ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十五話 機界の盟友

 その後、ナツミから思わぬ事実を告げられて忘我に陥っていたシエスタをなんとか回復させ、一行はシエスタの家へと案内された。シエスタの家族は最初は予定よりも二週間も早く帰った娘に驚き、次に見知らぬ一行に眉を潜め、そしてその一行に貴族が三人もいることに再び驚き、最後にナツミが誰も読めなかったシエスタの曽祖父の墓の銘を読んだことに驚くというなんとも忙しない対応をしてくれた。

 

「祖父の墓の銘を読める方が現れるとは……ちょっとお待ちください」

 

 シエスタの父親はそう言って、席をはずし、すぐさま手にゴーグルをぶら下げて戻ってきた。

 

「これをお受け取りください」

「これは?」

 

 ゴーグルを受け取ったナツミは不思議そうに小首を傾げ、シエスタの父にそう尋ねた。

 

「生前、祖父が残した唯一のものです。あと遺言も残っています」

「遺言?」

「はい、自分の墓の銘を読むことが出来た者に、『竜の羽衣』を譲れとそして……」

 

 シエスタの父はそこで一旦言葉を止める。そして、貯めたものを放出するように告げた。

 

「陛下へ『竜の羽衣』を返して欲しいと告げてほしいと言っておりました」

 

 曽祖父の代から三代続いた遺言をようやく果たせることに思うところがあったのか、そう告げるシエスタの父の目尻には少し涙が浮かんでいるように見えた。

 

 

 結局のこの日、ナツミ達はシエスタの生家に泊まることになった。ナツミが学院にいるシエスタの友達だよと告げると、奉公先がどのようなものか不安が吹き飛ばされたのか、シエスタの弟、妹達が大勢ナツミにじゃれてきた。

 シエスタの兄弟はシエスタを含めて八人もおり、シエスタはその長女であった。ナツミはどことなくシエスタとリプレを重ねて見ていたのも、どちらも多くの小さな子供達の面倒を見るところに通ずるものを感じていたのかもしれない。

 なんとなくそんなこと取り留めもないことを思いながらナツミは子供達と遊んでいた。久しぶりに小さな子供達の面倒を見ていると、ふとナツミはフラットでよく面倒を見ていた三人の家族の事を思い出していた。

 

 

 夕方、ナツミはシエスタに連れられて村のそばに広がる草原を見つめていた。シエスタのとっておきのお気に入りの場所らしく、そこは綺麗な草原であった。赤々と照っている夕焼けと、先程子供達の面倒を見ていて感じた懐かしさが、嫌がおうにもナツミの望郷の念を強くさせた。

 だが、その望郷の念は本来の故郷、名も無き世界へと向けられたものでは無い。リィンバウムにいるフラットのメンバー達へと向けられていた。そこまで考えて、ナツミは(かぶり)を振るう。

 

(ううん、今は皆をこっちに召喚できるし、そこまで気に病まなくてもいいわ。ルイズの事もあるしね)

 

 まだまだ放っておけない妹分のような主人を考えてナツミは望郷の念を吹き飛ばす。

 

「ナツミちゃん、どうしたの?」

「ううん、ちょっとね。故郷を思い出していたんだ」

「ひいおじいちゃんと同じ国だったけ?」

「うん。日本って言うんだ」

 

 曽祖父の居た国については家族は誰も詳しくなかったので、シエスタにとってはナツミの話がひいおじいちゃんの事をなんとなく理解できたような気をさせて楽しく聞くことが出来ていた。そのまましばらく話していると、あたりに夜の戸張(とばり)が落ち始める。

 

「あ、もうそろそろご飯の時間だ。ナツミちゃん早く戻りましょ!」

 

 よっぽど久しぶりに家族と食事ができるのが嬉しいのか、シエスタやや小走り気味に実家へと走って行く。

そんなシエスタの学院ではあまり見せない年相応な明るさにナツミは一つ苦笑すると、シエスタに追いつくために自らも駆けるのであった。

 

 

 ところ変わってその日の夜。

 ナツミはなんだか譲られる羽目になった『竜の羽衣』―ゼロ戦―の元へと一人、足を運んでいた。理由はいまいち分からないこれの正体を、知ってそうな仲間に聞くためである。そしてその仲間は現在リィンバウムに居るため、召喚でこちらの世界に呼ぶ必要があったので、わざわざ皆が寝静まった頃にやってきたというわけだ。

 

「よし、誰もいないわね。えっと……」

 

 『竜の羽衣』を祭ってある寺院内に人気がないことを確認すると、ナツミは目を瞑り意識を集中させる。ナツミがこちらの世界に招くのは機械に関してはずば抜けた知識を持つ少年。そしてそれ以上に最高クラスの機属性召喚術を使いこなすことができる少年であった。

 

「異界より来たれエルゴの守護者、エルジン・ノイラーム!」

 

 辺りに光が包まれ、一人の少年と紅いの体を持つロボットがナツミの目の前に姿を現した。

 

「うわあああ?なに?なんなの?」

「ン?」

 

 驚きながらこの世界に招かれたのは二つの人影、片方は少年の名前はエルジン・ノイラーム。機属性の召喚術の名家、ノイラームの名を継ぐ機界(ロレイラル)のエルゴの守護者である。

