ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十六話 戦線開幕

 

 トリステイン魔法学院教師、ジャン・コルベールは現在年甲斐もなくはしゃいでいた。彼は研究と発明を趣味というか、生きがいとするほど知的好奇心が旺盛な人物であった。そんな彼は今さっき、研究室の窓からとんでもないデカさのワイバーンと、それに吊られた妙な物を見て慌てて、それに駆け寄ったのだ。

 

「こ、これは一体?ってナツミ君!?まあいい、ナツミ君これはなんだい?よければ私に説明してくれないかね?」

 

 ジンガと共にゼロ戦を地面に下ろす作業をしていたナツミを見つけると、興奮した様子でコルベールは話しかける。

 

「ああ、コルベール先生、ちょうどいいところに」

「ん?なにかね」

「これを置いといても怒られないとこってありますか?」

「そうだね、アウストリ広場ならあまり人が来ないから、そこなら問題はないと思うが……」

 

 コルベールの言葉を聞くと、ナツミは下ろす作業を中断する。

 

「姐御ーどうすんの?」

「じゃあ、もうそこの広場に移動しちゃおう」

「りょうかーい」

 

 ナツミの言葉にジンガはゼロ戦を再びワイバーンへと括りつけ始める。

 

「いや、ナツミ君。これがなんだか聞いているんだが……」

「これですか?これは飛行機って言って空を飛ぶものです」

「そ、空を飛ぶ?それにしてはこの翼の様なものは羽ばたく様には出来てないようだが……どういう仕組

か説明してもらえないかね」

 

 興味の対象としてゼロ戦を完全ロックオンしたコルベールはナツミへ詰め寄るより質問を浴びせてくる。

ナツミはそのあまりの剣幕に若干引き気味になりながらもゼロ戦をワイバーンに括りつける作業をなんとかこなす。その隣でコルベールは瞳をきらきらと輝かせながら、ナツミの答えを待っている。

ナツミとしてはコルベールの人柄はある程度知っていて決して悪い人ではないのは知っていたが、こうなった人間がどれほど厄介かも同時に知っていた。

 そこで、全てを丸投げすることに決めた。

 そうエルジンに。

 

「……先生。後からあたしがいた世界でこういうのに詳しい人間を召喚するので、その人に聞いてみて下さい」

「おお!人間の召喚ですと!?それはそれで興味深い……いや!今はこれに詳しい人から話を聞けることに喜びましょう!」

 

 更なる興奮を見せるコルベールにナツミは小さな溜息をつきながらその場を後にした

 

 

 あれから二週間近くの時が過ぎ去っていた。ゼロ戦をアウストリの広場へゼロ戦を移動した後、一行の帰りを何処からか嗅ぎつけた学院長に学院生徒三人娘が呼び出され、学院中の掃除を無断外出の罰として言い渡されたりとルイズ以下学生組は大変そうであったが、一使い魔に過ぎないナツミには特にお咎めはなく、まったりとナツミは過ごしていた。

 そんなのんきな使い魔の横では結婚式は来月に迫ったというのに一向に(みことのり)が出来ずひいこら言ってる主人の姿があったようななかったような。

 

 というわけで今日も今日とて暇なナツミは、ゼロ戦の様子を見るためにアウストリ広場へと足を運んでいた。なんでも、ゼロ戦の燃料となるガソリンの合成にコルベールが成功したらしく、今日はプロペラを回すとかなんとかエルジンが昨日はしゃいでいたためだ。

 本来なら面倒事を押し付けるつもりで召喚したエルジンであったが、コルベールとは何故か無性に馬が合ったらしく、碌にリィンバウムに帰らずにゼロ戦の研究をコルベールと一緒にやっていた。その情熱は凄まじく、本来互いの世界に存在しなかったゼロ戦の仕組みや、航空力学といった学問まで理解し始める領域まで達しつつあった。

 やはり言うか、当たり前と言うべきかゼロ戦と高度な機械を調べていたエルジンがコルベールをややリードし、ディテクトマジックで機体を分解せずに内部構造を調べることができるコルベールが補助するという互いが互いを補えるのが二人の研究心をより高めていた。

 もはや二人には年の差を超えた友情が芽生えているようであった。

 

「相棒、またあの変なのを見に行くのかい?」

「まあね。あたしも暇だし」

 

 ナツミが言葉を返すのは背中に背負われたデルフリンガー、通称デルフ。

 言葉を話す器物インテリジェンスソードに分類される剣である。本人曰く六千年前に誕生したらしいが、記憶はところどころが抜けてるし、その本体も錆びている為、威厳は欠片もない。いや、錆びているから古い物だとは分かるが、錆びているが故に威厳もなにもあったものではない。

