ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十二話 似た者主従

 

 翌日、プニムのおかげか、数日ぶりにまともに寝たルイズは学院長から呼び出しを喰らっていた。

 多少元気になったものの、憂鬱な気分で学院長室へと続く道を頭にプニムを乗せて歩いていた。呼ばれた用件は察するにここ数日間授業を受けなかったせいかなと怒られる原因を考え溜息を一つした。

 

「はぁ、ただでさえ頭がいっぱいなのに、お説教か……自業自得だけど」

 

 行きたくない思いが反映されたのかルイズの移動スピードはまるで牛歩戦術のようにのろのろであった。だが、いくらゆっくり歩いてもいずれは必ずゴールへと辿り着いてしまう。ルイズはもう一度大きなため息を吐くと意を決して顔をあげた。

 そして、辿り着いてしまった目の前のドアを丁寧にノックした。

 

「鍵はかかっておらぬ。入ってきなさい」

 

 ドアの向こうから学院長の返事が聞こえ、言われたままにルイズはドアを開けた。

 

「わたくしをお呼びと聞いたのですが……」

「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたかな?思い返すだけで辛かろう。だが、しかしおぬし達の活躍で同盟が無事締結され、トリステインの危機は去ったのじゃ」

 

 優しく労をねぎらう様に学院長は言った。

 

「そして、来月にはゲルマニアで、無事王女とゲルマニア皇帝の結婚式が決定した。君たちのおかげじゃ、胸を張りなさい」

 

 それを聞いてルイズの胸がちくりと痛んだ。アンリエッタは好きな人―ウェールズ―がいるにも関わらず政治の道具として、好きでもないゲルマニアの皇帝と結婚しなければならないのだ。アンリエッタが数日前に見せた決意と悲しみを秘めた瞳を思い出してルイズは目頭が熱くなるのを感じた。

 そんなルイズを知ってか知らずか学院長は机の上に置いていた本をルイズへと差し出した。

 

「これは?」

「ふむ、始祖の祈祷書じゃ」

 

 六千年前に始祖ブリミルが神に祈りを捧げた際に詠みあげた呪文が記されていると伝えられているトリステイン王国が誇る国宝である。そんな大変な宝物が何故自分にとルイズは怪訝な顔をする。

 

「トリステイン王室の伝統での、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に結婚式際に(みことのり)を詠みあげる習わしになっておるのじゃよ」

「は、はぁ」

 

 よく分からない単語が混ざっていたので気のない返事をナツミは返す。

 

「そして、姫君はその今回の巫女にミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ」

「姫様が?」

「その通りじゃ。巫女は式の前より、この始祖の祈祷書を肌身離さず持ち歩き、詠みあげる詔を考えねばならぬのじゃ」

「ええええ!?詔ってわたしが考えるんですか!?」

「そうじゃ、まぁ草案は宮中の連中が推敲(すいこう)するがの……大変な事じゃろうが大勢の貴族の中から姫君が何を思って君を指名したのかは言わなくても分かるじゃろう?」

 

 政治の道具として嫁ぐ彼女が幼少の頃から親しかったルイズを選んだ理由。せめて詔は友人からの祝福を受けたい。そんな姫様の気持ちを理解したのかルイズはきっと顔をあげた。

 

 

「分かりました。謹んで拝命いたします」

「快く引き受けてくれるか。よかったよかった。姫も喜ぶじゃろう」

(まぁ、祈祷書に書いてあるのを参考すればいいでしょ)

 

 などと思いながら、ルイズは一礼すると学院長室を後にする。とそんな背中に学院長から残酷な一言がかけられた。

 

「あ、祈祷書は中身が白紙じゃからなんの参考にもならんから」

「えっ」

 

 

 少女の悩みは解決するどころか更に増えるのであった。

 

 

 

「ところで頭に乗っ取る生き物はなんじゃ?」

「あ」

 

 

 

 

 

