ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第四章 リンカーと誓約の水精霊
第一話 それぞれの戦後


 

 

 トリステイン王国、王都トリスタニアは凄まじいまでの熱気に包まれていた。熱気の発生源はアルビオンの進行を見事に撃退してのけた勇敢なトリステイン王軍を讃える王都の住民達。

 メインストリートのブルドンネ通りでは酒がまるで水のように配られ、多くの食材が並べられていた。不可侵条約は結んだものの、王族排斥と聖地奪還を謳うレコンキスタがいつその条約を反故にするか誰もが心の中で怯えていたのであろう。

 そんな住民達に溢れた大通りを聖獣ユニコーンに引かれた王女アンリエッタの馬車を先頭に、高名な貴族達の馬車があとに続く。

 

「アンリエッタ王女万歳!」

「トリステイン万歳!」

 

 観衆達は大きな熱狂に包まれている。その歓声ももっともである。なんせ、王女アンリエッタが率いたトリステイン軍は先日、国民が危惧した通り不可侵条約をあっさりと無視して、親善訪問と偽って侵攻してきたアルビオン軍をタルブの草原で見事に打ち破ったのだ。

 数で勝るアルビオン軍から一方的に勝利をもぎ取ったアンリエッタはいまや『聖女』とまで呼ばれる程の人気を民衆から集めていた。そして戦勝記念パレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。

 これは枢機卿を筆頭にほとんどの宮廷貴族、大臣を始めとした有力者が現在空位である王位をアンリエッタにとの流れになったからであった。強国であるアルビオンの進行を真っ向から退けるトリステイン、そしてそれをなした王女アンリエッタ。

 それが国の指導者に足らないはずはないとの意見からであった。

 これにより、帝政ゲルマニアへ嫁ぐはずであったアンリエッタはゲルマニア皇帝との婚約解消を見事に成すことのに成功した。ゲルマニアは当初渋い顔をしていたが、勢いにのったアルビオンを一国で打ち破ったトリステインへ強硬な態度を示すことはできなかった。

 ゲルマニアとて一国でアルビオンを相手に出来るとは思っていない同盟の破棄は論外だ。

何せ、つい最近まで怯える赤子のようなトリステインはではない。赤子のようだと思っていたトリステインはその実、獅子であった。その力を借りなくては危ないのはゲルマニアだ。そう今やトリステインはゲルマニアになくてはならないもの対等、いやそれ以上に頼りになる同盟国になったのだ。つまり、アンリエッタはこの戦いで己の自由をも勝ち取ったのだ。

 

 

 

 枢機卿であるマザリーニは、アンリエッタの戴冠の儀を前にここ何年もの間、背中に圧し掛かっていた重荷が驚くほど軽いのに気付いた。

アンリエッタが女王に即位した後には、国内の政(まつりごと)はアンリエッタに任せ、自分が相談役に徹すればよいからだ。

 

「どうしたのです殿下?浮かぬ顔をなされて」

「いえ、本当に私は即位せねばならないのですか?母様がいるではないですか」

 

 アンリエッタはそういうがアンリエッタの母、マリアンヌ皇太后は王がなくなって以来、本来であれば即位する女王への戴冠を長い間拒み続けていた。理由は亡き夫を未だに偲び続けているからあった。

 そして、アンリエッタを戴冠を一番最初に望んだ人物がマリアンヌであった。やはり長い間王位を空位にしてしまい、国が荒れる原因の一端が自分あるのを多少は自覚していたのか、アンリエッタの人気が絶頂である今が好機だと考えたのであろう。

 その考えは枢機卿も感じていたので反対する理由は無かった。だが、アンリエッタ自身は今回の戦いの勝利は枢機卿や将軍など経験豊富な者たちがいたからだ。

 アンリエッタ自身は王軍のシンボル……それ以上の意味はなかった。

 それにあの勝利は……。

 

「巨大なワイバーンとそれを駆る少女……」

 

