「ふぁ~あ、ん、なにこのもふもふは?」
ルイズが目覚めて、初めて目にしたのは大きい毛玉であった。
ルイズがその毛玉を撫でまわしていると
「ぷに」
突然毛玉が動いた上に目を開けてルイズと目を合わせる。
「あぁそっか、この子。昨日ナツミが召喚したプニムだっけ?」
「ぷに!」
名前を呼ばれて嬉しいのか元気に返事をするプニム。
あの後、ナツミのワイバーンで部屋まで帰って来たルイズはこれからの事を二人で話し合った。
ナツミは最終的にはリィンバウムに帰りたいことをルイズに告げ、ルイズは出来ればナツミにハルケギニアに留まって欲しいと思っていると伝えた。
本来なら平行線になる互いの願いであったが、夕べの話し合いの中でナツミはルイズが自分の系統魔法が使えるようになるか、ルイズの学園を卒業するまでの2年間の間だけであるが使い魔になることを決めた。そのため例えナツミがその間に帰る方法が見つかってもその間はハルケギニアに留まれなければならない事となったが、ナツミはそこらへんをあまり深く考えていない様だった。
(まぁそう簡単に帰る方法が見つからないだろうとも言ってたけど。)
もし、彼女をリィンバウムに返すなら、リィンバウム式の送還術が必要となる。なにせハルケギニアには送還術そのものが無いのだ。まぁナツミをもしリィンバウムに送還させるとしても、魔王召喚に匹敵する魔力が必要となるので、どちらにしても一朝一夕でどうなる問題でもないらしい。
ルイズがそんなことを寝ぼけながら考えていると、自分に対してプニムを挟むようにしている毛布の塊が起き上がる。
「あーよく寝た。流石貴族のベッド、当たり前だけどフラットのベッドよりも寝心地がいいわね」
少女とは思えない大あくびをして起きるナツミであった。
昨晩、いざ寝ようとするとナツミに用意されていたのは藁の束であった。
もともとルイズがサモン・サーヴァントに際して用意していたのだが、人を召喚する事など考えているはずもなかった為だ。
普通なら藁束で寝ろ等と言われれば、文句の一つも言うだろうが、そこはナツミ。その程度で動揺などするわけもない。
「別に藁でいいわよ?」
あっさりと何でもないようにそう言い放った。
リィンバウムでの戦いの中では謎の異空間に飛ばされたり、雪山の中を歩いたり、大量の剣が突き刺さる山など寝るというにはあまりにも過酷な環境も多々あったため、屋内しかも、むしろ藁があるのは彼女の中では上等な部類になっていた。
そして、言うが早いか早々と藁の中に潜り始めたナツミを自分のベッドで一緒に寝る様に説得したのだ。
決して、湯たんぽがわりに温かいプニムと寝ようとするナツミが羨ましくて一緒に寝ようと言ったわけではない。……多分。
朝の挨拶もそこそこに二人が部屋を後にしようとすると、ルイズの隣の部屋が開き、赤い髪をした褐色の少女―キュルケ―が姿を現した。
「あら、おはよう。ルイズ、ナツミ」
キュルケの挨拶にルイズはイヤそうな顔をして挨拶を返す。
「おはよう。キュルケ」
「……おはよう。って……どうしてあんたがナツミの名前を知ってんのよ!」
「ナツミを召喚したあと貴女が気絶してる間に自己紹介したのよ」
「うっ」
キュルケの言葉に昨日の事を思い出したのかルイズは急に苦い顔をした。
そんなルイズの様子に気付いナツミはキュルケに昨日のお礼を言う。
「ああ、キュルケ。昨日はありがとね」
「ん、どうしてキュルケなんかにお礼言ってんの?」
急にキュルケに礼を言うナツミを訝しむナツミ。
「ん、昨日ルイズが気絶したあとキュルケが運ぶのむぐむぐっ!?」
「あああああああああああああ!なんでもないわ!?」
突然、大声を上げたかと思うとキュルケはナツミの口を塞ぎ、ナツミに耳打ちする
。
「……昨日の事はルイズには言わないでね」
「……むぐむぐ(こくこく)」
多少、呼吸困難になりつつはあったが取り敢えずキュルケの言う通りにするナツミであった。
