前に投稿していた時とは、大分展開が違う為に手直しが多かったと言う……。
トリステイン魔法学院を五割増ししたような大きな六つの塔、否トリステイン魔法学院が似ているのでは無い。トリステイン魔法学院がそれ似せて建てた美しい建造物、そこはロマリア大聖堂。その真ん中の塔の入口目掛けて、二つの大きな影が今、舞い降りた。
一つは成竜と思われる十数メートルはあろうかという立派な雄の風竜。
もう一つはその風竜の倍を優に超える巨大なワイバーン……の雌。
そして、その二匹の竜からそれぞれ搭乗していた者達が地面へと降り立つ。
「いちばーん!」
掛け声とともに元気に一軒家にも匹敵する高さから軽々と飛び降りるは少年拳士ジンガ。その足元の地面はべコリと凹んでいる。そんな衝撃を足裏に受けたにも関わらずジンガは目の前にそびえ立つ大きな塔を眺めしきりに感心している。
「おお~でっかいなぁ!すっげぇ!」
ジンガはリィンバウムでは見た事も無い大きな建造物を見て年相応のはしゃっぎぷりを見せていた。そしてそんなジンガの行動にワイバーンの背から尻尾を伝って降りてきたルイズが呆れた声をかける
「あんまりはしゃがないでよ。田舎者だと思われるでしょ!!」
「まあまあ、はしゃいでしまうのも無理はありません。このロマリア大聖堂の美しさはハルケギニア屈指ですから」
キラリと歯を煌めかせ微笑みながら風竜に乗っていた少年がルイズを窘めるように声をかけた。
「えっと、確かあなたは風竜に乗っていた……」
「おっと、そう言えば名前を言ってませんでした。申し訳ありません。僕の名前はジュリオ・チェザーレ。皆さんのお出迎え役を教皇様から仰せつかったものです。ようこそロマリアへ」
白みがかった金髪のジュリオと名乗った少年は、それは整った容姿の美しい少年だった。
「……月目?」
ぼそりとルイズが誰にも聞こえない小さな声で呟く。月目、左右の瞳が違う色オッドアイ。ハルケギニアでは縁起の悪いものとされているにも関わらず、極秘たる王族の出迎え役を任せられるとは、よほどの事情があるのだろうか?密かに伺うような視線をジュリオに送りながらルイズはそんな事を考えていた。
皆がロマリア大聖堂に入る中、一人置いてけぼりを喰らったナツミの機嫌はかなり悪かった。というか、その前から機嫌が悪かった。その原因はナツミ達の案内をしてくれた金髪のイケメン、ジュリオのせいであった。
ジュリオは金髪かつ互い稀なる優れた容姿の持っていたが、その中身は外見通りと言えばいいのか、そう凄まじく軽い男だった。
なにしろ、挨拶もそこそこにいきなりルイズの左手をキスをかましたのだ。流石のナツミもこれには驚いたが、ルイズは貴族だしそんなもんかと他人事のように思っていたら、なんと今度はナツミの番だった。
当然そんな風習なんて元いた世界でもリィンバウムでも経験の無かったナツミはそのキスに過剰反応した。召喚師を超えた召喚師、エルゴの王、誓約者。数多の幻獣を使役し、悪魔の軍勢にも一歩も引かないどころか、全力疾走で突撃を敢行する様な勇者。だが彼女はそれと同時に年頃の初心な少女だった。
「きゃあああああああああああ!!?」
そんな初心な彼女が出会って間もない少年に手とはいえ、キスをされたのだ。悲鳴をあげるなと言うのが無理だろう。
そして、そんな主の危機に対し、彼女の召喚獣ワイバーンの反応は劇的だった。
「graaaa!!!」
大音量の咆哮をあげ、翼を大きく広げ明らかな攻撃態勢をワイバーンはとった。ワイバーンにとってナツミは何にも代えがたい大切な主。それに対する不敬は万死に値する。
しかし、そんな命の危機に瀕しているにも関わらず、ジュリオは余裕の表情を崩していなかった。どう見ても危険以外の何物でもない怒れるワイバーンを目の前にしてのその態度をとれるのは、よっぽどのバカか、よほどの隠し玉を持っているか、そのどちらかだろう。そして、ジュリオは後者だった。
