ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第二話 久方ぶりの日常

モナティへ

 

 この前はいきなり呼んで、すぐに送り返しちゃってごめんね。あと、フラットのメンバーにも急に居なくなってごめん、でも元気にしてるって伝えておいてね。

 こっちは王女様から頼まれた任務も終わってあたしを召喚したルイズの居る学院に戻ってきたよ。

 任務は簡単に行くものじゃなかったけど、あたしがお世話になっている人の国の一大事じゃ手を貸さないわけにはいかないからね。

 そうそう、その頼まれた仕事先に行った場所がすごかったの!

すっごく大きい大陸が空に浮いてて、そこから流れ出る川の水が大陸の下を真っ白にしててものすごく綺麗だったの!

 いつかモナティにも見せてあげるね。また、落ち着いたらこっちに呼ぶわね。

 

 それまで、体に気をつけて。

 

 かしこ

 

 

 

 

 

 

 一行が数日ぶりに魔法学院に戻ってきた翌日。ナツミはリィンバウムからアカネに持って来て貰っていた紙とペンで書いたモナティ宛ての手紙を、その元いた世界つまりリィンバウムへ送還していた。

 内容はモナティをリィンバウムに送還してから、昨日までのことを書いたものだが、戦争などの血なまぐさい内容は書いていなかった。

 そんな事を書いた日にはマスター思いの彼女に要らない心労を与えてしまうからだ。そして、わざわざ向こうからペンと紙を用意してもらった理由はこちらの世界の紙とペンを向こうに送るのはナツミでも不可能だが、リィンバウム由来のものでなお且つ自分で召喚したものなら送り還すのは容易だからであった。

 

「んん~っ」

 

 手紙を送還したナツミはそこで一つ伸びをする。椅子で伸びをしながら、ふとナツミがベッドを見ると主たる少女ルイズがまだ眠っている。昨日は結局、夜遅くの帰りとなったが学院長にことのあらましを報告した。アンリエッタから話を聞いていた学院長は、ナツミ達の労をねぎらい、褒めてくれた。

 部屋に戻ると任務の事や今後の事を話すのが困難なほど疲れていたので、話し合いは後日ということでソルとアカネをリィンバウムに送還した。それから床についたので結局、二人が寝たのは深夜過ぎ、ナツミの元いた世界で言うところ、日付が変わるころであった。

なので起こすのは少し、可愛そうだと思いつつも授業に遅刻させるわけのもいかないので、躊躇いつつも起こすことにした。

 

「ルイズ~朝よ、起きて」

「ふにゃ」

 

 相も変わらず低血圧のルイズは眠そうな顔をしながら謎の声をあげ、体を起こす。

 

「ルイズ、寝ぼけてないで顔を洗いなさい」

 

 そう言ってルイズから離れるナツミの足元には手紙を書く前に汲んでおいた水が洗面器に張ってあった。ナツミはそのまま少し離れた椅子へと座り、ルイズの着替えが終わるのを待つ。

ルイズが着替えが終わるまで手持ち無沙汰になり、ぼんやりと昨日無事に終えた任務の事を考えていた。

 そうして最も頭を悩ませていたのがアルビオン王子ウェールズの今後のことである。

あの枢機卿であるマザリーニの言葉通り、ウェールズをこの国に連れ帰ったのは不用意なのではと思い至ったからだ。相手が世界を脅かす絶対の悪であったなら容赦の無く叩き潰せるが、人間相手ならそうはいかない。

 

「なに頭抱えてんの?」

 

 いつの間にか頭を抱えていたらしい。ナツミが振り返ると、着替えを終えたルイズが怪訝な顔でナツミを見つめている。

 

「なんでもないよ」

「ふぅん。なんか怪しいわね」

 

 とりあえず下手くそな誤魔化しを披露するナツミ。ルイズはじっとそんなナツミをさらに見つめるが、不意に後ろを向き歩き出した。

 

「ほら、朝ごはんに行こ」

「そうね」

 

 ナツミは不安を吹き飛ばす様に頭を軽く振るうと、ルイズのあとに続いた。

 

 

 

 朝食は今更、貴族専用の食堂、アルヴィーズの食堂へ行くのもなんなので、使用人達が利用する食堂へ向かうナツミ。というか、元々がただの女子高生なうえに、ボロも良いところのフラットの食堂。豪華すぎる食堂では逆に食欲がなくなってしまう。

