ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

60 / 79
何気なく日間ランキングを見たらランクインしてました(ぶるぶる)。


第四話 夏休み

 ゆらゆらと蝋燭の明かりが揺れる中で、一人の男が一束に纏められた紙束を捲っていた。男の表情は険しく歪められ、その内容が彼にとってよろしいものではないことが窺い知れる。

 その紙束―――報告書にはある少女の現時点でわかる情報が記載されていた。

 その内容は……。

 ヴァリエール公爵家第三女に召喚された使い魔の少女ナツミの事だった。。

 公式な情報では、遥か東の地、東方出身のメイジであり、スクエアクラスの魔法を操る優れた竜騎士であるという。

 さらに功績としては魔法衛士隊の一つヒポグリフ隊でも歯が立たなかった相手を一蹴し女王アンリエッタを見事救出したことしか報告されていないが、非公式な情報ではタルブ戦にて七十騎を超える竜騎士を相手取り無傷で全滅させたことや、同じくタルブ戦にて艦隊を全て落とした、トリステイン中で悪事を働いた土くれのフーケを捕縛にも関わっているなど数々の情報が裏切り者のあるトリステイン貴族の元に集まっていた。

 表向きはワイバーンを自在に駆る少女がどれだけトリステインに益をもたらしたか知りたいのだと、調査員には話していたし、他の貴族も女王を救ったぽっと出のこの少女が気になり、個々で少女の事を調べているので、別段彼が特に目立つことではないので疑われるようなことはしていない。

 その点は不備はないだろう。だが。

 

「予想以上に規格外すぎる……不味いな」

 

 トリステインを神聖アルビオン―レコンキスタ―に売り渡し、その統治の暁にはより良い地位を賜るという彼の計画がこれでは頓挫してしまう。

 そしてなにより、こんな一人で艦隊にも匹敵する彼女が神聖アルビオンへの侵攻作戦に参加でもし、神聖アルビオンが討たれれば自分の所業が露見し、より良い地位どころか良くて地位ひいては爵位の剥奪、悪ければ死刑。

 今の今まで他者を貶め地位の向上、権力強化に勤しんできた彼にとってそれは最低最悪の未来。かといってこんな怪物みたいな少女をどうにかする方法も見つからない。下手に手を打って失敗しても結果は同じ、早急にというわけではないが、なにか策を講じなければいけないと彼は考えていた。

 

「……策を講じるなら女王か」

 

 彼はそう呟くと如何にも高そうなソファーにその身を沈ませ溜息を吐いた。

 

 

 

 

「か、体が動かない…」

 

 ナツミは焦っていた。

 タルブ村のシエスタの家でお世話になって三日ほど経った朝、太陽の日差が窓から降り注ぎその意識を覚醒させると両手両足はおろか、体自身も思う様に捻じれないほどに体が拘束されていたからだ。

 再度、体を揺さぶるもののろくに体は動かない……。

 

「ま、不味いかも…」

 

 超然とまではいかないものの、身に宿した力故に心身ともに動揺することの少ないナツミはハルケギニアに来て以来最大級に焦燥していた。ナツミの中での脅威度でいえば魔王にも匹敵するほどの脅威。

 それは……。

 

「ナツミおねぇちゃん……」

「むにゃむにゃ」

 

 シエスタの弟妹達であった。村を助けてくれた英雄にも関わらず、それを恩に着せることなく村の復興に力を貸してくれるし、ワイバーンに乗せてもらって空の散歩にまで連れて行ってくれる。

 持っている力こそ凄まじいのだが中身は頼れるお姉さんというのが親しみが持てたのか、ナツミは村の皆の人気者になっていたのだ。そんな人気者が自分達の姉の友達でしかも家に泊まってくれるとあらば、一緒に寝たいと思うのが子供の心理、それは偶に帰ってくる姉よりも優先するほどだった。

 だが何故そんな可愛らしい子供たちをナツミが脅威に思っているのか?

 それは……なんとも言いにくいが生理現象というやつだ。

 前の晩にナツミは水を飲み過ぎたという情報があれば分かりやすいだろう。そうナツミは今、乙女に対する表現としては不適切な感覚に襲われていた。

 まだそこに駆け込むには至らないが、そう遠くない将来にはその領域に達するであろう。子供達をなんとか起こそうとするが、昨日騒ぎ過ぎて疲れたのか、死んだように眠る彼らはナツミの懇願空しく反応することはない。

 

「っ!」

 

 まだほんの少し余裕があったナツミだが、突然呻き声をあげる。

 腰のあたりに抱きついていた子が急に抱きつく力を強くしたのだ。その瞬間ナツミの余裕がすっかり吹き飛んだ。イメージは水風船をぎゅーと握る様な……感じ。

 

「そ、それは反そ……く」

 

 乙女の危機に反射的に魔力で子供を吹っ飛ばしそうになるのを堪え、別のあれも堪える。

 

