姿見の前で一人の少女があれやこれやとポーズを決めていた。金色縦ロールの髪をポーズに合わせて揺らめかせている。
少女モンモランシーは二日前に頼んだ水兵服(今はセーラー服)が出来るなり、さっそく着込んで、その具合を確かめていたのだ。
「……胸がキツイのと丈が少し短いわねこの上着。サイズが合わなかったら直せるって言ってたし後から頼もうかしら」
ナツミが仕立て直したそれはモンモランシーには少し丈が短かったようで、モンモランシーは恥ずかしそうに丈を下に引っ張っていた。これはナツミは自分のサイズをそのまま大きく仕立て直したのが原因であった。
簡単に言うとモンモランシーはナツミと比べて胴が長く、ナツミはモンモランシーよりも胸が無いという悲しい事実の具現にすぎないのだが、それを知る者は誰もいない。
「でもデザインは可愛いわね。風紀を守りつつ可愛さもあるなんて、中々センスがあるわね。あの使い魔」
丈の長さには不満があるようであったが、服のデザインはいたく気に入ったのか、モンモランシーは鏡で色々な角度から己を映してご満悦の様であった。その表情には、これでギーシュも放っておかないでしょ。という気持ちが表れている様であった。
そのままどれくらいの時が経ったであろう。
扉が突然ノックされ、モンモランシーは飛び上がった。
「だ、だれよ……。こんな時に……」
別にやましい事はしてはいないが、万が一ナツミが尋ねて来たとあってはモンモランシーのプライドは完全に破壊されてしまう。モンモランシーの脳は即座に居留守を使うことを決めると、息を殺し、身動きを止める。
「僕だよ!ギーシュだ!モンモランシーいないのかい!?君への永久の愛の奉仕者だよ!」
(ギ、ギーシュ!?……このタイミングで来るなんてっていうか、だーれーが永久の愛の奉仕者よ)
セーラー服を見せようとした張本人であるギーシュが扉の向こうに居ると知り、モンモランシーの心臓が一瞬跳ね上がるが、ギーシュのセリフが後半に差し掛かると、思わず怒りを込めて突っ込みを心中で漏らす。
彼女はギーシュの浮気性にはほとほと呆れ果てていたのだ、確かに今でも少しは好きかもしれないが、並んで街を歩けば、きょろきょろと美人に目移りするし、酒場でワインを飲んでいれば、モンモランシーが席を立った隙に給仕の娘を口説く。デートの約束をすっぽかして、他所の女の子のために花を摘みに行ってしまう。
そして、ちょっと可愛い服を着たクラスメートの使い魔の娘に夢中になる……ギーシュの永久とは一時間くらいか?とイライラと胸に怒りが込み上げてきたが、わざわざ訪ねて来てくれたギーシュをちょっぴり嬉しく思ったのもまた事実。
ギーシュがなんらや呟いているのをとりあえず放置し、急ぎ制服に着替え声を掛けてみる。
「……なにしに来たの?もうあなたとは別れたでしょ?」
「おお!居たんだねモンモランシー!!…………でもモンモランシー悲しいよ。僕たちはまだ終わっていない。そうだろう?」
「あなたには一年生の可愛らしい子がいたでしょ?わたしに構ってていいの?」
「……モンモランシー君は誤解している。でもその責任は僕にあるんだね……、僕は綺麗なものに心を奪われてしまうんだ。つまり僕は美への奉仕者。……そう芸術。僕は芸術に目が無いからね。でも!それも今日まで、僕は気付いたんだ!僕にとって本当の芸術がなんのか、それは君だ!モンモランシー!!なんせ君は素晴らしい芸術だ!…………金髪とか」
馬鹿にも程がある。
モンモランシーは顔が一瞬、話しかけてしまった後悔から歪む。散々持ち上げておいて出た褒め言葉が金髪だけ。
しかもとってつけたように、ボキャブラリーがあまりにもないため、褒め言葉の八割が芸術で構成されていた。逆に言えばそれだけで会話できるのはある意味すごい事であったが。
「帰って、わたしいそがしいの」
ここで甘やかしてもしょうがないとモンモランシーはギーシュを突き放してみた。かなりきつい事をいってもちょっと褒めるとどこまでもつけあがる彼にこの位がちょうどいい。
すると扉の向こうから、嗚咽が聞こえてくる。だがモンモランシーは表情一つ変えずにその嗚咽に聞いていた。
だがこれも既に慣れていた展開だった。
「わかった。……そんな風に言われては、僕はこの場で果てるしかない。愛するキミにそこまで嫌われたら、ぼくの生きる価値なんてない…………せめてこの扉にキミへの愛を刻んでこの世を去ろう」
「え?」
いつものとは違うギーシュの台詞を直ぐには理解できず。突然謎の硬化現象が彼女を襲う。そんな彼女の耳にガリガリと扉を引っ掻く音が聞こえてきて、ようやくモンモランシーは再起動を果たす。
「愛に殉じた男、ギーシュ・ド・グラモン。永久の愛に破れ、ここに果てる……、と」
