ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十三話 裏切りの婚約者

 

 

 

 舞台は翌朝。

 率直に結論から言おう。あれほど爽やかにルイズを追ったナツミは、ルイズに会えなかった。現実は物語ほど上手くは行かない。まさにその典型と言えるだろう。

 

 流石に恰好がつかないと、しばらくは探していたが、あてども無く探すのも非効率だとルイズに宛がわれた部屋で待っていたのだが、ルイズは部屋にも戻らず、ナツミは一晩中ルイズの部屋に居る羽目になった。そしてナツミは流石に昼間の戦闘により疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。

 そんなナツミを起こしに来たのはアカネ。

 

「ナツミ!起きて!」

「んぁ?」

「んぁ?じゃないわよ!ルイズを探しに行くって言ったくせに全然戻って来ないと思ったら一人でなにぐーすか寝てんよ!?」

 

 寝ぼけるナツミをぶんぶんと縦左右に揺らすアカネ。その様子に容赦という言葉は無かった。

 

「やめて~死んじゃうよ」

「ほら、早く起きて!作戦に遅れちゃうよ!」

 

 作戦。

 昨夜、ウェールズ皇太子と残った忠臣達数人にナツミとソルが提案した王党派からすれば、あまりにも無謀な作戦。その決行に遅れては、せっかく拾える命をみすみす散らしてしまうことになる。

 それだけは絶対に避けねばならない。過去に救えなかった命からそれを学んだナツミの瞳に強い光が宿った。

 

「ごめんアカネ。少し寝ぼけてたみたいね」

「まったくしっかりしてよ?この作戦はナツミにかかってるんだから」

「うん!」

 

 自らやるべきことを思い出したナツミは、勢いよく部屋を飛び出した。

 

 

 ナツミが向かう先は中庭。現在ワイバーンがいる場所だ。ナツミが向かうとのんきにワイバーンは眠っていた。体が巨大なだけあり、その鼻息だけで軽く木々が揺さぶられるのはご愛嬌だろう。

 

「ナツミ、お前どれだけのんきなんだ。こんな日に寝坊するなんて」

「あっははは、ごめんごめん」

「あと、ドレスのまま寝たのか?」

「えっ?ってわあああ!?」

 

 ソルがからかうように、笑いながら言う。ナツミはようやく自分の恰好に気付いたのか、真っ赤になって俯いてしまった。

 

「ま、ふざけるのはここまでにしよう」

「~あんたね~」

 

 話を振っておきながら、すぐに話題を切り替えるソルにナツミは軽く殺意が湧いた。だが、事の重大さが分かっているナツミも思考を即座に切り替える。

 

「ふぅ。ま、遅れたあたしが悪いんだしねっていうかさ。王子様もきてないじゃん!」

「あれ、そう言えば」

 

 からかわれた上に、集合場所に来ていないウェールズにナツミは憤る。

 

「おかしいな。ナツミはともかく王子が来ないとは」

「どういう意味よ」

 

 

 

 ナツミとソルが危機感をまったく感じさせない夫婦漫才を繰り広げている頃、始祖ブリミルの像が置かれた礼拝堂で、件のウェールズは新婦と新郎の登場を待っていた。本来なら、ナツミ達が立案してくれた起死回生の作戦の手伝いに向かうはずであったが、手伝いはいらないと伝えてくれとナツミ言われたと新郎のワルドが伝えてくれたのでやることが無くなったのと、ワルドが結婚式の媒酌をして欲しいと言ってきたので、それを了承したのだ。

 

「……ふむ、しかしまさか、異世界の英雄とはね」

 

 ウェールズは昨日、ナツミが自分達に伝えてきたナツミの素性に思いを馳せていた。

言われてみれば、何から何までおかしいことに気付いた。

詠唱もせずに突風を巻き起こす。見た事も聞いたことも無い程の巨大なワイバーンを手足の様に扱う。よく気付かなかったものだと、今更ながらに思っていた。

 最初はもちろん疑った。

 だが、目の前で見た事もない魔法で人間を召喚されては信じずにはいられない。

それに彼女にしたって、翌日に堕ちる王族を騙したところでなんのメリットもない。

以上の事から、ナツミの発言を信じたウェールズに、ナツミが召喚したソルと呼ばれた少年が提案した作戦は、起死回生と言っていい程の作戦だった。この辺りの地形、敵の総数、アルビオン大陸の形状など、集められる情報をわずか一時間で理解した少年の頭脳にも驚かされた。

 そして、その作戦の要たるナツミの力にはそれ以上に驚かされた。

 