 ルイズが新たなる悩みを植え付けられた日の夕方。ナツミは学院内にある平民用の風呂へと向かっていた。学生寮を有するトリステイン魔法学院には当然のごとく風呂がある。大理石でできた、名も無き世界でいうローマ風呂のような造りをしており、プールのように大きく、バラが浮かぶ湯が張られるそれはそれは豪華な風呂である。

 だが、そんな豪華な風呂にはナツミは入れない。理由は単純、貴族ではないからだ。先の風呂は貴族専用なのだ。

 そんな訳で現在ナツミが向かっているのは学院内で働く平民用の風呂であった。平民用の風呂は貴族専用のそれとは大分見劣りしたもので、湯などは張られておらず、サウナのような構造で中で汗を流し十分体が温まったら、外に出て水を浴びて汗を流すという風呂とは名ばかりのものであった。

 日本でたっぷりの湯につかることに慣れたナツミにそんな風呂は酷かと思いきや、特にナツミは気にした様子は無かった。貧乏フラットでは風呂にだって毎日入れない、湯にはつかれないとはいえ平民用の風呂は毎日入れるのだ感謝こそすれ文句などナツミには無い。

 

 最近はルイズが部屋から一歩も出ずにふさぎ込んでいた為、ナツミも同じく部屋へと引き籠り、ここしばらく風呂に入れずにいた。食事はシエスタが気を利かせて持って来てくれたため問題は無かった。

 今日はルイズが授業に出るくらいには回復していたので、プニムに任せて久しぶりの風呂へとナツミは期待を膨らませていた。最強の召喚師、エルゴの王が臭うというのは正直、勘弁願いたいところだ。

 そんなわけで上機嫌なナツミが風呂のドアを開けようとしたところで、後ろから声がかけられた。

 

「ナツミちゃーん!」

「あら、シエスタ。シエスタもお風呂?」

 

 ドアを開けようとした姿勢はそのままに顔だけをシエスタへと向けてナツミは問うた。シエスタはナツミが自分に気付いたのを確認すると、歩くのをやめて駆けてくる。

 

「うん。今日はもうお仕事終わりだから、お風呂に入って寝ようかなって」

「そっか、お疲れ様。あたしもお風呂だから一緒に入ろっか」

「うん。そうしよっか」

 

 とは言っても湯船に浸かるわけでもないので洗いっこなどのイベントはなぞ起きるはずもなく、蒸し暑い中でおしゃべりをする程度。さすが年頃の女の子、どんな環境でもおしゃべりは止められないのだろう。そんなおしゃべりの中、不意にナツミが真剣な顔をする。

 

「……シエスタって着痩せするタイプなのね」

 

 風呂に入ってから、チラチラと自身のそれと比べて明らかに豊かなそれを見てナツミは少し落ち込んだように言った。異世界とは言え外人チックな人に負けるのは、まだ無理矢理納得できたが、黒髪黒眼の東洋の面影を感じるシエスタと比べても胸が明らかに小さいと言うのは、流石に凹む。

 ちなみナツミの胸は日本人の平均ド真ん中。小さくも無く、大きくも無い位である。

 ついでいうとナツミの誓約者(リンカー)眼の鑑定によるとシエスタはリプレクラス、召喚ランクでいうとA相当つまりワイバーンに匹敵する戦闘力(?)とのことらしい。サウナ風呂のせいかショックのせいか思考が馬鹿になってるナツミ。

 そんな彼女は一つの結論に達していた。

 

「家庭的な女の子って胸が大きくなる傾向にあるのかしら?」

 

 

 

「……暑っ」

 

 

 真剣な顔でアホな事を呟くナツミを見て、熱さにやられたと思ったシエスタにより、ナツミはサウナ風呂から救出されていた。シエスタとしてはナツミへと心配が半分と、今にも自分の胸に掴みかからんとするナツミから己を守るため半分でナツミを風呂から連れ出される。

 

「ど、どうナツミちゃん気分は大分良くなった?」

 

 服を着ながらも胸を腕で隠すようにナツミへと問いかけるシエスタ。

 

「…うん。まだぼーっとするけど、幾分かマシになったかも」

「そっか良かった」

 

