ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第五話 惚れ薬

 

 

「「ほれぐすりぃ!?」」

 

 モンモランシーが口にした思わぬ言葉に、異口同音にルイズとナツミは叫ぶ。無論、その名前からどんな効果があるかは明白だった。 

 ルイズは顔を呆れた様子へと変化させ、ナツミは自分がギーシュにどう思われているかを理解し体をぶるりと震わせる。

 

「馬鹿!大声出さないで!……禁制の品なんだから」

 

 ルイズは自らの腕でモンモランシーの手を掴むと口から引きはがし再び叫んだ。

 

「そんなの知ってるわよ!ってかなんでそんなもんをギーシュは飲んだのよ?」

「そ、それは……」

 

 モンモランシーはちらりとギーシュを見ると溜息を一つして、│訥々《とつとつ》とギーシュが惚れ薬を飲んだ経緯を説明し出す。

 ギーシュに浮気をさせない為に惚れ薬を作ったこと、それを飲ませようとギーシュのグラスに惚れ薬を仕込んだら、ちょうどナツミが訪ねて来て、ギーシュが惚れ薬が入ったワインを飲み、扉を開けてナツミを見てしまったと。

 どう考えも禁制の惚れ薬を使ったモンモランシーが悪いだろ、と言う内容であった。

 

「あ、あの時、ルイズの使い魔が来たのが悪いのよ……」

 

 射殺さんばかりの視線をぶつけてくるルイズに、たまらずモンモランシーは歯切れ悪くナツミが悪いと言い出した。だが、それは火に油、マグネシウムに水だった。

 

「はぁ!?どう考えてもあんたが悪いでしょうが!!……多少、扉を開けたギーシュも悪いかもしれないけど、それでもナツミは関係ないでしょうが!」

 

 ルイズの言う通り、ナツミには非は一切ない。制服の仕立て直しにしたって二、三日で出来るとナツミは元々言っていたし、ルイズが言う通り扉を開けたのはギーシュだ。

 

「……で、治るの?」

 

 ルイズの背に隠れ、ギーシュの視線を避けながら、ナツミは懇願するようにモンモランシーに問うた。

 

「……そのうち治るわよ」

「そのうちっていつよ!」

 

 流石に怒鳴るナツミ。ただ惚れられたならまだしも、今のギーシュのナツミへの執着っぷりは異常だ。モンモランシーとルイズに散々痛めつけられたなお、陶酔した視線をナツミへと送るのを止めないのだ。それに、いくらドットとはいえギーシュは魔法を使える。大抵は一方的に制圧できるだろうが、万が一ということも有りえた。

 

「個人差があるから、そうね。一か月後か、それとも一年後か……」

「そんなもんを飲まされたのギーシュは……」

 

 強すぎる薬の効力に流石にかわいそうに……とナツミはギーシュに同情の念を抱き、思わずギーシュに視線を向けると熱い視線を送るギーシュと目が合い背中に怖気が走り、同情の念があっという間に霧散する。

 

「……ナツミくん」

 

 視線が合ったことが余程嬉しいのか蕩ける様な声をあげるギーシュ。

 ルイズは猛烈な頭痛に襲われたのか頭を抱える。

 

「……すぐに、すぐに!なんとか!し・な・さ・い!!!」

 

 今日最大級の怒鳴り声が辺りに響く。

 モンモランシーはルイズの先程からの大声に流石に怒りが込み上げ、テーブルを思い切り叩き、怒鳴り返した。

 

「私だって治せるもんなら治したいわよ!!」

「じゃあ、さっさと治しなさいよ!!」

「……お金が無くて材料が買えないのよ。とある秘薬が必要なんだけど……高価なのよ。数日前まではあったんだけどね。……惚れ薬に使っちゃったし」

「使っちゃったじゃないわよ!!お金なら貸すから買って来なさいよ」

 

