いつものごとくまとめて投稿します。
いよいよ第三章です。
第一話 虚無の系統
トリステインの王都トリスタニアでは、隣国アルビオンを制圧した貴族派レコンキスタが侵攻してくるという物騒な噂が町中のあちこちでなされていた。あくまでも噂と笑い飛ばす住民は少数派であることから、それをレコンキスタの侵攻を信じている住民が多いことが窺えた。
その噂の信憑性を高めているのが、王宮の前で入れ替わりで幻獣に乗った魔法衛士隊の隊員たちが警護に当たっていることと、現在、王宮の上空で幻獣、船を問わずに飛行禁止令が出されているのがその噂の信憑性を高めていたのだ。
そして、今その飛行禁止令が出されているはずの王宮上空にとてつもない巨躯を誇るワイバーンが現れた。ついでに、それの半分にも満たない風竜も。
それを見た瞬間。
王宮は蜂の巣を叩いたような、騒ぎが起こっていた。本来なら、今日警備に当たっているはずのマンティコア隊が対処に当たるはずが、危機を察知して他の隊の隊員たちまで、着の身着のままで現れる程の事態だった。
ワイバーンは魔法衛士隊の警告を無視して中庭へと着陸した。というか、幻獣たちがワイバーンに怯えて、声が届く範囲に近づいてくれなかった(逃げなかっただけでも立派)。
ワイバーン(標準サイズの竜の三倍は優にある)からは桃色の髪の美少女と、可愛いというより凛々しい顔立ちの黒髪の少女、赤い髪のポニーテールの少女、そしてやや茶色の髪を所々立たせた少年が降り立ち、風竜からは燃えるような赤い髪の少女とメガネの少女、そして金髪の少年が降りてきた。
三隊の衛士隊を代表して、今日警備を担当しているマンティコア隊の隊長が、剣のような形状をした杖を取り出し、大声を出して飛行禁止令を無視した輩に命令する。
「杖を捨てろ!」
「Gaaaaalll!!」
主に武器を突き付けられ、機嫌を悪くしたのかワイバーンは咆哮を一つする。ワイバーンにとってただの威嚇程度の咆哮であったが、その咆哮に慣れているナツミ、ソルはなんでもなかったが、他の者たちにとってその咆哮は十分に本能を刺激するものであった。
魔法衛士隊の隊員とルイズを始めとする仲間たちも耳を抑え蹲る。……なぜかタバサだけはケロッとしている。
「タ、タバサあんたよく平気ね……」
耳を抑え呆れたように彼女の友人のキュルケがタバサに視線を送っていた。
その後は大変な騒ぎとなった。
流石に至近距離であの咆哮を貰って、本来野生で暮らしていた幻獣達にそれを耐える術は無かった。一部のよっぽど鍛えらえていたもの以外は怯えて暴れ出す始末、さらにその中には隊員を振り払いワイバーンに仕えようとしようとするものまで現れる始末。
収拾がいつ着くかも分からない程の混乱で中庭が満たされる中。その混乱を収めてくれたのはこの国の王女、アンリエッタであった。
「ルイズ!」
どうやら、城中が異様に騒がしいのに気付いた上に、先程のワイバーンの咆哮を聞きここまできたようであった。
「姫様!」
二人は、中庭の混乱を忘れ、ひしっと抱き合った。
「ああ、無事に帰って来たのね。うれしいわ。ルイズ、ルイズ・フランソワーズ……それにしても大きなワイバーンね」
「ナツミの使い魔です」
幻獣界産の巨大ワイバーンをただ大きいで流す辺り、流石箱入り王女。常識を知らな過ぎる。だが、それを突っ込む程の余裕はルイズには無かった。戦場の空気を始めて体感したり、婚約者の裏切りなどで傷ついた心に、心を許した王女の言葉は温かかった。
そして改めてトリステインに帰ってきたことを自覚したルイズの目から涙がぽろりと流れた。
「件の手紙は、無事、このとおりでございます」
「やはり、あなたはわたくしの一番のおともだちですわ」
「もったいないお言葉です。姫様」
そこでアンリエッタは一向に視線を向けるが、そこにウェールズの姿が無いのを見ると、その端正な顔を曇らせる。