 ナツミが食堂に顔を出すとシエスタが先に朝食をとっていた。

 

「おはよーシエスタ」

「えっ!?……ナ、ナツミちゃん!ぶ、無事だったんですか!?」

「ど、どうしたのシエスタ?そんなに慌てて」

 

 ナツミは予想もしていなかったシエスタの態度に思わずナツミは後ろへ下がる。

 慌てるシエスタから詳しく話を聞くと、最近ルイズの姿が見えない事をルイズのクラスメートが話しているのを聞いたり、メイド仲間も魔法衛士隊の隊長がルイズと数人の貴族が早朝からどこかへ出発しているの見たという。

 そして、それを証明するようにルイズの使い魔のナツミもここしばらく食堂に姿を現さない。

 ゴーレムを倒したともっぱら噂になっているナツミに目を付けた王宮から厄介な任務を受けたのではと考えるものが多かったと。

 

「というわけなんですよ」

「ふぅん。そんな噂が流れてたんだ」

「……で、実際どうなんですか?」

 

 どこの世界でも女性が噂話に興味を持つのは恒久的なものの様だった。シエスタも噂の真相が知りたいのか、ずずっと体を前に突出しナツミに詰め寄る。

 

「……え、えっと……う、噂とは全く違うよ?え~と、王女様とルイズが幼馴染で久しぶりに王宮にお呼ばれして、その護衛に魔法衛士隊の隊長が来たって感じかな~ほ、ほらルイズってば公爵家だし?」

 

 ナツミがその場で思いついた言い訳をたどたどしくもシエスタに伝える。

 その言い訳にシエスタが首を傾げる。

 

「あれ?でも、クラスメートの貴族様が何人も居なくなってたって聞きましたけど?」

「うっ……あ、ああそうなの?う~ん。あたしは知らないなぁルイズの他にクラスメートが一人来てたけど、他は知らないよ」

「うぅなんかはぐらかされた気がしますぅ~」

「ははは、はぐらかしてなんかないよ?それよりご飯って余ってる?」

「あっ!?わ、忘れてました~。すぐ準備します!」

 

 ナツミにご飯の事を指摘され、それまで夢中になっていた会話を切り上げるとシエスタは急いでナツミ食事の用意しに行く。

 

「ああ、自分でやるからいいよ~」

 

 無事に話題を逸らせたことを胸を撫で下ろしたナツミは、自分の食事を準備しようとするシエスタの後を追うのであった。

 

 

 

 いつシエスタにまた任務の質問されるかと戦々恐々しながらも食事を終えたナツミは、その足で学院の使い魔の宿舎へと足を運んだ。この世界、そして魔法学院に来てもっとも人目に付かない場所だったからだ。

 宿舎へと足を運んで、周りに人目が無いのを確認すると、召喚術を行使する。

その召喚対象は―――――。

 

「うぉ!?……ナツミか」

 

 ソル。

 スプーンを右手に持って驚いた表情をソルは浮かべている。どうやら間の悪い事に、ナツミはソルが朝食をとっているタイミングで呼び出したようだった。

 

「おい……食事時は避けてくれよ。……いや用を足しているよりはマシか」

 

 タイミングの悪さに文句を口にするソルだったが、よくよく考えれば食事以上にタイミングが悪い場合も有る事に気付き、微妙に頬を引き攣らせた。

 

「ごめんごめん。別に意図して変な召喚してるわけじゃないのよ?」

 

 首を傾げながらそういうナツミの仕草に思わず可愛いと思ってしまったソルはそれ以上の追及をするのをやめた。

 

「……ごほん。まぁいい。それでなんのようだ?」

「うん、これからのことについて再確認しようと思って……ん?」

 

 本題に入ろうとしたナツミであったが、突然周りが暗くなり、空を見上げると大きな青い塊がナツミ達の上空でホバリングしていた。

 良く見るとその青い塊はタバサの使い魔の幼竜シルフィードであった。

 

「えっと、確かシルフィードだっけ?」

「きゅいきゅい」

 