 そして、エルジンの傍らに立つ紅のロボットは機界の切り札とまで呼ばれる機械兵、エスガルド。こちも機界のエルゴの守護者である。

 本来ならエルジンだけを召喚するつもりであったが、よくと言うか常に一緒に行動している為、ナツミの中では二人はセットというイメージがあったので二人まとめて召喚してしまったようだった。

 

「えるじん……ドウヤラ、そるガ言ッテイタはるけぎにあトヤラニ、ニ召喚サレタヨウダゾ」

「え?」

 

 機械故に冷静沈着なエスガルドはパートナーであるエルジンよりも早く、現状を理解した。そんなエスガルドとエルジンを見て、ナツミは苦笑を一つするとエルジンに声をかける。

 

「や、エルジン。夜中に呼び出してごめんね。寝るとこだったりした?」

「あ、ナツミか、別にまだまだ寝ないから良いけど、急に辺りが光るから何事かと思ったよ。アカネから話を聞いてて良かったよ」

 

 夜中に呼ばれたにも関わらず、エルジンは人の良い笑顔でにこにことしていた。

 

「それで、なんの用?なんか厄介事?」

「いや、厄介事ではないんだけどね。ちょっと聞きたいことがあるんだ。エルジンって機械に詳しいでしょ?」

「うん。まぁリィンバウムの中でも機械に関してはかなり知ってる部類に入ると思うけど……それで聞きたいことって?」

 

 行方不明になるくらい機械遺跡に籠る一族それがノイラーム家。エルジンなど、父と一緒に遺跡に籠って父が遺跡内で死んだにも関わらず遺跡に留まり続けたとという生っ粋の学者馬鹿だったりする。

 まあそのおかげでエスガルドと彼は出会ったのだが。

 

 

 

「ふんふん、へぇ、ほおー」

「エルジンもう戻ろうって言うか、送還していい?」

「ダメー」

 

 あれから三時間。エルジンはナツミから見て貰えないかと頼まれたゼロ戦にへばりつくようにというかへばりついて調査していた。ナツミの手を借りながらではあったが。

機械大好きエルジンにとって発達した機界から召喚されることのない未知の飛行機であるゼロ戦は垂涎物の遺物であった。さらに今回彼にとって行幸だったのは、そのゼロ戦の構造を隅から隅まで認識出来るナツミがいたことがそれに拍車をかけていた。

 なんせ今の彼女はガンダールヴ。その手に触った武器の使い方や構造を理解できるという異能をその身に宿しているのだ。そしてゼロ戦は間違いなく武器である。ソルからの話でそれを知っていたエルジンはその能力をフルで活用させて、ゼロ戦の構造を調べ始めたのだ。

 

「ふむふむ。興味深いなぁ」

「エルジン~」

「もううるさいなぁ~ナツミは……、ふぅ、まぁ確かにもう夜も遅いしこのへんにしておこうかな」

 

 目を擦り、へばっているナツミを見て、少しは冷静になったのかようやくエルジンはゼロ戦から目を離す。

 

「ねぇナツミ、このゼロ戦どうすんの?」

「置いて行くわよ、譲るって言われてもね……。置くとこないし」

「えええ~今ナツミがいるなんとか学院に持ってこうよ」

「だから置くところがないんだって」

「置くところなんてどこでもいいじゃん。なんか魔法で保護されているみたいだから、屋外でも大丈夫だよ」

 

 渋るナツミをなんとか説得しようとするエルジン。機界とは違う異世界の機械に随分とご執心のようであった。

 

「それにこれが名も無き世界から召喚された物ならリィンバウムに帰る方法のヒントになるかも知れないよ」

「うっ……」

 

 スラスラとそれっぽい事を言ってなんとかゼロ戦を持って帰らせようとするエルジン。一方ナツミはそれには気付かず、エルジンの言葉を半分信じていた。

 

「……分かったわよ、学院まで持って帰るわよ、まぁワイバーンに運んでもらえばいいか」

 

 幸いゼロ戦は八メートル程、三十メートルを優に超えるワイバーンなら運ぶのは難しくないであろう。一つ心配があるとすれば、戦闘機としては貧弱すぎる装甲故にワイバーンの腕力で壊れないかという点だ。そんな事を考えながら、ナツミはエルジンを送還し、ゼロ戦を後にした。

 

 

 

 翌日、そのまま休暇に入ることになり、タルブ村へ残るシエスタは、ゼロ戦を抱えるワイバーンの背に乗るナツミ達を見送って、今までゼロ戦を納めていた寺院へと足を運んでいた。

 

「……」

 

 寺院の中に何十年もそこにあったゼロ戦は今はそこには無い。

 管理も面倒で、村のお荷物と思っている人もいたが、曽祖父に似ていると言われていたシエスタはなんとなくそのゼロ戦を気に入っていたので、空になった寺院はなんだか寂しい気持ちになっていた。

 

「……ん?」

 

 その寂しい気持ちから逃れるために足早に寺院を去ろうとすると、シエスタのつま先になにか硬いものがぶつかった。

 

「ナツミちゃんが持っていた石に似てる……」

 

 シエスタが足元から手に取ったその石は淡い灰色に光っていた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 その頃。

 

「あれ?」

「えるじんドウシタ?」

「誓約済みのサモナイト石が一個ない……」

 

 リィンバウムで興奮冷めやらぬ一人の召喚師の少年が顔色を蒼くさせていた。

 

 


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