ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十話 女王誘拐

 

 

 アンリエッタは政務で溜まった疲労を吐き出す様に、深く溜息を吐いて豪奢なベッドに腰を下ろす。ここはアンリエッタの私室、女王になってから使い始めた、亡き父王の部屋である。

 大きく立派な天蓋つきのベッドを始め、数多くの高価で歴史深い調度品に囲まれてはいるが、まだまだこの部屋にアンリエッタは慣れないでいた。

 おもむろにアンリエッタはベッドの隣に置かれたテーブルへ腕を伸ばす。その腕は、女王戴冠以前に比べてやや細くなり、血色も良いとは言えない。

 女王として政務は激務かつ戦時中ということもあり、大きな重圧となって彼女の細い肩に圧し掛かっていた。

 特に重大な決定をアンリエッタの裁量で決断するというのが、かなりの心労であった。王女時代とは比べ物にならないストレスは睡眠障害という形で彼女を苛んでいた。

 故にアルコール―ワイン―を飲まねば眠れず、ダメだダメだと己に言い聞かせても、ついワインの入った杯を傾ける日々を送っていた。そして今日も、テーブルへと伸ばした手の中にはワインを注いだグラスが握られていた。

 自己嫌悪を感じつつもアンリエッタはそれを一気に煽る。アルコールが独特の喉を焼くような感覚をアンリエッタを知覚する。

 タルブ産のそれは甘く、二杯、三杯とついつい杯を開けてしまう魔性の味だ。

 

「はぁ……」

 

 これからの事を考えると頭が痛い。

 それがアンリエッタの率直な考えだ。国内では大勝を機に攻めるべきという意見と、このまま防衛に徹すると二つの意見が現在ぶつかり合っていた。

 神聖アルビオンの興国の切っ掛けを考えれば、王族廃止、聖地奪還を掲げる彼らがこのままトリステイン、ガリアとアルビオン王国王族と同じ始祖を持つ二つの国をそのままして置くことなど決してしないだろうし、なにより不可侵条約を反故にされて黙っておくのは、他国に舐められてしまう。

 だが、アルビオンまで攻めるとなると、空中戦力を先の戦いでほとんど失ったトリステインは、新たに空中艦隊を編成し直さなければならない。幸い、アルビオン艦隊の多くが原型を留めて墜落し、それを流用できるとはいえ、アルビオンに攻め入るとなるとかなり多くの艦を新たに建造しなければならない。

 そして、その金は、トリステインの民から徴収することになるのだ。

 もしアンリエッタがウェールズを失っていたら、視野狭窄に陥り、復讐の為にアルビオンに攻め入らんと何が何でも資金を調達しただろうが、ウェールズが生きているとなると、民草に負担を強いてまでアルビオンへ攻勢を仕掛ける意義は薄い。

 かと言って相手に戦力を回復させる時間を与えるのも、後の事を考えると不安である。

とアンリエッタの思考はここ数日ループしっぱなしだ。

ぽすん、とアンリエッタはアルコールが回り纏まらない思考そのままにベットへ体を預けた。

 

「逢いたいですウェールズ様」

 

 普段は口にすることはない望み、女王と言っても僅か十七歳の少女、その口にした言葉は年頃の少女としてはありきたりな恋への渇望。そして今の彼女には遠い望みであった。

 胸が締め付けられるような切なさがアンリエッタの胸中に溢れ、それに比例するように(まなじり)にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 アンリエッタはそのまま酔いと悲しみに身を(ゆだ)ね、眠りへと就こうしたそのとき……。

 扉がノックされた。

 常の彼女であったなら、扉の向こうにいる人物を誰何(すいか)したであろうが、王宮ゆえの守備の高さと、酔い、そして半分寝ぼけていた彼女にそこまで思考力は残されていなかった。

 アンリエッタはさして考えもせずに扉を開く。

 もし、扉の相手が侍従長のラ・ポルトや枢機卿のマザリーニであれば口うるさく注意されるだけで済んだであろう。

 だが、相手は侍従長でも枢機卿でもなかった。

 

「ウ、ウェールズ様?」

 