 アンリエッタは手にしていた羊皮紙に書かれた報告書に目を落とす。

 そこにはある衛士がまとめた七十を超える竜騎兵をたった一騎で相手にし、勝利したワイバーンを駆る少女についての報告が書かれていた。

火竜を遥かに上回る三十メートルを優に越えたその巨体。レキシントンの新砲の直撃を受けてなお無傷で済ませる堅牢な鱗。多数の敵を相手にし一切の傷を負わせぬ敏捷性。ワイバーンではありえぬ火炎ブレス、しかもそのブレスはレキシントンの新砲の射程を遥かに越える。

そして本能に訴えかける言葉にすることすら憚(はばか)れる圧倒的な畏怖。

 それを震えながらも、どこか畏敬の念を込めて捕虜となったアルビオン竜騎兵の一人は語ったと報告書には記されていた。もちろんそんなワイバーンを駆る少女のメイジなどトリステインにはいない。

 それを疑問に思ったこの衛士は、さらに調査を進め、そのワイバーンを駆っていたのはヴァリエール公爵の三女の使い魔の少女であることを突き止めた。聞けばこの少女は東方、ロバ・アル・カリイエから召喚された異国のメイジだという。

 そこでこの衛士は、ある仮説を立ててた。

 先の戦いの折、敵艦隊を墜落せしめた奇跡の光を生み出したのはこの使い魔の少女ではないかと、メイジの実力を見るには使い魔を見よとの言葉をそのまま信ずれば巨大なワイバーンを自在に駆る少女はまさしく七十を超えるメイジと真っ向から戦えるほどの力があるのではないかと。

 それにエルフとの戦いに明け暮れる東方のメイジであれば、我らも知らぬ魔法を知り得ているのではないかと。だが、艦隊を相手取るメイジ……ことがことだけに衛士は二人への接触はアンリエッタの裁可を待つという形で締められていた。

 トリステイン王国に勝利をもたらしたのはワイバーンと眩い奇蹟の光。

 

「ナツミさん……やっぱり貴女なのですね」

 

 異世界の英雄の名を静かにアンリエッタは口にした。

 

 

 

 舞台は変わり、魔法学院、アウストリ広場。

 ゼロ戦格納庫。

 エルジンとコルベールはゼロ戦を背に新たなる機械へと興味を示していた。彼らの前には先日エルジンが持ち込んだ数多の機械兵の残骸が所狭しと並べられていた。ゆうに機械兵十体分もあるそれを運び込むために二十回以上も召喚送還を繰り返しを強要されたナツミも流石に最後は頭に来てエルジンの脳天に拳骨を叩き込んでいた。

 

「いやあ!実に興味深い、これほど細かい部品をまったくの誤差無く幾つも作り出すとは、機界(ロレイラル)とやらは相当発展していたんですな!!」

「そりゃあそうだよ。これを作るのもまた機械。そしてそれを作るもまた機械。それが機界なんだよ先生。」

「ほう素晴らしいですな!是非一度この目で見てみたいものです」

「あはは、それはちょっと無理かな」

「む、それはどうしてですか?」

 

 エルジンは少し悲しそうな表情をして答えた。

 

「……機界はね大昔、強力な兵器による争いが絶え間なく続く戦乱の世界だったらしいんだよ。それで土地と言う土地が破壊尽くされて、生身の生き物が生存できなくなったらしいんだ……。まぁその前に行くこと自体がナツミに頼めばもしかしたら行けるかもってレベルの話なんだけどね」

「戦乱……」

 

 火は破壊することしかできない。それを否定するために日夜研究を続けるコルベールにとって、ハルケギニアを遥かに越える技術を持つ機界が辿った歴史は少なからずショックを受けることであった。

 

「コルベール先生どうしたの?」

 

 急にコルベールの様子がおかしくなったことにエルジンは不思議そうに首を傾げる。

 