「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ!もう!」
慌ててモンモランシーが扉を開けると、ギーシュは満面の笑みを浮かべて立っていた。
「モンモランシー!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!愛してる!えっと……………愛してる!!」
名を叫ぶなり、モンモランシーを抱きしめるギーシュ。不覚にもモンモランシーは一瞬うっとりとしてしまう。ギーシュはとにかく愛してると連呼するという
モンモランシーがなにも言わずに自分抱きつかれている様子に、イケる。と馬鹿な思考に達したギーシュはキスをしようとモンモランシーに迫った。
「モンモン……」
その言葉にギリギリのところで我を取り戻したモンモランシーはぐいっとギーシュの顔を横に押しのける。ギーシュの顔が悲しげに歪む。
「勘違いしないで、部屋の扉は開けたけど、心の扉はまだ開けてないの。まだあなたを許すって決めたわけじゃないんだからね。あと誰が、モンモンよ。今日は帰って」
「そうかぁ!考えてくれるんだねモンモン……じゃなくてモンモランシー!うん。君がそういうなら今日は帰るさ。また教室で会おう!」
そう言うとギーシュは脈があったことが余程嬉しいのかぴょんぴょんと跳ねながら自分の部屋へと帰って行った。
ちょっと前までがっくりと落ち込んでいたはずなのに、ころっと態度を変えるギーシュの後ろ姿を眺めて、モンモランシーは早まったかなと少し反省していた。
でも未だに嫌いに慣れていない自分がいるのもまた自覚していた。だが、かつてのギーシュの浮気っぷりを思い出すとどうしても二の足を踏んでしまう。やり直したとしても、結局同じことの繰り返しなのではないかと、モンモランシー的にはもう浮気でやきもきするのはこりごりだった。
「あれを試してみようかしら……」
ふとモンモランシーはそう呟いて、最近手に入れた秘薬の入った引きだしを開けるのであった。
雲一つない青空の下、ナツミはゼロ戦の格納庫へと足を運んでいた。ちなみに今日の服は町娘と変わらない服装だ。制服も良いのだが、あの服はしわになりやすいし、洗ったり、アイロンをかけるのが面倒くさい。
そもそもこの世界のアイロンは電気アイロンなどという利器は無い。名も無き世界ではとっくに絶滅した炭火アイロンがいまだにメインを張っているのだ。使い方は普通のアイロンだが、炭火をわざわざ調達するのが一番手間なのだ。
シエスタに頼めば快くやってくれそうだが、友人であるシエスタに面倒事を押し付けるのはナツミ的にNGだ。
なので手入れも簡単で数も多い町娘の服を今日は着ているわけだ。
そんなナツミの耳にゼロ戦からカンコンカンコンと金属音が飛び込んでくる。ナツミの視線の先にはコルベールとエルジンがゼロ戦に取りついて作業しているのが見て取れた。そしてその足元には……。
「こ、これって」
絶句するナツミの目の前には機首のエンジン部分が機体から外され、地面に下ろされ、無残にも分解されていた。
「ああナツミ。びっくりしたでしょ?構造はもう書き出してあるからね、より詳しく調べるために軽く分解してみたよ!」
「素晴らしいですぞこれはナツミくん!構造的には以前私が設計したものに近いですな!もっともこちらの方が遥かに高度ではありますがな。部品があまりに緻密で整備を怠るとすぐに不調をきたしそうですな、そもそも……」
「いや、先生。ここはこうして、回転をここに伝えて……」
「!ふむふむむむ」
途中まではナツミへエンジンの説明をしていたはずだが、あっという間に話は脱線し二人で討論を始め手が付けられなくなり、ナツミは無言でその場を去る。
その脇に
見てはいけないものをスルーしたナツミはルイズの部屋へと戻った。
そして、もはやエルゴの守護者として色々とダメになりつつあるエルジンの事は頭から無理に追い出し、モンモランシーの部屋へと向かうことにした。
先日、モンモランシーから頼まれた友人用のセーラー服の胴の丈を少し長くしてほしいと頼まれたからだ。丈を直すくらいは特に難しくない。もともとの水兵服は男性用だし、生地を切らずに仕立て直したからその丈を伸ばせばいいだけだからだ。
というわけでもう物は出来ていたのでさっさと渡そうとナツミは女子寮の階段を上る。部屋の前まで着いたナツミは一応礼儀なのでこんこんと扉をノックする。
「ナツミだけど、服の仕立て直し出来たわよ」
「え、ああ、ちょっと今手が離せないのよ。置いといてくれる」
「別にいいけど汚れるわよ?」
「か、構わないわ。」
