「ナツミ―――!!!」
「ワルド―――!」
アカネが大切な友人を、ルイズが大切な使い魔を傷つけられ、それぞれの相手に向かい走り出す。
ルイズはナツミを助けるために。
アカネは友人を傷つけた相手を倒すために。
「よくもナツミを!!」
サルトビの術すらも忘れる程、激昂したアカネが腰に帯刀していた剣を抜き放ちワルドへと躍り掛かる。初動は最早意識すらせず行った剣撃は仮面の男の仮面にその剣身を食い込ませる。そのまま縦に両断する程の勢いがあったが、それは横から吹いてきた突風により防がれた。
「っ!?」
想像外の驚愕に目を剥くが、日頃の修練と豊富な戦闘経験から、アカネはなんとか体勢を整え構え直す。右手に刀を、左手に苦無を持ち油断なく敵を見る。驚くアカネの目の前には素顔晒す仮面の男――ワルドが立っている。
そして先程、吹いた風の出所にもワルドがいる。
つまり、この場に二人のワルドが立っていた。
「分身の術……!?」
アカネはワルドそれが未だに自分でも会得しきれていない高難度忍術の一つ分身の術だと勘違いし、冷や汗を流した。
「ふっただの分身……の術?……まぁいい。とにかくただの分身では無い。風の偏在、風は偏在する。ありとあらゆるところにさ迷い歩き、その距離は意思の力に比例するのさ」
「なら―――――――何っ!?」
ワルドの言葉を無視してアカネはサルトビの術で背後を取ろうとするが、幾つもの爆発音と城を揺るがす程の振動に思わず身を固めてしまう。そんな隙を見逃すワルドでは無い。
「ウィンド・ブレイク!」
不意を突こうとしたはずのアカネが逆に不意を突かれた形になり、受け身も取れずまともに魔法を受けて吹っ飛んだ。
「ぐあぁ!」
アカネは吹き飛ばされた先にあった壁に全身をしたたかに打ち付ける。
「……ぐっ一体何が?」
「なに、王党派が自爆用に仕掛けていた爆弾を少し爆発させただけさ。……まぁ突入の合図変わりだよ。くくく」
「なんですって!?」
ワルドの言葉にアカネは目を見開いた。まさかとは思うものの、ワルドはその身を複数に分ける術を持っているし、その実力はアカネをして卓越したと呼べるものだ。……おそらく嘘ではないのだろう。そうアカネは判断した。
(こいつ……なんてことを!!せっかく皆を助けられる方法を考えたのに)
「ふ、ふざけないで!!」
冷静さがウリのはずの忍者としては失格と言っていいほどの感情の発露。それはアカネも自覚していたが、多くの命をあっさりと奪おうとし、婚約者を裏切り、そしてナツミを傷つけたワルドへの怒りは限界を迎えてしまった。
懐から数多の苦無を取り出し、無造作とも思える動作でそれをワルドへと投げつける。一見雑に見える投げ方だが、アカネ程の実力者が投げれば只の一本も逸れることなくワルドへと苦無は殺到する。
だが、相性が悪かった。ワルドが無造作に振った杖から放たれた風の魔法により、苦無はその軌道を無理矢理変えられ、あらぬ方向へと飛んで行く。
「くっ!」
「今度は」
「こちらから行くぞ!」
二人のワルドは、先程ナツミとウェールズを貫いた風の魔法エア・ニードルを自らの杖へ纏わせ、突進してきた。
「どうした?」
「随分剣筋が荒れているぞ?」
「っ!」
杖と刀が何度となくぶつかり合い、甲高い金属音が礼拝堂に響き渡る。
普段ならまだしも、友を傷つけられ冷静さを失ったアカネが戦うにはワルドの実力は高すぎた。それにトリッキーな戦いを得手とする彼女に真っ向からのぶつかり合いは聊か相性が悪い。アカネはなるべく攻撃を避けることに集中し、どうしても避けられぬ攻撃は刀で受けるという動作を繰り返していた。致命的な攻撃は防げていたが、二方向から迫りくる斬撃に徐々に切り傷が増え、それにともない彼女の体力も奪われていく。