「う、う……」

 

 涙が無性に溢れ出る。

 まさか誓約者(リンカー)たる自分がこんな目に合うとは思いもしなかった……ナツミは無性に昨晩に水分を取り過ぎた自分を恨む。だが、救世主は現れた。

 

「ナツミちゃん。おはよー!朝ごはんだよ」

「マスター起きるですのー」

 

 子供部屋を勢いよく開けて入ってくるのは、この家の長女、ナツミの友人シエスタと夏休みで荒事もないだろうと思って召喚したナツミの護衛獣の狸の獣人レビットの少女モナティ、ナツミをマスターと仰ぐ可愛らしい少女だ。

 

「シ、シエスタ!モナティ!は、早くこの子達を引き剥がしてー!」

「え」

「ど、どうしたんですの?」

「いいから!」

 

 切羽詰まったナツミの様子に疑問を抱くも、答える余裕もない。珍しく焦った声をあげるナツミにモナティとシエスタがとりあえず言う通りにナツミの体中にへばりつく子供達を剥がしていく。

 

「剥がしたですのマス……」

「ありがと!モナティ、シエスタ!!」

 

 子供達が体から離れたのを確認するとナツミはお礼の言葉もそこそこに風のようにその場を去って行った。

 

 

 

「ま、間に合って良かった……本当に」

 

 なんとか誇りを守り抜いたナツミはそれこそ魔王を倒した時のような達成感にも似た感覚に包まれていた。大げさ過ぎる気もしないではないが、乙女の誇りがかかっていたし、ある意味死(社会的な)をも覚悟していたからだ。

 

「おはようございます」

 

 すっきりといった様子がぴったりといった顔でナツミは一家が食事をとる食堂的な場所へ入っていく。そこにはほんの少し前まで寝ていた子供たちも含めてシエスタ一家が勢ぞろいしていた。

 

「「「ナツミおねぇちゃん!おはよう!!」」」

「ナツミ様お早うございます」

 

 天衣無縫といった様子で子供達が朝の挨拶するなか、シエスタの両親は尊敬の念を込めてナツミへと挨拶をする。

 

「あ、あのシエスタのお父さんとお母さんも昨日言ったと思うんですけど、あたしに様づけも敬語も使わなくてもいいですよ?」

「し、しかし」

 

 苦笑いしながら敬語と敬称をナツミはやんわりと拒否する。元々がただの学生なのだ。大人に敬語を使われてもなんかこう背中がむずむずしてくる。

 

「えっとあたしは貴族でもなんでもないんで、普通に話してください。なんか慣れないんですよ敬語で話されるのは」

「う、ナツミ様がそう仰るなら、で、ではナツミさんとでもお呼びします」

「あのぅまだ敬語が……まぁいいです」

 

 無理しながら様づけだけはシエスタ母が止めてくれので、それ以上追及するのは止めるナツミ。これ以上無理させても、かえって悪い気がしたのだ。

 

「そこはモナティの席ですの!」

「なんだよ!モナティ。ナツミねぇちゃんの隣は俺だぞ!」

 

 その横ではモナティが小さな子供と席の取り合いをしている。このハルケギニアでは獣人は極めて珍しい種族なのだが、とんでもなくデカいワイバーンの前にはいまいちインパクトがなかったのか、平然とモナティは受け入れられていた。

 シエスタの家族、ひいてはタルブ村の住人も、一騎でハルケギニアに誇るアルビオン竜騎兵数十騎を楽に落とすナツミに常識が通じないのが分かっただろう。それに決して悪い少女でもない事も。そんなのんきかつ賑やかな食事もあっという間に過ぎていく。ナツミはその食卓にリィンバウムでのフラットの生活を思い出していた。

 

 食事が終わればナツミは村の復旧作業へと飛び出していく。

 森にワイバーンとともに分け入り、ナツミが大木を切り出し、ワイバーンがまとめて村へと運び出す。

 流石に家を建てたりするスキルはないが、最も人力がいる作業をナツミ一人でこなすので、他の人達が別の仕事に割り振れるというのが大きかった。ついでに猪も狩ってくるので、これまた村人たちが大いに喜んでいた。

 これがナツミの夏休みの始まりであった。

 

「まさか異世界でボランティアとはねー」

 

 肩をぐりぐりと回して、少し疲れを解すナツミ。

 

「ルイズは何やってんかしらね。まぁ場所は送って行ったから分かるけど……そういえば病気のお姉さんが居るって言ってたわね」

 

 ついでだから治そうかなとナツミにワイバーンの背に寝転びそんな事を考えていた。

 




皆様のおかげで日間ランキングにランクイン出来ました。
この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございます。



……身に余りまくって恐縮です。
そして、連続投稿はここまでという……。申し訳ありません。

次は先日に少しばかり報告していた番外編なんぞを投稿したいと思います。
ご期待頂ければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。