ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第三話 状態異常攻撃!?

 

 夕方、いや夜といっても差支えない時間帯にソルとジンガはというかソルは疲労困憊と言った体で魔法学院へと辿り着いていた。疲労の原因は馬で三時間もかかる王都から魔法学院まで道のりを徒歩で歩いてきたからだ。

 何故そんなことになったのか、ソルの誤算は祭りを適当に楽しんだ後に訪れた。

 いざ魔法学院に帰ろうと貸し馬屋で馬を借りようとしたが、魔法学院の関係者だと言っても信じてもらえず、馬を借りる事が出来なかったのだ。

 基本的に常識人であるソルがハルケギニアでただ移動目的で理由で召喚術を使えるわけもなく自らの足で歩く羽目になったのだ。

 ジンガ?人外の体力を持つ彼に疲れるという概念は基本無い。その気になれば馬並みの速さで走れてもなんら不思議ではない。と言うか走れる。そんなわけで同じ目にあったにも関わらず二人の疲労状態には大きな違いがあった。

ソルは最後の力を振り絞り、リィンバウムに帰るため、女子寮の階段をルイズの部屋目指し て歩く。ジンガが何度か手を貸そうかと提案するが、男に抱き抱えらえるのはどんなに疲労していても嫌なのか、決してソルがその案に乗ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 数日後、夜。

 ソルはルイズ、シエスタの召喚術の練習の為、いつものようにハルケギニアへとナツミに召喚されていた。

 だが、そんなソルの様子はいつもの様では無かった。秘密結社の総帥の息子であり、卓越した召喚技術を有し、机上だけでなく数々の修羅場を潜り抜けた歴戦の召喚師。魔王とすら対峙したこともある彼は、普段では考えられない程に動揺していた。

 ……ナツミに。

 ソルの目の前にいるのは間違いなく彼の相棒(パートナー)であるナツミのはず……だ。

 

(……っど、ど、どういうことだ、ナツミを見てられない)

 

 何故かソルはまるで獣属性の召喚術の一つ、ドライアードの状態異常である魅力攻撃を喰らったかのような胸の高鳴りをナツミに覚えていた。

 

(ミ、ミーナシの滴は無いのか!)

 

 ミーナシの滴。状態異常である魅力を強制的に解除する回復アイテムである。だがそんなものが都合よく入っている程、世界は優しくない。それにソルは気付いていないが、仮にミーナシの滴があったとしても彼の今の状態を回復させることは出来ないであろう。

 

「ソルどうしたの俯いて」

 

 ソルが俯く原因たるナツミはまったく無自覚にソルに近づく。その装いは普段のそれではなかった。白地の長袖、黒い袖の折り返し、襟とスカーフは濃い紺色。襟には白い三本線が走っている。

 それはいわゆるセーラー服であった。下はルイズと同じスカートは色は元々黒なのでそれほど違和感はない。そして紺色の靴下、ローファー。もはやここが異世界とは思えない再現性である。ちなみにローファーはナツミは名も無き世界からリィンバウムに召喚された際に履いていた物だ。

 

「……なんでもない。そ、その服はどうしたんだ?」

「ああ、これ?似合う?」

 

 その場でくるりと回ってセーラー服(偽)をソルに見せるナツミ。ソルは思わず輝く夜空に浮かぶ双月に視線をずらす。その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「……まぁ似合わなくもない、でどうしたんだ急にそんな服着て」

「えへへ、水兵さんの服が王都で売っててね。ちょっと仕立て直したら故郷の制服みたいになるんじゃないかなって思って思わず買っちゃったんだよね~。リプレに裁縫は習ってたんだけど予想外にうまく出来ちゃった」

「……そ、そうか(た、確かに召喚時にそんな服を着ていた気がするな……)」

 

 なるべくナツミを見ないようにソルは返事をし、ナツミを召喚した時の事を思い出す。

 とは言ってもあの時とそう変わらない服をナツミを来ているにも関わらず、何故こうも胸に抱く思いが違うのか、首を傾げる。

 最初にナツミを見た時は魔王召喚の暴走の際だったため、ナツミを魔王だと疑っていたので、失礼にもソルはナツミを異性と思っていなかった。そして現在はナツミを異性として意識している。それがセーラー服の状態異常効果を十二分にソルに与える原因となっていた。

 

 その晩、ソルはエルジンに二人の召喚術の練習を任せ、そうそうにリィンバウムへと送還してもらった。精神状態をまともに保つ余裕がなかったからだ。

 

 

 

 この後、このセーラー服のせいで要らぬ騒動が起きるのだが、それを知る者はまだいない。

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院、二年、水のメイジ。モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ、香水の二つ名を持つドットメイジは、苛立つ気持ちを抑えられないでいた。苛立つ気持ちを向けているのは同じ二年生の土のドットメイジ。ギーシュ・ド・グラモン。

 一応、モンモランシー的には()恋人にカテゴライズされる少年である。

元と言うのは、ギーシュが一年の女の子であるケティという子とモンモランシーを二股にかけた為、モンモランシーの方から振ってやったからだ。

 それ以降は振られたことが余程堪えたのか、最近ギーシュはモンモランシーにいつもにもましてモーションをかけてきていたのだが、今日に限っては違う女の子に夢中になっていた。

 その女の子とは。

 

「な、なんなのよ……!っルイズの使い魔ばっかりじろじろ見て!!」

 

 現在、放課後、場所、中庭。

 モンモランシーが後ろから、こっそりと様子を見ている事にも気付かず、ギーシュはナツミへ良からぬ視線を影から送っていた。その隣にマリコルヌがいるのだが、ギーシュに視線が固定されているモンモランシーにとってはまさに眼中に無い。

 

「なんなのよ水兵の服って、あんな変わった服のどこがいいのよ!」

 

