ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十一話 ディスペル・マジック

 

 ナツミ達が縦横無尽に戦場を走り、敵メイジ達を次々に打ち取っていく。敵側も連携をとって対抗するが、神出鬼没の速さを持つアカネと、アカネよりはスピードは劣るもののトライアングルクラスの魔法すら無効化するナツミに手を焼いていた。

 とはいえ、それでも物量の差は明らかだ。徐々に敵側はナツミ達を包囲しつつあった。

 そんな状況に一人の少女が動く、自分の村を焼いて、この国の女王を誘拐し、そして今は大事な友人を傷つけようとしている連中に普段は温和なシエスタも怒りを覚えていた。

 そしてシエスタは感情のままに己が相棒を呼ぶ。

 

「……エレキ……っ!」

 

『召喚獣は決して無理矢理言うことを聞かせる道具じゃないよ。心を通わせて力を借りる。それを忘れないでシエスタ』

 

 ふいに友―ナツミ―がシエスタに教えてくれた召喚師として最も基本的で、そしてリィンバウムの召喚師の多くが忘れているという大事な事が脳裏を過る。

 

「そっかこんな風に召喚獣を使っちゃいけないだったよね」

 

 ナツミの言葉を思い出し冷静さを取り戻したシエスタが再び召喚獣を呼ぶために魔力を込める。

 願うは一つ。

 

「お願い……力を貸して……エレキメデス!!!」

 

 雷光が辺りを白く染め、青い機体がハルケギニアに現れる。

 

「えっ?」

 

 ただのメイドがしたことに呆けるキュルケを尻目にエレキメデスが召喚主の意を汲み、光速の雷槍を敵へと突き立てる。ナツミ、アカネの手が回らないメイジ達を次から次へとエレキメデスは機械ならではの正確さを持って命中させていく。電撃に触れた敵は弾かれた様に吹き飛んで行く。黒焦げになって転がる彼らを見るに戦闘力が残っている様には見えない。

 接近、遠距離、防御と三位一体となったナツミ達に敵は(ことごと)く屠られていく。

 相手が偽ウェールズだけになるのにさほどの時間がかからなかった。

 

「さぁ、もうあんただけだよ。王子様に化けて女王様を攫って、人質にするなんて……ただで済むと思ってる?」

 

 過去に自身の息子たちですら、道具扱いした外道を知っているが故に、ナツミはこの手の輩には強い嫌悪を抱いていた。

 

 

「……」

「なんか言ったらどう?」

 

 相手は何故か血の滴る腕を押さえ、俯いている。

 

「クッヒヒヒ……愚か者が!!!その程度でクロムウェル様から預かった虚無の兵がやられるかぁ!お前ら!いつまで寝てるぅ!早くそいつらを始末してアンリエッタを奪い返せ!」

 

 偽ウェールズは顔が歪む程不気味に笑い、倒れていたはずの仲間達に指示を飛ばす。

 

「なっ?」

「ええ!」

 

 アカネとナツミが驚く中、むくりむくりとメイジ達が起き上がる。あきらかに腕や脚が折れているにも関わらず、メイジ達には痛みを感じていないのか、先と動きが変わらない。

 そればかりか……。

 

「さらに起き上がれ!トリステイン魔法衛士隊の諸君!!我に預けられし虚無に(かしづ)き、そいつらを殺せぇ!」

 

 偽ウェールズの声と共に紫の光が彼の腕から放射され、死んでいたはずの魔法衛士隊の面々が体の欠損そのままに起き上がる。

 

「なっ!?ナツミ!あいつの持っているのは!」

「っ!?あれは……魅魔の宝玉の欠片!!」

 

 偽ウェールズの右手には召喚適性を持たぬ人間でも悪魔を自由に召喚し使役できる秘宝、魅魔の宝玉の欠片が握られていた。欠片となり、上級悪魔を召喚する力こそ失っているものの、低級の悪魔を召喚するのは容易い代物。

 偽ウェールズは低級の悪魔を複数召喚し、魔法衛士隊の死体に取り憑かせ、ゾンビとして使役していた。

 そして先のメイジ達も同様なのか、怪我を意に介さず不気味に動いている。その数は魔法衛士隊の面々も入れて先の倍近く。さすがのナツミもアンリエッタや気絶している魔法衛士隊を庇いながら戦うのは少々面倒であった。

 数もそうだが、ドット、ラインスペルと詠唱が短いスペルの波状攻撃で防戦一方というのは少々不味し何より切ったり突いたりはもちろんのこと電撃を浴びてなおゾンビどもはナツミ達へ攻撃を行ってくる。

 

「大きいのを使ってもいいんだけど……」

「万が一生きてる奴がいると不味いぞ」

 

 先のソルの召喚術で瀕死の状態から回復し、気絶している者がまだいるかもしれない現状でナツミの馬鹿魔力を使えば下手をしなくても死なせてしまう。どころかここら一帯が焦土と化してしまう。