ジュリオは獣や幻獣を自在に使役するという力をその身に宿していた。その力の前ではネズミだろうが竜だろうが等しく彼の前に頭《こうべ》を垂れる生き物に過ぎない。
「まぁまぁ落ち着きたまえ」
右手の手の甲に暖かさを感じながら、ジュリオはその絶対の自信を持つ力を発動させた。
「!?……gaaaaaaa!!」
「……は?」
一瞬、ジュリオは現状を理解出来ずにいた。今まで、この力を使用して彼が使役できなかった動物、幻獣は居なかったのだから。そして気付く、自身の命が風前の灯であることに。
「gaaaaa!!!!!!」
「え、あ、あれ?……ちょ……待っ!?」
ジュリオの思惑とは裏腹にワイバーンは些かも言う事を聞く様子は無い。主に対する不快な行動、自身の精神を惑わそうとする態度、どれも許せるものでは無いと敵意を込めてワイバーンは咆哮をあげた。
その途轍もない剣幕に、ジュリオは思わず恐怖から後ずさる。再度と言わず、能力を行使するがワイバーンは今度は僅かな反応も見せずに威嚇行動を続ける。
しかし、主を思っているのは、何もワイバーンだけではない。
「gaaaaooo!!」
ジュリオの風竜が己が主に害を成そうとするワイバーンに対し、牙を剥き咆哮をあげる。その咆哮には、それ以上ジュリオに危害を加える事を許さない、そんな強い意志が込められていた。だが、そんな態度を許すワイバーンでは無かった。
ぎろりっと、ワイバーンが睨みを利かせると風竜はあっという間に大人しくなった。
ジュリオはそんな相棒を情けないと一瞬思ったが、ワイバーンとの体格差を見て、咆哮を浴びさせただけでも立派だと思い込むことにした。
「ワイバーン。もう許してあげて。ね?」
流石にこれ以上は不味いと思ったのだろう。自分に冷たい視線を浴びせながらワイバーンを宥めるナツミの視線にジュリオは思わず泣きそうになった。それと同時にこれ程の幻獣を容易く宥めるナツミに畏怖を覚えた。
そんなこんなで、いきなりのジュリオの行動にナツミは機嫌が悪くなってしまった。
そしてワイバーンのその威容に脅威を抱いたジュリオが、ワイバーンを野放しては危険だと主張し、見張りをナツミに頼んだというわけだ。その後にジュリオがナツミ達の気を引くために、ワイバーンに乗ろうとしたら、いきなり尻尾で鳩尾を殴打された派手に吹っ飛ばされたのも、それに拍車をかけていた。
そして、散々ボロボロにされたジュリオは汚れまくった服を着替え、懲りずにナツミの気を引こうと塔の玄関へ戻ったところで驚愕していた。
「……アズーロ、なんで……」
アズーロ。ジュリオの愛馬……じゃなくて愛竜とでも呼ぶべき相棒である。
その大切な相棒が……。
「gyauuu♪」
「よしよし、良い子だね」
先程、己の主に尻尾を振るったり、咆哮を浴びせたワイバーンの主たるナツミに喉を撫でられ、嬉しそうに尻尾を振りまくっていたからだ。ジュリオは心の内では憮然としながらも、ナツミの元へ笑顔で向かう。
「や、やぁ、ちょっと見ない間にアズーロも君に随分懐いたね」
「うん。最初はちょっと乱暴かなって思ったけど、顔に似合わず可愛い子だね」
ジュリオの言葉にナツミがにっこりと笑いかけた。その笑顔を見て、ジュリオは自分の風竜を手なづけられた苛立ちはあったものの、それで先程のキスが打ち消され機嫌が良くなったのであればまぁいいかと思い直した。
……ちなみジュリオがアズーロの顔よりワイバーンの顔の方が百倍怖いと思ったのは内緒だ。
その後は、お互いの相棒の良いところや乗り心地を話したり、試しに乗ってみたりしていた。
風竜がすごく喜んでナツミを乗せていたのに対し、ワイバーンがナツミに諭されて嫌そうにウェールズを乗せていたのはあまりに対照的であった。
「すごいな君のワイバーンは、いや僕が今まで乗ったハルケギニアの幻獣の中でも間違いなく最高の幻獣だよ!」
ワイバーンから振り落とされるように地上に戻ってきたジュリオはナツミが頭を強くぶつけたのではないかと思うほどに、はしゃぎ大笑いしていた。ワイバーンとしては本気で空から叩き落とす気で、何度も空中で宙返りをかましていたので、生きていただけでも奇跡に近い事を彼は知らない。
