ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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今回は番外編。シエスタの日常編です。


番外 シエスタの日常

~シエスタの日常~

 

 

「ふわああぁあ」

 

 ベッドと備え付けられた簡素な箪笥のみが置かれた質素な部屋。まだ、朝もやが晴れぬ早朝。その部屋を私室とする一人の少女が目を覚ました。

 彼女の名前はシエスタ。

 トリステイン魔法学院でメイドとして働く、ごく普通の平民の女の子であった。彼女が普通から逸脱したのは二週間ほど前の事、彼女が暮すこのトリステイン王国に隣国の神聖アルビオンが艦隊を引き連れて戦端を開いたのだ。

 シエスタはその時、生まれ故郷であるタルブ村へと帰郷していたが、時期と場所があまりにも悪かった。アルビオンが地上戦力を投下したのはまさにシエスタが帰郷していたタルブの村周辺に広がる草原地帯。

 

 幸い、艦隊はタルブ村からでも分かる程、展開されていたのでシエスタを含む村人達は着の身着のままではあるものの、近くの森へと逃げ込み、人的被害をほぼ出すことは無かった。

 タルブの村を占領したアルビオン軍は、すでにもぬけの殻となった村に火を放ち、破壊の限りを尽くすなど悪辣極まりない行為。遠くから、生まれ暮してきた村を蹂躙される様を村人たちは見る事しか出来なかった。

 とは言え、隠れていれば命を失うことはない、兵士達が居なくなるその時を待てばいい。だが、シエスタにはそれを待っている余裕は無かった。

 友人であるナツミが落としたとみられる綺麗な石が、実家に置いて来てしまっていたからだ。

 シエスタにとってナツミは学院で出来た初めての同年代の大事な友人。そんな友人が落としたかもしれない物をあんな兵士達に奪われて平気な性格をシエスタはしていなかった。

 朝方を狙って、村へ戻り、半壊程度で済んでいた実家へ入り、幸いにも残っていた石を回収。しかし、後は戻るだけというところでシエスタは兵士達に見つかってしまう。

 うら若き少女を見て、下卑た笑いを浮かべる兵士達に、シエスタは最悪の事態を想像し身を硬くし、目を瞑る。しかし彼女の身に危険が訪れることはなかった。

 シエスタを呼ぶ、彼女を助けたいと呼ぶ声が彼女を包む。シエスタは促されるままに、それの名前を呼ぶ。その名はエレキメデス、彼女が初めて召喚し、のちに彼女が最も信頼する召喚獣との最初の出会いであった。

 

 

 

 

 

 そんな事を思い出しながらシエスタは大事そうに、エレキメデスと誓約を交わしたサモナイト石をポケットへ大事そうにしまう。

 実は誓約を交わしたのはエルジンなのだが、記念すべき初めて召喚した召喚獣ということもあり、エルジンに頼み込んで譲り受けたのだ。

 

「さ、今日も働きますか!」

 

 顔を両手で挟むように叩くとシエスタは勢いよく、立ち上がり、メイド服に手早く着替える。

まずは正門の掃除。門はその建物の顔、朝早く掃除をするのは当たり前、シエスタは着替えが終わると元気よく部屋を後にするのだった。

 

 

 

 

「うーんっと!」

 

 伸びをしながら、シエスタは使用人用の食堂へと入る。時刻は十時を過ぎた頃、貴族用の食堂アルヴィーズの食堂で学院の生徒達の食事の後片付けすると、朝御飯の時間もかなり遅い時間になってしまう。

 なのでシエスタの朝食も基本的にこの辺りの時間になってしまうのだ。

 

「あ、シエスタ」

「ナツミちゃん。おはよう、今日は朝御飯遅いね」

 

 どうやら今日は、珍しくナツミがこの時間に食事を取っていたようで、シエスタがちょっぴり驚いた様な声をあげていた。

 

「あははは、ちょっと寝坊しちゃってね~。おかげでルイズ起こすの忘れちゃったよ」

 

 頭に手を当てて笑い飛ばすナツミ。使い魔というか対外的に従者となっているナツミが寝坊で主人を起こし忘れるなど有ってはならない。とちょっと前のシエスタなら、そう考えて顔を青褪めさせただろうが、最近は毎晩の様に召喚術の講義をルイズと一緒に聞いているので、ルイズとナツミの関係を知っているので苦笑する程度で収まる。

 