「?二人とも何こそこそ話てんの?食堂に行くわよ」
「わあ~大きい食堂ね」
ナツミが驚くここはトリステイン魔法が誇る大食堂アルヴィーズの食堂であった。食堂には大きな長いテーブルが三つ並び、座っている生徒のマントごとに並んでいるのを見ると学年ごとに座っているようであった。
「メイジはほぼ全員が貴族なの、『貴族は魔法を持ってしてその精神となす』のモットーのもと、貴族たるべき教育を受けるのよ。だから、食堂もそれにふさわしいものでなければならないのよ」
「ふーん」
昨日からナツミに驚かされたり、泣かされたり(悪い意味ではない)していたので、ここぞとばかりに自分の事のようにルイズは自慢げに話す。
「でもさ、貴族の人達が食事をするところなら、あたしが入るのは不味くない?それにプニムもいるし」
「ぷに~」
「ん~確かに……、ナツミだけなら使い魔ですって言えばなんとかなると思うけど、プニムはちょっと文句いうやつもいるかもね」
ナツミの提案を飲むルイズ、彼女の知る貴族は肥大しすぎた誇りを振りかざすだけで、貴族としての義務を果たそうとしないものばかりだ。おそらくナツミが食堂に入っただけで大きく騒ぎ立てるだろう。ナツミだけでもそうなる可能性が高いのにそこにナツミの使い魔(に見える)プニムが一緒に食堂に入ればどうなるか悪い予感しかしない。
「ナツミ、今日のところは悪いけど使用人達のところで朝食にしてもらえる?あとで何とかできるか考えてみるわ」
「わかったわ。じゃあまた後で」
「というか何処にいけば使用人に会えるの?」
なにも考えず返事をした事をナツミはすぐに後悔していた。
トリステイン魔法学院。
ルイズたちの母校で五つの塔(魔法の象徴、水・土・火・風、そして虚無を表す)からなる。長い歴史を誇る由緒正しい魔法学校で、魔法をはじめメイジに必要とされる様々な教育を行う。三年制になっており、学年はマントの色で決まっている。ルイズはここの2年生で、二年生は春に春の使い魔召喚の儀式があり、ナツミが召喚された。
「と、いうわけね。概ね今の状況は」
使用人達が一向に見つからない為、ナツミは現実逃避気味に現在の状況を思い返していた。
「ぷに……」
その頭に乗っかるプニムはお腹が空いたのか元気がなさそうだ。
そうしてナツミが学院内をうろうろしていると、いわゆるメイドさんという恰好をした少女が目に飛び込んできた。
「あれってメイドさん?あの娘がここの使用人なのかな?」
メイド少女―シエスタ―は朝の貴族の食事の給仕を終え、自分の朝食をとるために使用人用の食堂へと足を運んでいた。
彼女達使用人の朝は非常に忙しい、早朝、日がまだ登らぬうちから起き、学院内の庭の清掃。それが終わったら貴族の食事の給仕に取り掛かる、食事自体は料理長を始めとしたコック達がこなすため、メイド達がする仕事は給仕と食器の片づけ位であり、皿洗いもコック達がしてくれている。だが貴族の相手をする給仕は肉体的疲労より精神的疲労が大きかったりする。
そして、シエスタ達使用人は基本的に貴族は食事をとるのが遅いため数人のメイドを交代しながらそのつど食事をとっていた。
食事は賄であったが貴族と同じ食材を使っているため味は対して変わらないので食事自体の不満は使用人達に不満はなかった。
「今日の賄はなにかな~」
厳しい環境の仕事、その食事は彼女の中では大きな楽しみの一つであった。
「あの~すいません」
そんなシエスタに一人の少女が声をかかり、賄の朝食の想像に心を奪われていた彼女は必要以上に驚いてしまう。
「はわわ、びっくりした……、えっとどうなさいました?」
「ええっと、使用人用の食堂って何処にあるのか聞きたかっただけなんですけど……すいません、なんだがびっくりさせちゃったみたいで」
ナツミ素直にシエスタに謝罪する。
「えっと使用人用の食堂ですか?」
ナツミの質問に首を傾げるシエスタ。あまり学園でされる質問では聞いたことが無いので少々戸惑っていた。
