ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十話 夜半の追撃

 

 

「ワイバーン!!」

 

 手近な窓から顔を出しナツミはワイバーンを塔の外へ召喚すると、ルイズの小脇に抱えて飛び降りる。

 

「ナ、ナツミ。ちょ、待っ……」

 

 何をするか分かっているし、安全なのも承知しているが、流石に何十メートルもある場所だ。ルイズとしては少し位、心の準備位させてもらいたいところであったが、それを意を汲むほど今のナツミに余裕は無い。

 

「きゃあああああああ!!!」

 

 夜空に少女の叫びが響き渡る。所謂コードレスバンジー、内臓がせり上がる感覚にルイズの肝は完全に竦みあがり、満足に呼吸する余裕さえ無くなる。

 

「あああああああああっとおおおお」

 

 永久に続くかと思った自由落下運動は唐突に終わりを迎え、ナツミがあらかじめ召喚していたワイバーンの背に無事に着地(地?)する。ナツミが体をばねを用いたためルイズは思ったよりも軽い衝撃だけで済んでいた。

 だが、それはあくまで体の衝撃、心はハゲるかもしれないほどの衝撃を受けていた。ルイズは大粒の涙を浮かべて、己が使い魔に抗議の声をあげる。

 

「ナ、ナツミ!あんたはいつも「「きゃああああああああああ」」ん?、ふぶぅ!?」

 

 ぶんぶんとナツミの襟首を掴んで上下に揺すっていたルイズが突然、上から降ってきた何かに潰された。

 

「ルイズ!!?」

「いたたたた……良かったわ~うまく落ちれて」

 

 ルイズを尻に敷いて、腰を撫でているのは褐色の肌を持ちナツミ達とは同年代とは思えぬ程のグラマラスな肉体を持つ少女キュルケであった。

 

「キュルケ!?」

「怖かった~」

「シエスタ?それにタバサも!」

 

 目の前に落ちてきたキュルケばかりに目を奪われていたが、聞きなれた声がした方にナツミが視線を送ると、そこにはシエスタそれにその脇にタバサがちょこんと座っている。

 

「どうして……」

「学院長室の話を聞いちゃってね」

 

 ナツミの問いに、頭を掻きながらばつが悪そうにキュルケは答えた。

 

「聞いちゃってね。じゃ、ない、わよおおおおお!!」

「きゃあ!」

 

 キュルケの尻に敷かれていたルイズがキュルケを跳ね飛ばす勢いで起き上がる。

 

「あ、あんた分かってんの!?これは遊びじゃないのよ。さっきの話を聞いたなら分かるでしょ?相手は王宮の守りを突破できるだけの力を持ってる。……危険すぎるわ」

 

 

 

 

「だからに決まってるでしょ?力を貸したげるわよ」

「だからです。手伝わせてください」

「だから、借りてた借りを返したい」

 

 驚くほどに真剣な三対に瞳がナツミに注がれる。

 

「っ」

 

 ルイズは思ってもみなかった三人の言葉に思わず息を呑む。ここまで心配してくれる友人が居る事に不覚にも感動してしまったのだ。

 そんなルイズ達のやり取り見て、ナツミは一人頷くと、ワイバーンの背をぽんと叩いた。

 

「gaaaaaaaaa!」

 

 それだけでナツミの意を汲んだワイバーンは急上昇する。瞬く間にその高度はぐんぐんと高くなり、トリステイン魔法学院が小さくなっていく。

 

「ちょっとナツミ!」

「三人の覚悟は聞いたでしょ?言っても聞かないわよ!時間も惜しいし、さっさと行くわよ!!それにあんなこと言われて来るなって言える?」

「……ああ!もう!しょうがないわね!足手まといにならないでよ!特にキュルケ!」

 

 納得はしてないようだが、ナツミの言う事も一理あるので、ルイズも腹を括り三人に釘を刺しておくことを忘れない。

 

「分かってるわよ!って普通はメイドに言うじゃないの?」

 