一度、傾いてしまった戦況を返す手段が今のアカネには無かった。
「―――――ああああ!ソルはなにやってんのよ!!」
ナツミの元へと駆け寄れぬもどかしさ。敵を思うように討てぬ自分の弱さ。そして、それを打開する鍵となりうる人物が来ない事に思わず、アカネは叫んでいた。
「ふむ、二人では、やはり手に余るな」
「?」
ゾクッとワルドの言葉に背後から吹き上がる殺気を感じ、アカネは自らの感の赴くままに確認もしないで横っ飛びに避ける。回避し即座に、殺気の出所を見ると三人目のワルドがアカネの居た場所にエア・ニードルを放っていた。
それに冷や汗を流し、もう一人増えた偏在(アカネ的には分身)と残りの二人を視界に納めた。
その時、アカネの背後から再び殺気が生じた。
「ライトニング・クラウド」
「がああああああっ!?」
四人目のワルドの放つ電撃を、体勢の崩したアカネに避けることは不可能であった。高電圧はアカネを焼くに留まらず、あたりの空気をも焼き霧散した。
アカネが戦闘不能になる少し前。
「ナツミ―――――!!!」
ルイズはナツミの元へ駆け寄っていた。
幸いにも障害はアカネが相手をしてくれていたため、ルイズはナツミの元に邪魔をされることなく辿り着くことが出来た。
「ナツミ、ナツミ!」
服が血で汚れるのも構わずルイズはナツミを自らの胸にかき抱いた。必死に名前を呼ぶもナツミは浅い呼吸を繰り返すだけで返事をしない。
「ああ、血が止まらない……どうしよう、どうしよう。うぅうひっく」
好転しないどころか悪化する事態に、遂にルイズの涙腺が崩壊し始める。
「ぐあぁ!」
そのときアカネの呻く声が聞こえ、ルイズが声のする方向に目を向けると、アカネが壁にしたたかに打ち付けられていた。
「アカネ!」
ルイズがアカネの身を案じ、声をかけるが極度の集中状態にあるアカネにその声は届かない。そうこうしてる間もナツミの体からは命が徐々に流れ出ていた。
「うぁ、ナツミ、ナツミ」
その命を流れさせまいと、傷口を抑えるが、それはルイズの手をいたずらに血で染めるだけであった。
「があああああああっ!?」
それをしばらく続けていると、突然アカネが大声を張り上げる。その声に驚き、アカネを見るとアカネは全身を黒焦げにされ、床に倒れていた。その周りにはいつの間にか四人のワルドが立っている。
「ひぅ」
思わず、ルイズが上ずった声をあげると四人のワルドが一斉にこちらを向いた。
「残るは君だけだよルイズ.」
一番アカネに近いワルドがそう言いながら、ルイズへ近づいてくる。
「僕を拒絶しなければ、殺しはしなかったのに。君が悪いんだよ僕の小さなルイズ。ん……まだ息があるのか、しぶといな」
責めるような諭すような不気味な声色でワルドは声をかけてくる。だがルイズは不思議と恐怖心は湧かなかった。だだ、自分が死ねば確実にこの胸に抱いたナツミもまた死ぬことだけが理解できた。
「…………いで」
「こないで?……今更、命乞いかい?」
ルイズの囁きを聞き、ワルドは悦に浸ったような笑みを浮かべた。自身を拒絶したルイズが命乞いした来たことで、暗い愉悦を感じたようだった。
「ふざけないで!!!」
「―――――――――っ!?」
突然、ルイズの身体から暴風の様に魔力が噴出した。その魔力に当てられ、ワルドは思わず後ずさってしまう。
「ナツミをこれ以上、傷つけさせない!……打ち砕け!!」
左手にサモナイト石を握り込み、ありったけの魔力を練り込んでルイズは、自身が使える最大の召喚術を行使する。
「シャインセイバー!!」
聖なる剣が主の意のままに、ワルドに襲い掛かる。
「……危ないなぁルイズ。だけど、いくら強力な魔法でも当たらなければどうということはないよ」