 やるなら一人一人、地道に戦闘ができない程の損壊を与えねばならない。ナツミが魔力の障壁で敵の攻撃をいなしながら、歯噛みしていると、視界の端に火炎の華が咲いた。

 

「やった!炎よ!炎が効くわ!」

 

 キュルケのフレイム・ボールを受けたゾンビが完全に燃え尽き遂にその活動を停止させる。

 

「なるほどな!ナツミ!」

「分かってるわ!」

 

 二人は互いに頷き合うと召喚術を即座に構築する。低位に属するそれらは二人の力量からすれば、わずか数瞬でその作業は完了する。

 

「来い!プチデビル」

「おいで、フレイムナイト!」

 

「イビルファイア!!」

「ジップフレイム!!」

 

それぞれ霊界(サプレス)機界(ロレイラル)に属する召喚術が主に指示された標的を焼き尽くす。

 流石のゾンビも体そのものを失ってはもはや動くことも叶わない。

 

「よしっ!これならいけるわね!」

 

 これなら攻撃をソルとキュルケ、ナツミの三人が、そして防御をタバサとシエスタが担当し、サポートをアカネが行えば負ける要素は無くなった。勢いに乗った一行はそのまま相手を殲滅せんと活気づく。

 だが、無情にも天候はナツミ達の味方をしなかった。

 

「んっ?」

「雨……」

 

 ぽつりぽつりと降る雨はほとんど間を置かずに本降りへと移行する。痛いほどの雨が大地を叩き、それを見た偽ウェールズの男が大笑いする。

 

 

「くっはっはははあはははっはは!!!見ろ!自然すら私の味方をするのだ!!虚無を預かった私を讃えているのだ!!水よ!!」

 

 偽ウェールズが杖を振るうと地面に溜まった大量の水がゾンビどもの体の表面を覆い尽くす。

 

「不味いわ」

「うん」

 

 ルイズとタバサがそれを見て顔を曇らせる。

 フェイス・チェンジを使っていたことで偽ウェールズが水のスクエアだとは分かっていたが、この雨がこの上なく厄介だった。

 水のメイジの弱点は水を空気中から集めて魔法を使用するため乾燥した空気下では十分な力を発揮できない事なのだが、大量の水が周囲に溢れた現状では弾薬庫を背負ったガンマン。そして水の膜に包まれたゾンビは……。

 

「くっ、水で炎が届かない」

 

 低位の召喚術の炎、キュルケの炎は水の膜に遮られ、決定打を与えられない。それどころかエレキメデスの電撃も味方を感電させてしまう可能性があるので使えない。

 

「ど、どうしよう?」

 

 魔力は高いが汎用性に乏しい召喚術、および虚無しか使えないルイズは何も出来ず歯噛みしている。やっと足手まといにならずナツミを助けられると思っていたのに蓋を開けてみればこれだ。自分には気絶しているアンリエッタを抱くことしか出来ない。

 彼女の頬を濡らすのは今や涙だけではない。

 

「あーもう、面倒くさいなぁ!」

「……こうなれば」

 

 ナツミが防戦一方であることにストレスを感じて大声でそれを発散すると、脇で様子を見ていたアカネの姿が掻き消える。

 

「首級貰った!」

「っ馬鹿め!」

 

 サルトビの術で再び偽ウェールズの背後を取ったアカネだったが、水槍が地面から生えて彼女を串刺しにする。

 

「あっちゃーやっぱ二番煎じは通じないか~」

 

 串刺しにされたと思ったアカネは先と同じく唐突にナツミの脇に現れる。空蝉の術。串刺しにされたのはアカネの身代わりの丸太であった。

 やはりなんだかんだ言って、アンリエッタの誘拐を任されただけあり、実戦の経験は豊富、なのだろう。アカネの言う通り二番煎じの手はなんなく防がれる。

 

「くっ面倒ね……」

「ああ、魅魔の宝玉で召喚された悪魔に憑かれた死体はともかく、アンドバリの指輪で蘇ったっぽいやつは再生力が高すぎる」

 

 魅魔の宝玉で呼ばれた低級悪魔を憑依されたゾンビはまだ四肢を欠損させれば動きが悪くなるが、アルビオンからアンリエッタを誘拐に来た連中は偽ウェールズ以外はアンドバリの指輪の効果で切ったり突いたりはもちろん雷撃のダメージでさえ瞬く間に修復するので余計に厄介であった。

 しかも知性も生前変わらないのか、ゾンビどもを楯にしてこちらに攻撃を仕掛けてくる戦法まで取り始めた。

 