 ギーシュとその他、一名はモンモランシーが怒気を纏った視線をびしびしと突き刺す様に送るが、桃源郷にぶち込まれているギーシュは気付きもしない。

 なにせ。

 

「の、脳髄が蕩けるぅ……」

「け、けしからんっ!!の、脳が……」

 

 と二人揃って馬鹿極まりない事をほざいている。

 どうやら二人ともセーラー服を身に纏ったナツミを見て、ソルと同じチャーム状態(偽)に罹っているようであった。

 そしてそのやらしい視線を一身に浴びているナツミはまったく気づいてはいない、久しぶりに着るセーラー服を来て気分が浮かれているようであった。

 

「……」

 

 それを見てなお一層怒りが込み上げるモンモランシー、ギーシュがあんなに夢中なのにゼロのルイズの使い魔の癖に気付かないなんてという思いを顔に張り付けている。

 

「……仕方ないわね」

 

 モンモランシーは何かを決心したようにギーシュを睨みつけるとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 セーラー服を着て男子生徒のみならず、男性職員の視線まで独り占めしたことも知らず、ナツミは夕食を食べるために使用人用の食堂へと足を運んでいた。

 食べると言っても、ナツミ自身が自分で作る事も少なくない。時間帯はシエスタ達メイドは貴族の給仕で忙しいからだ。なのでナツミは自分で適当に何かを作るかと考え居ると、微妙に上から目線の声が掛かる。

 

「あ、あら奇遇ね。ルイズの使い魔さん。こんなところで会うなんて」

「ん?」

 

 ナツミが振り向いた先にはどこかで見たような少女が、両手を腰に当てて偉そうに突っ立っている。

 

「えーと、誰だっけ?」

「っ!も、モンモランシーよ!モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ!!貴女の御主人様のクラスメートの!」

「ああ、モンモン?」

「違う!モンモランシーよ!!モンモランシー!」

 

 マイペースなナツミの回答に地団太を踏むような反応をするモンモランシー。はぁはぁと息が若干荒い。小声でこれだから平民はと呟いているが、首を傾げているナツミに聞こえていないようであった。

 

「それでモンモランシーはあたしに声かけてなんか用なの?」

「……っ(様とかつけなさいよ使い魔の癖に……)よ、用という大層なものはないだけどね」

「ふーん。もう夕食だから用がないなら、あたし行くね」

 

 お腹が空いているせいか、適当にモンモランシーをあしらうと、ナツミは目的地である食堂へと再び足を進める。

 

「ま、待って!」

 

 通常であれば、使い魔、平民等ににそんな態度をされては本当は無条件で処罰されてもおかしくはない。

 だが、今のモンモランシーにそんな余裕は無かった。どうしてもナツミに聞かねばならない事があったからだ。そして、ナツミもやけに真剣なモンモランシーの様子に足を止めて振り返る。

 

「ど、どうしたの?」

「あ、あなたの着てるその服なんだけど、ど、どこで買ったのかしら?く、クラスメートで欲しがってるこ、子ががいたのよね~」

 

 どもりながら自分自身どうしようもない言い訳をする。

 

「これ?水兵の服を自分で仕立て直したんだけど……」

 

 モンモランシーの心配を余所に、言い訳に気付かないナツミ。

 これはナツミ自身がまさか自分が着ているセーラー服をわざわざ言い訳してまで欲しがるなどと考えていなかったからだ。

 

「そ、そうなの……」

 

 ナツミの返事を聞いて明らかに気落ちするモンモランシー。本人は否定していてもギーシュの事が未だに好きなのであろう。ギーシュが気に入っている服を着て、見て貰いたいと思う程度には。

 それを証明するようにどんよりと落ち込んだモンモランシーはとぼとぼと踵を返してナツミの元を去る。その様子に流石に可哀そうになったのかナツミはある事を思いつきモンモランシーへ声をかけた。

 

「良かったらあたしがまた作るけど?」

「ほ、ほんと!?」

 

 びゅんっという擬音がぴったりのスピードでモンモランシーは廊下を駆けるとナツミの両肩へ己の両手を乗せて大声をあげる。ぎりぎりと一介の女子学生とは思えぬ握力でモンモランシーはナツミの両肩を握り締め、ナツミは思わず顔を痛みで顰める。

 

「っいた……、ち、ちょっと落ち着いて」

「はっ!ご、ごめんなさい」

 

 ナツミが痛みを訴えつつ、モンモランシーを諌めるのが功を奏し、モンモランシーはナツミから手を離し、素直に謝罪する。だが、未だにその吐息は若干荒い。そのモンモランシーの奇行ぶりにようやくナツミも異常を感じ取ったが、前言を撤回するほど、厚顔無恥でもなかった。

 

「……ま、まぁ怪我も無いし、気にしないで。えっと服は用意できるんだけどサイズはどの位で作ればいいのかな」

「そ、そうね。私……じゃなくて、貴女より少し大きめ位に作ってくれれば多分大丈夫だと思うわ」

 

 反射的に自分のサイズにと言おうとして、なんとか言い直すモンモランシー、我を多少失いかけているとはこれ以上恥を晒すまいとする貴族の誇りがなせる意地なのだろう。……色々と手遅れであったが。

 

「分かったわ、ニ、三日でできると思う……ってもう行っちゃった」

 

 ナツミの返事を最後まで聞かず、モンモランシーは瞬く間にその場を去って行く。

 望みの物が手に入ると分かり、頭が冷えたことによって今まで自分が犯した失態を思い出し羞恥心でも耐え切れなくなったのであろう。。

 ナツミはやれやれと首を傾げてモンモランシーを見送りながら、水兵の服の仕立て直しに想いを馳せるのであった。

 

 

 

 


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