まさにワルドの言うとおり、まだまだ召喚術のいろは程度しか身に着けていないルイズが百戦錬磨のメイジであるワルドの勝てる術はない。
自身の最大の攻撃をあっさりと躱された更にナツミを深く胸に抱く。これ以上、ナツミを傷つけられたくないが故に。自分の保身はそこには無かった。
一歩一歩とワルドが近づく。
「ナツミっ死なないで!!約束したでしょ?言ってくれたじゃない一緒に魔法を探そうって!」
ただ、ナツミに死んで欲しくなかった。壊れた壁の破片を踏み潰す音が辺りに響く。
「召喚術だって全然教えて貰ってないわよ……」
自分の事を一人に人間として見てくれたナツミを。自分のすぐ隣でワルドが足音が留まる。
「お願いだから……死なないで!……目を開けて……!」
失いたくなかった。恐怖心を煽るようにワルド詠唱が紡がれる。
「嘘つきに……ならないで……!!」
涙ながらの懇願とともに小さな背中でナツミを庇った。自身が傷ついてもいい、ただこれ以上ワルドにナツミを傷つけられたくなかった。しかし無情にも呪文は完成し、放たれた。
熱を失いつつあるナツミは体の前面が、安心するような温かさに包まれているのをぼんやりと知覚していた。そして、それとは逆に頬に幾度も当たる雫が空気より冷やされる心地よさもまた、感じていた。
「ナツミ、ナツミ」
近くにも遠くにも聞こえるルイズの声が何度も耳朶を打つ。それがとっても悲しくて、慰めてあげたいのにナツミの体はその意思とは裏腹に全く反応してくれない。胸から流れる温かいものに比例するように、眠さがどんどんと増していく。
そのまま、抗いという抗いもできずに、揺蕩う意識が闇に飲まれていった。
「…約束…」
それは遥か遠くから聞こえてきたただの言葉。文脈も、抑揚も、図れぬ程に遠くから聞こえた来た言葉の欠片にナツミの意識は反応した。一度反応した意識は、緩やかに浮上していく。
ルイズの声が近くなる。
「嘘つきに……ならないで……!!」
(…………!)
その声を聞いた途端、ナツミの意識は完全な覚醒へと向かった。
(……)
嘘つき、それはナツミにとって一番ふさわしくない言葉。なぜなら、
彼女は、固く誓うもの。
「エア・ニードル」
ワルドがルイズへ向けて放った魔法は皮肉にも彼女の使い魔を傷つけた魔法であった。魔法もろくに使えぬ彼女にそれを防ぐことはできない。しかし、ルイズはそれにも拘わらず、ナツミを放って逃げることはしなかった。
ただその背で使い魔を庇う。
だが、抵抗空しく無情にも命は散った。
と思われたその瞬間。
暴風がルイズがいるあたりから吹き荒れ、ワルドを吹き飛ばす。暴風が止んだその中心にはルイズが今まで、胸に抱いていた少女が立っていた。
「ナツミ」
「や、お待たせ」
「お、お待たせじゃないわよ!そ、それにその怪我……立っちゃダメじゃない!……じっとしててよぉ、う、ええ……」
ナツミが生きて立ち上がれたことに喜びの涙を流し、それとは別にせっかく生きているのに無茶をしようとするナツミに悲しみの涙をルイズは流す。そんなルイズの矛盾する泣き声を聞きながらも、その意思は汲まず、床に落としていたサモナイトソードを右手に背から抜いたデルフリンガーを左手に構え敵を睨む。
「娘っ子の言うとおりだぜ相棒……重症としか言いようがねぇぞ。その怪我は……」
「……ん、ルイズもデルフも、心配してくれんのは嬉しい……けどさ。ここであたしが戦わないと……皆が死んじゃうからね、それに」
「つくづく化け物だな貴様は、くっくくく、だがその怪我では満足に戦えまい!!」
ワルド達はナツミを取り囲むように突撃を開始する前衛二人、中心に一人、後衛に一人の陣形を組む。ナツミはその陣形を見てもなんら意に介さずに召喚術を構築し唱えた。
「それに……この位であたしは、エルゴの王は誓約者は死なないわ。顕現せよ光の賢者!天使エルエル、オーロランジェ!」