「あ、あーあー思い出したぁ!」

「なによデルフ?今は立て込んでるだけどっ」

「つれねぇ事を言うなよ相棒?まぁ聞けや、あのなゾンビどもはともかく、アルビオンのメイジどもはありゃ先住の魔法で動いてやがるな」

「は?センジュウ?なにそれ」

「んにゃ相棒今は気にすんな、後から話す。おい娘っ子」

 

 デルフは半分以上理解していないナツミをとりあえず放っておき、俯くルイズへと声をかける。

 

「なによボロ剣」

「なぁに拗ねてんだよ」

「拗ねてないわよ!」

 

 せっかく虚無の系統を使える事がわかったにも関わらず、前と変わらず対して役に立てないと落ち込んでいた自身をからかうような言葉にルイズは怒鳴りながら返事を返す。自覚しているだけにそれはルイズにとって許しがたい言葉だったのだろう。

 

「そんだけ元気ならいいな。おいブリミルの祈祷書の捲れ」

 

 そんなルイズに表情というようなものがあったなら苦笑してたであろう声色でデルフは助け船を出す。

 

「え」

「呆けてねぇでページを捲れ。おめぇの御先祖様はちゃんとあいつらに対策をきっちり用意しているはずだ」

 

 デルフの言葉の意味を理解したのかルイズは祈祷書を取り出すマントで雨に濡れないように苦労しながらも、一心不乱にページをペラペラと捲る。エクスプロージョンの次のページに相変わらず真っ白であったがページを更に捲っていくと文字が綴られたページに行きついた。

 

「ディスペル・マジック?」

「そいつは『解呪』の魔法だ。ゾンビどもには効かんだろうが、先住の魔法で動く奴らなら一発だ。さっさと唱えな!相棒、分かってるよな?」

「分かってるわよ!」

 

 主の長い詠唱時間を稼ぐためだけに特化した主の楯、神の楯。

 デルフの言葉に自分の役割を即座に理解すると、ルイズの目の前で両手の剣を構え、攻撃に備える。

 ルイズの瞳が焦点が合わない瞳となり、謳う様に詠唱を始めた。

 溢れる魔力がルイズの中で渦巻きうねりとなる古の時を越え太古のルーンが次々と口から流れ出す。

 

「貴様ら何をやっている!さっさと女王を取り返せ!」

 

 ルイズの様子から只ならぬ何かを感じ取ったのか、偽ウェールズは檄を飛ばす。

 召喚主の意思を汲んで低級悪魔達は憑依した哀れな死体を用いてルイズを攻撃しようとするが、防御に注力するナツミの防御は上位の悪魔でさえ突破するのは難しく、彼ら下位の悪魔達が正面から突破することは叶わない。

 そうこうしている間にルイズの詠唱が終わる。自分の詠唱を守ってくれたナツミにルイズは一つ微笑むと、きっと眼前の敵を睨みつけ詠唱を終えたディスペル・マジックを叩き込んだ。

 

 

 

 

 アンリエッタがぼんやりと意識を覚醒させると、まずいつも使っている枕とは違う柔らかく温かい感触を頭の後ろに感じていた。

 

「んっ私は……」

「姫様!」

 

 意識が徐々にはっきりし、言葉を漏らすアンリエッタの目の一杯に幼き頃からの友人の姿が飛び込んできた。

 

「ルイズ?………はっそういえば私は!」

 

 気絶するまでの瞬間を思い出したのかアンリエッタは焦った声をあげ周りを見渡した。いつもの見慣れた私室ではない屋外、そして雨が降ったのか濡れた地面。

 そして幾つもの骸が転がっていた。その骸達の中に王宮を守護する魔法騎士隊の面々の姿を見てアンリエッタは身震いする。

 そんなアンリエッタを安心させるように、アンリエッタに膝枕していたルイズがアンリエッタの腕に自分の腕を乗せた。

 

「姫様、もう大丈夫ですよ」

「えっ?」

「ナツミ達が不届き者を倒してくれました」

 

 ほらっとルイズが指さす先には杖を奪われ、体に縄をぐるぐるに巻かれた偽ウェールズが地面に臥している。アンリエッタからは見えなかったがその両手の指は、アカネの尋問によりすでにすべてへし折られていたりする。

 生きた人間はどうやらこいつだけだったようで、クロムウェル曰く虚無の力で蘇ったメイジを率いてアンリエッタの誘拐をするように指示されたとだけ聞きだしたら痛みのあまりに気絶したようであった。

 

「そうですか……」

 

 ルイズから事の顛末を聞き、アンリエッタの瞳に強い光が宿った。

 どうやら、ウェールズの姿を模されたことが余程、腹に据えかねたのだろう。

アンリエッタが空を仰ぎ見ると、さきまで雨が降っていたのが嘘のように雲が晴れ、宝石箱の様な星々が瞬いていた。

それが今後のトリステインを暗示していることをアンリエッタは強く願った。

 

 

 

 第四章  了

 

 

 




第四章 終わり。
次から五章が始まります。

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