 このメンバーで唯一シエスタの実力を知らないキュルケが何故かこのメンツでの足手まとい扱いされて不満を漏らすが、シエスタの今の実力は召喚獣さえ召喚してしまえばタバサでも勝つのは難しい程の力を持っていたりするのだ。故にキュルケが一番弱いのだが、それをキュルケが知るのはもうちょっと先のお話。

 

 

 

 タバサが張った風の障壁でワイバーンが飛ぶことで生まれる衝撃波をやり過ごし、一行は凄まじいスピードでラ・ローシェルへと向かっていた。

 

「ってかナツミ、あんた何者?」

 

 ワイバーンの背で、疑問に溢れた瞳でキュルケはナツミを見ていた。

 そのナツミの両隣には先まで居なかったソルとアカネが座っている。

 流石にナツミ一人で、ルイズ以下三人を守りきるのは難しいので、リィンバウムから呼んだのだ。人選は何度もこちらに足を運んでおり冷静で頭がキレるソル。

 忍者で闇を物ともせず、アンリエッタが人質に取られてもサルトビの術で即座に相手の背後をとれるアカネ。

 以上の理由で二人が選ばれていた。

 ……選ばれたのだが、ナツミの力を知らないキュルケからすればいきなり空中から二人が現れたようにしか見えなかった。どちらも見覚えがあるにはあるが、それが空中から現れた理由になどなる訳も無い。だが、悠長に説明している暇も今は無い。

 

「キュルケ悪いけど今は事態が事態だけに話してる暇は無いの。後から聞きたいことが有れば全部話すからそれでいい?」

「……しょーがないわね。じゃあさっさと女王陛下を助けましょうか。ナツミ今の約束よ?絶対に話してもらうからね!」

「分かった」

「というか、タバサもメイドも驚いてない……もしかして知らないのはあたしだけ!?」

「うん」

 

 タバサがこくりと頷く、それで悲しい事実に気付いたキュルケの叫びがワイバーンの背から放たれた。

 

 

 

 

「どうアカネ?」

 

 ワイバーンの頭に陣取って、遥か前方に視線を飛ばすアカネにナツミが声をかける。

 闇に生きる忍だけあって、夜闇を見切るアカネの瞳はガンダールブのルーンで強化したナツミの視力をも凌駕する。こういった場面において役に立つ能力だ。

 

「まだ見えてこないわね。ナツミも?」

「うん。ルーンで視力を上げてるんだけど、こっちも見えないわね」

「そう言えば最近ジンガを呼んでたみたいだけど今回はいいの?」

 

 ナツミの仲間で騎士団とかに所属していないジンガは基本暇なので呼びやすいメンバーであった。実力も仲間の内ではナツミに次いで高い身体能力を持っていたのもナツミがジンガに頼る傾向を強めていた。

 だが、

 

「いや、人質奪還とかジンガはちょっとね……」

「あー多分無理ね」

 

 言い淀むナツミにアカネがあっさりと無理と言い放つ。

 ナツミもそれに感ずるところがあるのか、フォローを入れない。ジンガは戦闘力こそ高いが、どうにも猪突猛進のきらいがある。単純な戦いではこの上なく頼りなるが、今回の人質奪還のような作戦には向いているとは言えないので、今はリィンバウムで留守番だ。今頃はのんきに寝ているのだろう。

 

「戦力にはなるんだけどね……まだまだその辺が甘いのよねぇ」

 

 ナツミもだよ。とアカネは反射的に突っ込むところであったが、目に飛び込んできた光景がそれを阻む。

 

「ナツミ!あそこ!」

「えっ?」

 

 ワイバーンの背からアカネが指差す場所をナツミを注視する。夜闇の上に遥か上空。常人であればどんなにも目を凝らしても見る事が叶わないであろう条件だが、ナツミとアカネにそんな常識は通じない。

 

「倒れてる人がいる!」

「うん。それも一人や二人じゃない……ワイバーン!あそこに向かって!」

「gall」

 

 アカネの言葉にナツミは同意すると、その地点に行くようにワイバーンに指示を飛ばす。

 

 

 

「ひどい……」

 