「うん。実はあたし昨日、召喚ってのされたんですけど、それであるうぃーず?だっけそこの食堂って貴族以外は食事できないって聞いて、使用人の食堂に行けばいいって言われたんです」
そのナツミの言葉に思わず、ぽんっと手を叩くシエスタ。
「ああ!昨日ミス・ヴァリエールが召喚の魔法で平民を呼んでしまったって聞きましたけど。へぇ~女の子だったんですね」
噂になってますよ。とにっこりほほ笑むシエスタ。
「げっそうなんですか?」
「ええ、召喚の魔法で平民というか人間を呼ぶのは学院始まって以来らしいですよ」
「だからあんなに皆騒いでいたのね」
昨日の召喚を思い出し苦い顔をするナツミ。
「かなり珍しいらしいですね……って食堂の場所でしたね。こちらですどうぞ」
「ああ、そうだ。私はナツミ、橋本夏美よろしく」
「変わった名前ですね……私はシエスタです」
挨拶しながら二人は食堂へと向かって歩き出した。
「あの~ナツミさん?ちょっといいですか?」
「うん?ああ敬語はいいですよ。あたし平民ですから」
何故かナツミを赤い顔をしながらチラチラと見るシエスタ。そんな様子に気づかないナツミ。
「えっとその……わたしも敬語じゃなくていいんですけど……そうじゃなくって……あの頭の上の……」
「この子のこと」
どうやらナツミを見ていたのではなく、ナツミの頭の上に乗るプニムを見ていた様だった。
「は、はい!えっと~何かと思って……」
「この子はプニム、あたしの家族みたなものかな?プニム、シエスタに挨拶して」
「ぷに~!」
「――――――――――――っ!」
プニムがシエスタに向かって元気に手をじゃなくて大きな耳で挨拶をする。その余りの可愛さに顔を真っ赤にして悶絶してしまうシエスタ。
あの後、シエスタはプニムを抱かせてもらいながら食堂へと向かうのであった。
「おいしいねこのシチュー」
「ナツミちゃんにそう言ってもらえるとわたしも嬉しいです」
二人は食堂へ向かう間に仲良くなり、シエスタはナツミのことを『ナツミちゃん』と呼ぶほどの仲になっていた。
「ふぅお腹いっぱい、シエスタはこれからどうするの?」
「あたしですか?これから仕事ですね。ナツミちゃんはミス・ヴァリエールのところに戻らなきゃならないんじゃないですか?」
「そうだった……。とりあえずご飯ありがとう。また夕方来るね」
二人は食事後の挨拶もそこそこにシエスタは仕事に、ナツミはルイズの元に戻るであった。
「なにが戻るのであった。よ、結局ルイズの居場所は分からないし……迷子のままか」
はぁ、とこの世界に来てやたらと多くなった溜息を吐きながらナツミは途方に暮れていた。
「第一、広すぎなのよ!この学院は」
学院を象徴する五つの塔だけでも十分なのに、それを有する敷地と言ったら考えたくもないほど広かった。
その大きさはナツミがリィンバウム以前にいた世界の学校でも見ないほどだ。
長い時間、学院を放浪していると突然目の前の塔の一角から爆発が起こった。ガラスが割れ使い魔が暴れている。遠くから見ても阿鼻叫喚であった。
まさか……とナツミが思った瞬間。頬を嫌な汗が伝う。
伊達にリィンバウムでは毎度トラブルに巻き込まれていたわけではないため、そういう感はよく当たる。
「……あ」
「……」
爆発の原因はナツミの知るものだと、彼女の感がびんびんに反応していた。そうなると放っておけないのがナツミというものだ。
幸いにも爆発した塔は目の前なので、ナツミは悩むことなく塔へと足を踏み入れた。
「……どこに行ってたのよ。あんまり心配させないで」
教室に入ると、一人で机を掃除しているルイズの姿がナツミの目に飛び込んできた。
目をごしごしと乱暴にこすって泣いてない風を装うルイズであったが泣いていたこと
など誰が見てもバレバレだ、そしてさきほどの爆発もおそらくルイズのものであったのだろう。
その場にいなかったナツミに言えることは無いといってよかった。せめてその場に居れば慰めでもなんでも言えただろうが。
