ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第二話 ハルケギニアの忍者娘

 トリステイン魔法学院に在籍するほぼ全てと言っていい学生達の表情という表情は喜びに満ち満ちていた。それもそのはず、今日はトリステイン魔法学院の二か月半にも及ぶ夏季休暇を控えた学生がいそいそと帰省や旅行の準備に勤しんでいたのだから、長期休暇が楽しみという感情は何処も同じと言うことであろう。

 そしてそれは何も学生だけの喜びではない。

 

「シエスタ、居る?」

 

ナツミはシエスタの部屋の扉を彼女の名前を呼びながらノックする。

 

「どうぞ~ナツミちゃん」

「は~い。お邪魔するね」

 

 シエスタの返事を聞きながら、ナツミが彼女の部屋に入るとシエスタはちょうど荷造りの最中であった。

 殆どの学生が出払うのに比例して学院で働く使用人の仕事も激減する。そのため使用人の多くが一か月位の休暇を交代でとるのだ。そしてシエスタが夏休み前半の休暇を貰い明日からの帰省に備えて準備をしていたのだ。

 

「明日の確認なんだけど……朝食を食べてからシエスタの村に行くってことでいいんだよね」

 

 ナツミはシエスタに誘われて、彼女の実家に一週間ほど泊まらせてもらい、その後ルイズの実家に向かうという予定を組んでいた。

 最初からルイズと一緒にルイズの実家に帰ってもよかったのだが、何か月ぶりの家族との再会……もう自分ではそんな機会がない為、家族水入らずで過ごしてもらいたい。そんな思いで一週間ずらすことにしたのだ。

 それにいまだ先の戦の傷跡が残るタルブ村、領主も亡くなった為、復興作業もままならないと聞いていたのでその手伝いもしたいという気持ちもナツミにはあった。

木々の伐採と運搬。ワイバーンの力を借りれればそれこそ人間何百人分の働きをしてくれるだろう。

 

「うん。ミス・ヴァリエールがいつも起きるタイミングでいいよ。その方がいつもどおりご飯の準備ができるから」

「分かった。ご飯作ってもらうお礼にワイバーンでタルブ村まで送るね」

「ありがとうナツミちゃん」

 

 にっこりと笑ってシエスタはお礼を言う。その直後、いかにも今思い出したとばかりに、首を傾げた。

 

「あ、そういえばアカネちゃんはどうしてるかなぁ~」

「アカネの事だから、元気にやってるとは思うけど……粗相してないかな」

 

 ナツミも人の事をどうこう言えた義理ではないが、アカネはナツミの楽観的な部分をさらに特化させたような性格、人見知りもしないし、目に付く人に喧嘩を売って歩くような人物ではないが……。

 忍者という職業(?)にも関わらず目上の人の態度が全く持ってなってない敬語こそ使うだろうが、友達感覚でアンリエッタに接していても不思議ではない。マザリーニやアンリエッタはその辺を理解してくれているだろうが、王宮で働くその他の貴族たちがそれを分かる訳も無い。

 故に要らぬ敵を作ってしまう可能性は大いにあった。

 そこまで考えた結果……ナツミは。

 

「なんか心配になってきた」

 

 と不安極まりない台詞をぼそっと呟いた。

 

 

 

 アカネが王宮で働き出して、つまり女王誘拐事件より、二週間近くが経過していた。ナツミとそっくりの楽天的な性格、そして面倒くさがりな彼女が果たして王宮のメイド達の間で働けるかのかというと。

 

「女王様~お掃除終わりましたよ~」

「食事です」

「おはようございます」

 

 ナツミの心配とは裏腹に意外な事に全てそつなくこなしていた。料理こそ忍者食や薬物といった危険極まりないもを作り出すが、忍者故に高い毒物耐性を持つ彼女は食事の毒味をすることができた……とは言ってもトライアングルメイジのアンリエッタはディテクトマジックも当然使えるので必要が無かったが。

 それ以外は特に問題は無い。そもそも忍者ということでありとあらゆる場所に溶け込めるように訓練は欠かしていなかったのだ。というか欠かすと師匠たるシオンにひどい目にあわされる。

 そんな訳で、女王専属とはいえ人一倍の仕事を一人でこなすアカネは瞬く間に王宮で働く平民達の間で人気者になっていた。

それがアカネ(シオン発案)の策でもあった。いつの時代、どこの場所でも、人が人と触れ合う限り、良い悪いに関わらず噂と言うものは流れるものだ。そしてそういったものに一番耳にするのが王宮で働く平民達なのだ。

