響かどうかは定かでは無いが、今日も用事が無い者は自らの席に座り、合図を待っている。
「じゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
リプレの合図に引き続き、唱和する一同。騒がしくも楽しい食事の始まりだ。
「ウェールズ、そろそろこっちの生活にも慣れたか?」
「大分慣れたよ。今日もエドスの仕事を手伝わせてもらったよ」
大皿から自分用の小皿におかずを取り分けながらソルはウェールズに問いかける。ウェールズはさして悩んだ様子も無く魚を口にしていた。ちなみにこの魚はソルがナツミのマネをしてフィッシュオン!……では無く釣りで手に入れた物だ。
「最初は驚くことばかりだったが、やる事が出来るとそれだけで一日が過ぎる。体を動かして働くというのも楽しいな」
何度目かになる石切りの仕事を思い出しているのだろう。疲れは相当だろうにウェールズは楽しそうに笑っている。王宮での貴族達のおべっか、権力争いなどの汚い部分を多く見てきたウェールズにはこういった単純でも人々の基礎となる職というのが新鮮すぎて興味が尽きないのだろう。
「まぁ来た当初は、散々、衣食住に頼りきってたんだ。働かないとバチが当たるってもんだろう?」
「……ガゼル?」
「う、冗談だよ。冗談、そんな怒るなよ」
新参者に対する恒例のガゼルの皮肉はリプレの一睨みで撤回される。
無論ガゼルも既にウェールズを仲間と認識している。だが、ナツミやソルの時は奇しくも共通の敵ということでバノッサ達が居た為、戦いを経て絆を深めたのだが、いかんせん平和になるとそういったイベントも無く。中々素直に慣れないガゼルは未だに歩み寄れていなかったのだ。
「大体ね。アンタは働いてないでしょ?ちょっとはウェールズを見習ったら」
「いや、俺はフィズとかラミの面倒を……」
「フィズにスリを教えるのが面倒を見てるっていうつもり?」
二人のこのやりとりももう慣れたのだろう、ウェールズは二人を尻目に夕食を続ける。
珍しい食材、手間暇を惜しまず育てた食材、無論それはそれで美味しいし、それを城で召し抱えている料理人が作ればその美味しさは極上へと昇華されるだろう。そんな料理を幼少の常日頃から口にしていたウェールズの舌は無論、肥えている。
(これが家庭の味……というものなのだろうな)
しかしながら、ウェールズはこのリプレの作る料理を好ましく感じていた。いや、正確にはこのフラットのメンバーで食べる食事が好きだった。
王宮での上位貴族達のおべっかが飛び交う晩餐等よりも、今日あった出来事をしゃべりながら食べる食事の方が何倍も楽しい。マナーもへったくれも無いこの場だが、マナーが無い分、遠慮も無い。
(それにこの遠慮の無さ、気を使われないというのも良いのものだ)
ウェールズ自身は自分の現在の立場を弁えているつもりだが、周りがそうとは限らない。必要以上に恐縮させてしまうのではないのかと、だがそれは杞憂だった。
ここのメンバーがウェールズを王族だと気にしていたのはせいぜい数日位だった。そもそものメンバーがリィンバウム最強の召喚士であるエルゴの王。秘密結社総帥の息子。騎士団副団長。エルゴの守護者。高位召喚士多数。という凄まじいメンバー。いまさら、王族が一人くらい増えたところで驚くほどでもない。
「やはり肉じゃがは美味しいね」
大皿いっぱいに盛られた肉じゃがを食べながらウェールズはそう口にする。
「ありがとうウェールズ。でも肉じゃがってナツミに教えて貰った料理の中で一番、得意かもしれないわねぇ」
元々、リィンバウムにはシルターンから和風の文化を持つ人々が召喚されているせいか味噌や醤油が存在している。そこにナツミという純日本人が来たことでフラットでは幾つかの和風料理が食卓に並ぶことが有る。その中でも人気が高いのがこの肉じゃがだったりする。
「肉じゃが……好き」
「もぐもぐ」
「おいフィズ!ジャガイモばっかり食うじゃねぇ」
バランス良く食べ進めるラミと肉じゃがのイモばかりを食べるフィズ。そして大人げなく激怒するガゼル。マナーが無いにしても酷い食事風景だった。
翌日。
暖かな太陽の光が満ち、ふわりとした優しい風がウェールズの服の裾を撫でていく。
袖を通している服はお世辞を幾ら重ねてもウェールズがそれまで着ていた服よりは劣るが、既に一か月以上もそんな服を着ていれば慣れるどころか、むしろウェールズはそんな服を気に入ってすらいた。
(この石鹸の香り、慣れればどうして……)
そんな事をのんびりと考えながら歩くウェールズの右手には大きな紙袋が抱きかかえられていた。
「……どうしたの?」
「ん?いや今日はいい天気だなってね」
くいくいと残る左手が引かれる先には、その左手をおずおずと掴むラミの姿が有る。
今日は特に用事も無かった為、ウェールズはラミを伴って買い出しに出ている最中だった。ラミを連れてきたのは単純にアルバが剣の稽古、フィズがガゼルと出かけてしまったため、ラミが庭で一人で本を読んでいた為だ。
「ラミはもう用事は無いかな?」
「……」
せっかくの良い天気。買い物だけするのも勿体無い。ふとそんな事にウェールズは思い至る。
ウェールズの問いにラミは首を傾げてしまう。これがアルバやフィズだったなら幾つか行きたい場所をあげられるだろうが、インドアタイプのラミは特に行きたい場所は思いつかなかった。
「……あ」
何処かが無いかと表情は変えずに考え続けるラミだったが、ウェールズがナツミと同じくリィンバウムでは無い世界から来たことを思い出す。
「王子様……」
「ん?」
屈んで自身と視線を合わせてくれるウェールズにおずおずとラミは一つ提案する。
「召喚鉄道……見に行きたい」
「召喚鉄道?なんだいそれは?」
「召喚獣が汽車を引っ張ってるの」
「汽車?」
なんとかラミなりに召喚鉄道を説明しようとするが、口下手なラミではこれ以上の説明は難しかった。微かに眉を顰めラミは悩み、とある結論に至った。
ウェールズと繋いだ右手をぐいぐいと引っ張り、駅を目指して歩き出す。
ウェールズがどんな反応を見せるのか、そんな期待に珍しく口元に笑みをラミは浮かべるのだった。
クリスマスイブ投稿。
ちなみにクリスマスイブは予定が有ります。
……当直ですけど(白目)。