 そこに立っていたのは、現在、おそらくハルケギニア史上初となる異世界へその身を隠しているウェールズその人だった。ちょうど恋しく思っていた相手の登場にアンリエッタは思わず相手に抱きついた。

 

「ああ……ウェールズ様!」

 

 だが、一瞬にしてその顔が強張り、後ろへと下がる。

 

「……貴方、ウェールズ様ではないわね!」

 

 顔はウェールズそのもので思わずアンリエッタは騙されてしまったが、抱きついた感触は恋しいウェールズのものではなかった。ただ抱きついただけでそれを看破できたのは下に恐ろしきは乙女の恋心と言ったところであろう。

 しかし、それも無駄に終わる。

 ウェールズの顔が溶けたと思った瞬間、別の男の顔が瞬く間に現れ、それに呆気を取られてしまう。

 その隙を逃さじと男が呟く様に詠唱を唱えた。詠唱を聞いたアンリエッタが杖を取りに部屋へ取って返すか、大声で誰かを呼ぶかを思案する間に男の詠唱は完成してしまう。

 薄い霧―スリープ・クラウドがアンリエッタを包み、その意識を遥か遠くへと追いやる。

 

「……」

 

 彼女が最後に呟いたのは、助けを呼ぶ声か、ウェールズの名前か、その声を耳にした者は居なかった。

 

 

 

 

ハルケギニアの誓約者

第四章

第十話

~誘拐~

 

 

 時は夕方、七時頃。

 ラグドリアン湖より帰って来た一行は、使用人用の食堂の椅子に座っていた。

 普段であればナツミだけが皆と別れて使用人用の食堂へ向かうパターンなのだが、今日は帰って来た時間もあれなので夕食の時間が終わっていたので仕方なしに使用人用の食堂にある食材でなにかを作ろうということになったのだ。とは言え、このメンバーで食事を作れるのはナツミのみ。

 貴族用の食事で余った食材を見渡すと手早く料理を開始する。

 名も無き世界時代では料理など家庭科の実習ぐらいしか経験が無かったが、リィンバウムで暮らした一年ちょっとの間にリプレから大分料理を教えてもらっていたので、現在ではそこそこの腕はある。

 

「シチューは結構量が余ってる……これを温めている間に炒め物でも作ってサラダも足せば三品。……まぁこんなもんでいいでしょ?……あ、良い事思いついた」

 

 ナツミがこの世界では多分無いであろう料理を思いつくとにやりと笑う。

 笑顔はそのままに仕込みをするため、小麦と牛乳を手に取り、(かまど)まで近づくと、そこに声をかける人物が居た。

 

「あれ?ナツミちゃん。どうしたのこんな時間に?」

「あ、シエスタ。あたしは夕食取ろうかと思ってね。シエスタは今から?」

「うん。アルヴィーズの食堂の片づけも終わったし、これから夕食だよ。……ってどのくらい食べるの?すごい量……五、六人分位あるよ」

 

 ナツミ一人で食べると思ったのか、抱えるように食材を持つナツミにシエスタは怪訝な顔をする。確かにその手にもつ食材の量はかなり多い。

 

「いやいや、流石にこんな量は食べられないよ。ちょっと遠出して来たらルイズ達の食事を時間過ぎてたみたいでね。私のご飯作るついでに皆の分も作ろうと思ってね」

「ふーん。あ、ホントだ貴族の皆さんがここの食堂に居るって初めてかも」

 

 厨房からちらりと食堂の様子を覗き見てシエスタは珍しそうにルイズ達へ視線を送る。

 

「ナツミちゃん、料理手伝うよ?あの人数じゃ一人だと大変でしょ?」

「んーそうだね。手伝って貰おうかな。あ、シエスタも食べる?」

「それじゃあ、お願いしようかなぁ。そう言えばナツミちゃんの料理食べるの初めて」

「そうだっけ。まぁ楽しみにしててよ。異世界のとっておきのメニューがあるからね」

 

 そう言ってナツミは袖を捲るのであった。

 

 

