ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十一話 少女達の憂鬱

 

 

 派手好きなトリステインの民にマザリーニ枢機卿は毛嫌いされていた。それでなくても王は不在。自然と政治の実権を握っている枢機卿はトリステインを意のままに操っていると常々、陰口を叩かれていた。

 だが、それは違う。王無きトリステインが形だけでも、王国としての機能をまだ残しているのは、枢機卿の優れた政治手腕によるものだった。マザリーニ枢機卿は非常に真面目で民思いの男だ。再三のロマリアからの帰還の命をなにかと理由をつけて固持し、出世の道を自ら閉ざしたのも、偏に己が今、トリステインから去れば、民が苦しむからだった。

 そんな、マザリーニはナツミ達の目の前で頭を抱えていた。

 

「えっと……どうしてウェールズ皇太子がここに居るのですか?」

 

 マザリーニを襲う頭痛は、激務漬けのここ数年の中でも最大級のものだった。

 トリステイン王国を神聖アルビオン共和国の連中から守る為に、アンリエッタの婚約と軍事締結、それに目を向けさせて裏でウェールズをロマリアに送るという策を実行したはずなのに、何故かそのウェールズがまだ目の前に居るのだから、驚くのは当然だった。

 神聖アルビオン共和国にとって、アルビオン王国王家の直系のウェールズは、未だに燻る反抗勢力の勢いをこの上なく削ぐ最大級の標的だ。死体が確認されていない現状、その首には生死を問わずに莫大な懸賞金が懸けられている。つまり、もしウェールズがトリステインに、しかも王宮に居るなどと知られれば、間違い無く神聖アルビオン共和国は、それを口実にトリステインに攻めてくるだろう。

 

「なんて事をしてくれたのです。もう一日も経てば、トリステインは神聖アルビオンの間諜どもがこれでもかと侵入してくるでしょう。このまま、殿下を隠し通せるとは思えないのですぞ?」

 

 もはや、怒りを通り過ぎ、諦観を滲ませた声で絞り出した言葉はナツミ達に深い罪悪感を覚えさせるのに純分だった。

 

「いや、枢機卿。その点は問題無い」

「なんですと?」

「陛下は一時的に俺達の世界で預かる事になったんだ」

「は?」

 

 鳥の骨とも揶揄されるマザリーニ枢機卿。ソルの一言を受けた現在の表情はまさに豆鉄砲を喰らった鳩のようだった。

 

 

 

 

 

 枢機卿へと挨拶を交わし、学園へと戻ってきたナツミはうんうんと悩んでいた。

 ウェールズを国外、どころか世界外に連れ出すことに、枢機卿がごねた為、などでは無い。むしろ枢機卿はロマリアよりもリィンバウムでウェールズを預かってもらう事に肯定的だった。これは、始祖の血脈たるアルビオン王家を他でもないブリミル教を広めているロマリアが助けなかった事へと小さな疑念があったからだった。

 始祖の血脈を伝えるアルビオン王家と、虚無の担い手と噂されるクロムウェル。どちらかに手を貸せば、片方を敵に回す。故に、ロマリアは敢えて手を出さなかったのではないかと。そんなロマリアへウェールズの身柄を保護してもらうのは、確実には安全とは言えない。

 それでもマザリーニがウェールズをロマリアへと送ろうとしたのは、トリステインを守る為だった。

 だからこそ、ハルケギニアのしがらみが一切影響しないリィンバウムでウェールズを預かってもらうのは渡りに舟だったのだ。

 驚くことはあれど、怒るところでは無かったわけだ。

 ではなぜ、ナツミは悩んでいるのか?それは彼女の主であるルイズについてであった。

 ルイズは長年憧れていた魔法(……とはちょっと違う異世界の魔法だが)で生き物を殺したことでショックを受けたのか、ロマリアから帰ってきて以来、授業にも出ずに部屋に籠り、すっかり塞ぎ込んでいた。

 この世界における魔法は、戦闘はもちろん、建築、医療、運搬など多岐に渡って使用され、あらゆる生活に根差したものであり、華やかな公爵家の令嬢たるルイズは魔法の綺麗な面だけを見て育ってきたため、今回の自身の力が屈強なミノタウロスを死に至らしめるほど強力なものだと知ったのがショックの原因であった。

 

「ルイズ……大丈夫?」

 