「……ウェールズ様は、やはり父王に殉じたのですね……」
瞳に涙を滲ませ、なんとか言葉をアンリエッタは絞り出した。そのまま沈痛な空気で場が支配されそうになりそうになったが、その空気をルイズが吹き飛ばす。
「いえ、王子様は生きています」
「えっ、ほ、本当ですか!?」
死んだと勝手に思い込んで悲しみ暮れそうになったときに、突然ルイズから吉報を聞き、優雅ないつもイメージを崩してしまうアンリエッタ。
「ソル」
「はいはい」
いきなり名指しされたにも関わらず、ナツミの意図を汲み取ってワイバーンの背に飛び乗るソル。ごそごそとなんやらやっていると思うと、背中に何かを背負って降りてくる。
「ウェールズ様!?ああ、い、生きてらっしゃた……んですね……良かった、良かった……」
アンリエッタは恥も外聞も無く年相応の少女の様に感情の表し、泣きじゃくる。しかし、その服が血に汚れていることに気付く。
「はっ、こ、これは?ま、まさか怪我なさってるんですか!?」
ちなみに彼女の目の前のナツミはそれ以上に血に塗れているが、恋は盲目を地で行くアンリエッタにそれは映らなかった。
「安心してください。治療は俺がやっときましたから、今はまだ血が足らなくて気絶してるだけです」
「そ、そうですか良かった。でもなぜ、このような怪我を?血の量を見るとかなりの大怪我の様ですが……やはり戦地はそれほど過酷だったのですか?」
それだけ危険な場所にルイズを送り込んでしまったのを後悔する様な顔をアンリエッタは見せた。やはり一番のおともだちというだけあり、それだけ情があったのだろう。……ナツミの血には気付かないが。
「いえ、戦地は確かに危険でしたが、王子様が怪我した理由はそれだけではありません」
流石に婚約者が友人の思い人を殺そうとしたなどと、ルイズは言いにくかろうと、代わりにナツミが口を開いた。
「ワルドが裏切り者だったんです。お姫様」
「えっ、子爵が……って、貴女も血が!」
そこまで聞いてようやくアンリエッタはナツミの怪我に気付いたのか口元に手を当て、驚いていた。
その後、ナツミの怪我も治療済みということも伝え、ルイズとナツミ、ソルはアンリエッタの自室に、タバサとキュルケは別室へとそれぞれ案内されていた。アカネは物々しいの苦手ということでワイバーンとともに中庭にいることとなった。
そして、未だに目覚めぬウェールズをアンリエッタのベッドに寝かせ、ルイズ達は今回の旅の報告始めた。
ラ・ローシェルでの土くれフーケと彼女が雇ったと見られる多くの傭兵達に襲われたこと。
船でアルビオンを向かう途中で空賊に扮したウェールズに襲われたこと。
アルビオンでの最後の晩餐。
先程少しだけ話したワルド子爵の裏切り。
……そして王党派の敗北。
ルイズの報告を聞くアンリエッタは終始、その顔を青褪めさせていた。宮内で繰り広げられる権力闘争を知っている彼女でも、純粋な暴力という力には怯えという感情が刺激されたようであった。
そして、中でもアンリエッタを一層青褪めさせたのが、自らが任務遂行の為にと付けたワルドの裏切りであった。知らなかったとはいえ愛しいウェールズに自ら刺客を送ってしまい傷を負わせてしまったことに、憂いの表情をアンリエッタは見せた。
「私、自らがウェールズ様を狙う刺客を送ってしまうなんて……」
「姫様に非はありませんわ。それにこうして殿下は生きておられます。あまり自分を責めないで下さい」
「ああ、ルイズありがとう……慰めてくれるのね。ごめんなさい、本当に辛いのは婚約者に裏切られた貴女の方なのに……」
自責の念に駆られるアンリエッタをルイズは慰める。そんなルイズにアンリエッタはルイズこそが本当に傷ついているのでは、とルイズを気遣うような声をかけた。
「気にしないで下さい姫様。確かに子爵とは婚約者同士でした。でももう、十年以上も会っていなかったんです。好きだったかも、憧れていたのかも知れませんけど……それはもう昔の話です」