「よもやその様な事が出来るとは……、つくづく驚かされる」

 

 ウェールズの独り言が礼拝堂に響いた。すると、扉が開きルイズとワルドが現れた。ルイズは呆然と突っ立っており、ワルドに促されようやくウェールズの前に歩み寄った。

 ルイズは、今日死に向かうアルビオンの貴族の気持ちや、昨日リィンバウムに帰れる方法を見つけたと言っていたナツミへの思いに、思考がぐちゃぐちゃになり、眠る気にもなれず廊下で一人蹲っていたのを、ワルドに発見されこの礼拝堂まで連れてこられたのだ。

 ワルドの結婚式を今挙げようという言葉も、ろくに理解できていなかった。

 

 

始祖ブリミル像の前に立つウェールズの眼前に、二人は並ぶ。

 

「では、これから式を始める」

 

 ウェールズの式の始めを告げる凛々しい声が、礼拝堂に響き渡る。だがルイズはその声も何処か遠くに感じていた。

 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓うか?」

 

 ワルドは重々しく頷いて、杖を持った左手を胸の前に置いた。

 

「誓います」

 

 ワルドの淀みない宣誓の言葉に、ウェールズは満足そうに頷くと今度はルイズに視線を移した。ルイズはここに至りようやく、自分がワルドと結婚式を挙げているのだと理解した。

 

「新婦、ラ・ヴァリエール嬢公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。汝は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして夫とすることを誓いますか」

 

 ルイズはとっさに返事が出来なかった。

 なんでこんな時にワルドは、結婚式をしようなどと言ったのか?自分は誇れる自分になるまで結婚は待ってと言ったはずなのに。ナツミに召喚術を教えてもらって、一緒に魔法を探さなきゃいけないのに……。

 

(……あたし、昨日ナツミにあんな酷いことを……ナツミだって、来たくてハルケギニアに来たわけじゃないのに……)

 

 そこまで考え、ルイズはナツミとの昨日の会話を思い出し、顔が青褪める。

 

(もしかして、向こうに帰っちゃったかな……?)

 

 勝手に帰りなさい、と昨日ナツミに最後にぶつけた言葉。もし、ナツミがその言葉を真に受けていたら?

頬を張られ怒っていたら?

 帰る方法が見つかって、この世界に居る理由が無くなればナツミはすぐにでも家族の待つリィンバウムへ帰るのではないのか。そこまで考えたルイズは突然の焦燥感に襲われた。

初めて、自分を一人の人間、ルイズとして接してくれた大切な人がいなくなってしまう。

 

「新婦!?」

 

 驚くウェールズはそのままにルイズは感情の赴くままに、踵を返すとそのまま扉へと駆けようとする。

 そのルイズの手をワルドが捕える。

 

「ルイズ!?どうした!?」

「放して!わたし、ナツミに謝らないと」

 

 無理矢理その手をルイズは放そうとするが、思った以上にワルドが握力を込めていたため、思い通りにいかなかった。

 

「ルイズ。どうした急に気分が悪いのかい?」

「違うわ。でもごめんなさい……」

「日が悪いのかい?なら別に日に改めても……」

「ううん。そうじゃない…そうじゃないわ。ワルド、あたし……」

「ルイズ?」

 

 返事をルイズがしていない以上、この結婚式は有効にならない  

 ルイズは涙を拭い、今度ははっきりとワルドに告げた。

 

「ゴメンなさい子爵様。わたし、まだあなたとは結婚出来ません」

「新婦はこの結婚を望まぬのか?」

「はい」 

 

 ウェールズが確かめるようにルイズに問う、それに対するルイズの返事は淀みを一切感じられないものだった。 

 

「……子爵、残念だが、花嫁が望まぬ以上、式を続けるわけにはいかぬ」

 

ワルドはウェールズの声を無視してルイズの手を取る。

 

「緊張しているんだ。そうだろルイズ。君が僕との結婚を望まぬ筈がない」

「ごめんなさいワルド。でも、宿でも伝えたでしょ?立派なメイジに成ってから結婚しようって」

 

 断言するルイズにワルドの表情が変わる。

 優しかった瞳は狂気に染まり獣のような視線をルイズに見せる。

 

「結婚式はここまでだ。新婦が望んでいない以上この結婚式は無効とな……」

「うるさい!」

 

 ワルドのただならぬ気配を感じ取ったウェールズがルイズを自らの背でかばった。だが、激高したワルドは昨日まで王族に対して見せていた礼儀とは真逆の態度でウェールズを怒鳴り、そればかりか殴り飛ばした。