 今日も夕方になるまでずっとベットでルイズは横になっていた。ナツミもルイズを心配し、付き添っていたが、ルイズの顔色は依然悪く食事もろくにとっていないためか綺麗な桃色の髪もその美しさを十分に発揮できないでいた。

 そんなルイズの髪を癒すようにナツミは手櫛で梳いて整えるが、ルイズは反応せずぼんやりと天井へ視線を彷徨わせるだけであった。

 どのくらいそうしていただろうか、前触れも無く部屋のドアが遠慮がちにこんこんとノックされる。

 

「……どうぞ」

 

 多少暗くではあるが、ナツミは来客を招くために声をあげた。ドアが小さく開けられ、これまた小さな少女がおずおずと部屋へと足を踏み入れる。特徴的な青い髪、トレードマークの眼鏡を掛けた少女、タバサであった。

 

「……」

 

 タバサはロマリア連合皇国から帰国して以来、毎晩のようにルイズの部屋へナツミを訪ねにやって来ていた。なんでも、ラルカスに使用した召喚獣についてとジンガのストラについて詳しく聞きたいとの事だったが、ジュラフィムの話をするとルイズがラルカスの事を思い出してしまうし、かと言ってルイズを一人にするのもあれなので、タバサの問いに答えられない状況が続いていた。

 

「……ごめんね。タバサまた今度ね」

 

 申し訳なくナツミが今晩もタバサにお引き取り願う。だが、今晩は違かった。

 

「ナツミ、何度も訪ねて来てるタバサに悪いわ……行ってあげて」

 

 それまで反応が無かったルイズがぼそっとそう呟いた。

 

「え、でも」

「いいから、ちょっとだけ一人に成りたいし」

 

 言い縋るナツミにルイズは間髪入れずに言い放つ、少しは能動的になってきたことが、回復の兆しだと判断したナツミは、ルイズの提案を受け入れる。

 

「……分かった少しだけ外に行ってくるわ」

「……ありがと」

 

 

 だが、流石に一人にするのもアレなので、立ち上がったナツミは両手を胸の前で合わせる。間髪入れずに光が部屋を包む。光が晴れるとそこには召喚獣プニムがナツミの胸に抱かれていた。

 

「プニムお願いね?」

「ぷに」

 

 何を言わずとも主の意をすぐさま理解したプニムは返事もそこそこにベットに飛び移り、ルイズの傍へ寄り添った。プニムはその可愛らしい外見をフル活用するように、首をちょこんと傾げてルイズを上目づかいに見つめる。

 そのあまりの可愛さにルイズがたまらずプニムをその胸に抱き抱えた。それを確認するとナツミはタバサを促し、部屋の出口を向かって行く。

 ナツミは部屋を出る前に一度ルイズへ振り返り、一言告げた。

 

「すぐ戻るからね」

「うん」

 

 一人になりたいと言いつつも何処か寂しそうに呟くルイズに、早めに戻ろうとナツミは思った。

 

 

 ルイズの部屋を出たナツミはタバサの部屋へと案内されていた。タバサの部屋は豪華な調度品で溢れたルイズの部屋とは違い、ベット、机、本棚といった最低限の調度品しかなかった。

 とは言っても彼女が持つ本の数はルイズの比では無くあらゆるジャンルの本が本棚には詰まっていた。

 タバサはナツミを机に備え付けられている椅子へと座るように進め、自分はベットに腰を下ろした。無口なタバサはどうやって話を切り出そうかと、ナツミをじっと見つめて考えていた。

 そんな彼女に気付いたナツミは苦笑を浮かべると助け船を出す。

 

「えっと、確かジュラフィムの事だっけか?」

「……うん、あの召喚獣の詳しい能力を知りたい」

 

 ぐいっとタバサは顔をナツミへと近づけた。そこにはいつもは浮かべぬ必死さが滲み出ているようにナツミには感じられた。

 

「詳しい能力?まあ別にいいけど」

 

 なんでそんなことを聞くのだろうと思いつつも、素直にタバサの問いにナツミは答えた。他者の傷を治し、心を癒す風の森の聖獣と呼ばれるジュラフィムの能力を。

 

 

 

「ってこと位だよ」

「……」

 

 話すと言っても一召喚獣の能力だ。ものの数分で話は終わる。タバサはナツミの話を聞き終えると無言で目を瞑っていた。なんとなく言葉をかけにくい雰囲気を感じ取ったナツミはタバサが切り出すであろう話をじっと待つ。