無理をした様子もなく、感情を出さずにそう言うルイズに、アンリエッタは思わず抱きついた。
「ひ、姫様?」
「ごめんさい……ルイズ。危険と知りつつ私は任務に私情を交えてしまいました。その結果、ウェールズ様を傷を負わせ、おともだちである貴女まで危険に晒してしまいました」
「姫様……」
泣きながら謝るアンリエッタは年相応の少女にナツミには見えた。
「しかし、これからどうしましょうか?」
アンリエッタが落ち着いたのを見計らってナツミが場を仕切るように口を開いた。
「これからとは?」
アンリエッタはきょとんとした顔で首を傾げる。
「王子様のことですよ姫様」
ナツミの問いに答えられないアンリエッタにソルが救いの手を差し出す。
「ウェールズ様ですか?このまま王宮に居て貰えばよいのでは?」
その様子にナツミとソルは内心、溜息が止まらなかった。
「はっきり言います。このまま王子様をここで匿うとなるとレコンキスタに攻め込まれますよ?」
「ええっ!?な、何故ですか?」
ソルの言葉に、かなり驚くアンリエッタ。どうやら、彼女は王子を救うのが第一で他の事には頭が回っていなかったようである。故に王族排斥を謳うレコンキスタにとって、王族たるウェールズの首がどれ程の価値があるなぞ知る由も無かったのだ。
「ど、どうしましょう」
「姫様、落ち着いてください」
せっかく手紙を取り戻して、ウェールズも助けたと思った矢先に現れた新たなる危機にアンリエッタは眩暈を起こし倒れこみ、ルイズが支える。
なんとかアンリエッタが眩暈から脱した後も、話し合いが続けられたがいい案が浮かばない。楽天的なナツミ、箱入り娘のルイズ、アンリエッタからは当然ろくな案が出ず。ソルに期待が寄せられたが、如何に名門の召喚師の家系に生まれ、なおかつ魔王召喚に抜擢されるほど優秀な彼でも、他の世界の政治事情を知らなければ、良い案が浮かぶ訳もなかった。
「仕方ありません。あの方の指示を仰ぎましょう」
「あの方?」
アンリエッタが思いつめた表情で提案する。それにナツミは首を傾げることしかできなかった。
十数分後アンリエッタの自室に怒鳴り声鳴り響いた。
声の持ち主は、先代の王が急逝して依頼、王が不在のトリステインにおいて、政治の舵取りを担ってきたマザリーニ枢機卿であった。
現在トリステインの事実上の宰相であり、王不在のこのトリステインが王国としての体裁をなんとか取り繕えているのも、彼のおかげであるとまで言われている。だが、そこまで考えているのは、この国の極一部の貴族と他国の者達であり、トリステインの国民からは国を乗っ取ろうとしているなどと言われ、人気が低かった。
そんな彼が今日も今日とて政務に追われていると、侍女の一人が王女が彼を呼んでいるとの伝えられ、政務もそこそこにアンリエッタの部屋へ赴くと、見知らぬ男女が三人ほど、一人は見覚えのあるヴァリエール公爵の娘とそれよりは身分が低そうな二人。
ヴァリエール嬢は昔、姫様の遊び相手も務めたこともあるので、この国の王女の部屋に居るのもまだ許容できた。もう二人は身分的にはアウトなので、咄嗟にマザリーニはアンリエッタが不用心に人を王宮内に入れた事を怒鳴ろうとするが、王女のベッドに人が転がっている人物を見て目を剥いた。
そこにはアルビオンの内乱の渦中のど真ん中に居るアルビオンの王位継承権第一位のウェールズが眠っていたのだ。
「……姫様」
「は、はい」
「納得のいく説明をお願いいたします」
目が全く笑っていない笑顔でアンリエッタを問い詰めるマザリーニ。その笑顔に逆らえずありのままをアンリエッタは説明する。
マザリーニの顔が赤になったり、青になったりを繰り返し、最後は赤色で落ち着くと
「なんということしてくれたのですか――――――!!!」