 もちろんただの噂に過ぎない例も多々あるが、火の無いところに煙は立たない。

 

「最近、トリスタニアにアルビオン訛りを話す人が増えた」

「何人かの貴族が何処かへ出かけたらしい」

「アルビオンが火竜補充のために火竜山脈へ向かったらしい」

「巨大なワイバーンがトロール鬼を木端微塵にしたらしい」

 

 一部ナツミ達が関わってることもあったが、この中で早急に調査しなければならない案件があった。

 アルビオン訛りの者が増えた事と、貴族が何処かへ出かけたという件であった。

 もちろん貴族とて人間、どこかへ出かける事なぞそれこそ腐るほどある。がアルビオン訛りの者が増えたという件と絡ませると、途端に疑念を抱かざる負えなくなる。アルビオンから来た商人の可能性もあるが、先日のアンリエッタの誘拐事件もある。

 マザリーニとソル、シオンの見解ではタルブ村での大敗で戦力を大きく失った神聖アルビオンは、戦力が回復するまでトリステイン国内で扇動等の内部工作を行い、治安を悪化させることで国力を低下させ、時間を稼ぐ作戦をとるであろうと言うことであった。

 ならば、手っ取り早いのがトリステイン貴族をレコンキスタ側に抱き込むことであった。

 女王誘拐事件もある人物が王宮から出る際に、すぐ戻るのを理由に閂をするなと命令をしていた。そして、その数分後にその時、閂をしていないのを知っているかのように賊が侵入したのだ。その賊達の中でで唯一の生きた人間であり捕縛した水のスクエアメイジを尋問して手引きした人間を探そうとしたものの、何者かに食事に毒を盛られ次の日には殺されてしまった。これは城内にレコンキスタ側の人間が居る事を決定づける出来事だった。

 ただ、気になるのは城内に反乱分子が居る事を知られる危険を冒してまで下手人を殺したのか、頭が回らない阿呆なのか、はたまた下手人が極めて重要な情報を有していたのか分からない事だった。

 

「あーあ。捕まえた時にさっさと吐かせておけばこんなことにはならなかったのになぁ~」

 

 誘拐事件の当日に神聖アルビオンが事件を起こしたと言うことは、アカネ自身が偽ウェールズから聞き出しただけに悔しさも一塩だ。

 もう少し手加減しておけばありったけの情報を聞き出せたのにアルビオンが絡んでるところまで聞いて満足して気絶させてしまったのが悔やまれた。とは言っても両手の指が全て折られ爪も剥がされているという燦燦たる有様だったのだが……これ以上の情報を聞くのにアカネは何をするのであろう?出来れば知りたくない。

 

「……アカネは私と一緒に暮らすのは嫌ですか?」

「へ?あ、いやいや、そ、そんな事はないですよ!?」

 

 アカネとうんざりとした言葉に、アンリエッタが悲しそうな声をあげる。歳が同じ位で自分の身分をほとんど意識しないアカネとの生活を不謹慎とは思いつつも楽しんでいただけにアカネの台詞が自分との生活を嫌がってるように聞こえたのだ。

 

「女王様と暮らすのは全然いいんですけど、貴族連中の会話聞いてると国民の事を考えている人なんてほとんどいないのが頭にくるんですよね」

「そんなに酷いんですか」

「ええ、民なんて代えの利く道具みたいに考えていますよ。それに……」

 

 そこまで言ってアカネがアンリエッタの顔を見て口ごもる。

 

「……一番嘆かわしいのは、彼らがアルビオンと関わりがなさそうなことですか?」

 

 アカネがアンリエッタの手前、言いづらかった言葉をアンリエッタ自身で続けた。

 アカネはいつもは快活な表情とは裏腹に暗く曇った表情をしながらもアンリエッタの言葉に首肯する。王宮内に裏切り者は確実にいる……だがそれ以上に自らの私腹を肥やすことのみを考えている貴族もそれ以上にいることがアカネの諜報活動で分かったのだ。そういう輩こそ金の為に祖国を裏切りやすいということで、いちいち調べているのだがどいつもこいつも白。しかも大小の違いこそあれ、かなりの貴族がそんな連中ばかりなのだ。

 潜在的に裏切っている可能性が否定できない為、わざわざ調査を行わねばならず、それが諜報活動の足を引っ張っていた。

 