なのであえて教室の惨状を、一人で掃除をしている理由を、泣いている理由を追求しないのはナツミなりの優しさであった。
それから幾ばくかの時間が過ぎ。
「……情けないでしょ?」
「……えっ?」
「異世界で王とまで謳われ、魔王なんてものを倒した英雄の貴女を召喚できて嬉しかった」
独り言のように抑揚の無い声で言葉を紡ぐルイズ。
「貴女を召喚したから、今日はなんだか魔法がちゃんと使えると思ったの」
ルイズの言葉が一瞬詰まる。
「でもダメだった。あはは、笑っちゃうわ……昨日今日でそんなに変わるわけないのに」
そういって涙が零れぬよう天井を見つめるルイズ。あわやその涙が零れるかと思いきや
「あたしもそうだったな」
「えっ?」
「あたしもそうだったなって言ったのよ」
「あたしだって、最初から
懐かしそうにナツミは語る。かつて
「で、でも今は
「うん。でもねルイズ、あたしは一人で誓約者になったわけじゃない」
ナツミは召喚されたときからその身にはすでに莫大な力が備わっていた。しかし、それは感情という引き金でたやすく暴走する力であった。
もし、あの時最初に知り合っていたのが今の家族―フラット―の人達ではなかったらどうなっていただろう。誰も信じられずにならず者になっていたとしても不思議では無い。彼女は聖人などではない、力はともかく中身は何処にでもいる普通の女の子なのだから。そんな彼女が自分の力を正しい方向に向けれたのは
「大切な仲間がいたから」
「一緒に戦ってくれた大切な仲間がいたからあたしは
「……なにが言いたいの?」
「だから一緒に探そうって言ってるのよ。ルイズの魔法を」
ルイズの肩を掴み無理やり自分と顔を向かい合わせる。
「ほんとう?」
「あたしはルイズの使い魔よ?任せなさい!」
不安気なルイズの空気を吹き飛ばす勢いで胸を叩くナツミ。
「それにね…… あたしを召喚するには高位の召喚師が何十人も死んじゃうくらいの魔力が必要なんだよ?自分で言いたきゃないけどね……。ともかく本来なら一人であたしを召喚なんて絶対無理なの。だからきっとルイズは特別。あたしが……
そんなナツミの言葉に先ほどまで落ち込んでいたルイズの目が光が宿る。
「そうね。あんなすごい幻獣を従える使い魔の主なんだもんね、あたし!きっとすごい力が眠ってるに違いないわ!」
あの後、妙にやる気を出したルイズとナツミ、プニムで部屋の掃除を終えるとちょうど夕食の時間となり、二人は貴族の食堂に向かっていた。
ルイズは食事に、ナツミは厨房にプニムの食事を貰うためだ。
「すいません」
「あ、ナツミちゃん」
ナツミが厨房に顔を出すとちょうど給仕に出ようとしていたシエスタと出会う。
「あ、シエスタ、給仕に出るの?」
「うん、今日は人がいなくてちょっと大変なんです」
「だったら……」
忙しそうなシエスタを見てナツミは、ふとあることを思いつくと間髪入れずにそれを口にしていた。
大きな銀のトレイにケーキと紅茶を幾つか載せ、ナツミはテーブルからテーブルへと移動していた。いわゆる給仕である。今日の朝の恩もあったため、ナツミはシエスタの手伝いをしていた。
「あんた、何してんの?」
「あ、ルイズ」
ナツミが最後のケーキを配り終えると、苦い顔をしたルイズが声をかけてきた。
「……ん?今日ちょっとメイドのシエスタって子にお世話になったからそのお返し」
「ぐっ人助けならいいけど、ちょっとは考えてちょうだい。なんか私が貧乏だから学院で貴女を働かせているとかいってる輩がいるのよ」
そう言って、ルイズが目線を送る先にはナツミを見てこそこそと話す何人かの貴族の少女がいた。
「言いたいやつには言わせておけばいいよ」
「貴女はそれでもいいかもしれなけど、こっちはって……ん、なんか向こうが煩いわね」
ナツミとルイズがこそこそ話しているとやけに周りがざわざわしている。てっきり自分たちが注目されてるかと思いきやそれもどうも違う。
「なんの騒ぎよ……」
