ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十四話 異世界探訪

「話が違う」

 

 醒めるような美しい青い髪を持つメガネっ娘、タバサはそう呟いた。そんな彼女が見つめる先には人の胴程の太さのこん棒を振り回しながら走るトロール鬼がいる。

 

 トロール鬼、ハルケギニアに生息する亜人の一種で特徴は竜の幼体にも匹敵する五メートル程の体格。簡単な道具、ある程度の社会性を持ち、中には人語を介する者もいると言われている。そしてその性格は破壊や殺戮を好み、わざわざ人間に雇われ戦争にも参加する残忍さを持っていた。

 危険なのは性格だけでは無い五メートルを誇る体躯から繰り出される単純にして強力な打撃がある。 彼らよりも身長が半分以下のオーク鬼ですら、人間の戦士五人分の腕力を誇るのだ。トロール鬼がどれだけのパワーを秘めているかなど、考えたくも無い。

 そんな怪物に何故タバサが追い掛けられているのか?それは…

 

「キュルケ!どういうことよ!?トロール鬼がいるなんて聞いてないわよ!」

「うっさいわねルイズ!宝の地図にはオーク鬼だって……あ」

「あ……って、なによおおお!!?」

 

 一行はキュルケが王都で買った宝の地図に記載されていた場所に訪れていたから。そして追いかけられている理由は至極単純、トロール鬼に見つかったから。

 

「……えっと、なんかトロール鬼も稀に出るって書いてあった、あはは」

「キュルケー!!地図位ちゃんと読んどきなさいよ!!」

「貸し一」

 

 そう現在のこの状況はキュルケがいい加減に地図を読んでいたのが原因であった。

 そこらにうろつくオーク鬼をナツミ、ジンガ、ソルのリィンバウム組が相手している間に、三人が宝探しをしていると、木々が大きくしなり、そこからトロール鬼が突然現れたのだ。ルイズが真っ先にトロール鬼に気付き、それに続く様にキュルケ、タバサも気付いて三人で逃げる。

 というのが今の現状であった。

 

「ナツミ!助けて―――!!」

「キュルケ、叫ぶ暇があったら、走りなさい!」

 

 

 幸い、トロール鬼はその大きさゆえかそれほど足は速くはなかったため、なんとか現在は追いつかれてはいなかったが、貴族故にさほど体を鍛えてはいない三人、そう遠くないうちに体力が尽きてしまうであろう。

 その証拠にキュルケは足元がおぼつかなくなり始めていた。

 

「はっはあはあ……ルイズ、あんた結構体力あんのね、はあっ」

「ま、まあね……」

 

 魔法が使えない故に、魔法の恩恵をあまり受けられなかったためか、自らの体力頼みなところがあったルイズはその体格の割に同年代の貴族の少女よりは体力がある。さらにルイズより小さなタバサはその生い立ち故に常に体を鍛えることを続けていたためその体力はルイズも上回る。

 

「……」

 

 とは言っても、幾らタバサに体力があろうがトロール鬼が追いかけてくるこの状態で魔法詠唱に意識を割くのはなかなかに難しい事であった。もちろん簡単なドットスペルなら唱えられないこともないが、ドットスペルでどうなにかなるほどトロール鬼は可愛らしい生き物ではない。そもそもトライアングルスペルでなんとかなるレベルの怪物なのだ。

 

「?」

 

 などとタバサが現状を打破する方法を考えていると辺りが前触れもなく暗くなる。それと同時にトロール鬼が三人を追いかけるのを止める。

 タバサ以外の二人はそれに気付いていない様子であったが、ここで足を止めても仕方ないためタバサもそれに続きトロール鬼と距離を取った。

 

 

 

 

「二人とも止まって」

 

 タバサはトロール鬼とかなりの距離が開いたのを確認すると、二人に止まるように指示を出す。

 

「はあはあ、ど、どうしたのタバサ……」

「ふぅ、あれトロール鬼追いかけてこない……」

 

 息も絶え絶えな様子のキュルケに対し、若干余裕のあるルイズ。そんな二人が見るトロール鬼は空に向かって棍棒を振り回している。

 

「あ、ワイバーン来てくれたんだ良かった~」

 