ナツミを中心に光が溢れる。その頭上には翼を持つ、癒しの天使の姿があった。光は大怪我であるはずのナツミの傷を一瞬で癒してしまう。ハルケギニアでは信じらないそれを見て攻撃をしようとしていたワルドは立ち止まってしまう。
「き、貴様、それはなんだ……?」
「さぁ?言うと思う?」
「くっ」
「かかってこないの?ならこっちから!」
怯え、たじろぐワルドを好機と見るや逆にナツミは攻撃に転じる。近、中、遠距離と効果的に陣取るワルド達であったが、冷静さを失った彼らはその攻撃を捌くの精一杯であった。
「はぁああああ!」
「ぐぅっ」
早く、重い攻撃はワルド達を防戦一方に追い込むも、受けに回ってるせいかなかなか仕留めるに至らない。そして、ここに来てワルドにはさらなる布石があった。
それはワルドは唱えていた最後の偏在。城の爆発を任された5人目のワルド。
それが音もなくナツミの背後に現れていた。
「ナツミ――――――!」
喉が裂けるばかりの声でルイズはナツミに危機を知らせる。一瞬遅れ、ナツミがそれに反応するが、そこには
杖を構えるも頭を苦無でぶち抜かれるワルドの姿があった。ワルドは偏在の方だったのか、ぶち抜かれた頭から空気に溶けていく。
「ったく。二度も同じ手に引っかかるって誓約者としての自覚ないでしょ?ナツミ」
「アカネ!」
ナツミが視線を移す先には無傷のアカネが苦笑しながら立っている。それを見て、ナツミも驚くがそれ以上にワルドは驚いていた。
「貴様、ライトニング・クラウドを受けて何故!?」
「喰らってないし、ほら」
「なに!」
ワルドが振り向くとそこには何故か人間大の丸太が転がっていた。しかも何故か焦げて。
「空蝉の術」
空蝉の術。
素養がある忍者のみが使用できる特異忍術の一つ空蝉の術。死に瀕するほどの攻撃や、回避不能の攻撃を一度の戦闘で一回だけ(丸太が一個しか持てないので)肩代わりすることが可能な忍術だ。
ナツミの全快と未だに戦闘可能そうなアカネを見て、戦況が一変したと悟るワルド。
彼に残された道は……。
「こうなれば任務だけでも!!」
ワルドは背後のアカネを警戒しつつも、ナツミの背後にへたり込むルイズ目掛けて突撃を開始する。風を壁の様に発生させ相手を吹き飛ばすウィンド・ブレイクを多用し、ナツミを牽制する。
ナツミも偏在を含む多数のワルドから面で多方向から責められ、たじろいだ。
その隙を突けなくて何がスクエアメイジか。
「ルイズ!」
「せめて手紙はいただくぞ!」
と言いつつもただで手紙を奪う気は無いのか、エア・ニードルを唱えてルイズに躍り掛かるワルド。
「きゃあああああああ!」
「があああああああ!?」
「は?」
最悪の瞬間を想像したナツミだったが、ルイズの悲鳴とともに聞こえたワルドの苦悶と目に映った光景に目を剥いた。ワルドは全身をくまなく黒く焼かれ、空気に溶けていく。その頭上には召喚獣のタケシーが浮かんでいた。
どうやら、こちらも偏在だったようだ。
思ってもみなかった事態にナツミ達だけでなく。ワルドと偏在達も呆けていた。
「大丈夫か!?」
未だに状況を飲み込めぬ一同の元に飛び込んできたのは今更感もあるが、ナツミの相棒、 召喚師ソル。
「間に合ったようだな!」
自らの愛用の杖を構え、かっこよく決めるソル。
「「間に合ってないし」」
そんなソルに冷たく言い放つリィンバウム組の二人の少女。
「なに!?ってナツミその血は……!」
とっさに疑問の声をあげるソルであったが、朱く血に染まるナツミの胸元を見て、その表情は怒りに染まる。
「お前がやったのか……」
「あ、ああ……」
