ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第九話 誓約を司る者

 

 

 ナツミがタバサを背負ってルイズ達の元へ戻ると、モンモランシーがキュルケのわき腹の治療をしていた。

 

「やっぱり、キュルケだったのね。襲撃者がタバサだったし、炎のメイジだったからキュルケかなぁとは思っていたけど予想通りね」

 

 そう言ってナツミはキュルケへと近づくとその脇に背中へ負ぶっていたタバサを座らせ、己は二人の真正面に位置する場所へ腰を下ろす。タバサもそこそこ怪我をしてはいたが、タバサが気を失っている間にナツミが既に治療を終わらせていた。

 

「さぁ、落ち着いたとこで話を聞こうか?」

 

 ソルが口火を開く。特に今回何もしていないが、妙に偉そうなのはいつも通りと言ったところだ。

 

「どうしてお前らは水の精霊を襲っていたんだ?」

「……うーんと、タバサの実家がねラグドリアン湖と面しててね。頼まれたのよ領地が水没して困ってるってね」

 

 実際はタバサが従姉妹姫から命令を受けて、水の精霊の討伐に臨んでいたのだが、先にタバサの実家がこの辺りであることを告げ、誤解するようにキュルケは言葉を紡ぐ。一応、嘘は言ってないわよと彼女は心の中だけで呟くが、キュルケはそれを外見に出すことはなかったため、ナツミ達はそれに気付かなかった。

 

「ふぅん」

「で今度は貴女達よ。貴女達はどうして水の精霊を守っていたの?」

 

 ソルの問いに答えたキュルケは今度は逆にナツミ達が水の精霊の守護をしていた理由を聞く。人に然したる興味を持たぬ水の精霊が自らの守護を人に依頼するとは考えにくいからだ。

 ナツミはことのあらましを素直にキュルケに説明した。

 自分が以前、説明した通り東方のメイジ故、東方には居なかった水の精霊に逢ってみたかったこと、そして水の精霊に実際逢ってみると、襲撃者に襲われて困っており助力を乞われ、力を貸したことを話した。

 もちろん東方うんぬんは召喚された次の日に決めたナツミの嘘のプロフィールだ。

 

「そっかぁ。参っちゃったわねー。あなたたちとやりあうわけにもいかないし、ってか二度とごめんだし……でも水の精霊と退治しないとタバサの立つ瀬もないのよね」

 

 キュルケはいかにも困ったといった様子で頭を抱えてタバサを見やる。

 タバサは相変わらず顔になんの感情も貼り付けず、ただ首を傾げてキュルケの視線を受け止めると、今度はナツミへと視線を送った。

 ナツミはその視線を受けて、躊躇うことなくあっさりと答えを出す。

 

「水の精霊にどうして水嵩(みずかさ)を増やすのか聞いて見ればいいんじゃない?その上で水嵩を増やすのをやめてくれっていってみようよ。私達で解決できる理由だったらそれを解決すればいいんだしね」

 

 なんでもないようににっこりと笑っているナツミ。その裏で胃痛にでも襲われているのか、ソルが腹部を抑えているのがキュルケとタバサには酷く印象的であった。

 一年以上もの間、ナツミと共に暮らしていたソルの感ががんがんと警鐘を鳴らしていた。そうこの場合。

 

「……絶対、面倒な事を頼まれるパターンだぞ、それ」

 

 相棒であるソルの悩みは尽きない。

 

 

 

 翌朝……。

 湖の岸辺にナツミが屈み右手を湖の中へ入れると、水面が盛り上がり水の精霊が皆の前に姿を現した。

 

「水の聖霊よ。もうあなたを襲うものは居なくなったわよ」

 

 ナツミの声を聞くと水の精霊はぐねぐねと蠢き、その形を人のそれへと変える。その姿はナツミは水で出来たナツミそのもの……ただし服を着ていないが。特に感慨なくそれをナツミを見ていたが、ギーシュはそれを凝視しモンモランシーに目潰しを喰らい、ソルは頬を赤く染めるとあらぬ方向を向く。

 

「礼を言う。単なる者よ」

 

 それだけ言うと水の精霊はナツミを模した体を崩し、その身を湖と同化させ沈んでいく。それを見たナツミは慌てて水の精霊を呼び止める。

 