せっかく仕立て直してあげたのに、まるでさっさとその場を去れと言わんばかりのモンモランシーの態度に流石のナツミもイラっとしたが、貴族なんてそんなものかと無理矢理自分を納得させるとナツミは踵を返し階段を下りようとする。
すると、モンモランシーの部屋から男の声が聞こえてくる。
「ナツミくん?追い返すこともないだろう?せっかく服を持ってきてくれたんだ。迎えるのが礼儀だろう」
「ま、待ってギーシュ!!」
声の持ち主はギーシュ。
女性に関しての礼儀だけはハルケギニアでも突出したものを持つギーシュがモンモランシーの制止を振り切り、扉を開けた。ギーシュの視線がナツミへと突き刺さる。
その瞬間、ギーシュの目つきがやばいものに変わったと後にナツミは語った。
「な、ナツミくん。好きだああああああああああああ!!へぶう!!」
顔を真っ赤にし目を潤まさせたギーシュがナツミへと跳び付こうとし、あっさりと避けられ階下へと落下していった。
部屋の中央でロープでぎっちりと縛られたギーシュが芋虫のごとくびくびくと蠢いている。それでけでも怪しさ爆発の光景だが、それ以上に怪しい光をギーシュは瞳に灯していた。普段のギーシュの女の子を見る目つきも怪しいが、今は隠そうともしない情欲をらんらんと輝かせる危険極まりない目つきだった。
階下に転落したギーシュをあの後、ナツミは介抱しようとしたが、次の瞬間ダメージを感じさせない動きでギーシュはナツミに再び、飛びかかり見事に捕獲された今に至っていた。
「ナツミくん!君はなんて美しいんだ!強く凛々しいその様はまるで女神……ぐふぅ!?」
ロープに縛られてなおギーシュはナツミに対し異様な執着を示し、なんとか近づこうともぞもぞ動き言葉を重ね続ける。
「黙りなさい」
きらきらと曇り無き瞳でナツミを見つめながらギーシュがナツミを褒め称えているとルイズが機嫌悪げにその背中に足を落とす。溜まらずギーシュが呻き声をあげるが、そんなもので止まるほど今の彼は理性的では無かった。
「ぐっ!?し、嫉妬は止めたまえミス・ヴァリエール!?」
「はぁ?」
ナツミにのみに向けていた視線を、怒気を漲らせギーシュは叫ぶ。意味が分からずルイズは怪訝な顔で間抜けな声を漏らすが、そんなルイズにギーシュは更なる爆弾を落とした。
「いくら君がナツミくんを愛していても、女である限り彼女が振り向くことは無いんだぞ!男である僕に君は勝ち目が無いんだ!!」
「な、何を言ってんのよ!!あんたは!!!」
「ぐふぅううう!?」
皮袋を思い切り蹴りつけたような音がモンモランシーの部屋へ響き渡る。頬をこれでもかと染めたルイズが怒りを込めてギーシュを蹴り飛ばした音だ。
ごろごろと床を転がり部屋の端に激突してギーシュはようやく止まる。
「ごほっごほっ、ず、図星を突かれて照れているのかぃいいいいいい!?」
咳き込みながらもなお馬鹿な事を言い続けるギーシュに今度はモンモランシーが蹴りを加える。もはや生きるサンドバックと化したギーシュであったが、ナツミはそんな彼に同情の念が全く湧いてこなかった。なぜなら、こうして二人から蹴りつづけられているにも関わらず、ギーシュは未だにナツミに熱い視線を送っているのだ。
はっきり言うとあまりにも気持ちが悪く情に厚いナツミでさえ軽くギーシュに引いていた。
そのまましばらく耳を押さえたくなる様な肉を打つ音が部屋に響くが、やがてそれも収まる。流石の愛の奉仕者であるギーシュも二人の猛攻には耐え切れずにようやく気絶したのだ。
「はぁはぁ……これは一体どういうことモンモランシー?」
「……さ、さぁ?」
ギーシュが気絶してようやっとまともになった空気の中、ルイズはじろりとモンモランシーを睨むと尋問を開始する。モンモランシーはルイズの纏う恐ろしい気配に怖気づきながらもあさっての咆哮を向いて上づいた声をあげる。
「なんか隠してない?」
「な、なにも隠してないわよ……」
モンモランシーの怪しい様子に更にルイズが問い詰めると、モンモランシーは縮こまるように否定するが、既にその様子が何かを隠していると暗に語っている。
しばし、無言の時が流れる。
その無言の時を破ったのは……。
「ナツミく~ん!!」
……超人的な回復力で復活を遂げたギーシュであった。顔を腫らしながらも笑顔でナツミの名を呼ぶギーシュは先程にも増して気持ちが悪い。とうとうナツミはギーシュの視線に耐えかねルイズの背に隠れた。平時は緩みながらもここぞという場面では伝説の召喚師らしく凛としているナツミの珍しい様子に心の中で可愛いなぁとルイズが思ったのは彼女だけの秘密だ。
「じ……実は」
そして、自らの元彼氏で現在進行形で一番気になる男の子であるギーシュの醜態にモンモランシーが遂に口を割った。