シリアスな空気と若干緩みつつある空気が生み出す微妙な空間ではあったが、よくも悪くも不器用で真面目なソルはそんな空気を読めるわけもなく、ワルドも困惑したような表情を浮かべていた。
「……ソル、こいつの相手はあたしがするから」
「いや!俺が相手だ」
「ソル向こうで王子様が怪我してるから治療して」
「いや……」
「治療して」
「……分かった」
納得はしていないようだが、ナツミの威圧感と王子の怪我を無視できないと悟ったソルは早足で王子のもとへと駆けて行く。それを良しとしないのが、ワルドであった。
「させると思ったか!」
王子の治療と言う言葉に反応し再起動したワルドは、それを阻止せんとする。
「ぐああ!!?」
「それこそさせないわよ」
しかし、サルトビの術で背後に現れたアカネに切りかかられ、空気に溶ける。
「さぁ、これで二対二よ?」
「………」
つい先程までは、覆すことなど不可能と思われた戦況をあっという間に変えられ、その上王子まで治療されては、自分はただレコンキスタのものでした。と告げるためにこの旅に参加したようなものだった。
そう思い、歯を噛み締めるが、彼に現状を打破する策は思いつかなかった。この状況で彼が出来る事それは……。
「エア・ストーム!」
巨大な竜巻が室内を吹き荒れる。
「うわっ!」
「ルイズ!」
アカネは咄嗟に顔を覆い、ナツミはルイズのものまで一息に駆け寄り、その背で庇う。
「こんな竜巻なんかで!おいで!ウィンゲイル!ダブルサイクロン!!」
機界から召喚された機械兵器ウィンゲイルはその両手のプロペラを主の命ずるがままに、回転させる。両手から生まれた竜巻は片方だけでワルドのエア・ストームにも匹敵するほどの強力なものだった。
拮抗するまでもなくウィンゲイルの竜巻はワルドのそれを中心にいる術者ごと飲み込み消えた。
偏在にエア・ストームを唱えさせ、本体たるワルドは礼拝堂を抜け、貴族派のもとへと向かっていた。
(結局……なに一つ思い通りに行かなかった……)
魔法を使いすぎ、気だるさが全身を包む中、ワルドの心には一人の少女が浮かんでいた。
(あの女が……あいつさえ居なければ全てが上手く行くはずだった)
それは自らの婚約者だった少女の使い魔。思った以上に主に心を許された少女。今回の作戦において障害となることは予想済みだった。
だがそれは予想した以上に大きな障害だった。
否。それは最早障害などと言う可愛いレベルではない。城壁といってもいいほど高く固いものであった。
風の魔法の様なものは詠唱も無しにスクエアレベル。
地面とは程遠い空中で作られた巨大な岩もスクエアレベル。
そして手足の様に操るワイバーンも主同様規格外。
近接戦闘も素手、剣術ともに高レベル。
その上に手のルーンを盗み見た限りはガンダールヴ。
さらに妙に魔法が効きにくい。殺す気で放ったライトニング・クラウドを二発も受けてピンピンしている。
ダメ押しに、重症の怪我を治した謎の魔法。
それに自分の竜巻と同等いやそれ以上の竜巻を生み出したこれまた謎の魔法。どちらも見たことない幻獣を使役していたような気がする。
どれか一つあっただけでも、大した障害になる程のものを複数所有している。
(全く、厄介にもほどがある。だが)
何度も言うが今回の任務自体はほぼ失敗。唯一の成果と言えば、
(あの少女の無意識外から一撃で決めれば殺せるということが分かった)
のみであった。
あの時、ワルドの攻撃がナツミの頭部を破壊、もしくは首をはねる様な攻撃であったならば、おそらく今頃任務は成功していただろう。
「ちっそれが分かっただけでも良しとしなければ」
もちろんそれが、どんなに困難なことかワルドも十分に理解していた。だが、そう思わなければ今の状況に納得が行かなかった。
やれやれとワルドは首を横に振る。その首に下げられたロケットがきらりと光った。