「待って!貴方に一つ聞きたいことがあるの!」

「どうした?単なる者よ」

「どうしてラグドリアン湖の水嵩(みずかさ)を増やしているの?できればやめてもらえると助かるの、私達に出来る事があるならなんとかするから」

 

「……」

 

 ナツミの言葉を聞いて水の精霊が考え込むようにしばし無言になる。その間、水の精霊は膨らんだり、ポーズを変えたりと忙しなく動いていた。

 

「常なら人間に頼むことではないが……他ならぬ汝であれば信用に足りる、我が話を聞いてくれるか?」

「もちろん」

 

 間髪入れずにそう答えるナツミ。

 ソルの顔が露骨に歪む、まさにソルの予想通りの展開だった。

 そんなソルにお構いなしに水の精霊はラグドリアン湖の水嵩を上げ続けている理由をとつとつと語り始めた。

 数年前程も前の話、水の精霊が太古から守ってきた秘宝を誰かが盗み出したこと、秘宝の名前はアンドバリの指輪と呼ばれる水系統の伝説的マジックアイテム。

 モンモランシー曰く、死者に偽りの命を与えることが出来る程の力を秘めていると言われているらしい。

 そして水の精霊が水嵩を増やしていた理由は、いずれこの大地全てが水没し、アンドバリの指輪がその水に触れれば、水の精霊がそのありかがわかるという途方もない考えから来ていた。

 

「気が長いわね」

「我とお前たちでは、時に対する概念が異なるからな。我にとって今も未来も過去も、我に違いなぞ無い。いずれの時にも我は存在するからな」

 

 死んだりすることがない水の精霊故に至れる考えであった。

 長く生きても百年ばかりの時しか生きられない人間とは根本的に考えが違うのだ。

 

「なら、あたし達がその指輪を取り返してくるわ。それなら貴方が水嵩を増やす理由はなくなるでしょ?」

「……分かった。汝なら信用できる。指輪が戻るなら、水を増やす理由もないからな。速やかに水位を元に戻そう」

「ありがとう。それでそのアンドバリの指輪を盗んだ相手はどんな奴だったの?」

「風に力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。眠る我には見向きもせず、秘宝のみを持ち去って行った」

「名前とか特徴とか言ってなかった?」

「ふむ、そう言えば個体の一人がこう呼ばれていた『クロムウェル』と」

 

 ナツミの姿でぐねぐねと動きながら、水の精霊はそう呟いた。

 キュルケはその名前に聞き覚えがあったのか、ぽつりと独り言を言った。

 

「聞き間違いでなければ、アルビオンの新皇帝の名前と同じね……」

 

 その言葉にナツミ達は顔を見合わせる。

 そんな一行を水の精霊はただ黙って見ていたが、急に何かを思い出したように体をぐねぐねと動かした。

 

「そう言えば、連中の中に妙な個体が数体いたな。生きているものとは全く異なる歪な水の流れを纏っていた。まるでなにかが人間の皮を被っているような不快な個体だった」

 

 その異質ぶりに気を取られて、秘宝を取られてしまったのだ。と続く水の精霊の声はナツミの耳には入ってこなかった。

 普通とは異質な水の流れを持つ人間。まるで人の皮を何かが被っているような。

それはナツミがアンリエッタに見せてもらった、報告書にも同じ事が書かれていたのを思い出していたのだ。確か、それを報告したのはアルビオンの将校であり、クロムウェルの側近達がちょうどその様な不気味な存在だったという。

 クロムウェルという名と異質な水の流れを持つ人間。

 片方だけなら偶然と切って捨てることができたが、両方とあらば神聖アルビオンの皇帝クロムウェルは限りなく黒に近い様にナツミには思えた。

 

「ソル……」

「ああ、気付いている。アンドバリの指輪を奪ったのはクロムウェルと見て間違いないようだな」

 

 打って響くとはまさにこのことだろう。ソルの名前をナツミが読んだだけで、ナツミの言いたいことを先に口にした。互いにちらりと、視線を交じ合わせること数瞬。全くの同タイミングで二人は頷き合った。

 

「うん。水の精霊、ありがとう。必ず指輪は取り戻すわ。それでいつまで取り返せばいいの?」

「汝の寿命が尽きるまでで構わない」

「そんなに長くていいの?」

「ああ、我にとっては、明日も未来もそう変わるものではない」

「そっか。じゃあまたね」

 