「なんかあっちの方が騒がしいみたいだけど」
二人が騒ぎの中心と思い気ところに行くと金髪の少年が金髪で縦ロール少女に頭からワインをぶっかけられているという貴族らしい貴族を育成する学院にはあるまじき光景であった。
「なに……あれ?」
「さぁ、どうせギーシュの二股がバレて怒られたんでしょ……。いつものことよ気にしなくていいわ」
ルイズの声色には微塵の興味も感じられない。その様子からギーシュの女癖の悪さが今に始まった事では無いのだとナツミは理解した。
色恋沙汰に下手に顔を突っ込んでも、ロクな目に遭わないのは異世界でも変わらないだろうと、ナツミはルイズと共にその場を後にしようとした。
「どうしてくれる?君のせいで可憐な二輪の花が悲しんでしまった」
よく分からない言い訳にナツミの足がぴたりと止まる。無視しても良いような気もするが、厄介事に関しては抜群の感度を誇るナツミの直感が、その場を去るなと告げていた。
「なに言ってんのあの金髪?」
「さぁ、フレれて頭がいかれたんでしょ?」
直感の赴くままに、ギーシュの方を向くが見える範囲には彼一人が突っ立っているようにしか見えない。
「責任をとってもらうよ。そこのメイド」
「……!?」
ギーシュがマントを翻しながら話した途端、ナツミの顔に緊張が走った。なぜならギーシュの足元に顔を青褪めさせたシエスタがへたりこんでいた。
「待ちなさい!」
一陣の風の様に人影が駆けた。
ギーシュがそれ以上なにかをする前にナツミはシエスタを庇うようにギーシュに立ち塞がっていた。
「ナ、ナツミちゃん……」
「!?……いきなり怒鳴ってなにかね。ん、君は……確かルイズの使い魔の平民のお嬢さんか」
多少驚いた風をみせたギーシュであったが、平民程度に驚いては貴族の名折れと驚きを即座に書くkし、上から目線でナツミを睥睨する。
「なんでか、わかんないんだけど、どうしてシエスタに乱暴しようとしているか聞きたいんだけど」
「……いちいち平民風情に話す義務はないんけど、まぁいいか」
ギーシュが話す内容は完全に自業自得であった。モンモランシーという恋人がいるにも関わらず、1年生のケティという娘に手を出した。バレないようにしてはいたが、この食堂でモンモランシーから貰った香水を落としてしまったと、拾ってしまうとモンモランシーと付き合っていることがバレてしまうため拾わなかった。しかし、シエスタが気を使ってそれをギーシュに渡そうとすると、ちょうどケティが通りかかりモンモランシーのことがバレ、先程のワインをかけられる。へと続いたという訳だ。
…誰が見てもギーシュが悪いのは明らかだ。
しかし、そんなことで納得できるギーシュではなかった。
その鬱憤をせめてメイドで躾という名で晴らそうとしているのは明らかだった。
そんな事をバカげた事を許容できるナツミでは無い。
「はぁバッカじゃないの?」
心底呆れたようにナツミはギーシュに言い放つ。
「ふん。流石平民、礼儀もなってない。興が削がれたよ、行きたまえ」
どうやらギーシュはナツミの貴族を貴族と思わないあんまりな態度に怒りを越えて呆れ果て興味が無くしたようだった。億劫そうに顎をしゃくり去るように促す。
「さ、行くわよシエスタ。立てる?」
「あ……あ、は、はい。ありがとうございます」
よほど怖かったのか未だに震えるシエスタの様子に思わず歯ぎしりするナツミ。しかし、一応とはいえ収まったこの場を荒らすのはシエスタだけではなくルイズにも迷惑が掛かってしまうので、今回はもう何もする気の無いナツミであった。次の言葉さえ無かったらだが。
「やはりゼロのルイズの使い魔か品性も礼儀もゼロかお似合いな使い魔だな落ちこぼれには」
ブツン。とナツミの中で何かが切れた。
「……しないで」
「なにか言ったかね?使い魔クン」
怪訝そうにギーシュは尋ねる。
「もうルイズを馬鹿にすんなっていってんのよ!キザ野郎!人を馬鹿にすることしかできないあんたの方がよっぽど礼儀も品性も無いわ!」