 シルフィードはナツミに自分の名前を覚えた貰っていたのが嬉しいのか、楽しそうに鳴き声を上げる。

 その体躯に合わず、まだまだ子供の彼女はナツミに体を擦り付けるようにして甘える。

それは、本能で生きる野生動物故か、ナツミの持つ力強くも優しい力に気付いているようだった。

 

「あはは、くすぐったいよ。シルフィード!わああ大きい舌ね」

「……デカい癖に甘えん坊だな」

 

 ソルはどこか嫉妬するようにじと目でシルフィードを睨む。

 

「きゅいきゅい!今日はワイバーンのお姉様は居ないんですの?」

「「…………」」

「きゅい?どうしたんですの?二人とも黙っちゃって?」

 今まできゅいきゅいとしか発さなかった生き物が突然、言葉を……しかもしっかりとした文脈、文法で喋れば誰だって驚く、それは自明の利だった。

 

「ワイバーンって」

「……雌だったんだ」

 

 自明の利だったはずだったのだが、ソルとナツミはシルフィードが言葉を介したのにはさほど、驚かず、その内容に驚いていた。

これが、ハルケギニアの住民だったら言葉を喋っていただけで驚いていたのであろうが、リィンバウムというか、リィンバウムへ召喚される生き物たちは、獣はおろか獣人、ロボット、精霊、悪魔、天使など、その種類は枚挙に暇がない。その中で人語を介する生き物など別に珍しくもなんともない。

知るフィードが喋ったのはそういうものなんだろうとあっさりと二人は受け入れていたのだ。

 

「きゅい!?人前で喋っちゃだめでしたの!……ワイバーンのお姉様の言ってたすごいマスターに会ってすっかり忘れてましたの」

 

だが、それはあくまで二人の話。ハルケギニアでは普通は竜は喋らない。それが常識だった。それ故にシルフィードは人前で人語を喋る事を主であるタバサに禁止されていた。

 それを思い出したシルフィードはシルフィードでわたわたと慌てている。よっぽどきつい教育を受けているのだろう。

 しばし、妙な空気が辺りを包み込んでいた。

 

 

 

 

 

「きゅいきゅい……なので、お姉様には人前で喋ったことは言わないで欲しいの」

 

 きゅいきゅいと甲高く喉を鳴らしながらシルフィードはナツミ達に懇願する。

 シルフィードが言うには、彼女は風竜という一般的な竜とは異なる種で、太古の昔に滅びを迎えたとされる知恵ある竜、風韻竜がその正体だという。

学院の皆に風韻竜であることを隠すのは、この国の研究機関にそんな希少な幻獣が召喚されたと知られれば解剖されるからだそうだ。

 解剖の件についてはナツミも正体がばれれば解剖コースとなるので、シルフィードの怯えっぷりからよっぼど解剖を忌避してるかと思ったがどうも違った。

 なんでも

 

「お姉様を怒らせると大変なの!」

 

 とまだまだ成長途中とはいえ、人よりは大きい体をがくがくと振るわせる。解剖より怖いタバサ。大人しそうな外見とは裏腹に怒ると怖いのであろうか。

 などとナツミはタバサの無表情な顔を脳裏に浮かべていたが、それよりも気になる事が彼女にはあった。

 

「っていうか……ワイバーンが雌ってホントなの?」

「きゅい?どう見ても年頃のお姉様にしか見えないですの」

「マジか!?しかも年頃?」

「きゅい!鱗のきめ細かさ、瞳の輝き、体の線も柔らかいですの。それにスタイルも抜群ですの」

 

 憧れですの~。と乙女の様にきゅいきゅいと叫ぶシルフィードを尻目にソルとナツミは二人で首を傾げながら、話し合っていた。

 

「あのきめ細かい?あの鋼鉄の様な鱗が……?」

「えっ体の線が細い?胴回りだけでシルフィードの三倍はあったわよ」

 

 人と竜の感性は相容れぬのだろう二人はそう二人は結論を出した。

 

 

 その後も結局、ワイバーンのどこら辺が年頃なのかは分かるはずもなく。

 二人がうんうん唸って、相手をしてくれなくなり寂しくなったのか、いつの間にかシルフィードは空へ飛んで行ってしまった。

 

「すっかり話が逸れたな」

「うん、ワイバーンの事は気にしないことにしよ」

 

戦場で感じるのとは違う別の疲れが溜まったような気がした二人だった。

 

 


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