 ワイバーンの背から飛び降りたナツミが見た光景は無残としか、言いようのない空間に成り果てていた。死体はトリステインの魔法騎士隊の鎧を着ていることから、おそらく女王救出隊の面々なのであろう。死体は焦げたものや、潰れたもの、手足が千切れたものなど傷が一種類では無いため、敵は複数のメイジで構成されているのが分かった。

 

「妙だな……」

「どうしたのソル?」

 

 生きている人間を探しがてら、死体の様子を確認していたソルが妙な事に気付き、ぽつりと呟く。それに同じく生存者を探していたアカネが反応する。

 

「ヒポグリフは騎士隊の人達ので、馬は女王を誘拐した奴らのだろ?」

「だと思うけど」

「だとしたらおかしくないか?」

 

 辺りにはヒポグリフと同じ鎧を着た騎士の面々が臥している。そして魔法騎士隊の攻撃を受けたのか死んでいる馬は何頭か見渡せたが、それに乗っていたと思われる敵は一人として倒れていない。

 トリステインでも腕利きぞろいの魔法騎士隊がほぼ全滅と言っていい被害を受け、戦闘の余波で死んだと思われる馬も十数頭居るにも関わらずだ。

 

「それって……」

「む、大丈夫か!」

 

 アカネがソルの言葉にようやく(おぼろ)げながらもソルが感じた違和感を知覚しつつある中、ソルが全身に切り傷を負いながらもなんとか生きている騎士を発見する。

 

「こっちにも生きてる人がいるわ!」

 

 それに続く様にナツミが少し離れた場所から声をあげる。

 

「ちっ、まとめて皆回復するか……聖母プラーマ!祝福の聖光!!」

 

 慈愛に満ちた霊界の聖母が放つ優しい光が辺りに満ち、ソルが見つけた騎士、ナツミが見つけた騎士もろともに癒す。その光に刺激されたのか、ソルが見つけた騎士が目を覚ます。

 

「ぐっ気をつけろ……やつら致命傷を負わせたのに…ふ、つうじゃないっ……うっ」

 

 そこまで言うと、騎士はフラッと頭をぐらつかせ気絶する。いかな聖母プラーマとはいえ失った血液のまで補えなず貧血にでも襲われたのだろう。

 

「やつら……?」

 

 ソルが疑問を口にした瞬間。四方八方から、魔法攻撃がナツミ達一行に向けて放たれた。いち早くタバサが反応し、それにナツミが続く。

 空気の壁とナツミの蒼い魔力が敵対の意思が込められた魔法を完璧に防いだ。

 魔法が放たれた方向には幾人もの影が立っていた。あえて着陸の瞬間を攻撃せずに時間を置くことで隙でも突くつもりだったのだろう。

 

「gaaaaaaaaaa!!!」

「うわぁ!」

「きゃああ」

 

 主とその友人達に敵意どころか攻撃を浴びせられたことにワイバーンが怒りの咆哮をあげる。味方であるはずのシエスタやキュルケが怯えているにも関わらず、その激昂をまともに受けている敵方は何故か怯えているものが全く居ない。

 ハルケギニアでは成体のドラゴンですら圧倒する咆哮を人の身で受け流す。小揺るぎもしない影と組み合わさることで不気味な気配を一行は感じていた。

 

「っワイバーン抑えて!」

 

 今にも火球を放ちそうなワイバーンをナツミは制止する。どこにアンリエッタがいるかも分からないこの状況でワイバーンを自由にさせてはアンリエッタの命などいくらあっても足りはしない。

 

「賢明だな」

 

 ワイバーンの攻撃が無いことに安心したのか、ナツミ達を攻撃した人影よりも深い暗がりから、長身の男と見られる影がこちらへ歩いてくる。その腕には何か人間大の物が抱かれている。

 

「女王様!」

「王子様!?」

 

 ルイズとナツミがそれぞれ驚きの声をあげる先には、今はリィンバウムのフラットに居るはずのウェールズと、その彼に抱かれたアンリエッタの姿があった。

 

「ウェールズ様何を!?」

 

 ルイズは目まぐるしく変わる事態に付いて行けず、完全に混乱していた。ウェールズはそんなルイズを見て愉悦に満ちた笑顔を見せた。

 その顔は王族の品位もあったものではない、心中の悪意が滲み出ている様な笑顔であった。

 