 ナツミは炒め物とサラダをシエスタに任せると、とっておきのメニューを準備し始める。

 牛乳を温めて、小麦をだまにならないように入れてかき回す。

 所謂ホワイトソースである。

 そして完成したホワイトソースへ下茹でしておいたカニを解して投入。

 そして何故か魔力を込めて召喚術を行使する(?)。

 召喚術は鬼属性、ミョージン。沈黙攻撃を得意とし、成長すると氷結攻撃を習得する、後方支援、および遠距離攻撃を主体とする召喚獣である。

 それを見たシエスタが思わず、突っ込みを入れる。まさか料理にその召喚獣を入れるのではと思ったのだ。

 

「ちょ、ちょっとナツミちゃん!なんで召喚獣を呼んでるの?」

「ん、この世界には冷凍庫が無いからね~それの代りって言っても分かんないか、まぁ見てて」

 

 シエスタは冷凍庫という意味が分からず頭を左右に傾げる。ナツミはそんなシエスタを見て苦笑すると寿司で言うところの舎利状にカニを投入したホワイトソースを固め、パン粉を付ける。

 

「ミョージンお願い」

 

 ミョージンはナツミが促すとピンポイントでナツミの掌のそれを氷結させる。

 シエスタはまだナツミの意図が分からず、炒め物をする傍ら横目でそれを眺めていた。

 ナツミは同じを作業を順次に繰り返していく、氷結は一瞬、お互いに一年以上もの付き合いがあるためミョージン、ナツミともにその作業に淀みはない。

 あっという間に、ホワイトソースが無くなり、目の前には山と積まれたホワイトソースの氷漬け。

 そこまでの作業を終えると、これまたいつの間にやら準備していた油へ、ホワイトソースの氷漬けを放りこんでいく。

 油がパチパチと跳ねる小気味いい音が厨房に響く。

 元々、下茹でしたカニ、ホワイトソースで作られたそれは程よい色に染まれば特に問題はない。数分経たずに出来上がる。

 手早く油からそれを取り出し、余計な油を取るために紙の上へと載せていく。あとはそれを順次に繰り返す。

 炒め物を終え、今度はサラダに取りかかっていたシエスタが感心したように視線を送る。

 

「……ん、コロッケ?」

「正解!」

 

 ナツミが作っていたのはカニクリームコロッケ。

 作り方は何通りあるが、綺麗な形にするには冷凍するのが一番、そしてこの世界では冷凍庫が無い。ナツミはミョージンという氷結の力を持つ召喚獣が居るが故のメニューだ。

 

「一つ食べていいよ」

「いいの?」

「どうぞ、どうぞ」

 

 サラダを作り終えたシエスタが珍しそうにカニクリームコロッケを見る中、ナツミが笑顔で試食を勧める。恐る恐ると言う表現がぴったりのそれでフォークに刺したカニクリームコロッケをシエスタは口へと運ぶ。

 

「ふぁう、あふいあふいっ………あ、おいひい!」

 

 熱そうにカニクリームコロッケをしばらくシエスタは頬張っていたが、途中で目を大きく見開いた。

 

「ナツミちゃん!これ美味しいよ、コロッケなのに中がとろっとしてて、不思議な味なんて料理なの?」

 

 初めて食べる食感なのかシエスタはカニクリームコロッケをえらく気に入ったようであった。

 

「カニクリームコロッケって名前だよ」

 

 珍しくはしゃぐシエスタにナツミはほほ笑むと、カニクリームコロッケをルイズ達の元へ運ぶ為の盛り付けを開始した。

 

 

 

 

 カニクリームコロッケはルイズ達にかなり好評であった。

 

「ちょっとキュルケ食べ過ぎよ!私の使い魔が作った料理なのよ。ちょっとは遠慮しなさい」

「こんな美味しいんだから、ちょっと位いいじゃない。心が狭いじゃないの?……胸みたいに」

「なんですって!?」

 

 それはもう言い争いが発展位に、そしてその言い争いの隙を突いてタバサがカニクリームコロッケを攫っていく。

 その争いはナツミが追加のカニクリームコロッケを作るまで続けられたのだった。

 

 

 食器が擦れ合う音が厨房に響き合う。

皆が食事を終え、厨房にはナツミとシエスタが二人きりで後片付けをしていた。

食器の量は人数に比例してかなりの数だが、片付ける人間が二人も居れば、効率は二倍さして苦労はない。

 二人とも家事に慣れていたため、思ったよりも早く二人は片付けを終わらせていた。

 