 なので最近は鞘にしまいっぱなしで、ナツミの背に背負われていたが、ナツミがミノタウロス戦でちょっことだけ使った折に寂しげな声をあげていたのを、最近思い出して鞘に入れたままでも喋れるように改良してもらったのだ。

 ちなみに改良したのはエルジンとコルベール。ちょうどいい息抜きだといいながら、嬉々迫る表情の二人に無情にも預けられるデルフ。その後の事はデルフ曰く

 

「回転する変なのをつけられそうになった……」

 

 もう二度と一人(?)でエルジン、コルベールとは会いたくないと話すほどのトラウマをデルフは二人に刻まれて帰ってきた。そしてその心の傷を代償にナツミ達と鞘に入ったままでも喋られるようになったのだ。

というか鞘をデルフの口にあたる鍔に干渉しないようにしただけで、デルフを弄る必要は実はなかったことを彼女たちは知らない。

 そんな恐ろしいことは抜きにして、皆と話ができるようになったデルフはかなり嬉しそうであったのはナツミにとっても喜ばしいことであった。

 

 二人が取り留めもない会話をするうちに目的地、アウストリの広場が見えてくる。広場の隅にはゼロ戦が鎮座し、その周りをエルジン、コルベールがわたわたと走りまわり、それをエスガルドが傍観していた。

 

「調子はどう?エスガルド」

「ム、誓約者殿、丁度がそりんヲ入レテ、えんじんヲ回シタトコロダ」

「なんかわたわたしてるけど問題でもあったの」

 

 そう言ってナツミが視線を向ける先にいる二人はエルジンがコクピットに頭を突っ込んでメモをとったり、コルベールが機体にディテクトマジックをかけてメモをとったりと、問題がないようには見えない。

 

「イヤ、電気系統ガ息ヲ吹キ返シタヨウデナ。ソレガドウイッタ役割ヲ担ッテイルカ、記録ヲトリタイソウダ」

「あっそ」

 

 ここ一週間で知った二人の異様な研究心を再び垣間見たナツミは密かに溜息をついた。この様子ではナツミが密かに楽しみにしていた飛行試験は当分お預けになりそうだからだ。

 興味深い~!、なるほど!を二人が壊れたレコードのように無限再生しているのをエスガルドと呆れながら見ていると、ふいにデルフリンガーがエスガルドに声をかける。

 

「よう、紅いの」

「ン、でるふカ、ナニカ用カ?」

 

 長い時をお互いに生きてきたせいか二人(?)は通じあう部分が多かったようで、話はする程度の中だったりする。

 

「いや特に用って程のもんじゃねぇんだけどさ、あの小僧とよく一緒に居られるなってね」

「?意味ガヨクワカラン、えるじんハ良キ人間ダ。本来、過去二私ノ故郷ガりぃんばうむ二シタ行イカラ怯エラレテモ憎マレテモ文句ハ言エナイ、ダガ、えるじんハソンナ私ヲ仲間ダト言ッテクレタ」

 

 エスガルド達、機械兵は本来生まれ故郷、機界(ロレイラル)で作られ異世界たるリィンバウムを侵略するという使命を帯びてリィンバウムの大地へと降り立ったのだ。

 強靭にして頑健極まる彼らの体に、当時の人々はなすすべも無く屠られと伝えられている。そう、リィンバウムの人々にとって機械兵とは悪魔程までいかなくとも十分に恐怖に値する存在なのだ。

 だが、そんなエスガルドをエルジンは簡単に受け入れて入れた。

 

「そうか、何も分からねぇで好き勝手言って悪かった!」

 

 エスガルドの話を聞いて、素直に謝罪するデルフ。

 

「分カッテモラエレバ、ソレデイイ。アマリ気二シナイデクレ」

「でもよ、あの小僧が良い奴だってのは分ったけど、あの回転するあれだけはなんとかしてほしいぜ」

「回転スル……?アア、どりるノコトカ」

「確かそんな名前だったな……思い出したくも……っ!」

 

 忌むべき名を思い出して、人間なら渋面を浮かべているだろう声色で喋るデルフの言葉が途中でなにかに気付き中断される。

 なぜなら、自分に近いと思っていた人外の知り合いの右腕に――――

 

「割ト使イ勝手ハ良イゾ?」

 

 チュイイイインと軽快な音を立てるドリルが付いていたのだから。

 

 

 

 

 