 ばふっとキュルケは声をあげながら腰を地面に降ろし、息を整え始めた。

 キュルケが言う通り、トロール鬼は空を舞うワイバーンを恐れるように棍棒を振り回しているが、当然のようにそんなものが当たるはずもない。そんなトロール鬼を睨みつけるワイバーン。よっぽど主の知り合いを襲ったことに怒りを感じているようであった。

 

「gaaaaaa!!」

 

 その怒りを体現するように咆哮一息、特大の火球を複数吐き出す。

 

ガトリングフレア。

 

 一つ一つが五メートルを超える火球が五つは外れることなくトロール鬼へと命中する。その見た目と変わらず強力無比な威力を秘めた火球はトロール鬼の体を粉々に爆砕した。

 

「なにあれ!?」

 

 三人の中では唯一ナツミの正体を知らず、故にそれに付き従うワイバーンのことも詳しく知らないキュルケは一人、驚愕を露わにしていた。

 

「うわああ、あんなことまでできるんだ……」

「ワイバーンがブレスを?」

 

 いや、案外ナツミの正体を知る二人もまだまだ異世界の幻獣に対しての知識はまだまだであった。

 

 

 

 

 

 

 その晩。

 一行は討ち捨てられた寺院の中庭で、たき火を取り囲んでいた。その後ろにはワイバーンが寝転び寝息を立てている。一応、寺院の周りには一行が到着するまでは野生動物や幻獣がいたがワイバーンが咆哮を一つするとあっという間にいなくなったため、安全は確保されていた。

 

「……結局何もなかったわね」

 

 ぼそりと告げるはルイズ。

 ここ数日の冒険で危ない目にあったり、初めて見る風景に心を躍らせたりしたせいか、ミノタウロスの一件から塞ぎ気味だった心は大分開かれていたようであった。

 

「じゃあ、次はこれね~」

 

そんなルイズの様子をちらりと確認するとキュルケは明るい声で袋から適当に地図を取り出した。

 

「キュルケ!あんたバカァ!?これで七件目よ。地図を信じて宝を探してるけど見つかったのは金貨どころか銅貨が数枚よ!しかもあんた地図をろくに読んでないでしょ!?あんたがちゃんと地図の注釈を読んでれば昼間のトロール鬼に襲われずにすんだのよ!」

 

 適当過ぎるキュルケの様子に流石に鶏冠(とさか)に来たのかルイズが鼻息荒く抗議する。キュルケはそんなルイズの講義を軽く流し、爪の手入れをし、タバサは本を読み、なぜかいるジンガがワイバーンに体を預けて眠りこけていた。

 

「キュルケ!聞いてるの!?なにのんきに爪の手入れをしてんの!?オーク鬼でも誘ってんの?」

「言ってくれるわねルイズ、オーク鬼も倒せない癖に随分な口のきき方ね」

「……っ!」

 

 生物に対して召喚術を使うのはまだトラウマが払拭しきれておらず、皆の足を引っ張ったことを指摘されて思わず言葉に詰まるルイズ。その瞳には涙が少し滲んでいる。それを見て、頭に血が昇って言い過ぎた事を気付いたキュルケは素直にルイズに謝罪する。

 

「……ごめん言い過ぎた」

 

 重い空気が辺りに漂う。

 

「みんな~」

「お食事ができましたよ~!」

 

 だが、シエスタとナツミの明るい声が、その空気を吹き飛ばす。ちなみにシエスタが今回の冒険についてきたのはナツミが休みなく働くシエスタの気晴らしにならないかと誘ったからである。ちょうど今月は長期の休みを取って実家に帰るつもりだったようで、二週間ばかり早く休みを取っていた。

 

 シエスタとナツミは焚き火にくべた鍋から手慣れた手付きでシチューを皆によそっていく。シエスタはもちろんとして、ナツミもフラットでリプレの手伝いをしていたせいか、手つきに危なげなところは無い。

 

「おーい!俺の分も忘れんなよ!」

「ぷに~!」

 

 皆にシチューを配り終えた頃、暗がりから焚き木用の小枝をプニムと共に集めてきたソルが姿を現した。

 

 

 

「これ美味いな!なんの肉!?」

 

 眠っていたくせに一番にシチューに齧り付いたジンガが興味深げにシエスタに問うた。

 シエスタは笑顔で一言。

 

「トロール鬼の肉ですわ」

「「ぶはっ」」

 

 強烈なその言葉にキュルケ、ルイズはシチューを吐き出し、流石のタバサも手を止める。だが、リィンバウム組はこともなげに肉を口に運んでいた。

 しかもそれだけでなく。

 