 

「ぐあ!」

 

 そこらの貴族とは鍛え方の違う、衛士隊の拳を貰い。ウェールズは礼拝堂の幾つかの椅子にぶつかる程、派手に飛ばされた。

 

「王子様!」

 

 ウェールズの身を案じ、ルイズが駆け寄ろうとするが、ワルドに両肩を強く握られ、それも叶わない。そして無理矢理、ルイズと視線を合わせるワルド。

 

「今じゃなければ、意味が無いんだ!僕は世界を手に入れる…その為にも君の力が今必要なんだ!!」

 

 狂気に満ちたその口調と瞳にルイズは、この男が自分のことなぞ、これっぽちも見ていないことを悟った。

 

「……ワルド、あなたはわたしを見ていない。あなたが見ているのは、わたしの中にありもしない力だけ! わたしを愛してなんかいない!こんな侮辱なんか無い!そんな人と結婚なんてするもんですか!」

「……そうか、どうしても駄目かい?僕のルイズ」

 

 それまでの狂気がまるで嘘のようにワルドはついさっきまでの優しい声でルイズを諭す。

だが、一度本性を見てしまった彼女の目に、それはひどく演技臭いものにしか見えなかった。そしてそれが演技ということは、学院で再会してから今この瞬間まで演技をしていたことの証拠に他ならなかった。

 

「いやよ。誰があなたとなんか結婚するもんですか!」

 

 ルイズはワルドから放たれる不気味な気配に内心は怯えながらも、表情には一切出さず言い放った。

 ワルドはその様子に、大げさに肩を竦め、首を振る

 

「こうなっては仕方ない、目的の一つは諦めよう」

「……目的?」

「そうだルイズ。この旅における僕の目的は三つあった。その二つだけでも達成できただけでも、よしとしなければな」

「……達成?二つ?一体何を言ってるの?」  

 

 口元は、裂けるような笑みを浮かべながらも、瞳は一切笑わぬワルド。その不気味な様子に、最悪の予想を心中で浮かべながらもルイズは尋ねた。ワルドは右手を掲げると、人差し指を立てる。

 

「まずは君だ。ルイズ。君を手に入れる事。……まぁこれは達成できそうもないが」

「当たり前よ!」

 

 次にワルドは、中指を立てた。

 

「二つ目は、君が今持っている姫殿下……いや、アンリエッタの手紙だ」

「っ!」

「貴様……!」

 

 『アンリエッタ』とトリステイン王国の貴族たるワルドが自国の王女を呼び捨てたことでルイズと、先程派手に吹っ飛ばされてようやく起き上がれたウェールズはすべてを察した。ウェールズはすばやく杖を構え、ワルドに魔法を放とうとした。

 だが、それよりも遥かに早く、『閃光』のワルドが詠唱を完成させ、ウェールズに詰め寄り魔法を発動させる。

 

「三つ目は、貴様の命だ。ウェールズ!」

 

 

 

 

 

 

ナツミとアカネ、ソルは礼拝堂へ続く廊下を、全速力で走っていた。徐々にソルが引き離されているのはご愛嬌だ。三人はあの後も、ウェールズが来るのを待っていたが、一向に来ないため王子付の侍従であるパリーにウェールズの事を尋ねると、ワルドとルイズの結婚式の媒酌しに行ったと言うではないか。

 しかも、ワルドがナツミ達には自分から伝えてあるといったという。

 そして、実際はそんなこと事実は無い。そのことに不審に思い礼拝堂に歩いて向かっていたのだが、突然ナツミが

 

「一体どういうことよ!」

 

 と怒鳴るなり、走り始めたというわけだ。

 

「昨日、呼ばれたばっかの俺に聞くな」

 

 苛立つナツミの独り言に後方から律儀に応えるソル。なんの解決にもなってないが。

 

「っていうかさー。急に走り出したのはナツミでしょ?」

「うん。左目が多分だけど、ルイズの視界になってる……と思う」

「それで、どうしたのなんか大変な事になってんの?」

「……ついさっきだけど、王子様がワルドに殴られてた」

 

 二人とも、相当なスピードで走っているが、息は全く乱れない。そして、会話に入らないソルは、もはや遥か後方にいた。

 

「はぁ?どうなってんの?」

「っ不味い!ワルドのやつ、杖を構えた!」

「っ!」

 

 最悪の結果が、ナツミ達の脳裏をよぎる。オルドレイクに殺された。カノンの最後が繰り返し繰り返し脳内で再生される。

 