「これでおーわり」

「手伝ってくれてありがとね」

「いやいや手伝って貰ったのはこっちだよシエスタ」

「カニクリームコロッケのお礼だよ」

 

 濡れた手を拭き、二人は使用人の風呂……という名のサウナへ向かう。

 流石に夜も遅いので、今日は召喚術の訓練は無い。

 最近、シエスタの実力はめきめきと上達していた。この前などナツミが試しにとさせた誓約の儀式も成功し、名実ともに立派な機界召喚師となっていた。

 それによって幾つかの誓約を終え、現在ではエレキメデス以外にも召喚獣を手に入れていた。魔力の量も非常に豊富で、遠距離攻撃に徹すればかなりのところまで行くのではというレベルである。

 

「ナツミ―――!」

「ん?この声はルイズ?」

「なんか慌ててるみたいだね」

 

 遠くからナツミを呼ぶルイズの声が響き渡る。どうにもその声は一緒に寝ようとか、みたいなのほほんとした用事には聞こえない。

 とりあえず、二人はルイズの声のする方へ向かうことにした。

 

 

 

「あ、ルイズこんなところに居たんだ」

 

 大声を張り上げるルイズを見つけるのにさしたる苦労は要らなかった。大声が導くままに、歩けばいいからだ。だが、当のルイズはマジ切れする。

 

「あ、居たんだ。じゃあなーい!!」

「ごめん、ごめんでもどうしたの?」

 

 うーっと唸るルイズを宥めるナツミ。ルイズの頭を撫でて微笑むそれは傍から見れば、

 

(猛犬を宥めているみたい……って言ったらミス・ヴァリエールは怒るんだろうなぁ)

 

「学院長がナツミを呼んでるのよ!……なんかすっごく急ぎみたいなんだけど」

「…っ!学院長が?」

 

 ルイズの答えにナツミの表情が真面目なものに切り替わる。

 大した用事でなければ、こんな夜中にナツミを呼ぶ理由は無い。故に嫌な予感をナツミは感じていた。

 夜中にナツミの力を借りたいほどの理由……またアルビオンが攻めてきたのか。などとナツミは最悪の事態を想像し、学院長室に向けて足を進める。

 

「ごめんねシエスタ。お風呂はまた今度いっしょに入ろ」

「う、うん。ナツミちゃんもまたね」

 

 シエスタもなにやらただならぬ自体があると感じたのかその表情は強張っていた。

 

「ルイズ、行きましょ!」

「ナ、ナツミ急に走らないでよ!」

 

 駆け足でナツミは学院長室へと向かう。嫌な予感を払うがごとく、だが、事態はナツミが予想したよりも遥かに深刻だったことをまだナツミは知らない。

 

 

 

 

「時間が惜しいので単刀直入に言おうかの……女王陛下が何者かに攫われた」

「ど……」

「どういうことですか!?」

 

 ルイズが大声で学院長を詰問するよりも早く、ナツミが学院長に詰め寄るように問いかける。無意識に魔力が解放され、室内の空気が押しのけられ、学院長の髭、ルイズの髪が本人の意思とは無関係に暴れまわる。

 当のナツミはその様子に気付くことも無く、学院長の机の真ん前までその身を進ませていた。

 

「事の起こりは……」

「そんなことはどうでもいい!時間が無いんでしょ!犯人が逃げた場所とか方角とか分かってないんですか!?」

時間がおしいと言いつつも事件の発端から話そうとする学院長の言葉を無理矢理止めるナツミ。頭に血が昇り過ぎているのか、一部敬語が抜けている。

 

「落ち着きなさいナツミ君」

「女王様が誘拐されたんでしょ!?悠長に事件の発端から聞いている暇なんて……」

「落ち着け!!!」

 

激昂に近い程、興奮するナツミを叱り付ける様に一喝する学院長。流石のナツミもその剣幕に黙り込む。

 

「……ふぅ、どうやら落ち着いた用じゃの」

 

ナツミが静かになったのを見ると学院長は溜息を一つし、椅子に深く座りなおした。

 