「見た目の違ってあまり、筋が無いなぁ。けっこう柔らかい」

「そうだな、鳥肉に近い」

 

 とソルとジンガに至っては肉の批評までする始末だ。

 

「あんた達……よく平気ね」

「いや、別に大したことじゃないだろ?」

 

 若干引き気味なルイズの言葉にもソルは答えた様子はなく、何故そんなことを聞くのかと言いたげに首を傾げた。そんな皆を見たナツミは苦笑とともにネタばらしをする。

 

「皆、騙され過ぎよ?これは兎の肉だよ」

「「え」」

 

 くすくすと笑うナツミの言葉にポカンとした表情を浮かべる一同。

 

「あ、あなた……」

 

 ルイズがシエスタを睨むまではいかないがじろりと視線を向ける。

 

「す、すいません。冗談のつもりで言ったんですが、まさかそこまで本気にされるとは……」

「まあまあ、ルイズもあんまり怒んないで。シエスタも場を和ませるつもりでいったんだし、ね」

 

 ナツミのそこまで言われてはルイズも引き下がるしかない。溜息を一つ着くと、再びシチューを口へ運び始めた。

 

「……でも、ナツミもシエスタも器用ね。森にあるもので、こんな美味しい料理を作るなんて」

「田舎育ちですから」

 

 シエスタがはにかみながら答えたそれに続き、

 

「お金無かったから」

 

 ナツミの涙を誘う一言でしん、と一行が沈黙した。

 

「え、えっと、これはなんてシチューなの?ハーブの使い方が独特ね。あと、なんだか見た事がない野菜がたくさん入ってるのね」

 

 キュルケが暗くなるリィンバウム組をなるべく視界に入れないように、シチューを褒める。

 

「えっと、わ、わたしの村に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです」

 

 渡りに船とばかりにキュルケの質問に鍋をかき混ぜながら答えるシエスタ。

 

「父から作り方を教わったんです。食べられる山菜や、木の根っこ……父はひいおじいちゃんから教わったそうです。今ではわたしの村の名物なんですよ」

 

 美味しい料理とシエスタの話で、座は和む。ナツミは先の暗い雰囲気はどこ吹く風とシチューを頬張りながら、何故か懐かしい気持ちが込み上げてくるのを感じていた。

 

「ナツミちゃんどうしたの?」

「うーん。なんかどこかで食べたような味なんだよねこのヨシェナヴェ、なんでだろ?」

 

 そんなナツミをシエスタは不思議そうに眺めているのであった。

 

 

 

 食事も終わって、再びキュルケは懲りずに地図を広げていた。

 

「もう帰りましょうよ……かれこれ十日も経ってるわよ」

 

 プニムを抱きながらルイズがそう促すがキュルケは首を振らない。

 

「あと一件、一件だけ!」

 

 キュルケは何かに憑りつかれた様に、目を輝かせながら地図を覗き込んでいる。

 

「……あんたね。それ三回目よ」

「こ、これがホントの最後よ!これを見て!これなんていいんじゃない?」

 

 ルイズの冷静な指摘に図星を突かれてたキュルケは地図を適当に抜き出して地面に叩き付けた。

 

「はぁ……もうこれがホントの最後だかんね」

 

 直接言われたわけではないが、ルイズも今回の冒険がキュルケが自分を(おもんぱか)って企画してくれた事を薄々ではあるが気付いていたため、いつものように強く出られないでいた。

 そんなルイズの渋々の同意にキュルケは破顔すると腕を組んで次のお宝の名前を告げた。

 

「次のお宝は、タルブ村、『竜の羽衣』よ」

 

「ぶほっ」

 

 キュルケの言葉に突然、シチューを食べていたシエスタが噴飯をかます。

 

「ごほっごほっ!」

「大丈夫シエスタ?」

 

 (むせ)るシエスタの背中を撫でて心配するナツミ。

 

「あ、ありがとナツミちゃん。ってそうじゃなくて、次の宝物ってホントに竜の羽衣ですか?」

「ん?そうだけど、あなた知ってるの?」

 

 逆に問いかけられたシエスタはあははと乾いた笑いしながらその問いに対して口を開く。

 

「実は……」

 

 

 

 

 

 