「間に合って!」

「ナツミ!あそこの壁を壊せば近道よ!」

「了解!はああああああああ!!」

 

 礼拝堂が二人の視界に飛び込んでくる。だが、礼拝堂への扉は二人に向かって、右手側へ迂回しなければならない構造であった。

 今にもルイズに危害を加えようとするワルドが左目に映っているナツミにそんな悠長なことをしている余裕など無かった。ナツミはアカネに言われるままに、サモナイトソードを腰から抜き放ち、勢いそのままに壁を突き破った。

 

 

 

 ウェールズは自分に胸に突き刺さろうとする杖をまるで他人事のように観察することしかできないでいた。もはや、何をしても手遅れと分かっている分、慌てることなく冷静になっていたのだろう。

 ワルドの青白く輝く杖が、ウェールズの胸に突き刺さる。

 あとほんの少し、刺されば致命的。というところで救世主は現れた。

 

 轟音とともに礼拝堂の一部の壁が崩れ、青い光が突風とともに室内に荒れ狂う。突風に思わずワルドは杖を引き抜いて、自らの顔を庇った。杖を引き抜かれ、支えを失ったウェールズはゆっくりと床へ吸い込まれるように崩れ落ちた。

 

「貴様ら……」

 

 ワルドが憎々しげに睨む先には、蒼く輝く剣を持つナツミと、苦無を構えたアカネの姿があった。

 

「ナツミ!」

「ルイズ怪我は無い?」

「う、うん。あたしは大丈夫でも王子様が……」

 

 視線を追うとルイズより数メートル離れた位置にワルドが経っており、その足元には血の海に浸るウェールズの姿があった。

 

「……王子様?」

「ワルド!あんた!」

 

ナツミは呆け、アカネは激高しワルドを呼び捨てし怒鳴る。

 

「どうしてこんなことを」

「ナツミ!こいつは裏切り者だったの、今回アルビオンで反乱を起こした貴族派の仲間……」

 

「レコンキスタ!僕が末席に名を連ねる貴族の連盟さ!」

 

 ルイズの言葉尻に続けるように、しゃべるワルド。その様子はどこまでも誇らしげであった。

 

「なんで?あなたはトリステインの貴族じゃなかったの?」

「国という境界線に縛られぬのが我らレコンキスタよ。聖地奪還を目的にする我らに国など不要なのだ!」

「そんなことで婚約者のルイズを騙したの!?」

「ふっ目的のためには、手段を選んでおれぬのでな―――ライトニング・クラウド!!」

 

 会話をしながらも、密かに詠唱していたのか、ワルドはそれまで下に向けていた杖をナツミに向け、ライトニング・クラウドを放つ。それはワルドの二つ名『閃光』に相応しい、    

言葉通りの電光石火の速さであったが、二度も同じ魔法を見せられ躱せぬナツミではない。なんなくライトニング・クラウドを避けるナツミ。アカネはその間にルイズの元へ移動する。

 

「馬鹿正直に真正面から唱えても当たらないわよ」

「……だろうな」

 

 ここ数日でナツミの能力を分析していたワルドは彼女が自分よりも遥かに高い力を秘めていると自覚していた。そして、それゆえにレコンキスタにとって大きな障害になることもそれ以上に理解していた。

 

「ライトニング・クラウド!」

「だから、何度やっても……がっ!?」

 

再び真正面から放たれたライトニング・クラウドを容易く躱したナツミは突然、背後からの強い衝撃を受け踏鞴を踏んだ。

 

「ああ……」

「ナツミ!」

 

 ナツミは自身を呼ぶ、アカネと呻くルイズの声が何処か遠いことに気付く。未だに自分の正面にはワルドがいる。ルイズをウェールズを裏切った敵を倒そうと、足を動かそうとするが、胸に何かが引っかかり上手く動かせない。

 ふと胸に目を向けると、左胸から赤い液体を滴らせる青白い杖が飛びしていた。後ろに目を向けると、ラ・ローシェルでナツミ達を襲った仮面の男が居るではないか、ぼんやりそんなことを考え、再び正面を見るがそこにもにやにやと笑うワルドが居た。

 

(……体が……動かな……い?)

 

 疑問を覚えるが、どこがおかしいのかいまいちナツミには思考できなかった。そうこうしている間に自分の胸から突き出た杖が、ゆっくりと体の中に潜っていく。体内から響くブチブチという音を聞きながら、ゆっくりとナツミは床に吸い込まれていった。

 

 

「ナツミ―――――――!!!」

 

 自らの主の声だけがナツミの耳に残った。

 

 

 

 


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