「い、いやなんでもないですぞ!早くこの機械兵を蘇らせましょう。確かでんしずのう、でしたっけ?使えそうなのはありましたか?」

「う、うん。一個だけあったよ。つい最近壊れたってやつなんだけどね。一番劣化してなさそうだから、これを使おうかと思っているんだ」

 

 そういうとコルベールへの興味は失せたのか、エルジンは電子頭脳を自慢げにコルベールへと見せる。とは言ってもその電子頭脳は使えるかどうかを見極めたのはナツミだ。火器管制などの機能を搭載した電子頭脳はガンダールヴのルーン的には武器と判断したらしい。

 二人はわくわくと言った様子でパーツを組み合わせていく。

 

 

 

 そんな事が行われているゼロ戦格納庫の正面にナツミはいた。ちなみにサモナイト石を忘れたエルジンへの説教は既に先日終えていた。シエスタは夜の空いてる時間だけであるが、召喚術についてナツミから教えを受けることになった。

 一応目覚めた力、そのままにしておけば突発的に力が暴発することもある。

 現にエルジンが言うには、現に青の派閥の召喚術師の一人、運命を律するほどの力を持つという調律者(ロウラー)の末裔であるマグナ・クレスメントはサモナイト石を触れた瞬間に初めての覚醒を遂げて、街の一角をふっ飛ばすという大惨事を起こしたことがあるという。

 この世界には今のところサモナイト石は無かったが、魅魔の宝玉の欠片や、ゼロ戦、そしてナツミの例があるように、サモナイト石がこの世界に召喚されるという事態がないとは言い難いし、サモナイト石のようにマナを宿す石、風石がこの世界にはあるのだ。

 というわけで暴発する危険がある以上、そのままというのもあれなのでナツミが召喚術をシエスタに教えるという運びになったのだ。

 

「それにしても……エルジンのやつ、エルゴの守護者としての自覚あるのかしら?」

 

 そう言うナツミの手の中には先の戦いの折にソルがアルビオンの司令長官ジョンストンから奪った魅魔の宝玉の欠片が握られていた。宝玉自体が砕けていたためか、幾分魔力は弱っていたがそれでも低級の悪魔であれば無数に召喚し、従えることが出来るくらいの力は残されていた。

 とは言っても霊界(サプレス)のマナが皆無に等しいハルケギニアでは魅魔の宝玉の欠片のみで召喚した低級の悪魔はいまにも消えそうな程弱弱しいものであった。これではせいぜい死体に憑依させてその体を操るのが精一杯といった体であった。

 それがタルブの村で現れた不倒の兵達の正体であった。ジョンストン自身はそれを、クロムウェルから死体を蘇らせる虚無の力を宿した水晶石だと言われ持たされたと証言した。おそらくは霊界のマナが無いこの世界では魅魔の宝玉の欠片から遠く離れてしまうと死体に宿した低級悪魔が存在を維持できなくなるための措置であろう。

 つまり、

 

「多分。魅魔の宝玉の欠片はまだある」

 

 そうでなければ、ジョンストンのように実戦を知らぬただの政治家に欠片とはいえ、とびっきり貴重な魅魔の宝玉の欠片を与えることなどしないだろう。

 

「敵にも召喚師がいるのかも」

 

 そう言うナツミの顔はいつになく真剣であった。

 

 

 

 

 

「ぐ……う……」

 

 ズキズキと鼓動と同期する痛みにワルドは目を覚ました。起き上がろうとして、顔をしかめる。体に巻かれた包帯を見つめて、苦しそうに首を傾げる。自分はあの巨大なワイバーンの尾に風竜ごと手酷く打たれて、空中で意識を失ったはずだ。

 

「おや?意識が戻ったみたいじゃないか」

「土くれ……か、っ……」

 

 ワルドは体を起こそうとするが全身が強く痛み、思わず呻き声をあげる。

 

