ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十二話 落城前夜

 

 勇壮たる翼を羽ばたかせ、ワイバーンはナツミを乗せニューカッスル城の真上をゆっくりと旋回していた。本当なら王党派が秘密裏に利用している洞窟からニューカッスル城内に入るはずだったのだが、ワイバーンの巨躯は規格外に過ぎ、とても洞窟内に入りはしない。なのでナツミは中庭にストレートに着地しようとしたのだが、ウェールズ以下というかアカネ以外がいらん騒ぎになるから絶対ダメと言われ、ウェールズが城内の仲間たちに事情を説明するまで、上空を滞空しているように頼まれたのだ。

 王党派の最後の拠点たるニューカッスル城の周囲には先程撤退したレキシントン以外にも数隻の船が飛行していた。だが、先のワイバーンの冗談の様な戦闘力を目の前に全て逃げ去った後だった。

 

 なので、その後はすることも無くのんきに空の景色をしばらく堪能し、ナツミがそろそろ準備が出来た頃かと、城に視線を移すと中庭に多くの人達が集まっている。あまりの高さに、細かい人物が判断できず、ゆっくりとワイバーンを中庭に近づけると、ウェールズが手を振る姿が確認できた。

 

「ありがと、ワイバーン!」

「Gaaal!!」

 

 ウェールズが待つニューカッスル城の中庭へと降り立ったナツミは、ワイバーンの労をねぎらい喉を撫でると、嬉しそうにワイバーンは吠える。周囲は武器こそ構えていないものの、城の多くのメイジが警戒するような視線を送り、誰一人言葉を発しようとはしなかった。

 その沈黙を破ったのはウェールズ。

 彼は先ほどの戦闘で、ワイバーンを見ていた為、多少なりとも耐性がついていたためだろう。

 

「近くで見るとなお、大きいなこのワイバーンは……」

「そうですか?見慣れちゃうとそうでもないんですけどね」

 

 ここら辺がハルケギニア産とメイトルパ産のワイバーン、どちらかしか見ていないもの同士故に生じたずれた会話だったのだろう。

 

「あ、そうだ王子様、お願いしたいことがあるんですけど」

「なんだね?大したことは出来ないけどね」

「えっと、あたし達が帰る時までこの子を中庭に居させてもらってもいいですか?」

「……別に構わないが……一つ聞いてもいいかい?」

 

 即座に否定はしないが、ウェールズは顔を引き攣らせながらもなんとか質問する。

 

「なんですか?」

「……暴れたりはしないだろうね」

「?そんな事するわけないじゃないですか~」

「そうか……それなら一晩くらい構わないよ」

「ワイバーン良かったね!一晩くらい居てもいいってさ」

「Gaaaaaaaalllll!!!」

 

 先程よりも大きい咆哮で喜びを表すワイバーン。ただの咆哮が城の所々にひびが入っていく。その光景を見るウェールズの表情は後悔に塗れていた。

 

 

 

 ワイバーンを中庭で休め、ナツミとアカネを除く一行は、目的である手紙を受け取るためウェールズの部屋へと向かっていた。ナツミがウェールズの部屋に行かなかったのは、背中が丸出しの上に、怪我を負ってるのを今更ながら皆に指摘されたからだ。

 今は、この城に使えている侍女の少女に、治療と着替えのため別室に案内されていた。

 そしてアカネは、面倒事が嫌いなのでナツミに付いてきていた。

 

「いや~王族とかって面倒くさそうじゃん。ナツミに付いて行った方が気を使わないしね~」

「はぁ相変わらずね。それよりなんかあった?ルイズの様子おかしかったけど」

 

 ワイバーンを中庭に降ろしてからルイズは顔を何度も顰めたり、唸ったりしていた。話しかけようとはしたが、城内の貴族が送るなんとも言えない視線に邪魔されて、聞くに聞けなかったのだ。

 

「ん~?ああ、多分ね……」

 

 アカネが思い当たる理由をナツミに聞かせる。今回、最初にナツミ達が乗船していた船から王党派は大量の硫黄を手に入れたこと。明日、貴族派から大規模な一斉攻撃があること。

 戦力は三百対5万で勝ち目は無いこと。

 そして、ウェールズを含む王党派は名誉ある敗北を受け入れていること。

 

「そういうことか……」

「うん、理解できないって、とこだと思うわ」

 

 笑顔で死を受け入れるウェールズとその部下達。あの歳になるまで、大きな戦を経験していない少女からすれば、理解しろというのが無理な話だろう。むしろ、この歳で世界の命運を委ねられ、そして救ったナツミ、アカネのほうが異常なのだ。

 

 会話はそこで途切れ、二人は案内されるがままに、一つの部屋に通された。その部屋は医務室。現在は戦時中と言うこともあるせいか部屋の中は医療品で溢れていた。

 

