ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第九話 洞窟に住まうモノ

 

 パキリとシルフィードのお尻の下にあった枝が小気味の良い音を立てる。

 

「ひぅ……あ……い、いや」

 

 そんな音に反応する余裕も無く、続けて起こる身の危険にシルフィードはもう悲鳴をあげる余裕は無かった。ただただミノタウロスを見上げて怯える事しか出来ない。タバサを始め、一行はミノタウロスとシルフィードの距離が近すぎて思う様に動けないでいた。

 多少知能はあるとはいえ亜人は亜人。下手な行動が引き金となり、暴れられてはことだ。その腕力は今のシルフィードをひき肉にして余りあるほどなのだ。

 そんなわけで一行が、ミノタウロスの動きを注視していると、妙な事に気付く。ミノタウロスは目の前にいる彼らの視点で言うところのうまそうな若い女性(シルフィード)には目もくれずに、辺りをきょろきょろと見渡している。

 やがてミノタウロスは目的の物を見つけたのか、シルフィードから離れて行った。シルフィードはしばらく放心していたが、やがて我に返ると立ち上がるなり、タバサへと飛び込むように抱きついた。

 小さなタバサに、今は一七歳程の女性の体躯をしたシルフィードを支える事などできるわけもないわけで、そのまま二人は地面へと転がった。

 

「うええええ、お姉さま、怖かった……怖かったのね~きゅいきゅい」

「……」

 

 見た目と違いまだまだ幼い心のシルフィードは主、タバサの胸へと縋りつき、わんわんと泣いている。ちなみそんなシルフィードの歳はこの場に居る全員の歳を足しても半分にも及ばない二百歳前後だったりする。

 

 

 そんな主従を微笑ましく外野が見ていたが、またもや一向に緊張が走る。獣臭をその身に纏わせ、先程のミノタウロスが戻ってきたのだ。その右腕には相変わらず大斧が握られていたが、左手には先程は手にしていなかった何かをぶら下げていた。

 

「……腕か?」

 

 単純な視力に限らず夜目も効くジンガがその左手に握られた物を看過した。ミノタウロスはルイズ達の方を一瞥すると、そのまま己が右腕を切り飛ばして気絶させた男の傍で膝をつく。

 その落ち着いたを通り過ぎ理性的な行動に、誰しも攻撃的な事が出来ずにただただミノタウロスの動きを見ていることしか出来なかった。ミノタウロスは、切り飛ばした腕をそのメイジの肩口に押し当てると、何ごとかを呟いた。

 

「イル・ウォータル……」

「そ、そんなミノタウロスが、魔法を……?」

 

 ルイズが驚くのは無理もない。

 ミノタウロスが魔法をしかも、人間しか使うことのできない系統魔法を操るなど聞いたこともないからだ。

ミノタウロスはルイズの動揺なぞお構いなしで、メイジの治療を進めていく。その治療はなんとも見事なものでみるみる内に切断された腕は持ち主へと繋がっていった。

 やがて治療が終わったのか、ミノタウロスは立ち上がると、ルイズ達へと顔を向ける。

 

「そいつらをこれで縛りなさい」

 

 ミノタウロスは丁寧な口調でそう言い、先程腕と一緒に見つけたのか何本かの蔦をジンガに向けた投げつけた。ジンガはその蔦を受け取ると、一つ頷くなり、ロープを切られ自由になった男たちを再度縛り上げた。

 

 

 ジンガが男たちを縛り上げるのをミノタウロスは大人しく眺めていた。そして、そのミノタウロスの行動をハルケギニア組はミノタウロスの生態を知るが故に、リィンバウム組は元からどうしていいか分からない為に動けずにいた。

 ミノタウロスは自分に向けられた五人、計十もの瞳に気付いたのか、掠れる様な笑い声を洩らす。

 

「ぶふ、っは、っとすまない笑うのは久しぶりでね。どうやら笑い方を忘れてしまったようだ」

 

 と一人で笑い、一人で言い訳をする様は姿はどうであれ人間と変わらないように、皆には見えた。

 

「聞きたいのはそんなことではないのだろう?見たところ君たちはほとんどが貴族かメイジのようだね。良いだろう事情を説明しよう付いてきてくれるかね?」

 

 ミノタウロスはそう皆を促すと、踵を返す。一行がどうしようかと互いに視線を合わしていると、ミノタウロスの方から言葉がかけられた。

 

「ああ、誰か一人残って彼らの見張りをした方が良いんじゃないのか?私としてはメイジ以外に聞いて欲しくない話なので、そうだな……そこの格闘家の少年に見張りをしてもらえると助かるんだが……」