 エルジンとコルベールが最早天井知らずではしゃいでから数日。ラ・ローシェルの上空に新生アルビオン政府の客人を迎えるために、トリステイン艦隊旗艦のメルカトールが艦隊を率いて停泊していた。

 しかし、その迎えるべき客―新生アルビオン政府―は約束の刻限をとうに過ぎた今もその姿を見せないでいた。

 

「やつらは遅いな、艦長」

 

イライラした様子で艦長―フェヴィス―に声をかけるのは、この艦隊の司令官であるラ・ラメー伯爵であった。

声をかけられた艦長も苦虫を噛み潰したように呟いた。

 

「自らの王に手をかけた躾のなっていない駄犬は、駄犬なりに着飾っているのでしょうな」

 

 その声が聞こえたのか、鐘楼(しょうろう)へと上がっていた見張りの兵が、大声で艦隊の接近を告げた。

 

「左上方より、艦隊!」

 

 兵の声に、二人がその方向へ顔を向けると、呆れる程大きな艦を先頭にアルビオン艦隊がこちらへ悠然と降下してくるところであった。

 

「あれが、アルビオンのロイヤル・ソヴリン級か……戦場では会いたくないものだな」

 

 ラ・ラメー伯爵のその言葉は奇しくも数十分後に現実となるだが、それを現在トリステイン艦隊が知る術はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 親善訪問だと思っていたトリステイン艦隊がアルビオン艦隊の卑劣な騙し討ちにより、なす術もなく轟沈していく様子にレキシントン艦長のボーウッドは悼むような視線を送っていた。誇りあるアルビオン艦隊が騙し討ちで敵の艦を屠っていくさまは、王をこの手にかけてしまった自分が堕ちるところまで堕ちたと実感するには十分すぎるほどの衝撃を彼に与えていた。

 だが、戦争はまだ始まったばかり、誇りなき自分なれどこの身は軍人と、ボーウッドは頭を振って意識を

変えた。それと同時に自らの隣にいるこの艦隊の司令長官ジョンストンを覗き見る。

 クロムウェルの信任が厚いというだけで司令長官についたジョンストンは実戦の指揮をとったことがない名ばかりの司令長官であった。そのジョンストンはまだ戦いが終わってもいないうちから両手を挙げて万歳万歳と馬鹿みたいに大はしゃぎしていた。王を手にかけ、騙し討ちをし、打ち倒された敵に敬意を示すこともしない。一切の誇りを感じない今のアルビオン政府の権化のような男を見て、切り替えたはずのボーウッドの感情が軋んだ様な音を出した。

 

 

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院に、アルビオンの宣戦布告の報が入ったのは、翌朝の事だった。王宮が混乱を極めたため、連絡が遅れてしまったのだ。

 ちょうどその時ルイズとナツミがアンリエッタの三週間後控えたに結婚式の会場に向かうために、王宮からの馬車を待っているところであった。ちなみに詔は出来てなかった。そして朝もやの中から現れた馬車は二人が待っていた馬車ではなく、息を切らせた一人の使者であった。使者は慌てた様子で二人から学院長の居場所を聞くと足早に去って行く。その尋常ならざる様子に、只事ではないと感じた二人は、使者の後を追い駆けた。

 

 

 学院長室へと飛び込んだ使者の話を話を盗み聞いた二人は、顔色を変えた。戦争が勃発したことにも驚いたが、それ以上にその戦場に驚きの表情を浮かべる。的であるアルビオン新政府はラ・ローシェルの近郊に位置するタルブの村の草原に上陸し、タルブの村の制圧行動を開始したという。

 そして更に不味いことに、それの迎撃に出たアストン辺境伯を含む戦力は全滅したと。

 ならば、今タルブの村の周囲には味方はいない。そして、そこには二人の知り合いが休暇で滞在中なのだ。

そこまで思い至ったナツミは即座に顔を真っ青にさせる。そして瞬く間に窓に向かって駆け出した。

 

「ワイバーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!」

 

 凛と透き通るような声を出すと同時に乱暴に窓を開け放つと、ナツミは思い切りそこから両手を広げて飛び出す。即座にナツミの肉体は重力の影響を受け、地面に向かって落下を開始する。ばたばたと彼女の服が、風圧で騒々しい音を立てる。

 

「gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 地面にナツミの体が叩き付けられる前に、大音量の咆哮が辺りに響き、ナツミは頼りがいのある相棒の背に降り立った。

 

「ワイバーン。シエスタの村に向かって、全速力で!」

「gall」

 

 ナツミの必死の願いを込めてワイバーンへと指示を出すが、ワイバーンは何故か動かない。

 