「なはは……はぁ、そうなんですよ……まともな人はどうやら僻地とかに飛ばされちゃってるみたいですね」

「そうですか……話は変わりますが、閂を占めるなと命令した者は誰かわかりましたか?」

「ええ、高等法院長のリッシュモンという男ですね……とは言っても証拠がありませんし、偶然と言われればそれまでです」

「それ以上は調べられませんか?」

「難しいですね、あたしは女王様の護衛も兼ねてますから、王宮から離れての調査は……」

 

 王宮内であればアンリエッタにもしものことがあっても瞬時に駆けつける自信をアカネは持っていたが、流石にそれもあくまで王宮内(・・・)が限界。王宮内で不正をしている貴族達の証拠はいくらでも手に入れられるが、真に裏切っている者は王宮内でボロを出す程、愚かではないようであった。

 二人が、調査が行き詰りかけたことに頭を抱えてようとすると、二人以外の声がアンリエッタの私室に響き渡った。

 

「私に任せてもらえますか?」

 

 言葉と共に音も無く、一人の青年がアカネの背後に現れた。

 

「うわぁ!!って師匠ぉ?」

「し、シオンさん?」

 

 青年の正体はアカネの忍術の師、シオン。

 思いもしなかった人物の突然の登場に大げさな二人は驚いた。

 

「ふふ、おどかしてしまいましたね」

「け、警備の者が居たはずですが?」

 

 知り合いだけに警戒こそしなかったが、王宮の警備は女王誘拐事件以後、王宮の警備は以前とは比べ物にならない程強化されているにも関わらず最も侵入が困難なはずの女王の部屋へ何の騒ぎも起こさずに現れたことにアンリエッタは驚きを隠せないでいた。

 

「ええ、中々に練度が高くて苦労しましたよ」

 

 にこにこしゃべるその様子からは言うほどの苦労は感じ取れない。シオンはそのままにこにことしながら滑らか過ぎる動作で弟子たるアカネの頭部に拳骨を叩き込む。

 

「痛いっ!し、師匠なにするんですか!?いきなり」

「やれやれ……まだまだ未熟ですねアカネさん。いきなり女王様の部屋に侵入者が現れた時、誰が女王様の身の安全を確保するのですか?」

「うっ」

 

 抗議するアカネに、口元の微笑みはそのままに、糸目のみを開ける。その口から放たれる正論過ぎる言葉に思わず口ごもる。

 

「で、でも師匠相手じゃ感知するのは難しいですよ!」

「……ふむ、アカネさんの言うことにも一理ありますね」

「でしょ!」

「しかし、その後の対応が悪いですね。あの時、貴女がするべき対応は即座に女王様の傍に移って、侵入者である私に備えるべきでしたね」

「……はい」

 

 これまた正論で論破されるアカネ。とはいえ、この世界で王宮の警備を突破しさらに彼女自身の警戒網に引っかからない者など極々少数であろうが。

 

「あ、あのその位で……アカネはいつもよくしてくれています。私の話し相手にもなってくれますし、まるでお友達のように気兼ねなく接してくれて、その、すごく助かっています!」

 

 アカネ自身の意思ではなく、アンリエッタの都合で侍女として警備として傍に居てくれるアカネが責められていることに居たたまれなくなったアンリエッタがアカネを擁護する。

 アカネは気付いてはいなかったが、信用する者が居なくなった王宮で女王とはいえ年端もいかぬ少女であるアンリエッタにとってそれは酷いストレスであった。その中で、隠し事も立場も関係ないアカネとの生活は日々に余裕を持たせていた。それにアカネが話す異世界の話、召喚獣の事、ナツミとの出会いや、魔王との戦い、師匠への愚痴はアンリエッタの楽しみでもあった。

 アカネの話を聞いて笑ったり、驚いたり、ちょっぴり怖がったりするのは戦時で慌ただしい政務を唯一忘れさせてくれていたのだから。

 

「ふむ。女王様がそこまで言われてはこれ以上は怒れませんね。……アカネさん、この王宮で女王様が絶対に味方だと言えるのは枢機卿と貴女だけなのです……それだけ忘れないで下さいね」

 

 後半はアカネの卓越した聴覚だけに聞こえる様に呟くシオン。それに気付き、アカネはいつになく真剣な表情で頷くのであった。

 アンリエッタはそんなアカネを不思議そうに首を傾げて眺めていた。

 




サモンナイト2の戦闘BGMは恰好良いです。

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