ルイズを保健室に運び終えるとナツミは早速、コルベールに自らの素性を話した。
コルベールもナツミがその身に宿す力の大きさが気になっていたので、彼にとってそれは渡りに船だった。
まさか、自分が警戒されているなどとは夢にも思わずナツミはここに召喚された経緯を偽りなく話す。召喚されたのは二度目だったということもあり、こういう時はさっさと素性を話した方が良いと分かっていたのだ。
その過程でようやくナツミは気付いた。ここはリィンバウムとは異なる世界だと。
だが、それを聞いてなおナツミに焦りの表情は無かった。
召喚術と送還術はセットだと思っていたからだ。
実はそれは大きな間違いなのだが、リィンバウムの召喚術しか知らないナツミはその事を完全に失念していた。
「それにしても異世界ですか、辻褄は合いますがなんとも信じがたい話です」
「まぁそうでしょうね……」
コルベールはナツミの話を理解はしたが信じきれないと言った表情を浮かべていた。
確かに召喚された本人が異世界から来ただのその世界では召喚師で英雄で異世界で魔王を倒しました。と言われても信じられないだろう。ある程度、信じてもらえたのは、ひとえにナツミの持つ力の膨大さがその話の信憑性を高めているからであった。
「とりあえずその召喚とやらは今できますかな?」
「あっと、出来ますけど、なるべくなら屋外のほうが」
その異世界の召喚術を見てみたいのか若干興奮した様子でコルベールがナツミへと詰め寄ってくる。その様子に若干引きつつも注意を喚起してみるナツミ。
別に屋外でも小さな召喚獣なら十分に召喚可能なのだが、コルベールの異様な興奮を見ていると、召喚獣を解剖されてしまいそうなので、ご遠慮したい感じだった。
「そうですか……残念です。ではまたの機会にお願いします。……それはそうと、ミス・ヴァリエールとコントラクト・サーヴァントをしてもらいたいのですが……」
「う、出来ればしたくないのですが……」
「やはり、そうですか……」
ナツミは先ほどからコントラクト・サーヴァント、リィンバウムでいうところの誓約を拒んでいた。ナツミとしてはリィンバウムの家族と呼んでる人達のところに帰りたいのでコントラクト・サーヴァントでこの世界に縛られるのは拙い。
「仲間達……ううん家族みたいな人達も心配していると思いますのでこのまま送還してもらいたいです。……彼女には悪いですが」
「……はぁ、家族が居るとなってはしょうがないでしょうな」
はぁ、とコルベールは今日、何度目となるか溜息を吐く。彼としてはルイズが留年するのを防ぐために是非ナツミにはルイズとコントラクト・サーヴァントをしてもらいたいところではあったが、家族のもとに帰りたがっている少女にそれを強制するほど貧しい良心はしていなかった。
「それでは、ヴァリエール嬢には新たな召喚をしてもらいますか」
「申し訳ありませんがそうしてもらえると助かります」
「それはそうと、どうやって帰るつもりなんですか?」
「……え?」
「え?」
妙な沈黙が二人の間に流れた。
二人の会話が止まる少し前。
(う……あれ、私なんで寝てるんだろ)
よほど、魔力を消費したのか身動き一つとれずルイズは目を覚ました。目だけで回りの様子を見るとどうやら保健室のようだ。
(そうか、あれが力を使う感覚なのかな?)
再び目を閉じ先ほどのサモン・サーヴァントの様子を思い出す。サモン・サーヴァントの最中は何度、詠唱を唱えても何にも感じなかったが最後にサモン・サーヴァントが成功したときだけは違う感覚が彼女を貫いた。自分の中から何かがごっそり無くなる感じがしたのだ。
(あれは、きっと唯の平民なんかじゃない。もっと違う何かだ)
剣を腰に差したナツミの姿を思い出し、確信に近い形でルイズはそう考えていた。
そんな自己に埋没していたルイズの耳にコルベールと少女の声が響く。
信じられない。とルイズは思った。確かに自分の召喚した少女―ナツミ―とやらは唯の平民ではないと感じていたがナツミの話ではナツミとその仲間達が乗り越えてきた困難は正しく偉業と呼んで差支えないものであった。彼女の称号、
そしてそれを裏付けるようにコルベールが彼女に使った
まさか、そんな強大な存在が自分に召喚されるとは露ほども思っていなかった。
(これで、もう落ちこぼれなんて言われない……)
そう思うと思わず涙が溢れてきた。ルイズは小さい頃から落ちこぼれと言われ、期待を持って入学したトリステイン魔法学院でも魔法を使うことは出来なかった。なんとか座学だけでも頑張ってトップをとっても魔法至上主義のトリステイン貴族の中において、そんなものになんの価値も無かった。
今回のサモン・サーヴァントがほんとに最後のチャンスだった。サモン・サーヴァントが成功しなければ留年、このまま魔法が使えない現状のままいけば間違いなく留年するはずだった。そんなことを許す両親では無い。きっと実家に連れ戻され末っ子にすぎない自分に待ってるのは政略結婚という道だけになるはずだった。だから……
「それはそうと、ミス・ヴァリエールとコントラクト・サーヴァントをしてもらいたいのですが……」
「う、出来ればしたくないのですが……」
「……っ!」
コルベールとナツミのその言葉は自己の思考に埋没するルイズを外界に向けるにはあまりにも強力で、彼女がいままで感じていた安堵感を無くすほどに破壊的であった。
(どうしよう、どうしよう……)
なんとか二人に気づかれずに済んだがルイズは完全に動揺していた。おそらく、彼女が召喚したものは自分には不釣り合いに強力だ。家族のもとに帰りたい、とかいう声もしたような気もする。だが今のルイズにはそれを理解しきるほどの余裕はもう無かった。それほどまでにルイズは追い詰められていたのだ。そうして、逃れたと思った最悪の結末は再び目の前に迫っている。そして、
「それでは、ヴァリエール嬢には新たな召喚をしてもらいますか」
「申し訳ありませんがそうしてもらえると助かります」
もうルイズの頭の中には
「わが名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、わが使い魔となせ」
突然、ルイズは布団を跳ね上げると呪文を唱えながらナツミに向かって突進する。
あまりといえば、あまりのその光景にコルベールもナツミもまったく反応できなかった。
重なる、ルイズとナツミの唇。
「ヴァリエール嬢!」
怒鳴るコルベール。やはりナツミはいきなりのキスに反応できないでいた。
「……」
「……」
二人の唇が離れてもお互い無言のまま、見つめ合う。
ナツミは先ほどのコルベールの様子に嫌な予感がしてならなかった。そうして呆けていると突然全身を痛みと熱さが襲う。
「がぁっ……な、にこれ……?体が……熱い、んですけど?ってか痛いっいたたた!?」
まもなく熱さが過ぎてくるころナツミは自らの左手の異変に気付く。
彼女の左手には先ほどまでは無かった見慣れぬ文字が刻まれていた。
「あの、コルベールさんもしかしてこれって?」
ナツミの否定してくださいね、という念を込めた視線がコルベールに突き刺さる。
「ナツミ君、非常に言いにくいですが……今ヴァリエール嬢が行使した魔法がコントラクト・サーヴァントです。君らの世界風にいうならば誓約された状態です」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
悲鳴に近い声が保健室中に響き渡る。
窓の外には地球でもリィンバウムでも見ることが無かった二つの月が輝いていた。
その間、ルイズはそんなナツミに反応することなく俯いているのみであった。
改定出来ているのはここまでです。
我ながら遅すぎて申し訳ありません。
改定出来次第、随時投稿していきます。