「俺?」

 

 思ってもみなかった指名にジンガは警戒心を削がれたのかきょとんとした様子で己を指差していた。

 

 

 

 

 

 

 ジンガに男たちの見張りを任せ、ナツミ達はミノタウロスに案内されるがままに、彼の住処である洞窟へと向かっていた。ジンガは自分だけが居残りさせられるのを渋るかと思いきや、ミノタウロスが思ったよりも理知的かつ敵意が無いことが分かると闘争心が萎えたのか、残ることを容易く認め、今は肋骨をへし折りすぎた男へストラで軽く治療しながら、皆の帰りを待っている。

 その治療法を見て、何故かタバサが喰いつくように眺めていたのが印象的であった。

 

 ミノタウロスの住処の洞窟は先程、ナツミが転がされていた所の近くにある洞窟であった。ミノタウロスはその洞窟の入り口で一度立ち止まると、皆へ視線を飛ばす。

 

「さ、入ってくれ。綺麗とは言い難いがここが私の住処だ」

 

 人を招くのは初めてだと照れくさそうにミノタウロスは頭を掻くと、洞窟内へと進んでいった。そんなミノタウロスの後に続こうとナツミも洞窟内へ足を踏み入れるが、いくら月が出ていようとも闇の領域たる洞窟内は足を数歩踏み入れただけで、目にへばり付く様な暗闇となり、侵入者の行く手を阻んでいた。

 そのあまりの暗闇から、ナツミが入口から数歩の所で立ち止まっていると、奥からミノタウロスが戻ってきた。

 

「どうした?……ああ、すまない。うっかりしていた。この体になってからは夜闇も大した障害ではなくなってしまってな。人間はそうはいかないのを忘れていたよ。っとこれを使いたまえ」

 

 ミノタウロスはそう言うと、洞窟の入口近くに立てかけられていた松明をナツミへと渡した。松明は頻繁に使うのか対して湿ってはおらず、タバサの着火の魔法でやすやすと明りを灯す。

 

「さぁ、これで問題あるまい行くぞ」

 

 松明に火が着いたのを確認すると、ミノタウロスはずんずんと奥へと進んでいく。それに続くように、一行が進んでいくと道が二つに分かれている場所に辿り着いた。片方の道の奥には、きらきらと多くの石英が煌めいている。

 

「わぁ……綺麗……」

 

 その煌めきに、シルフィードが反応し、思わず近づこうとした。

 

「近づくな!!」

 

 するとそれまで大人しかったミノタウロスが突然大声をあげてシルフィードの行動を制止した。そのあまりの剣幕にシルフィードは怯えてタバサの後ろへと隠れた。

 

「ああ、大声を出してすまない。そこは土が湿っていて滑りやすいんだ。近づかない方がいい」

 

 ミノタウロスはそう言うと、石英があるのとは別の道を進んでいく。すると、そこには大きく開けた場所があり、机や椅子、ベッド、何かの薬品を煮詰める大鍋。壁に貼り付けられた数多くの魔法薬のレシピが彼らの視界に飛び込んできた。

 ミノタウロスはその部屋と言ってもいい、そこで寝食を過ごしているのは明白であった。ミノタウロスは部屋にある彼のサイズにあつらえた椅子へ腰を下ろすと、四人へと視線を向ける。

 

「さて、まずは自己紹介からしようか、私はラルカス。かつてガリア貴族の末席にその名を刻まれていたものだよ」

「ええっ!?」

「貴族!?」

 

 ラルカスと名乗るミノタウロスが喋った事の異常さに、一行も驚きを隠せずに慌てふためいていた。ラルカスはそんな皆を楽しそうに眺めていた。

 

 

 その後、皆の驚きが落ち着くのを見計らってラルカスが話した内容は想像を絶するものであった。不治の病に冒されたかつては人間のラルカスは、その燃え尽きようとした命を犠牲にして最後の旅へと繰り出した。

 そんな旅の中、このエズレ村から十年前のミノタウロス事件の事を頼まれ、この村にやって来たという。そこからはジジの父親が話してくれた内容となんら変わらなかったが、その後に誰もが想像もしなかった後日談というやつがあったのだ。

自らも怪我を追いつつも火の魔法で窒息死させたミノタウロスの強靭な体は脳が死んだ状態でも外部からの刺激に反応していたという。不治の病に冒されたラルカスにその光景は羨望以外の何物でもなかった。強靭な生命力、ラルカスはそれを見て、ある決意をした。

 どうせ何もしないでも死ぬ体なら、ダメ元で己が脳をこのミノタウロスの頭の中に納めて、新たな体を手に入れようと。

 