「どうぞこちらです」

「ありがとうございます」

「今、治療を担当してらっしゃる貴族様を呼んで参りますのでもう少々お待ちください」

 

 ナツミは丁寧に礼を言うと、治療を担当している貴族を呼ぶため部屋を出ようとする。

 

「ああ、ちょっと待って下さい」

「はい?どうかなさいましたか?」

 

 突然の制止に首を傾げてこちらを見る侍女。

 

「怪我を治すのはこっちで出来るんで、えっと、治療の人は呼ばなくていいですよ」

「これは失礼いたしました。水のメイジ様でしたか。分かりました。では着替えだけ持って参りますね」

「お願いします」

 

 扉が静かに閉じられ、ナツミはようやく一息つく。

 

「はあぁぁぁぁぁ、やっと怪我が治せる」

「っていうかさ。なんでさっさと治さなかったの?」

「召喚術をほいほいこっちの世界で使うと目立つからよ。……最悪、解剖される可能性があるらしいわよ」

「うげ、人間を解剖すんのこっちの世界では!そんな世界に呼ばないでよ」

 

 アカネは顔を顰め嫌そうな顔をする。さしものというか忍者だろうがなんだろうが、解剖されたい人間など居ないだろう。

 

「だから人前ではなるべく、召喚獣は使わないようにしてるのよっと」

 

 ナツミは喋りながらも召喚術を構築し、術を行使する。そこに理論は無い。エルゴの王たるナツミの召喚獣は普通の召喚師のものとは根本的に違う。

 

「おいで、聖母プラーマ。祝福の聖光」

 

 慈愛に満ちた霊界の聖母プラーマ、分けへだてなく何者をも癒す、強力な回復用召喚術である。微笑むプラーマから柔らかい光がこぼれ出し部屋を包み込む。その光はナツミの傷を瞬く間に癒していく。

 

「ふぅ~。天国ね、この心地よさは」

「――――」

「うん、もう全快!ありがとプラーマ」

 

 ナツミの傷を残らず癒した聖母プラーマは、感謝の言葉を告げるナツミに満面の笑顔を向けると、ゆっくりと消えて行った。

 

「回復してんのはいいんだけどさ……ワイバーンを召喚した時点でおかしいってバレじゃないの?」

「あのさアカネ。あたしがワイバーン召喚するところ見てた?」

「ん?そう言えば見てないような……」

「でしょ?わざわざ雲の中に召喚指定したり、結構気をつかってんのよ。それにワイバーン自体はこの世界にも居るみたいだしね。大きさはちょっと違うみたいだけど」

 

 そのちょっとが三倍も違うということに、ナツミが気付くのは随分、経ってからであった。

 

 

 それから数十分後。

 わあああ!城のホールが歓声に包まれ、パーティの始まりを告げる。玉座に座る今代のそして、アルビオン最後の国王であるジェームズ一世に、最後まで付き従う覚悟を決めた貴族たちが代わる代わる酒を注ぎに訪れていた。

 城のホールは、まるで園遊会のごとく煌びやかに飾られ、パーティに出席する貴族達もそれに見合った美しい姿に着飾っていた。

 

「明日で終わりだってのに、随分派手ね」

「……そうね」

 

 アカネに返事するナツミの声は随分と沈んでいる。あの後、召喚術による、治療も無事終えしばらく経つと、侍女が着替えを持って医務室へ戻ってきた。そして、今晩このアルビオン王国の最後のパーティが開かれることをナツミは初めて聞かされたのだ。

 別に、王国最後の晩餐の反対する気はナツミには無い。暗く悲観、諦観に塗れた最後を迎えるより、最後まで抵抗しつくした最後の方がいい。現にナツミならそうするだろう。

 だが、理解できても、感情はどうにもならない。それ故にナツミは少し暗くなっていた。

だがそれには及ばないまでもナツミを暗くさせる理由がもう一つあった。

 

 それは、

 

「やあ、ナツミ君。船で見た凛々しい姿も似合っているが、そのドレスもよく似合っているよ」

「あぅ……あ、ありがとうございます……」

 

 着慣れぬ美しいドレスを着せられていたからだ。そう、侍女が持ってきた服は青いドレス。それも貴族がパーティで着る様な豪華なドレスであった。リィンバウムはもとより、元いた世界ではただの女子高生である彼女がそんなドレスを着る機会とお金があるわけもなく、彼女からすれば初の体験であった。

 

「しかし、トリステインの使い魔はすごいな!あんな光景は見たことが無かった」

「いや、トリステインでも珍しいらしいですよ」

 

 自分の恰好の事は隅に置き、会話に集中するナツミ。よっぽど今のドレス姿が恥ずかしいらしい。

 

「君は……分かっているんだね。我らの覚悟を……」

「……はい」

「ふふ、主は随分と真剣にわたしを踏み留まらせようとしてくれたよ」

「そうですか……」

 