 

 どのくらいの時間が経ったであろう。短くも長くも感じる不思議な時間感覚の中をナツミは過ごしていた。

 

「……参考になったありがとうナツミ」

 

 どこか本当に言いたいことを隠したようなタバサの言葉にナツミは違和感を持った。

 

「タバサ、何か悩み事でもあるんじゃないの?」

「……今は言えない」

「そっか」

 

 無いと言うのは容易い。嘘を吐くのは簡単なのに、タバサはナツミへ嘘を吐くのは心が咎めたのか、今は言えないと言葉を濁す。そこに今の自分には窺い知れぬ何かがあると感じたナツミは敢えて、その悩みを無理に聞くことはしなかった。

 タバサは聡明だ。いずれ話せるときがくれば、(おの)ずと話してくれるだろう。

 昔のソルもそうだったなぁと、ナツミは不意に懐かしさを感じていた。。ソルの時は悪の首領の息子だったことや、自分が魔王召喚の事故で召喚されたことを隠された件に比べれば大したことは無いだろうととも楽観していた。

 タバサが実は王位継承権をはく奪された王族で、父親を殺害されて、そして母親は心を狂わされ、それを仕出かした張本人がタバサの実の叔父で現国王であり、その国王に復讐を考えているなどと、ナツミが想像するよりも遥かにヘビーな事情があるなどとは神ならぬ彼女の身では窺い知れぬことであった。

 

 

 

 その後は、本題も終えルイズが心配なナツミは早々にルイズの部屋へと帰って行った。帰り際にナツミがタバサに伝えた、なにかあったら相談してね、と言う言葉は彼女の心の奥まで響いていた。思わず、自分の秘密をすべて彼女にぶちまけてしまいたくなる程に。

 でも、と彼女は自制する。

 彼女の力は特異だ、もしそれが彼女の叔父にバレれば、目をつけられるに決まっている。そんな事になればトリステイン王国とガリア王国を巻き込んだ戦争に発展してもおかしくない、たった一人の為にそこまでの行動が起こせるほど、彼女の叔父たる現ガリア王国国王ジョセフは普通ではないのだ。

 確かに母親は治したい、タバサはありとあらゆる魔法や薬を試したが一向にタバサの母親は治る兆候を見せなかった。だが、異世界の魔法であるナツミの召喚術ならもしかしたとタバサは思う。

 しかし、それだけでナツミを巻き込んでいい理由にはならない。

 まだ、そうまだ。

 今は力を蓄える時、治す可能性が高いものが見つかったのだ今はそれでいいとタバサは思う。なんとはなしにタバサは強く拳を握る。自分は弱い、一人であのミノタウロスに勝てたかも怪しい。力が欲しい、彼女が見上げる窓の向こうの夜空に浮かぶ星は悲しげに瞬いている。

 悩める少女タバサは今日初めてナツミの名前を呼べたことに気付いていなかった。

 

 

 タバサの部屋と後にしてルイズの部屋へと戻ってきたナツミはベットでプニムを抱いて眠るルイズを見て安心したように微笑んだ。

 

「良かった」

 

 帰ってきて以来、眠りにつくたびに魘(うな)されていたルイズはプニムを抱いて安心しきったのか、今日は魘されている様子は無かった。そんなルイズを見ていて眠くなったのか、ナツミは上着を脱ぐと自分もベットへと向かった。

 

「ふわああああ……」

「……ぷに?」

 

 欠伸と共にベットへ近づくと主の気配を感じ取ったのかプニムがルイズを起こさぬように顔を動かしてナツミと視線を合わす。

 

「ごめんね、今日はこのままルイズと一緒に寝てくれる?」

「ぷに」

 

 まるで抱き枕代わりに召喚したことを謝るナツミ。誓約で強引に縛ばり言うことを聞かせられるのに、こちらの意を汲んで召喚してくれる彼女をプニム……いやプニムを含む召喚獣達は心の底から信頼を寄せていた。

 

「おやすみ~プニム」

「ぷに~」

 

 それほどまでの信頼を受けているなどは露にも知らずプニムの主は瞬く間にのんきな寝息をし出す。そんな主を見て幸せそうにプニムはほほ笑むと自らも眠りへと落ちていった。

 

 

 


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