「逃がしちゃったわね」
「追う?ナツミ」
「…ん…良いわ。王子様も心配だしね」
当面の危機も去り、警戒を若干解くナツミとアカネ。
「ナツミーーー!」
そんなナツミに大声で飛びつくルイズ。
「わああ!?ル、ルイズ!?」
「ナツミ!ホントに大丈夫?怪我は」
あまりに心配したルイズは、怪我をしたあたりをまさぐり始める。
「うわぁ、ちょっと、や、やめ……どこ触ってんの!」
なんやら敏感なところを刺激され、思わず怒鳴るナツミ。情緒不安定な今のルイズにその怒声はきつかった。
「え……、ゴメ……で、でも、あんなに……血が!ふぇ…ぇえええん」
「うわっと、ちょっと何泣いてんの?ルイズ、泣き止んでよ」
子供の様な大泣きをするルイズに困惑するナツミ。いくらエルゴの王と言われる彼女も泣いた子には勝てないのだ。頭を撫でたり、慰めの言葉をかけるが一向にルイズは泣き止まなかった。
ナツミがどうしたもんかと悩んでいるとソルが呆れた様子で声をかけてくる。
「なに、ご主人様を泣かしてんだナツミ」
「あ、ソル」
「あ、ソルじゃねぇよ!聞こえないのか外の音が!」
怒鳴り声をあげるソルの言う通り、ナツミが外へ耳を傾けると、怒号や爆発音が響き渡っていた。その音に思わずナツミは、はっとなる。
「まさか」
「ああ、もう場内に進入されてる。不味いな」
「早く、作戦を開始しないと!って王子様は!?」
「もう治したぞ。血が足らないせいか意識は戻ってないけど命に別状はない」
「そう、良かった。じゃ行きましょ」
ナツミはほっと胸を撫で下ろすと、未だに泣きじゃくるルイズの手を取って立ち上がらせる。ルイズはそれに逆らいもせず、大人しく従っていた。
そんなルイズの足元が突然ぼこっと盛り上がる。
「きゃあああ」
「何!」
足元が突然、不安定になりルイズはナツミに倒れ込むように体を預けてくる。そして、そんな二人を庇うようにアカネが前へ出た。ぼこぼことなおも地面が盛り上がり、その中から茶色の毛むくじゃらが顔を出す。
「あんた、ギーシュの使い魔のヴェルダンテ?」
ナツミが首を傾げていると、その隣からギーシュも顔を出した。
「こら、ヴェルダンテ!お前はどこまで穴を掘るんだ。って君達こんなところに居たのかね?」
土塗れの間抜けな顔をしたギーシュは事の顛末を語り出す。
傭兵団を撃退し、タバサの風竜シルフィードでアルビオンまで来たが、知らぬ異国故どこにいけば分からない。途方に暮れているとヴェルダンテが突然、穴を掘り始めてここまで誘導したと。
「つまり、ヴェルダンテはルイズの水のルビーの匂いを辿ってここまで来たわけだね」
指を立て、説明口調で話すギーシュ。
「話は後!」
「え……何を興奮してんのよ」
ギーシュの説明中にでも現れたのか、土塗れの顔をハンカチで丁寧に拭きながらキュルケはナツミを窘める。
「もう貴族派が攻めこんでんのよ!」
そうナツミが怒鳴った瞬間。礼拝堂の扉が乱暴に開けられる。皆に緊張が走り、扉の方向を一斉に見る。
「ここに居ましたか!ナツミ殿!」
「パリーさん!」
扉を開けたのはウェールズの侍従であるパリー。パリーは酷く焦った様子を見せていた。
「ウェールズ様は!?」
「王子様ならそこに」
ナツミが指さす方向には血に塗れ床に倒れ伏すウェールズの姿があった。その姿を見てパリーの顔色が変わる。
「!これはどういうことですかな?返答次第では……」
「ち、違います!?あたし達じゃありません!」
なんやら、パリーは誤解したようで、険しい表情を向け、杖を忍ばせている懐へ手を入れる。その様子にナツミは、誤解を解こうと両手をあげて説明をする。
「なるほど。子爵殿が裏切り者とは……。本来ならあなた方も疑うところではありますが、王子の怪我も綺麗に治療されておりますし、……信じましょう」