「動くな!動いたら耳を吹き飛ばしてもいいんだぞ?」

「……あんた王子様じゃないわね」

 

 ウェールズから発せられた声から本人ではないと看破したナツミが怒気を孕んだ声と視線を偽ウェールズへとぶつける。そのナツミの態度が面白かったのか、偽ウェールズは端正なウェールズの顔ではまるで似合わない下卑た笑いを漏らした。

 

「ククク……顔は真似できても声はやはり上手くいかないな……お前の言う通り俺はウェールズ皇太子じゃない。ま、名乗る気もないがね。取り敢えず時間が惜しい。そのワイバーンをこちらに貰おうか?馬がさっきの馬鹿どもに潰されてしまって困っていたんだよ。……もちろん断ればどうなるか分かる……」

 

 

 

 偽ウェールズが言い終わるか終らないかのタイミングでザッシュっと肉を切り裂く音が皆の耳へと届く。

 

「ぐおおおおおおお!?い、いつの間に……」

 

 右手を血に塗れさせ、偽ウェールズは苦悶の声を漏らす。

 そして左腕には先まで居たはずのアンリエッタの姿はもうない。

 

「さすがアカネ!」

「まぁね~せくしぃくのいちに任せてよ。姿さえ見えれば不意を突くのは得意中の得意だからね」

 

 ニヒヒと笑うアカネの腕の中にはいつの間にやらアンリエッタが収まっている。偽ウェールズが人質を取って優位に立ってると思い込んでいる隙をついてサルトビの術でアンリエッタをアカネが奪還したのだ。

 

「ぐうぅぅ、き、貴様らああ」

 

 痛みからか偽ウェールズの顔が崩れ、中からウェールズとは似ても似つかぬ男の顔が現れる。その声は怒りと痛みに満ち満ちていた。特にアカネを睨む瞳は血走り、彼女に対して憎悪を抱いているのがまる分かりであった。そんな血走った目で真っ向から浴びるアカネは涼しい顔をして、ふふんと男の視線を流している。

 

「うわぁなにあれ?」

 

 顔が崩れたのをまともに見たナツミが嫌そうな顔をする。

 

「フェイス・チェンジ。水のスクエアの魔法」

 

 タバサが杖を構えて辺りの警戒は解かずにナツミの疑問に応える。

 どうやらフェイス・チェンジの魔法を相手が使えた事からそれ相応の相手と警戒のレベルを上げている様であった。

 

「やれ!」

 

 偽ウェールズの号令に人影が一糸乱れぬ動きで杖をナツミ達へと向ける。まず、詠唱が短いドットの魔法が幾つか放たれる。がそれは先と同じく、タバサとナツミの防御を突破することすらも叶わない。

 魔法が放ち終わったタイミングでナツミとアカネが大地を蹴り、メイジ達へと肉薄し斬撃を見やる。アカネが高らかに飛びあがり、杖を振り下ろしたままのメイジの鎖骨を踵落としでへし折り、大地へとその体を叩きつける。ナツミもデルフを峰で標的の肋骨を粉砕しそのまま遥か後方へと吹き飛ばす。

 

「ナツミ!避けて!」

 

 そのままの勢いをもって、メイジ達を蹴散らすつもりのナツミ達だったが、タバサの常とは違う焦りを孕んだ声に咄嗟にその場を飛び退いた。すると先までナツミが居た場所に幾つもの氷槍―ウィンディ・アイシクル―が無数に突き刺さる。

 

「あぶな~ありがとタバサ!」

 

 冷や汗を拭うとナツミはさっと戦場を見渡すと、アカネの方も幾つかの魔法が放たれていた。敵はどうやら時間差で魔法を使う事で接近戦重視のメンバーをおびき出すつもりのようであった。

 とは言え作戦が分かれば不用意に近づかなければいい、幸い皆の守りはタバサに任せれば問題ないようであったし、慎重にアカネと各個撃破していけば負ける要素などナツミ達にはどこにもなかった。

 


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