ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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幕間   学園長室にて

ギーシュとナツミの決闘よりやや時は遡る。

人の背丈を遥かに越える本棚がそびえ立ち並ぶ、ここはフェニアのライブラリー、始祖ブリミルがハルケギニアに新天地を築いて以来の歴史が詰め込まれているというトリステイン王国でも最大の蔵書数を誇る図書館である。

その図書館に現在一人の男性が調べ物をしていた。

 

彼の名はジャン・コルベール。『炎蛇』の二つ名を持つ火のトライアングルクラスのメイジである。

現在、彼は先日生徒の一人であるルイズが召喚した少女―ナツミ―の左手に刻まれていたルーンについて調べていた。教職に就き二十年あまりの彼であったがナツミに刻まれたルーンを見たことは無かったため、生来の好奇心を刺激され、ナツミから許可を貰って紙に写したその未知のルーンについて、教職の合間にわざわざ調べに来ていたのだ。

それに彼はルーンだけでなくナツミ自身にも興味を抱いていた。

リィンバウムと呼ばれるハルケギニアとは全く別の異世界から召喚されたという少女。彼女の正体そのものも、非常に興味が惹かれたが、彼女が僅かでも話してくれた異世界の魔法……召喚術は機会があれば詳しく聞いてみたいと思っていた。

異世界より招かれた英雄。

本来なら鼻で笑ってしまう荒唐無稽な話だったが、ディテクトマジックで調べた彼女の魔力は、救世の英雄と呼ぶに相応しい程強力かつ無尽蔵だった。

トライアングルクラス、エリートといって差支えない魔力を持つコルベールをして成人と赤子以上の開きがナツミとの間には存在していた。

そんな彼女に刻まれた教職二十年を越える彼をして見たことが無いルーン。特別なルーンであったとしても不思議でもなんでもない。

しかし、そんな力の一端ですら垣間見えないナツミの事をコルベールは然程危険視していなかった。

過去の経歴から人を見る目には自信があるコルベールの目から見てもナツミは底抜けにお人好しだと感じていた。それにあれほど真っ直ぐな瞳をした人間が嘘を吐いているとも思えなかった。

だが、初対面とは思えない程ナツミのことを信頼しているコルベールだが、ナツミに秘められたその力には多少なりとも危惧を抱いていた。本人の善悪に関係無く、大きな力はそれだけで力を引き寄せやすい。

故に彼女の人柄とその力について学院長に報告していた。もちろん何も起きない可能性も多分にあるが、起きてから悔いるよりは益にならなくても対策を立てておくことは大事だ。

 

報告はさておき、大分調べものに時間を割いていたコルベールであったが、彼は一冊の本の記述に目を止めた。本の内容は始祖ブリミルが使役していた使い魔達について、その記述とともに描かれていたルーンに目を止め、驚きのあまり本棚から落っこちそうになってしまう。

 

「!……あぶない、あぶない」

 

危なげな体勢から持ち直したコルベールはあわてて本棚から降り、本を抱え学院長室に向かうのであった。

 

 

「失礼します!」

 

コルベールが勢いよく学院長室の扉を開けると学院長が秘書の下着を使い魔のネズミを使って覗き見ようとする威厳皆無な景色が広がっていた。

 

「……学院長何をなさっているのですか?」

「見て分からんのか?ミス・ロングビルの下着を見ておるのじゃが」

 

まったく悪びれた様子なく、今日の天気は晴れかのう。とでも言うように言い放つこの老人こそこのトリステイン魔法学院の学院長、オールド・オスマンその人であった。

 

「はぁ……真面目に仕事してください」

「まったくです」

 

学院長のセクハラに呆れ果てたように抗議するコルベールとそれに同意する学院長秘書―ミス・ロングビル―。

 

「日々の英気を養うのも学院長の仕事じゃい!」

「私の下着で英気を養わないでください!」

 

学院長のあんまりな言い訳に若干、頬を紅く染め大声で抗議の声をミス・ロングビルはあげた。

 

「それよりも学院長!これを……」

 

二人の掛け合いに危うく本来の目的を忘れかけたコルベールであったが、二人の会話を無理矢理中断させると先ほどフェニアのライブラリ―で発見した古書のとあるページと先日書き写したナツミに刻まれたルーンを学院長に見せる。

 

「……!ミス・ロングビル、席を外したまえ」

「はい」

 

コルベールの真剣な表情と声、そして開かれたページの内容を見るなり、先程のふざけた空気を一瞬で払うような声でミス・ロングビルの退室を促す。

 

コルベールの発見した古書。始祖の使役した使い魔についてに記されていたのはその題通りかつて、始祖ブリミルが召喚した四つの使い魔についての内容であった。

特に彼らに驚きをもたらしたのは始祖を守護する守り人。神の左手、神の楯とも称される。始祖の使い魔の一人。

ガンダールヴに関する項目であった。

ありとあらゆる武具を自在に扱い、剣を左手に槍を右手に携えた一騎当千の使い魔。

詠唱時間が長い呪文を多様する始祖を外敵から守護していたと伝えられる傑物。

その英雄の左手に刻まれていたルーンこそがナツミにの左手に刻まれたルーンであった。

 