「あはは……ミス・ヴァリエールならあんまり怒らないと思うけど、授業があるからちゃんと起こしてあげないと可哀そうだよ」

「……ははは、かなーり慌てて走って行ったなぁ~。朝御飯食べられなかったかもね」

 

 その時の様子を思い出したのか、ナツミは遠い目をする。

 

「もうしょうがないなぁナツミちゃんは、サンドイッチでも作るから休み時間にでも持っていけば?」

「そうだねってかあたしが作るよ。遅刻させた責任はあたしにあるんだしね」

「じゃあ、一緒に作ろうか」

「うん、シエスタがご飯食べてからでいいよ。授業も始まったばかりだろうしね」

 

 そう言ってナツミは食べ終わった食器を厨房にまで持って行った。

 二人で作ったサンドイッチはその後、教室で話題になる程美味しかったという。リプレ直伝のナツミの料理侮りがたし。

 

 

 

 

 休憩を兼ねたシエスタの食事も終わり、シエスタは次の仕事に取り掛かる。

 今日のシエスタの仕事は後は学院の掃除と夕食の給仕の二つ。だが、たかが二つと侮るなかれ百人を超える人間が寝泊まりし、働き、学ぶ学院は掃除する場所には事欠かない。学生が居ないこの時間帯なら寮や食堂を、学生が寮に戻れば学院の教育施設を掃除しなければならない。

 

「さぁ仕事にも戻ろ!」

 

 彼女の働いた分が実家への仕送りに回るのだ。弟、妹を下に多く持つシエスタにとって、実家の生活を自分が一部とはいえ支えているのは大きな励みなのだ。

 それに最近は仲の良い友達も出来た。それがシエスタのやる気をより引き出していた。

 

 

 

 

 

 今日の分を仕事を何とかこなし、夕食を終えたシエスタは少し気だるげな疲労感に包まれながら、アウストリの広場へと足を運んでいた。ゼロ戦が運び込まれ、毎夜の如くそれを研究するエルジンとコルベールの不気味な笑い声が響き、血の色をした不気味なゴーレム(エスガルドです)が闊歩するそこは、昼間はともかく夜間は決して誰も近づかない恐怖スポットへと成り果てていた。

 特にガソリンが放つ嗅ぎ慣れない臭いを貴族達が嫌がっている様であった。

 

 そんなわけで夜間のアウストリの広場は、ルイズ達の魔法の練習に丁度いい場所なので、有効活用させてもらっていたのだ。それにエスガルドが様子を覗き見る輩の監視をしてくれるのも心強い。

 

 

「あ、シエスタ仕事終わったの?」

「うん。やっと終わったよ」

 

 シエスタを見つけたナツミが嬉しそうに手を振る。

 その前にはソルとその話を聞くタバサとルイズの姿があった。

 

「じゃあ、シエスタの方は今日はあたしが見るね」

「ああ、変な事教えるなよ。後、お前の常識が世界の常識だと思うな」

「?分かった」

 

 ソルの忠告をまるで分かってないのか、ナツミが形だけの返事をする。そもそもエルゴの王である時点で、彼女はありとあらゆる召喚師を凌駕する規格外だし、元々召喚術の無い世界の出身。どれが召喚術の常識か理解していない。

 

「今日はソルに全属性のサモナイト石を持って来てもらったからね。これでシエスタの召喚適性をちゃんと調べてみようか。というかそれしかやるなって言われたんだよね……なんでだろ」

 

 まるで分かってないナツミは首を傾げて考え込んでいたが、生来の楽観的な性格ゆえそれも長くは続かない。

 

「ま、いっか。じゃあサモナイト石がどう感応するか確認するために機属性からね。はい」

 

 ナツミは黒いサモナイト石を手に取ると、シエスタへ渡す。

 シエスタは自分が持つ誓約済みのそれと同じ機属性のそれを両手で大切そうに受け取った。まだまだ未知の力を使う事に感動が付いて回るのだろう。その瞳はきらきらと輝いている。

 

「わぁぁ光った……」

 

 まだ魔力をろくに込めていないのに機属性のサモナイト石は淡く光り出す。魔力を込めてもいないのにこの反応、シエスタの機属性へと相性が高いのを裏付ける現象であった。それがどういうものかナツミにはよく理解できず、そんなもんかと一人考えると、次のサモナイト石をシエスタへと渡す。