 ナツミは目を丸くして、『竜の羽衣』を見つめていた。ここはシエスタの故郷、タルブ村の近くに建てられた寺院であり、その中に『竜の羽衣』が安置されていた。実はこの『竜の羽衣』只の宝物ではなく、シエスタの家が個人で所有する宝物であった。

 

 昨晩。

 

「実はわたしの家に『竜の羽衣』があるんです」

 

 というシエスタの発言の元、一応お宝らしいなにかがあると判断したキュルケの独断と偏見で一行はこの場に来ていた。そして今一行の目の前に(くだん)の宝物、『竜の羽衣』が鎮座していた。

 

「これが飛ぶの?」

「いや、飛ばないでしょ?どう見てもこの翼みたいなの羽ばたけるようには出来てないもの。部品は精密に見えるけど……船かしら?」

「……」

 

 キュルケ、ルイズ、タバサと対して興味がなさそうなリアクションが続く中、一行の中で唯一『竜の羽衣』の正体を知る者がいた。ナツミだ。

 

「ナツミぼうっとしてどうした?」

 

 そんなナツミの様子に相棒のソルが気付く。

 

「これは……ゼロ」

 

 その口からかつて数多の国から恐れられたその名が紡がれようとしていた。皆がナツミの様子に釘付けになる。

 

「……なんだっけ?」

 

 盛大に皆がこけた。

 

 ナツミが視線を逸らしたタルブ村の宝『竜の羽衣』それはかつて、侍の心を持つパイロット達により最強の名を欲しいがままにしたレシプロの名機である零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦が静かにその凹凸の少ない特徴的な機体を静かに輝かせていた。

 

 

 

「ナツミちゃん、もしかしてぜろせんって言いたいの?」

「そうそれ!」

 

 びしっとシエスタを指さして同意するナツミ、だが即座に首を傾げる。

 

「うん?あれどうしてシエスタがこの飛行機の名前を知ってるの?」

「え、うちのお父さんが教えてくれたの、ひいおじいちゃんは『竜の羽衣』を別の呼び方で呼んでいたって、確か……正確にはぜろしきかんじょうせんとうきっていうらしいんだけど、意味は全然分かんないんだよね」

 

 シエスタが固有名詞をたどたどしくいうが、ナツミも元々うろ覚えなのでしきりに首を傾げている。しかし、そこでなにかを思いついたのか、ぽんっと両手を合わせた。

 

「あ、そうだ。ねぇシエスタちょっと聞いてもいい?」

「うん。別にいいけど……何?」

「シエスタのひいおじいさんが残したものがあったら見せて欲しいんだけど、いいかな?」

 

 

 

 シエスタのひいおじいさんが残したもの、その内の一つに皆はシエスタが先導する形で案内されていた。それは村の共同墓地、白い石で出来た幅広の墓石の中にあった。

 黒い石でやや縦長に作られたそれはナツミの故郷、日本では珍しくないお墓であった。墓石には、日本語で墓碑銘が刻まれている。

 

「これがひいおじいちゃんのお墓です。生前に故郷のお墓を模して作ったそうです。銘も自分で掘ったみたいなんですが、異国の言葉なんで誰も読めないです」

 

 皆にそう説明するシエスタ。そんなシエスタの言葉が耳に入っていないのか、ナツミは驚いたように目を見開いていた。

 

「海軍少尉、佐々木武雄。異界ニ眠ル」

「え、ど、どうしてナツミちゃんが、ここの銘を読めるの?」

 

 すらすらと墓碑銘を読むナツミにシエスタは驚きの声をあげるが、ナツミはそんなシエスタを気にも留めずに、シエスタの黒い瞳と黒い髪に目を奪われていた。そして、ある結論に達すると同時に、昨日シエスタが作ったシチューから感じた懐かしさがなんだったのかが分かった。

 

「ヨシェナヴェ……そうか寄せ鍋、それに」

「ナツミちゃん?」

「ねぇ、シエスタってひいおじいちゃん似だって言われるでしょ?」

 

 そのナツミの問いにシエスタは驚く。

 

「う、うん。でもどうして分かったの?」

「あはは、実はね」

 

 ―シエスタのひいおじいちゃんと同じ国から来たんだ、あたし―

 

「えええーーー!?」

 

 思いもよらなかった言葉にシエスタの驚きの声が辺りに響いた。

 

 

 





異世界と言ったら冒険。
とか言いながら、サモンナイト1では主人公は大して冒険して無い事に気付きました。

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