「なら、早く作戦を!」
「……もう、無理ですな」
「えっ」
大まかにであるが、現状を説明し、なんとかパリーの誤解を解くことに成功し、貴族派を撃退する作戦を決行しようとパリーを急かすが、それはパリー自らに否定された。
「もう城門が破られました。ナツミ殿のワイバーンが応戦してくれておりますが、全てのゴーレムを流石に相手には出来ないようです。」
「ってことは……」
「ええ、敵はかなりの人数が既に場内に進入しています」
「っ!」
今回ソルが、提案した作戦の最低条件が敵の城内侵入の阻止であるため、この時点で彼らの作戦は瓦解したことになった。作戦の決行を敵の総攻撃に合わせて、追撃を振り切ると言う作戦だったため、ワルドのとの戦闘が致命的な時間の遅れとなり作戦に響いてしまったのだ。
「ど、どうすれば……」
「不味いな」
「ワルドのせいで!」
作戦を知っていたナツミ、ソル、アカネが暗い空気を纏って肩を落とす。そんな三人の空気を感じ残りのメンバーに暗い空気が媒介したように暗くなる。
「皆様」
そんな空気に一人流されず、パリーは凛とした声色を辺りに響かせた。
「皆様に無理を承知で頼みたいことがございます」
「な、なんですか」
一同を代表しルイズがどもりながらも返事をした。
「ウェールズ様をここから連れ出して貰いたいのです」
「ええ!?で、でも王子様は確か……」
「ええ、殿下はソル殿が提案された作戦を聞くまでは、我らと共に最後を共にしたいと申しておりました。ですがそれは臣下一同が納得したわけではありません。本当は最低でも殿下だけには脱出して貰いたかったのです。陛下と殿下が倒れれば我ら王党派は負けでございます。ですが逆に言えばどちらかが生きていれば王党派はまだ戦えます」
「……王子様は納得されるでしょうか」
「しますまい。ですが、王族と言うは皆を背負うものなのです。無事にここを逃げられ殿下がお気づきになられたら伝えてください。この国がアルビオンでない。殿下こそがアルビオンなのだと」
「でも……」
ルイズはそれでも納得がいかず、なおも言い募ろうとするが、パリーによってその言葉は遮られた。
「もう時間がありません。皆様にはそれ以外にも、イーグル号と先日拿捕したマリー・ガラント号に乗せた非戦闘員の護衛を任せたいのです」
死地に赴こうとするパリーの揺らがぬ意思にルイズ達は頷くことしか出来なかった。
マリー・ガラント号とイーグル号をアカネとタバサ達に任せ、ナツミはワイバーンの背に乗っていた。
ワイバーンは空中から人には当たらぬように、だが牽制するように城の付近に火炎ブレスを放っていたため、人はまばらにしか居ないようであった。隣には自らの相棒たるソル、そいて主人たるルイズが佇んでいた。
もう、作戦を決行してもなんの意味も無かったが、ただで帰るのは嫌だったため、最後に貴族派に目にものを見せるために作戦の実行することをナツミは決めていた。
それがただの我儘に過ぎない事は分かっていた。
それが自分自身に対する贖罪に過ぎない事も分かっていた。
ナツミはサモナイトソードを抜き放ち、精神を集中し、魔力を解き放つ。
「結局、エルゴの王とか言っても、なにもかも思い通りに行くわけじゃない。一年前の変わってないのかな」
極力人を殺したくないと思って、この作戦を決行しようと思ったのに、結局多くの人が 今もなお戦い死んでいく。それが先程までナツミ達がいた場所で行われているのだ。
彼女が本気を、いや本気を出さなくても貴族派を殲滅することは可能だ。
さらに言えば、現在のような混戦状態で無ければ、誰一人殺さずにこの戦いを終わらすこともできただろう。
もう終わったことを悔みながら、彼女は全力を魔力をもって彼の者を呼ぶ。