 鬼属性、霊属性と続けてシエスタはナツミから受け取るが、反応を示すことはなかった。

 

「光らないね」

「まぁ相性があるから」

 

 しょんぼりするシエスタを慰めながら、ナツミは最後のサモナイト石である獣属性のサモナイト石をシエスタへと渡す。

 

「普通は得意属性の一つだけが反応するみたいだよ。例外があるらしいけど」

 

 長らく経験を積んだ召喚師の中にはナツミが言った例もあった。

 また二、三種類の召喚術を使えるものはB、Cランクの召喚術を使えるのが精々と言ったところで高位の召喚術を使えるものは少ない。

 その少ない数少ない例がソルであった。彼はSランクの霊属性とAランクの機属性を使いこなす例外だ。とは言ってもそんな彼も長らく経験を積んでその域に達したのだ。

 まだまだ召喚師として未熟な彼女がAランクの機属性を使えるだけで脅威的、流石に複数をいきなり使えるなどとは……。

 

「あ、光った」

「え?嘘」

 

 驚くナツミがシエスタの掌に乗ったサモナイト石を見ると、獣属性を示す淡い緑色の光を放っている。

 

「あれ~?召喚師になったばかりだと複数のサモナイト石が感応しないんじゃなかったけ?」

 

 サモナイト石にはそれぞれ相性が合って、感応しないものもあるというのを教えるついでに全属性のサモナイト石を順に渡したはずなのに何故かシエスタは機、獣属性に感応していた。数少ない召喚術の知識からナツミがその答えを導こうと頭を捻る。

 

「まぁいいや」

「よくない」

 

 笑顔で疑問をスルーするナツミにいつのまにか背後に付いていたソルが突っ込みを入れる。

 

「一言で済ますなよナツミ」

「じゃあソルには理由が分かんの?」

「……分からんがシエスタにはかなりの才能があるってこと位は言えるだろ?」

「ホントですか!?」

「ああ、でも力をちゃんと使うには修行しないといけないぞ」

 

 才能があると言う言葉が嬉しかったのかその場で飛び上がる勢いで喜びを表すシエスタ。ソルはそれに苦笑しながらも、釘を刺しておくことは忘れない。

 

「はい!あ、獣属性って事はあたしもワイバーンが使えるんですか?」

「うーん…どこまで高いランク召喚術を使えるかは成長次第だからな。なんとも言えない……が召喚術を学んだばかりですでに二属性に目覚めているからな。経験上、機属性に関してはSランクまで、獣属性は少なくともAランクまで使えるようになる可能性が高い、とは言え獣属性はサモナイト石の反応からまだCランクだろうな」

「わあああ」

「……うわぁ」

「……」

 

 シエスタがナツミとそれぞれのワイバーンで大空を飛ぶのに期待に胸を膨らませる。

 そしてその大分後ろで、ルイズとタバサが青い顔をしていた。あんな化け物が二頭もこの世界に呼ばれる……想像するだけで末恐ろしい。

 

 

 

 

 

「じゃあ今日はこの辺にしておこうか」

 

 ナツミの一言で今日の召喚術講座はお開きとなり、使用人用の風呂―サウナ―でナツミと二人で汗を流し、シエスタは私室へと戻ってきていた。

 

「ふぅ」

 

 息を吐きながらベッドへと腰かけるシエスタには不思議と疲れの色は無い。

 楽しいことをしていれば疲れなど感じない―と言うわけではなく、ナツミが風呂あがりに回復系の召喚術をシエスタに行使しその疲れを癒していたのだ。メイドの仕事をこなして召喚術の制御を学ぶのは中々に堪える。

 召喚術による回復の効果は絶大で今のシエスタは疲れを一切感じないまでになっていた。

 

「さぁ明日もがんばろ」

 

 忙しく休まる暇は少なくなっていたが、今の彼女は親友と言える友ができた。

 そして自分にはその無二の友と同じ力がある。なにやら大きな事に巻き込まれつつある彼女を助ける力があることがなによりもシエスタは嬉しいのだ。

 

 寝巻に着替えシエスタはベッドへと体を横たえた。

 今日の終わりだ。

 

「おやすみなさい」

 

 

 

 これがメイド……いやメイド召喚師シエスタのちょっと変わった日常。

 

 




他の人の番外編も考え中です。
例えばウェールズのリィンバウム逗留期とか。


そろそろ書き溜めた分が底を尽きそうです(泣)

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