 そこでナツミは踵を返して、水の精霊に別れを告げた。

 

「待て」

「どうしたの?」

 

 去ろうとするナツミを水の精霊が呼び止める。

 

「名を。お前の名を教えて欲しい」

「えっ?」

 

 水の精霊の思ってもみなかった言葉にモンモランシーが驚きの声をあげる。

 

「どうしたんだい?モンモランシーそんなに驚いて」

「驚くわよ……あのプライドの高い水の精霊が人間の個人の名前を聞きたがるなんて、今まで聞いたこともないわ」

 

 ギーシュの疑問にわざわざ答えるモンモランシー、心なしか嬉しそうにその顔には笑顔が浮かんでいる。そしてナツミはそんな二人にも気付かずに、水の精霊に己の名前を告げる。

 

「ナツミよ。誓約者(せいやくしゃ)とも呼ばれてるけどね」

「誓約者、ナツミ……」

 

 ナツミの名前を復唱する水の精霊は何処か誇らしげな空気を纏っていた。

 

「さらばだナツミ。気が向いたらまた訪れると良い。歓迎しよう」

 

 そう言うと水の精霊はごぼごぼと湖底へと沈んでいく。

 その瞬間、モンモランシーが呼び止めた。

 

「待って!」

 

 もう話が終わっているのにも関わらず、大声を出して水の精霊を呼び止めるモンモランシーに、その場に居た皆がモンモランシーを注視した。

 律儀にも水の精霊はモンモランシーの言うことを聞いて湖面からこちらを伺っていた。

 

「ほらっ!」

「痛いっ」

 

 モンモランシーはそんな皆の視線に若干、躊躇いつつも、水の精霊に向けてギーシュの尻を蹴り飛ばす。

 

「ほら、誓約しなさいよ」

「は?」

「水の精霊はその変わらぬ姿から誓約の精霊の別名を持っているの、だから誓約なさいギーシュ」

「なにを?」

 

 ほんとにわからない、といった顔でギーシュが聞き返したので、モンモランシーは思い切りギーシュを殴りつける。

 

「な・ん・の・ために私が惚れ薬を調合したのか忘れたの!」

「あ、ああ。えっとギーシュ・ド・グラモンは誓います。これからさき、モンモランシーを一番目に愛することを……」

 

 そこまで言って再び、モンモランシーがギーシュを小突く。

 

「なんだねっ!もう!ちゃんと誓約したじゃないか!」

「『一番』とかどうでもいいのよ!わたし『だけ』!わたし『だけ』を愛すると誓いなさい!さっきの誓約だと二番、三番がほいほい出てきそうで信用ならないわ」

 

 ギーシュは睨みつけるモンモランシーを背に悲しそうに誓約の言葉を口にしたが、どうにも守られそうにない口調であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 水の精霊に別れを告げ、一行はワイバーンの背に乗り、魔法学院へと向かっていた。

 シルフィードは一匹で飛び、なぜかタバサがワイバーンの背に乗っている。

タバサが風の魔法で風圧を防いでいる為、来る時よりも遥かに快適な飛行にルイズやソルといったインドア派は何処かほっとしたような顔をしていた。

 そしてそのタバサは何故か、ワイバーンの首の付け根付近に座るナツミの横にぴたりと張り付いていた。

 

「タバサどうしたの?なんか難しい顔して」

「……一つ聞きたい」

「いいけど、何?」

「リンカーってどういう意味なの?」

 

 なんとなく今更感が満載の質問であったが、ナツミはそれに律儀に答えた。

 

「誓約を司る者って意味かな」

「誓約を司る者……誓約者(リンカー)

 

 ぶつぶつとタバサは隣にいるナツミにも聞こえぬ声で呟き始めると、なんやら目を瞑ってナツミに向かって手を合わせて拝み始めた。ナツミは思わずやめさせようとしたが、タバサの縋る様な祈りを前に、その動作は阻害される。

 

 

 タバサの祈りというか拝みはそれから数分にも渡って続けられた。

 その間ナツミは、なんとも言えぬ思いを抱いたまま、ワイバーンの背から流れる景色を困った顔をして眺めているのであった。

 




ルイズが空気だったという。

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