「おいで……鬼神将ガイエン!」
そこに現れたのは一本の猛々しい角を天へと聳え立たせる。人外の武人が浮かんでいる。その片手には一太刀でゴーレムを両断して余りある巨剣が握られていた。彼こそ鬼属性召喚獣中、単体攻撃力最強を誇るまさにその名と通りの鬼神の力をもつ召喚獣―鬼神将ガイエン―であった。
ガイエンはその剣を正眼に構える。ナツミもそれに合わせるように魔力をガイエンに流し込む。
「行くよガイエン!」
「―――――――――!!!!!」
頼もしく、雄々しい返事を返すガイエン。鬼属性特有の赤い光が眩しいほどに輝いた。
「――――――真鬼神斬!!!!!」
ナツミを共催な魔力を込めたガイエン最強の技、召喚術ランクSを誇る真鬼神斬が、極限までに強化されアルビオンの大地に向かって放たれた。ガイエンの放った真鬼神斬は、ちょうど敵も味方も居ない場所を選んで放たれていたのと、あまりの剣速にガイエンの剣の厚さ程の溝しか大地には刻まなかったため奇跡的に負傷者は居なかった。
見た目があまりにも派手だったため、どれほどの攻撃は来るのかと怯えていたレコンキスタであったが、想像もしていなかった結果に呆気に取られていたようであったが、しばらくすると皆、笑い合い安心仕切った様子を見せていた。
だが、それはつかの間の安心に過ぎなかった。
しばらくすると、浮遊大陸故に無縁であった地震がレコンキスタ達を襲っていた。地震はガイエンの放った斬撃の痕を中心にどんどんと大きくなっていく。
「あああ、み、見ろ!」
誰の叫びに皆が反応し、その方向を見る。
そこには目を疑う光景が広がっていた。
浮遊大陸アルビオンからニューカッスル城が切り離され、ゆっくりと流されていく。
「そ、そんな……この大陸を切り離すなんて……!!」
「う、嘘だ!?」
「わああああ!?」
あまりの衝撃的に光景にレコンキスタの兵たちは怯え、統制が取れなくなっていた。
それを上空からガイエンの背に乗ってみるナツミの目は、暗いままだった。本当なら、敵が来る直前にこの攻撃を行なって敵の戦意を落とし、なおかつ脱出も兼ねるというソルの完璧な作戦のはずだった。
「こんなのただの八つ当たりだよ……情けない」
そう悲しげにナツミは自嘲する。
その姿はいつも明るく楽観的な彼女とはどこまでも対称的であった。
「そんなことないわ!」
ナツミを一喝するように、声を出したのはルイズ。
「ナツミ達は精一杯やったわよ!……確かに、城の人全部は救えなかった。でも、救えた人もいるでしょ?」
「……」
「そうだぞナツミ。ルイズの言う通りだ。確かに俺達は最善は出来なかった。でも、あの船の護衛と王子様を頼まれたんだぞ。それになんでも一人で背負うな、俺……達がいるだろう?」
俺とは言えない……ソルへたれ。
ルイズとソルの叱るような慰める様な声に、ナツミはようやく顔をあげる。肩を震わせ、涙で頬を濡らす様子を見ただけなら、ついさっきアルビオン大陸からニューカッスル城を切り離した人物には見えなかった。
「ソル、ルイズ……」
赤く腫れた瞳で、ナツミは二人に交互に視線を送った。
アルビオン大陸を一行は後にする。
成したこと成せなかったもの。
ナツミ自身は失ったものは無かったが、ひどく彼女自身のハルケギニアでの立ち位置を意識させた。異世界人であり、世界に対して大きな影響を与える己がこの世界でどう振る舞えばいいのかを……。
彼女は悩む。
ワイバーンの背から見る蒼い空はナツミの懊悩とした心とは裏腹にどこまでも青く澄んでいた。
第二章 了
パソコンが本格的に直ったようです。立ち上がりが少し遅いですが、以前に比べれば大分マシって感じです。
とりあえず二章は終了です。次回からは第三章に入ります。
次回のリィンバウムからのゲストは……?。