「ワイバーンどうしたのって……わあああああああ!?」

「きゃあああああああああああ!?」

 

 どすん!っという音が相応しい感じでナツミが飛び降りた窓から、ルイズがナツミの真上へ降ってきた。女の子が空から降ってくるなんて想像もしていなかったナツミはそれはそれは物の見事に押しつぶされる。

 

「い、痛ったぁぁって、だ、大丈夫ナツミ!?」

「う、る、ルイズ何やってんのよ……」

「シエスタのところに行くんでしょ私も行くわよ!」

「で、でも危ないわよ。戦争よ、ルイズは残ってて!」

「使い魔が戦争に行くっていうのに、主が安全な場所でのうのうとしているわけには行かないわ、私も連れて行きなさい!……それにシエスタが心配だし」

 

 こうなったルイズは梃子でも動かない、頑固の中の頑固だ。ナツミは諦めたように、溜息を一つするとワイバーンの鱗を一撫でする。ワイバーンはそれだけで主の意を汲むと、咆哮一息、タルブの村へ全速で向かうのであった。

 

「きゃあああああああ!!…………あ………あ……あ…あ…!」

 

 ルイズの悲壮な悲鳴を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 ナツミ達が到着する幾分か前、焼き払われたタルブの村に一人の少女が戻っていた。夜も覚めやらぬうちなら、誰にも見つからずに、生家に戻れると踏んだからである。

 少女の名前はシエスタ。ナツミの故郷、名も無き世界のとある島国の血をその身に伝える少女である。シエスタ達、タルブの村の者のほとんどは、アルビオン軍が来る前に、人の手がほとんど入っていない深い森が広がる南の森へ逃げていたため、人的被害は受けていなかった。

 その代わりに、彼女の愛した美しかった草原は焼き払われ、家屋や畑など物的被害はあまりに大きかったが。そしてシエスタの家もその例外ではなかった。

 全壊とまではいかなかったが、見る影もなく破壊された生家を見てシエスタは思わず涙腺が緩む。

 だが、そんな場合ではない。彼女は目的があって家族の目を盗んでまでこの生家に戻ってきたのだ。

 

 幸いシエスタの目当ての物は元の場所に置いたままにしてあった。石のようなそれは火災の影響を受けず、シエスタがその手に納めると灰色の輝きを放ち出す。

 

「良かった……」

 

 おそらく自分の友人だある少女ナツミが落としたと思われるそれを見つけたことに安堵すると、シエスタは足早に生家を後にする。だが、それを回収できたことに安堵していたのか、注意力が散漫になっていたシエスタは村に戻ってきたときの精細さを欠いていた。

 焼け果て誰の家とも分からなくなった家の角を曲がった時。ドンっと、なにかにぶつかった。それがなにかをシエスタが確認する前に、彼女の腕はなにかに掴まれる。

 

「きゃあ!?」

「いってぇな!この村の娘か?やっと一人見つけたぜ!」

 

 それはアルビオン軍に雇われた傭兵の男であった。傭兵の男が大声をあげるとその声を聞きつけた別の傭兵達が集まってくる。

 

「おお!誰もいねぇと思ったら、いるじゃねぇか!」

「しかも、結構上玉じゃねぇか!」

 

 下卑た男たちの笑い声にシエスタは己が身に降り注がんとする脅威に気付く。それから逃れようと腕を振り払おうとするが、悲しいかな少女の細腕では戦を生業とする傭兵の男の腕を振り払う力は無かった。男はシエスタの抵抗が気に入ったのかそのまま押し倒しにかかろうとする。

 だが、それは眩いばかりの光に阻止された。

 

「ぐおおおお、なんだってんだ!?」

「目が開けてられねぇ!」

 

 光は収まることなくシエスタを守るように輝いていた。

 

「え、何?名前……?名前を呼べばいいの?」

 

 シエスタは光に包まれながら、自らを守る声を聴く。

 

「ちっ!メイジか?」

「なんでもいい、一斉にかかればいいだけだろ!!」

 

 シエスタを、欲望の対象にした傭兵達は多少の障害でそれを辞める程、理性的ではなかった。だが、シエスタの視界に彼らの姿は映ってなかった。

 ただ、彼女は呼ぶ、異世界から彼女に声を掛ける者を、彼女を護らんとするものを……。

 彼の者の名は――――――。

 

「貴方の名前は」

 

 

 

 

「エレキメデス!!」

 

 

 その瞬間、巨大な蛇のような紫電が周囲一帯を黒く焦がし尽くした。

 

 

 


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