 気持ち良さそうに夜風にあたるナツミを見て安心したようにシエスタは息を吐く。

 

「そろそろ戻ろっか?」

「そうだね。このままだと湯冷めしちゃうし、明日も早いから」

 

 しばらく、夜風に当たっていると思いの他、体が冷えてきたのでナツミが部屋へ戻るよう提案すると、シエスタも明日の仕事に響くからと、ナツミの言葉に同意する。

 どちらともなしに、二人は立ち上がり、歩き出す。ナツミは学生寮に、シエスタは平民用の宿舎と戻る場所が違うのですぐに別れることになるのだが、そこは付き合いというものだ。

 

「じゃあ、わたしはここだから」

 

 先に別れを告げたのはシエスタ、平民用というだけあって風呂場は学院で働く平民達が寝泊まりする宿舎に近い。

 

「うん、じゃあまたねシエスタ。おやすみ」

「おやすみなさいナツミちゃん」

 

 右手を振りながら笑顔でナツミへと別れを告げるシエスタ。ナツミはそんなシエスタに見送られながらその場を後にする。

 

「あ!忘れてました」

 

とその前にシエスタが大声出す。

 

「どうしたのシエスタ?」

「えっと、実はとても珍しい品が入ったので、ナツミちゃんに御馳走したいなぁと思って、今日食堂に来たら飲んでもらおうと思ったんですけど来ないし、でもミス・ヴァリエールもなんだか元気がなさそうなんでどうしようかなぁって思ってたの」

「ありゃ、気を使わせちゃったね。明日ルイズの調子が良ければ厨房に行くから、その時お願いね」

 

 あららと頭を掻くナツミにシエスタは苦笑を一つすると笑顔を一つする。

 

「うん。待ってるね」

 

 今度こそ別れの挨拶を交わすとナツミはルイズの部屋へと戻って行った。

 

 

 ナツミが半分湯冷めした状態で部屋へと戻るとルイズがベットの上でうんうんと唸っていた。その手には古ぼけた大きな本が握られている。そんなルイズを見る限りここ数日の暗い感じは少なくとも表面上は無い。

 

「なに唸ってるのルイズ?」

「あ、ナツミ~助けて~!!」

 

 声をかけられてナツミの存在に気付いたのか、ばっと振り向くとナツミへと泣き声をあげながら飛び付いた。

 

「うわぁあ、ど、どうしたのルイズ!?」

 

 腰に纏わりつくルイズに困りながらも問いかけるナツミ。そんなナツミの様子には気づいた様子もなくルイズは上目づかいにナツミを見上げた。

 

「あのね、あのね」

 

 若干幼児退行気味にルイズはアンリエッタから任せられた詔(みことのり)の件についてナツミへと話し始めた。

 

 

 

 

「ふぅむ。ようはおしゃれな詩を考えれば良いってこと?」

「……おしゃれかどうかは置いといて、火に対する感謝、水に対する感謝……、順に四大系統に対する感謝の辞を、詩的な言葉で韻を踏みつつ詠みあげなくちゃいけないんだけど……」

「ふぅん。じゃあその通りに詠めばいいんじゃないの?」

 

 他人事程度にしか考えてないナツミは実に軽い感じでルイズへそう返した。そのあまりな返事にルイズはぷーっと頬を膨らませる。

 

「他人事の様に言わないでよ……。第一詩人じゃないんだからそうぽんぽんと韻を踏んだ言葉なんて思いつかないわよ」

「試しに思いついたこと言ってみて」

「えっと笑わないでよ?……コホン」

 

 ルイズは困ったように顔を顰めながらも、一つ咳をついて頑張った詩をナツミへと披露した。

 

「炎は熱いので気をつけること」

「くぅふ……えっと標語?」

「む、風が吹いたら樽屋が儲かる」

「ぷふ、……ことわざ?」

 

 笑わないでと言ったにも関わらず、笑いを堪えるナツミに再びルイズはぷーっと頬を膨らませた。腹を抱えて笑いを漏らさないようにしているナツミにルイズはじろっと睨みつけた。

 