「怒鳴って悪かったの?じゃが、事態は緊急を要する……もちろんナツミ君の反応も決して悪いものではない。じゃが、事態が事態じゃ血が昇り過ぎた頭で解決しきれる問題ではない……それに情報はあまりにも少ない、せめてそれを聞いてから出発しても損は無いぞ?」

「はい……」

 

血が昇り過ぎていた事を本人も自覚していたのか、ナツミはしょんぼりと肩を落とす。

 

「なにそこまでしょげる事はないぞ?それだけ女王陛下の事をお主が考えておる証拠じゃよ」

「はい……」

 

未だにナツミはしょげていたが、ルイズはそれとは裏腹に少し嬉しい気持ちになっていた。こんな非常事態に不謹慎とは分かっていたが、この国の盟主で、自分の大切な友人をあんなに必死になる程大事に思ってくれていたことが心に響いたのだ。

だから、ルイズはしょげているナツミに代って学院長に言葉をかける。

 

「オールド・オスマン。時間が無いとおっしゃっていましたね?そろそろ」

「そうじゃったな。すまんの。では本題に入る」

 

 

 

「今から一時間ほど前、女王陛下が何者かによってかどわかされたそうじゃ。警護の者を蹴散らし、馬で駆け去り、現在はヒポグリフ隊がその行方を追っている……逃げた方角はラ・ローシェル。ラ・ローシェルに逃げた事から、アルビオンの手の者と見て間違いないじゃろうな。追おうにも先の戦でトリステイン王国の竜騎兵隊は全滅状態。そこで枢機卿からのお主達に依頼がかかったのじゃ」

「ナツミのワイバーンで追え……と?」

「そうじゃ」

 

ルイズの問いにこくりと学院長は頷いた。そしてナツミの方へ向き直る。

 

「ナツミ君」

「はい」

「この国の人間でもないのにそこまで怒ってくれてありがとうの。本来、この国の人間、いや異世界の人間に頼むことではないのじゃが……力を貸してもらえんじゃろうか?」

「気にしないで下さい。女の子を誘拐するなんて放っておけることじゃありませんから」

 

そう言ってナツミはルイズとともにアンリエッタを救うべく足早に学院長から飛び出して行くのであった。

 

 

 

「……やれやれ、ああ言えばナツミ君なら必ず手を貸してくれるとは分かっていたことじゃが、心が痛むの」

 

ナツミ達が出て行った扉を見て、学院長はそうひとりごちる。ナツミは元居た世界からリィンバウムに召喚され、リィンバウムを救った。

コルベールから大よその事を聞いていた学院長は、ナツミが超が付くほどのお人好しだと理解してはいた。

アンリエッタが攫われたと聞けばいの一番で助けに行くことも、だがそれは絶対ではない。万が一でも断られる可能性も無いわけではなかった。リィンバウムでは世界規模の危機それに比べてアンリエッタの誘拐はあくまで国家レベル。

異世界に帰ろうとしている人間なら、多大な干渉はすべきではないと考えるかもしれない。故に『異世界の人間に頼むことではないのだが』とナツミの情に訴えかける策を講じたのだ。

 

「自国の守りさえ満足出来ないのか、今のトリステインは……」

 

学院長は嘆く様にそう呟いた。

王宮と言う本来であれば国の最も堅牢な守りを敷くべき場所をやすやすと突破させたばかりか、国の盟主さえ誘拐される始末。

そして、それを自分達では解決できない……いかに長らく王が居らず、ようやくアンリエッタが女王に即位し戦時下のごたごたで王宮が慌ただしいとはいえ、いや戦時下だからこを警備を厳重にしなければならない王宮の守りがこの体たらく……。

いつの間にか、この国は王宮の警備すらままならぬ程の低レベルになってしまったのか。

学院長はそこまで考えを巡らせる立ち上がり、学院長室から王宮がある方角へ視線を飛ばす。

 

「それとも、誰か手引きした者がおったのか……」

 

普段のとぼけた瞳とはまるで違う鷹のような瞳がそこにはあった。どちらにしてもこのままではトリステインが辿る未来は暗い……。

学院長の憂いを含んだ溜息が夜の風に紛れて溶けた。

 




油揚げからカニクリームコロッケに改名しそうになりました。

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