「まだ動いちゃいけないよ。骨が何本も折れて内臓も何か所も痛んでいたんだよ。水系統のメイジの何人も集めて、三日三晩『治癒』の呪文を唱えさせたんだよ」

「そうか、よくもまあ死なずにすんだものだな……」

 

 あのワイバーンの攻撃は強固な火竜の鱗を紙のように砕く威力を持っていた。そんな攻撃を受けてワルドが生き延びられてのはおそらく……。

 

「あんたの乗ってた風竜に感謝しな、しっかしどんな攻撃を喰らったんだい?あんたの風竜胴体が半分千切れてたよ」

「……そうか」

 

 攻撃されたのが腹側だったのが、幸いだったとワルドは胸を撫で下ろした。もし背中側、いやワルド自身にあの攻撃が当たっていれば彼は粉々になっていただろう。ガンダールヴの少女が召喚したあのワイバーンはまさに怪物であった。ありとあらゆる能力がハルケギニアに存在する幻獣を上回っていた。

 そしてあのガンダールブであるナツミ。アルビオンでの戦いでもそうだが、ワイバーンを巧みに操ったのをワルドは思いだし、身震いする自分を自覚する。

さらに思い出すのは、意識が途切れる直前に見た光の渦……。アルビオン艦隊のことごとくを炎上せしめたそれはなんだったのであろう。

 ルイズの身に宿る才能か、それともナツミの仕業なのか。

 そして、神聖皇帝クロムウェルが操る、虚無と自称する不思議な力。

『聖地』へと行き、己が望みを叶える。それがワルドの自身が望むただ一つの事。ナツミの力を知った今となっては、危険を犯してまでレコンキスタに参加したのは間違いだったのかも知れない。

 とは言っても覆水盆に返らず……、彼の進む道はもうレコンキスタの尖兵となり、聖地奪還へと邁進するのみ。

 それに立ちはだかる敵がエルフ以上の化け物だとしても。妙に真剣な表情をするワルドに呆れるようにフーケは溜息を一つする。このままだとロクな目に会わない、そんな気がしてならなかった。

 

「たまには顔でも見せに帰ろうかな……」

 

 

 

 

 

 

 夜中、トリステイン魔法学院中庭。誓約者、虚無の使い手、護界召喚師、見習いメイド召喚師、トライアングルの風メイジ。とやたらとヴァリエーションの富んだメンバーが一同に会していた。

 理由はシエスタこと見習い召喚師であるシエスタに召喚術やナツミの秘密の説明を話していた。

 

「と言う訳ね。何か聞きたいことある?」

「……」

「シエスタ……?」

「うん……いや、あまりに突然のことでよく分からないけど、ナツミちゃんは異世界を救った勇者様ってことなの?」

 

 ナツミの説明を聞き、自分が召喚師の素質があることやナツミが異世界人でさらに違う異世界を守ったなどと、驚くことが多すぎてシエスタは若干混乱気味であった。後半の反応はタバサとそっくりな反応であったが。

 

「うん。勇者は言い過ぎだけどそれに近いかな?」

「すごい……すごいよナツミちゃん!!それで私にも似たような力があるってほんとなの」

 

 ようやく理解が追いついたのか、ナツミの両手を掴んだぴょんぴょんと飛び跳ねる。メイジと違って力を持たぬ平民故に、特殊な力に深い憧れがあったのか、シエスタの喜びようはかなりのものであった。

 

「友達と同じ力があるなんてなんか嬉しいね!」

 

 いや、初めての同年代の友達であるナツミと同じ力がある事が嬉しかったようであった。見た目と変わらずに優しい少女である。

 

「……そうだね。……ありがとシエスタ」

 

 ぐっとすることを言われて不覚にも涙ぐむナツミ。異世界でも人と人が繋がる絆は不変。そのことを証明する若き少女達の心の交流がそこにはあった。

 

 

 




先輩達は休み希望の魔法を唱えた!
油揚げのゴールデンウィークの休みは一日になった!

せめてプロットを書きながら過ごします。

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