そして二人の話は互いの身の上話まで及んでいた。ジュリオは孤児で現教皇に拾われて、本来は縁起の悪い月目でありながら取り立ててもらったことを誇らしげに話す。
ナツミは異世界から来たことと誓約者の力は隠して、ロバ・アル・カリイエから来たことにした以外はある程度真実を話した。
孤児院と言うのがお互いの共通点だったため思いの他、共感し合いキスをされたことで生まれたぎすぎすした空気は霧散していた。
「すまないけど、左手のルーンを見せてもらってもいいかい?」
ジュリオはナツミが纏う空気が柔らかい物に変わったことに気付くと、今度はナツミに一言断りを入れてから、再びナツミの左手を握り、その甲に刻まれたルーンを射抜くように視線を当てていた。
「どうしたのジュリオ?」
ついさっきまでのチャラさ全開の彼とは打って変わったジュリオの様子にナツミは怪訝な表情をしながら問いかける。
「……ナツミ、君はこのルーンの意味を知っているかい?」
「うん?知ってるけどそれが?」
「……そうか知ってるのか……なら主の方も?」
「どうしたの?」
ジュリオは相変わらず首を傾げるナツミに聞こえないようにぼそぼそとなにかを呟くと、それまでの真剣な表情を消して軽い笑顔に戻る。
「いや、僕と君は出会うべくして出会ったのかもしれな……」
「行け!ジンガ!!」
「うおおおおおお!!」
ジュリオがまるで口説き文句の様なセリフを吐こうとしたとき、タイミング良く大聖堂の扉が開く。
そしてジュリオが再びナツミの左手にキスをしようとしていると判断したソルの魂の指示を受け、ジンガが己の姐御を守るために拳を怨敵へと抉るようにぶちかました。
「ぐふぅううう!!」
名も無き世界のロケットのようにジュリオは吹っ飛び、美しく頭から着地を決めた。
「ジュリオ何をやっているのです?」
「い、いやすみません。聖下」
部下の余りの醜態にロマリアを治め、ブリミル教の頂点たる青年ヴィットリオー・セレヴァレは引き攣った笑いを浮かべていた。
なにしろジュリオはヴィットリオーにとって右腕とも呼べる最も信頼できる部下。有能と言っても過言でも無い彼がバカな真似をしているのだ。顔を引き攣るのは当然と言えた。
「ま、まあ良いでしょう。ではウェールズ殿下。ご健勝をお祈りしております」
「ええ聖下も……。ご面倒をおかけしました」
ジュリオの醜態へと至った経緯は取りあえず後に聞くことにしたヴィットリオーはウェールズへと別れの言葉をかけ始めた。
「ん?あれ?」
二人の言葉にナツミが首を左右に動かし、腕を組む。
「……聖下?」
ナツミと同じく、二人の会話に違和感を覚えたのだろう。ジュリオもまた疑問を隠しきれない表情を浮かべていた。
「ねぇソル?あたしたちって、陛下をここで預かってくれるっていうから連れて来たんじゃないの?」
ナツミの問いも最もなものだった。ナツミ達がここに来たのは、ウェールズの身柄をロマリアで保護してもらう為だった。にも関わらず何故か、ヴィットリオーとウェールズは別れの挨拶を交わしている理由がナツミには分かっていなかった。
「ん?あぁ、陛下がやっぱり身柄を預かってもらうのは止めてもらうってさ」
「は?でもそれじゃあ……神聖アルビオンの連中に攻め込む口実を与えちゃうんじゃないの?」
「く……ふふ」
きょとんとするナツミの表情が面白かったのだろう。ソルは口元をニヤリと浮かべる。それはソルには珍しい悪戯が成功した少年の様な笑みだった。
「なに笑ってんの?なんか隠してる」
「ああ、陛下をリィンバウムに連れて行くのさ」
なんでも無い様にソルは呟くが、聞かされるナツミからすれば耳を疑う様な話である。
「え……えええええ!?」
素っ頓狂なナツミの声が辺りに響いた。
にじふぁんの時と展開が変わっています。
改定前はロマリアにウェールズの身柄を預けていたのですが、リィンバウムにて匿う事に。
無論、滞在先はフラットです。