「これはどういうことかのう?」

「原因はわかりません……しかし、始祖を守護していた四人の使い魔、その中のガンダールヴのルーンがミス・ヴァリエール嬢の使い魔に刻まれたのは確かです」

「ふむ、この記述が確かならその使い魔はガンダールヴの可能性は極めて高いといえるのぅ。して、どのような人物じゃったっけ?」

「……忘れたんですか?」

 

昨夜、重要な案件であったためすぐさま報告をしていたにも関わらず報告した内容を覚えたいいない学院長に呆れながらもコルベールは再び説明をする。

 

「ふむ。異世界の召喚師、英雄であると」

「ええ……」

 

若干疲れつつも学院長に相槌を返すコルベール。

 

「ならば、そのような傑物を召喚したヴァリエール嬢はどのような生徒であった?」

「……座学はトップです。……魔法に関しては……その」

 

落ち零れ、教師としては良識のあるコルベールには言いにくい言葉であった。

魔法至上主義のこのハルケギニアでは生まれもった魔法の才でその人のほとんどの評価が決まってしまう。

コルベール自身はエリートと言って差し支えない才能があったため、その様な差別は受けなかったが教師となり、努力しても報われない生徒を何人も見ていく中でこのハルケギニアの魔法至上主義に疑問を持っていた。

 

(ままならないものですね。教師というものも……)

 

そんなコルベールの心中を知ってか知らずか学院長は言い放った。

 

「落ち零れと言われておると」

「はい」

 

若干苦い顔をして肯定するコルベール。

 

「ならば何故?彼女はガンダールヴを召喚できたのじゃ?」

「それは――」

 

その時、学院長室の扉が勢いよく開かれた。

扉を開けたのは先程退室を促した学院長秘書―ロングビル―であった。

 

「学院長!大変です!」

「何事じゃ」

「決闘です!ヴィストリの広場にて決闘騒ぎが起こってるとの報告がありました。つきましては教師陣より眠りの鐘の使用を求める声も出ております」

「はぁ~……馬鹿馬鹿しい。たかだか子供の喧嘩で学院の秘宝なぞ使えんわい」

 

溜息混じりのその台詞は心底呆れた様子が滲み出ていた。

 

「ところでどこの馬鹿どもが決闘などしておるのじゃ?」

「一人はギーシュ・ド・グラモンです」

「ほう。あの女好きグラモン元帥の息子か。どうせ、いや絶対女がらみじゃな……悪いとこだけは似るもんじゃな。して相手は?」

 

「ミス・ヴァリエールの使い魔の少女です」

「「何ィ!!」」

 

先程まで話題にしていた少女がまさかこの話題でも出るとは思っていなかったのか。学院長、コルベールともにひどく驚いてしまっていた。そんな二人の予想もしていなかった驚き若干引くロングビル。

 

「ミス・ロングビル!」

「は、はい!」

「遠見の鏡の準備を」

「!了解しました」

 

学院長の今から行うことが分かったのか即座に踵を返すロングビル。先程の引いていたのが嘘の様に準備に取り掛かる様はまさにクールビューティであった。

 

学院長、コルベールの二人が見た二人の決闘はまさに圧巻の一言であった。

ナツミに対しなす術なくギーシュは敗北していた。

戦い、決闘、ギーシュが魔法を使ったにも関わらず、コルベールと学園長はそんな言葉を脳裏に浮かべる事が出来なかった。まるで木の棒を持って駄々をこねる子供を、宥める大人を見ているようなそんな錯覚を感じていた。

そう、決闘する二人の間には遠見の水晶越しにも分かる程の力の差が存在していた。

 

「なんじゃ……あの魔力は?スクエアクラスなんてもんじゃないぞい」

「それにあの錬金ですか?あの一瞬見えた剣は……それに体術も並みではないようですね」

 

遠見の鏡越しでも分かる魔力に二人は思わずごくりと生唾を飲み込む。

錬金の様なものは、あまりに剣の出現と消失が速すぎたため、生徒ではナツミが剣を振るった様にしか見えなかったが二人の眼は誤魔化せていなかった。

 

「剣をほとんど使っていない……これではガンダールヴかどうかはわかりませんね……王宮には報告いたしますか?」

「いや、やめておこう。暇な王宮の連中じゃこんな戦力を手に入れてはすぐ戦争を始めるに決まっている。今は静観するのが得策じゃ」

「承知しました。して、ナツミ嬢にはルーンの事を伝えますか」

「それもやめておこう。未だに素性は知れぬし、その力は強大じゃ。様子見が賢明じゃろう。」

「しかし……彼女は……」

 

学院長のナツミを危険視する言葉に反論しようとするコルベール。

 

「我らは貴族の子弟を預かる教師、易々と危険じゃないと判断するには強大な力を持ちすぎておるのじゃよ彼女は……そうであろうコルベール君?」

「確かに……」

 

 

 

「じゃが、わしとしても彼女は優しいいい子にしか見えんがね」

 

そう言いながら笑いながら笑う学院長。

そうですねと、微笑むコルベール。

 

彼らの見る遠見の鏡の向こうには彼女が助けて泣きじゃくっているシエスタと自らの主であるルイズに抱きつかれ困っているナツミの姿が映っていた。

 


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