と骨ばかりの彼からが想像もできない大声が放たれた。
アンリエッタはあまりの剣幕にぽかんと呆けてしまう。そんな事はお構いなしに矢継ぎ早にマザリーニは言葉をぶつけた。
「姫様!事の重大さが分かっておられないようですね!いいですか。ウェールズ皇太子はレコンキスタの標的なのですぞ!」
「はい…それは分かっています」
「いいえ、全然分かっておりません!貴女はこの国にレコンキスタを招き入れる口実を作ったようなものなのですよ!」
アンリエッタのか細い言葉も、マザリーニには通じない。
「で、ではどうすれば……」
「この国を守るならばレコンキスタに引き渡すのも吝かではないですな…ですが」
「そ、そんな!それだけはどうか!あのような反逆者達にウェールズ様を渡しては……」
「ですが!!始祖から賜れた三杖の杖の一つが失われるのは好ましくありません」
「では……!」
アンリエッタの表情は先ほどの青褪めた様子からぱぁっと華が咲いたようになる。
「ええ、ですが現状トリステインで殿下を匿うのは難しいでしょう」
「では?」
「レコンキスタとは無関係な国、ないしレコンキスタをものともしない国に匿ってもらうのが良策でしょうな。そうなると……ロマリア連合皇国が第一候補になりそうですな」
顎を一撫でして自らの策をマザリーニは口にした。
ロマリア連合皇国。
始祖ブリミルの三人の子供がトリステイン、アルビオン、ガリアのそれぞれ三つの国を興し、更に一人の弟子がロマリア連合皇国を興した。その関係もあってか四つの国は比較的に争いも少なく現在まで存続してきた。現にトリステインとアルビンオンではアンリエッタの母とウェールズの父は実の姉弟である。
ガリアとは特に血の交わりこそ無かったが、争い特に無く現在までの関係を続けている。
ロマリアとも枢機卿であるマザリーニの始め、王国中に教会を建てる事を許可していたりするので、こちらも別段仲は悪くなかった。
それにロマリアは宗教国、その信仰の対象は三つの国の祖先である始祖ブリミルだ。
いくら聖地奪還を掲げているとはいえ、信仰の対象たるブリミルの子孫の王族排斥を成そうとするレコンキスタに良い感情を持ってはいないだろうとマザリーニは考えていた。
「とにかく!この件は私に預けて頂きたい。このまま下手を動いてしまうとこの国は本当に滅ぼされてしまいますからな」
そう言ってマザリーニは多少強引ではあったがその場をまとめたのだった。
アルビオン大陸。
かつてニューカッスル城が存在していた場所はすでに無く。そこにあるのは切り立った崖と化していた。そしてその崖の手前には幾人もの亡骸が転がっていた。
損害は死者がおよそ二千、負傷者も含めて四千の大損害。
ニューカッスル城が浮遊大陸の岬に存在していたため、攻城の際に一方向からしか攻められずレコンキスタの先陣が正面からまともに攻撃を受けた為だった。本来なら空中戦力も投入して戦いになるはずだったので、それほどの損害は受けないはずが攻城前日に、王党派の船を襲った際に突然現れたワイバーンにより戦場に投入する戦艦が数隻、中破させられたためそれも叶わず、今回の大損害となったのだ。
戦が終わった二日後。照りつける太陽の下、死体と切り立った崖の近くにワルドとフーケが立っていた。その周りには数人の傭兵達がおり、切り立った崖の見物をしていた。もともと財宝目当てでこの戦いに参加したような連中でこの度の戦では大したおこぼれは頂戴できなかったようで、どこかその様子は悔しそうであった。
「しっかし、どうやったらこんな風にアルビオン大陸を切れるっていうだい?前線の兵共も、恐慌状態で空に巨人がいたとか意味不明な事言ってたよ」
「……分からん。確かにあの使い魔はとんでもない力を持っていたが、こんなことを出来るとは思えない」
そう言うとワルドは腕を組んで考え込んだ。
(まさかルイズか……?)