 使い魔……というか友人に降りかかる不幸にあっさりとお金を貸すというルイズ。彼女もナツミと出会って成長した証拠だろう。

 

「……あたしが治そうか?」

 

 言い争う二人に再びナツミが声をかける。彼女の持つ召喚獣には対象の状態異常を回復出来るものが何体もいる。ギーシュを回復させるなど数秒で可能だ。

 

「できるの?」

 

 ナツミが風のスクエアメイジだとギーシュが言っていたことを思い出したモンモランシーが懐疑的な目でナツミを見る。今回モンモランシーが作った惚れ薬にはある高位の生物の体の一部が使われているのだ。その効力は非常に高く、水の高位メイジでも治すのが難しい。

 それをスクエアクラスの風のメイジが出来るわけがない。なんせ系統が違うのだから。

 そんなことをモンモランシーが思っているとはナツミは露とも気付いていないナツミは嫌そうな顔をして答えを出す。

 

「出来るけど、……はぁ~、そのギーシュと二人きりにしてくれない?」

 

 ちなみに彼女が嫌がっているのは今の気持ち悪さマックスのギーシュと二人きりになることだ。……ロープで簀巻きにされているとはいえ、今のギーシュはナツミと二人きりになった途端に歓喜でロープで千切りそうで嫌すぎた。

 そんなことになったら……

 

「う……」

「ダメよ!!」

 

 おぞましい想像を抱いてしまったナツミは思わず呻き声をあげてしまう。そしてそれに重なるようにモンモランシーは大声でナツミの意見を却下する。

 

「なんでよ」

「……そ、それは……」

 

 モンモランシーの妙に必死な言葉にルイズが突っ込みを入れる。ルイズからすればナツミの力は知っている為、惚れ薬位であれば簡単にその効力を無効化出来ると絶対の信頼を置いていたからだ。

 そして、ナツミの力を知らないモンモランシーは別の事を心配していた。それはもうナツミとルイズからすればあまりも馬鹿馬鹿しいことで。

 それは

 

「あ、あなたとギーシュを二人きりにしたら、良からぬことをするかもしれないでしょ!」

「はぁ?」

「モンモランシーあんたバカでしょ?」

 

 モンモランシーが顔を真っ赤にしてナツミとギーシュが二人きりにせんと止めに入る。それに対して心底呆れたように二人が声を漏らす。

 

「なにが馬鹿よ!」

「馬鹿は馬鹿よ!いいからナツミに任せなさいよ!」

「ここの場で治せばいいでしょ?なんで二人きりにならなきゃいけないのよ」

 

 今日一番もっともな意見をモンモランシーが言うが、それをナツミが容易に行えない理由があった。召喚獣を召喚しなければ術を行使できない彼女ではモンモランシーの目の前で召喚獣を晒さなければならない。

 既にハルケギニアの何人かの人に召喚術の事がバレているとはいえ、いたずらにその数を増やすのはよろしくない。故に召喚術行使の現場を見せないために二人きりにしてくれないかと言う提案だったのだが、モンモランシーからすればたかが治療するのに二人きりにしてくれなんて、人には見せられない事をするのではと考えていた。

 

「そ、それはナツミのしょ……じゃなくて魔法は東方の魔法だからあんまり広めたくないのよ」

「別に言いふらしたりしないわよ!」

「と、とにかくダメなのよ」

 

 もはや二人の意見は平行線。

 ナツミ的にはもうバレてもいいと思い始めていた。それほどまでにギーシュ気持ち悪いし。

 

「じゃあ、もういいわよ。ナツミ帰るわよ」

「え、うん」

 

 とうとう我慢の限界に達したルイズがナツミを促してモンモランシーの部屋から出ようとする。

 

「待って!」

 

 ルイズの腕を掴んで、待ったをかけるモンモランシー。

 

「なによ」

「……お金貸して」

 

 

 