「驚いたかね?」

 

 タバサを含む皆が、一斉に頷いた。

 

「まぁ、無理もない、うっ……」

 

 ラルカスは突然、頭を抱えて呻きだす。それを心配したナツミが彼へと歩み寄る。

 

「どうしたの?大丈夫?」

「さわるな!」

「っ!?」

 

 ラルカスの突然の怒鳴り声に、ナツミの歩みが止まった。しばらくラルカスは荒い息をついていたが、ある程度落ち着くと頭を左右へと振った。

 

「……ふぅ、すまぬ。たまに頭痛が激しくなるのだよ。まあ、些細な副作用さ。こちらの事情はわかったろう。あの男たちを連れて村へ帰れ」

 

 去り際にラルカスは、ここの場所と自分の事は誰にも言うなと、皆に釘をさした。

 

 

 村へタバサ達が戻ると、村人たちの歓声が一行を包んだ。突き出した人売りの男たちを見ると村人たちは散々に罵りの言葉を浴びせかけていた。男たちは明日にでも村の男たちが総出で、街の役人に引き渡すこととなった。

 その夜は、昨晩に引き続き村をあげての宴会となっていた。食料はもちろんワイバーンがとってきた大きな猪がメインとなった。タバサは苦い味が好みなのか、村でとれた野菜のサラダをもぐもぐと貪っていた。

 

「いやぁ流石あのワイバーンの主様ですな。しかし、犯人がミノタウロスの名を騙(かた)った元貴族とは……」

 

 村長が深々と頭を下げてルイズへと礼を言ってきた。

 

「ああ、別に大したことじゃないから」

 

 勘違いされて礼を言われるのは心苦しいのか、ルイズはそっけないように呟いた。

 

「いえいえ、これで私どもの村も助かります。最近この村以外でも子供の誘拐が増加しておったのですが、それもおそらくあやつらの仕業でしょうな」

「ほとほと見下げた奴らね」

 

 ルイズが吐き捨てる様に呟くと、その話を聞いていたのか、近くに転がされていたメイジの男が騒ぎ出す。

 

「待て!俺たちはそんな話知らないぞ!つい一週間前にこの辺りに流れ来たんだ」

「うるせぇ!潔く認めろ!まあいいかお上にきっちり調べてもらえばいいだからな」

 

 そんな怒鳴り合いを聞くと、タバサは食事の手をぴたりと止めて、なにやら考え始めた。

 

 

 翌朝、ジジの父を含む、村の男たちは総出で人攫いのメイジを街へと連れて行く彼らと別れて、一行は学院への帰る直前に突然タバサが真剣な表情である提案をしてきた。

 

「もう一度、洞窟に向かおう」

 

 いきなりの提案にルイズやジンガが、理由を聞いても、無言を貫き幾分かその表情は硬かった。とりあえず余計な事をあまり言わないタバサがそう言うのだ。只ならぬ何かがある。それだけはナツミにも分かった。

 行くだけ行こう。そう結論するのに、然程時間は要らなかった。

 

 

 昼間でも闇の領域たる洞窟の中はそれだけで人を寄せ付けぬ何かを放っている。タバサはライトの魔法を唱え、杖の先に明かりを灯し、奥へと進んでいく。途中でタバサは昨晩、シルフィードが怒鳴られた辺りで立ち止まった。タバサは迷いなく石英の元へと歩み寄る。

 シルフィードがタバサを注意しようとしたが、それはジンガの言葉に遮られた。

 

「ん?ここらへん血の匂いがしないか?」

 

 格闘家故に鋭敏な感覚を持つジンガが、周囲に漂うほんのわずかな異変を嗅ぎ取った。その言葉にタバサを除く、ほかの皆もひくひくと鼻を利かせるが、皆がジンガの様なでたらめな感覚を持つはずもなく、血の匂いなぞ嗅ぎ取ることはできなかった。

 タバサを除く四人がふんふんと鳴らすというどうしようもない風景が広がる中、タバサだけは黙々と一人で、洞窟の地面を掘っていた。

 

「っ!」

 

 やがて何かを発見したのか、タバサは息を呑んだ。タバサの様子に気付いたのか、ナツミは鼻をふんふんする作業をようやく止めると、タバサの頭ごしにタバサが発見したそれを見た。

 

「ほ、骨……!?」

 

 そこには人骨と思(おぼ)しき骨が幾つも幾つも埋まっているという光景が広がっていた。その小さな頭骨から想像するにおそらく子供であることは明白であった。これには酸鼻な光景を何度か見てきたナツミも息を呑むしかなかった。

 

 

 


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