ナツミの心の中は怒りでいっぱいになっていた。もう落ちこぼれ扱いは嫌だと泣いていたルイズ、こういうギーシュのような連中がルイズをあそこまで追い詰めていた原因だと確信していた。
そんな実力主義がリィンバウムでバノッサをも追い詰めた原因でもあるのだ。
かつての怒りすら再燃しギーシュを睨むナツミ。
「いいだろう。彼女には使い魔に礼儀を教えることすらできないらしい。なら僕がじきじきに礼儀を教えてやろう。来たまえ」
「ちょっとナツミ。よしなさいよ!」
ギーシュに付いていくナツミに追いすがるルイズ。
「……何?ルイズ」
いかにもあたし、機嫌悪いですけどオーラを隠そうともせず返事をするナツミ。
「きっと、ギーシュは貴女と決闘するつもりよ!」
「そう」
「そうって貴女どうすんのよ?コルベール先生から召喚術は人目につかないようにって言われてるでしょ!生身でメイジと戦うなんて無謀よ。それともプニムでも使うの?」
「ううん。プニムは戦わせないわ。あたし一人で戦うわ」
というか召喚術すら使う必要はない。なにせナツミはその気になれば剣だけで悪魔すら打倒できる。
「心配しないで、見せてあげるわ貴女が召喚したあたしの強さを」
「諸君!決闘だ!」
わあーっと歓声が上がる。
「ギーシュがルイズの使い魔と決闘するぞ―――――!」
そんな騒がしい外野を冷めた目で見るナツミ。
「僕はメイジだ。もちろん魔法を使うが文句はないね」
「無いわ、こっちも剣使うけど、いいわね」
(女の子相手に魔法を平気で使うかとことん…どうしようもないわね)
内心ナツミはそう思っていたがあえて口に出すことはしなかった。
「ああ、かまわない、だが剣はメイジに対抗するため平民が…」
「もういいわ。早く決闘するわよ。それとも貴族ってのは口喧嘩を決闘って言うの?」
「……いいだろう。ならおしゃべりはもうやめだ。ワルキューレ!」
ギーシュがバラの造花―杖―を振るうと突然、青銅製の女性を模したゴーレムが彼の前に現れた。
「これが僕の魔法さ!青銅の二つ名に相応しい。美しさと強さを顕現させた存在だよ!行け!」
ギーシュが命令を下すゴーレムはナツミに向かって突貫してくる。
(これが魔法……ユニット召喚みたいね)
ナツミはほぼ初めてみる魔法に興味を持つナツミ。そしてなんとなく、ギーシュの魔法がユニット召喚に似ているという感想を抱いた。
だが、それは見た目だけだ。かつて戦った悪魔やユニット召喚獣と比べて、その動きは呆れるほどに。
「遅い」
ワルキューレが左右の腕を何度もナツミに向かって振るうが一向にかすりもしない。
「くっちょこまかと!避けるだけは上手いな!なら!」
ギーシュがさらに杖を振るうとさらにもう一体のゴーレムが生み出されナツミに向かって攻撃を開始する。
だが、それでもナツミには掠りもしない。
「くそぉおおお!ワルキューレ!」
叫び声をあげ、さらにギーシュが二体のワルキューレを呼び出し、これで計四体のワルキューレがナツミに襲いかかるようになった。
左右前のワルキューレを相手するのはまだいいが、背後のワルキューレがナツミとって嫌らしい相手となった。背後からの攻撃は避け難いし、喰らった場合のダメージはシャレでは済まない。
様子見はここまでと、ナツミは腰に差した愛剣サモナイトソードを抜き放つ。
「っ!?」
瞬間、ナツミは自身の身体に違和感が走ったのを感じ取った。
ナツミの左手のルーンが淡く輝き、体がまるで羽の様に軽くなったのだ。
(左手が熱い?それに体が軽い……?)
元々、サモナイトソードは持ち主の身体能力や魔力を向上させる力を秘めているが、今ナツミの身体に起きているそれは、いつものものよりも遥かに上だった。
あまりの速さにいつものと感覚がズレてしまい、盛大にナツミの斬撃は空ぶった。
「っと!?うあぅ!」
ナツミから見て左に薙がれた斬撃。空ぶったその勢いをナツミは咄嗟に蹴りに利用する。
(なっ!?)