 結局モンモランシーは翌日ルイズからお金を借りて秘薬を買いに行った。ナツミ的にはこの間にこっそりギーシュを治しても良かったのだが、意地になったルイズが。

 

「自分の不始末は自分で片付けないとね」

 

 と言うので、治療はしていなかった。

 そしてギーシュはモンモランシーの部屋にモンモランシーが作った睡眠薬を飲まされた上に簀巻きにされて転がされていた。……哀れ。

 そして夕方、モンモランシーがようやく帰って来た。

 

「……」

「おかえりなさいモンモランシー」

 

 ルイズの部屋の扉を開けて何故か無言で立ち尽くすモンモランシー。ナツミはとりあえずおかえりなさいと言ってみる。

 だが、モンモランシーは引き続き無言のままだ。

 

「どうしたの?」

「無かった……無かったのよおおおおお!!」

 

 絶叫をあげながら泣き崩れるモンモランシーにナツミはやれやれと溜息を吐くことしかできなかった。

 

 

 結局、王都にある秘薬屋を回りに回ったにも、モンモランシーの求める秘薬は品切れになっていたらしい。

 しかも、その秘薬が再度入荷する予定は全くの皆無。なんでもその秘薬というのがガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住まう水精霊の涙というらしいのだが、その肝心の水精霊たちとの連絡が最近途絶えたらしいのだ。

 つまりこの水精霊の涙―秘薬―が手に入らない以上、惚れ薬の解除薬は作れない。

 

「ひっく、ううどうしよう……?」

 

 がっくりと落ち込んで泣きじゃくるモンモランシー、ギーシュの事が好きで昨日はナツミにキツイ事を言ったのだろう。悲しげに俯くモンモランシーの様子からそれを察したナツミは居たたまれなり、モンモランシー肩に優しく手を置いた。

 

「秘薬が無いんじゃしょうがないわね。あたしが治すけど良いよね」

 

 諭す様に優しくナツミはモンモランシーに話しかける。

 だが、モンモランシーがそれをぶち壊す。

 

「ダメ!二人きりになるなんてダメよ!」

「……」

 

 こいつ面倒くさい。ナツミは微笑んだ笑顔の脇に青筋が浮かぶのを知覚する。

 この後に及んで、未だに折りたくないところは折らないモンモランシーにナツミは高すぎる貴族としての間違った彼女のプライドに嫌気がさし始めていた。

 まぁ本当はセーラー服を着たナツミにギーシュが夢中になっていたことを知っていたモンモランシーとしてはそんなナツミとギーシュが二人きりになることに嫉妬しているだけなのであったが、ナツミはそれを知る由はない。

 無論、ナツミはギーシュにこれっぽちも興味が無い。

 別に自分より強い男が好みとは言わないが(そんな人間はほとんど居ないし)、チャラチャラして女の子ばっかり追いかけて、おべっかばかり使う男なぞ間違いなく好みではない。それなら多少ぶっきらぼうでも助けるときは助けてくれる人の方が何倍もいい。

 さしものナツミもういい加減にモンモランシーに対しての呆れ具合が限界に達しつつあった。なんせこのまま治療ができないとなるといつ治るかも知れぬ惚れ薬の効力でナツミに惚れたギーシュに毎日の様に求愛される日々を送らねばならないからだ。

 そんな日々を送るのは正直、モンモランシーだけで充分だ。

 

「……あ」

 

 そこまで考えてナツミはあることを思いついた。秘薬がない今、ギーシュを惚れ薬から解放する方法はナツミには召喚術しか思いつかない。そしてその召喚術はあまり人の目には見せなくない。

 だが、ナツミとギーシュが二人きりになるのはモンモランシー的にはよろしくない。

 そうナツミとギーシュが二人きりなるのがよろしくないのなら。

 ならば――――。

 





一番最初にリィンバウムの人物紹介を追加しました。
大した事は書いていませんが宜しければご覧ください。
徐々に追加していくつもりです。

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