「もう!笑わないでって言ったでしょ!そんなに笑うならナツミ、貴女が考えてみてよ!」

「ええ……ってあたしが考えるの!?……というかあれで笑うなって方が無理」

「なんか言った!?」

「いいえ!なんにも!」

 

 一瞬、魔王並みの黒いオーラをルイズの背後に感じて、思わず背筋をぴんと張ってしまうナツミ。余程笑われたことを腹に据えかねたらしい。

 

「うーん。火は弱火でことこと、水は吹きこぼれないように……」

「なんの料理よ」

「……ごめん」

 

 分かったことは一つ、この主にしてこの使い魔あり、お互いに詩のセンスは絶望的だということがよく分かった。その日は二人ともふて腐れてすぐに寝た。

 

 

 日も未だ昇らない朝と夜の隙間の時間にナツミはぱっと眼を開けた。本来まだ彼女が起きる時間にはまだまだ遠い、そんな時間にナツミは目覚めた理由、それは……。

 

「う、うう、う……」

 

 隣で眠る少女―ルイズ―の(うな)される声が原因であった。

 昨夜、眠る前の会話から大分精神が安定した様に感じていたナツミであったが、プニムを抱かせた程度で回復するほど根が浅いものではないのだろう。学院長というかアンリエッタから頼まれた詔の詠み上げる役目に気が回って、意識が覚醒しているうちはそちらの方へ意識が割かれるが、寝ている間は深層心理が首をもたげているようであった。

 

「ふぅ、こればっかりは時間をかけるか、自分で答えを見つけないとね……」

 

 一年と少し前、ナツミも自分が宿した力が魔王の力かもしれないと知らされた時は流石に己に宿る力に怯え、恐怖した。まあ結局は楽天的な彼女らしく、自分は自分という結論に達して悩みは吹き飛んだのだが。

 

「あの時は、皆のおかげでそれに気付けたのよね」

 

 今度は自分がルイズに対してのそれになりたいと、魘されるルイズの頬に汗で張り付いた髪を直してやりながらそう思うナツミであった。

 

 

 翌日。生来の生真面目さからか、ルイズは多少顔色は悪かったが昨日に引き続き授業へと向い、ナツミは昨日シエスタに言った通り、ルイズが授業に行ったので、使用人用の食堂へと足を運んでいた。

 

「おはよう、シエスタ来たよー」

「あ、ナツミちゃんおはよー」

 

 ナツミが食堂に入るとちょうどシエスタが朝食を終えた様で食器の後片付けをする為に、立ち上がったところだった。

 

「朝ごはんだね、今準備するから、待ってて」

「ああ、いいよ自分で出来るからシエスタは片づけてていいよ」

 

 自分の事よりもナツミを優先しようとするシエスタと一緒にナツミは自らの朝食を準備に厨房へと足を運んだ。使用人用の食堂と貴族用の食堂は別だが厨房は兼用なので、ナツミが苦手とする人物ももちろんそこには居た。

 

「おお!我らの剣姫じゃねぇか!」

 

 ナツミの姿を見つけるなり、マルトーは大きな声で歓迎の言葉をかける。よそ見をしようとも手は休めず精確に調理をこなすその様は流石料理長。見た目とは対照的に細やかな技術を持つ男である。

 

「マルトーさん、お久しぶりです」

「そうだぜ一週間以上も顔見せねぇなんてよ、……なんかあったのか?」

「ちょっと遠出の用事と、ルイズが調子を崩しちゃいまして、その看病をしてました」

「おお!そういやシエスタがそんなこと言ってな、もうヴァリエールの嬢ちゃんは大丈夫なのか?」

 

 調理も大詰めを迎えたのか、よそ見は止めて料理へと集中する。嫌いな貴族への料理でもマルトーは自身の腕を貶めるようなことはしない。

 

「うん。全快とは言えませんが、一時に比べればまあってとこです」

「そうか、もうちょい待っててくれよ。すぐに賄いを作っちまうから」

「ああ、いいですよ!余ったのでいいですから!」

 