「なんだと!?」
ナツミとギーシュが驚いたの同時だった。
ギーシュはナツミの蹴りは当たったワルキューレを吹き飛ばすに留まらず隣にいたワルキューレすら纏めて吹き飛ばした。
しかも、ワルキューレはその衝撃に耐えきれずバラバラになってしまう。
(あ……あれっ?どういうこと?ジンガとまではいかないけど、すっごい威力なんだけど、それにこのルーンだっけ?なんか武器の情報と最適な使い方が流れ込んでくる)
ルイズによりナツミに刻まれてルーンはナツミがそれまで使いこなしていると思っていたサモナイトソードの力をさらに引き出し、持ち主の能力を上昇させる力が強化されたのだ。
元々このサモナイトソードはかつて無色の派閥で作成された意思持つ魔剣シャルトスの構造を模したものである。そして魔剣シャルトスは世界の境界から力を引き出す初代の誓約者が使用した至源の剣と同じ力を持っていたことを、
そう、このサモナイトソードは至源の剣と同等の力を持っていた。
その力が今、ナツミの左手のルーンにより、解放されていた。
(剣自体の使い方は分かる……けど魔力が)
ルーンはナツミに剣の使い方を示してくれていたが、発生した魔力自体の制御はナツミが制御しなければならない。元々細かな制御が苦手なナツミはその魔力を使いこなせず持て余していた。
いつもは意識して出していた魔力が今は意識しなくても体の内から滾々と湧き出ていた。
下手に剣を使えばここら一帯を吹き飛ばしても不思議ではなかった。
「く、ワルキューレ……!ワルキューレェエエエエ!!!!」
思わぬナツミの反撃に恐慌状態になったのか更に三体のゴーレムを生み出し、ナツミを五体のゴーレムにて包囲する。
「た、多少は腕が立つようだがこれでお終いだよ平民」
五体のワルキューレは中心にいるナツミに向かい同時に突撃した。
(どうしよう)
ナツミは内心焦っていた。召喚術は目立つからダメだとコルベールに言われている。サモナイトソードを使用しようともサモナイトソードから勝手に供給される魔力の制御は難しく下手に剣を振るえば周りの観客に危害を与えてしまうだろう。
そうなことをナツミが考えているとは知りもしないギーシュは大声でなんやら吠えている。
(ああ、もうどうしようって攻撃してきた―――!もう知らないわよ!!)
五体のワルキューレが攻撃してきた瞬間、ナツミは真上に飛んでいた。
剣により強化された肉体は五体のワルキューレを
ナツミは即座に懐からサモナイト石を取り出す。
「……来たれ、光将の剣……」
(召喚先を目標の頭上に指定)
「シャインセイバー!」
ナツミがそう叫ぶと光輝く聖なる剣がワルキューレを頭から足先まで粉々にする。そして剣が石畳みをも壊すかと思いきや
(その前に送還!!)
光に溶けて消えていく。
後には粉々になったワルキューレと剣を構えたナツミの姿があった。
あまりの早業にナツミが剣でワルキューレを切り刻んだような光景がそこにはあった。
「あ、ああ……」
自慢の魔法が破られ戦意を喪失したのか呆然とするギーシュ。
そんなギーシュにナツミが近づく。
「あ、ぼ、ぼ僕の負けだ。た、頼む殺さないでくれ!」
「はぁ?殺すわけないでしょ、何言ってんの?」
突然命乞いをするギーシュに呆れるナツミ。
「それより言うことがあるでしょ?」
「な、何だね?」
「ちゃんとシエスタと謝んなさいよ。あと馬鹿にしたルイズにも……分かった?」
「メイドとルイズにはちゃんと謝っておくよ……」
その言葉が聞きたかったのかナツミはギーシュに背を向けて去ろうとし、もう一度ギーシュを見やる。
「あ、そうだ。あと、あんたが二股かけた二人の女の子にも謝っておきなさいよ」
「わ、わかった……」
そう告げると今度こそナツミはギーシュの元をさり、自分に駆け寄ってくるルイズと合流するのであった。