ルイズが秘めているだろう力の強さを考えれば既存の魔法とは比べ物にならない事象を起こせることを知っているワルドは不意にそんなことを考えていた。
「随分その使い魔を過大評価するねぇ。あんた魔法衛士隊の隊長だろ?」
「馬鹿か貴様は。実際貴様もあいつに痛い目に遭わされただろう?」
「そういやそうだね。確かにあれは化け物だったね」
戦ったときの様子を思い出したのか、フーケは額から流れる汗を拭う。貴族の宝物庫を軽々とぶち壊せるゴーレムの攻撃が直撃してもピンピンしている人類なんぞとは二度と戦いたくないというのが彼女の正直な感想だった。
そんな取り留めもない会話を二人がしていると後ろから声がかけられた。
「子爵!ワルド子爵!こんなところでなにをしているのだね?」
やってきた男は、年は三十代半ば程。丸い球帽をかぶり、緑色のローブとマントを身に着けている。一見すると聖職者のような恰好をしている。物腰は軽く、高い鷲鼻に、瞳は碧眼。帽子の裾からカールした金髪が覗いていた。
「閣下。この度はご期待に添えず申し訳ございません!なんなりと罰をお与え下さい」
ワルドその人物を見るなりそう言って頭を垂れて、許しを乞う。
「気にしなくて良いぞ、ワルド子爵。余と君はお友達じゃないか、それに今まで君が余に尽くしてくれて事を考えれば取るに足らないことさ」
「ですが」
「余は良いと言ってるのだよ子爵」
「…閣下」
そんな事を二人が話しているとフーケが手持ち無沙汰になり、無言でそのやり取りを見ていると、その人物がこちらを注視していることに気づく。
「な、なにか?」
「ああ、すまない。あまりに美しい女性だったので見惚れてしまった。ワルド子爵、この方を余に紹介してくれないか?長らく僧籍についているせいか女性に声をかけるのはどうも苦手でね」
見惚れていたという割には先程の目には艶を帯びていなかったことと、女性に声をかけるのは苦手といいながら普通に話しているその男にフーケは違和感を覚えていた。
「は、トリステインにてその名を届かせた盗賊、土くれのフーケにてございます」
男はその言葉を聞くなりぽんと手を打って頷いた。
「ほう、噂はかねがね存じておるよ!お会いできて光栄だ。ミス・サウスゴータ」
「子爵に、わたしのその名を教えたのは、あなたなのね?」
「いかにも、世はアルビオンすべての貴族を知っている。系図、紋章、土地の所有権……管区をあずかる司教時代にすべて諳んじた。おお、そう言えば挨拶が遅れたね」
そう言って、男に自己紹介を聞いたフーケは酷く驚く。なんせその男こそ王党派を滅ぼし、貴族派が席巻した現アルビオンの頂点。
「余が皇帝クロムウェルだ」
威厳ある声を辺りに響く。その目はらんらんと輝き、体からはなんとも言えない力が溢れているような気にフーケは感じた。
「さて、蒸し返すようだが、さっきの話の続きだ子爵。君は余が多少なりとも気にしていたゲルマニアとトリステインの同盟を阻止するために必要なアンリエッタの手紙を奪えなかったことと、余の兵たちの多くを失ったことを責めているんだね」
「はい、その通りでございます」
「だったら安心したまえ、ゲルマニアとトリステインが同盟を結んだとて、トリステインはもはや伝統にしか縋れぬ弱小国だ真に警戒するのはゲルマニアだけでいい。そして、兵の事も気にしなくていい」
クロムウェルは両手をあげ聞いたこともない詠唱を唱える。すると目には見えない何かがクロムウェルから無数に離れて行き、周りに転がっている死体にまとわりつく。
「我が虚無の力があればね」
クロムウェルの言葉が終わると同時にそれまで地に臥していた死体が立ち上がり、目を開ける。そしてゆっくりとではあるが体中の傷が塞がっていく。その様子をフーケとワルドは驚いて見ていることしか出来なかった。
クロムウェルの手にある水晶の欠片のようなものと、指に嵌めた指輪がきらりと光った。
……キーヒッヒッヒ。
何処かで誰かの笑いが響いた気がした。