 お気に入りのナツミに料理が振る舞えると腕を鳴らすマルトーを見て、嫌な予感しかしないナツミは両手を振って遠慮するがそんなナツミを気にせず豪快にマルトーは言う。

 

「あっははは!遠慮すんな我らが剣姫!おめぇはそこらの貴族様よりもずっと腕が立つんだぞ。余り物なんて喰わせられるか!なんだったら貴族用の飯を用意したってバチはあたらねぇよ!」

 

 ナツミには大声で笑うマルトーを止める術は無かった。

 

 

 

 

 

「っ……酷い目にあった」

 

 朝食からこってりしたものに胃をもたれさせたナツミは使用人用の食堂のテーブルに突っ伏していた。フラットでの質素、ある意味健康的な食事になれた彼女の胃は朝からステーキを食べられる構造をしていないし、なにより誓約者(リンカー)で人並みを軽く超越した人外魔境魔力の持ち主でもその身は年頃の女の子なのだ。

 もちろん残してもマルトーは怒らないだろうが、せっかく自分のために作ってくれたものを残す程ナツミは不義理ではない。

 それにフラットの貧乏生活ではテーブルの上に並べられた食べ物を残すなど、ありえない。

 

「う……ダメよナツミ……誓約者(リンカー)として、ううん女の子として、負けられな、う」

 

 そんな尊厳を失いつつあるナツミに救いの女神が現れた。

 

「ナツミちゃん大丈夫?」

「う、女の子として負けそうかも……」

 

 青白い顔でお腹を押さえるナツミを見て不謹慎にもシエスタの顔に笑みが浮かぶ。

 

「シエスタ……笑いごとじゃ、ない、よ」

「ああ、ごめんごめん!悪い意味で笑ったわけじゃないよ」

「ん?」

 

 シエスタが笑った理由、それはメイジを剣一つで圧倒するナツミの姿を性別こそ違うがイーヴァルディの勇者と重ねて見ていたからだ。そんな勇者みたいに凛としたかっこいい女の子がご飯を食べすぎて唸っている姿は、女の子としてどうよとは思うし、昨晩ののぼせた事といい、イメージが変わってきたというか崩れたきたようにシエスタは感じていた。

 けれど、それ以上にナツミが自分と変わらない人間なんだなぁと思ったら、ナツミをすごく身近に感じて嬉しくなってしまったのだ。

 

「気にしないで、はいこれ」

「ん?なにこれ」

「胃薬、苦しいんでしょ?飲んだ方がいいよ」

「う、助かるよー」

 

 シエスタに手渡しされた薬を口に含み、水で一気に胃まで流し込む、薬の効果は劇的であっという間にナツミの膨満感を解消する。そのあまりの効果にナツミは驚いた。

 

「あれ!もう平気になった」

「水のメイジ様が調合された薬らしいからね。その様子だと効果は抜群みたいだね」

「すっごい効き目、もうお腹平気だよ」

 

 ナツミは自分のお腹をさすってしきりに感心している。メイジが作る薬の相場が分からないため特に気にしていない様子であった。まぁ薬自体は学院の生徒が授業中に作ったものが流れ流れて来たものなので格安だったりした。

 

「それは良かった。あとこれどうぞ」

 

 シエスタはナツミの調子が良くなったのを見ると脇に置いてあったお盆から何かが入ったティーカップをナツミへと差し出した。それは薄緑色の液体で、葉っぱを連想させる爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。ナツミにとってそれはどこか懐かしい故郷を思い出させるものだった。

 思わず、カップを手に取り口元へと運ぶナツミ、口の中へ入ってくるその味はまさしく……。

 

「お茶……」

「あれ?ナツミちゃんお茶を飲んだことあるの?」

「うん……これどうしたの?」」

「これ?昨日言ったでしょ?珍しい御馳走が手に入ったって、東方ロバ・アル・カリイエから稀に運ばれてくるんだ」

 

 シエスタの声を聴きながら、ナツミはしばし遠いと言う言葉では表現できぬ遥かなる故郷へと思いを巡らせていた。

 

 


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