 そう言ってナツミは俯いた。もちろんナツミとて本心では逃げろと言いたい。だが、本人達が覚悟を決めている以上、それはもう逃げることが出来ないからではないかと理解していた。彼らの明るさがもう、玉砕しかできない諦めから来ていることに。

 

「どちらも心底ありがたいよ。君達みたいな温かい子達が、この国の最後の客で良かった」

 

 それだけ言うと、ウェールズは再びパーティの中心へ戻って行った。

 

「アカネ……」

「決めるのはナツミでしょ?……ま、どちらにしてもあたしはナツミの味方だから、好きなようにやれば?」

「ありがと、アカネ」

 

 顔をあげたナツミにそれまでの陰りは無かった。

 

 

 パーティ会場が離れルイズは一人、月明かりに照らされた廊下を歩いていた。ナツミ、アカネと別れ、ウェールズの部屋へ行き任務である手紙の回収を終えた後、ウェールズに亡命を進め、断られその覚悟を聞かせられた。

 納得がいくわけが無かった。愛する者がいるのに、進んで笑いながら死に向かおうとするウェールズを理解できるわけが無かった。ウェールズだけじゃない。パーティに参加していた貴族たちも一様に笑顔を浮かべ、明日迎えるであろう死を前にして、無性に悲しくなり、ホールを飛び出していた。城内のほとんどの人はホールにいるのだろう。随分と城内を歩いているが一向に誰とも会わない。

 ぼんやりとする頭でルイズがそう考えていると、進路の先にある大きな扉が開かれ、彼女の使い魔たる少女ナツミとソルと呼ばれていた少年が姿を現した。

 ナツミの背後から見える部屋のレイアウトを見るに会議場だろうか。先ほどまでホールにいた何人かの貴族の姿も見えた。

 

 

「ソルあんたって随分大胆なこと考えるわね」

「お前の馬鹿魔力頼みだがな、普通の人類では無理な作戦だな」

「遠まわしにあたしのこと馬鹿にしてない?」

「直接馬鹿って言ったろ?」

 

 二人は随分と明るい様子で会話しているのを聞いて、ルイズはなんだか無性に腹が立っ てきた。明日、落城するという城に居ながら、のんきな会話を交わすのが許せなかった。        

まるで自分達が当事者じゃないから関係ないと言わんばかりのその態度に。

そんなルイズに気付かず、二人の会話は進む。

 

 

「そう言えば、リィンバウムへの帰還方法だが思いついたことがある」

「え、ホント!?」

 

ルイズは帰還方法という言葉にびくっと体を引き攣らせた。

 

「ああ、問題は召喚媒体とナツミをリィンバウムまで持ってくる魔力の確保といったところだな」

「ふむふむ」

「召喚媒体は簡単だ。お前のサモナイトソードを誰かに預けて送還すればいい。これは誓約者、つまりエルゴの王の剣、初代が持っていたとされる始原の剣と同じくお前と強く結びついてるから召喚媒体として申し分ないだろう」

「魔力は?」

「フラットのメンバー全員の魔力を使えば召喚できる……はずだ」

「なんか自身無さそうなのが気になるけど……流石ソルね!」

「ま、まぁな。俺もお前には早く帰って……?」

 

 ナツミがソルが考案した帰還方法を喜びの声をあげ、普段は無愛想なソルが珍しく素直な気持ちを伝えようとしたが、その言葉は二人の正面に立つルイズに遮られた。哀れ。

 

「なによ……」

「あ、ルイズ」

「……」

「どうしたのルイズ?調子悪そうだけど」

 

 ソルの言おうした言葉など、脳細胞の一片にも残りもしなかったナツミは様子のおかしいルイズを心配し、顔を覗き込もうとした。

 その瞬間。

 

 ぱぁん!

 

 思いもしなかったルイズの平手に歴戦の戦士たるナツミは反応できず、その頬を張られる。

 

「ル、ルイズ?」

 

 なにが起こったのか、いまいち理解できず戸惑うナツミ。それを追撃するはルイズの、怒鳴り声であった。

 

「なによ!この城の人たちも、あんたも自分の事しか考えてない!」

「ちょっ」

「うるさい!残される人の気持ちも理解しない王子様!あんたはこの城の明日、人達が死ぬって言うのに元の世界に帰る事しか考えてないんでしょ!」

「っだから」

「嘘吐き……!」

「っ!」

 

 ルイズがナツミに抱く誤解をナツミは解こうとしたが、その言葉に一瞬ナツミは言葉を失った。

 

「一緒にわたしの魔法を探すって言ってくれたのに……。あんたなんか」

 

 ルイズはそこで大きく息を吸った。その目は赤く腫れ、大粒の涙が幾つも溢れていた。

 

「あんたなんか……だいっきらい!勝手に帰りなさい!」

 

 そう言ってルイズは踵を返し、暗い廊下を走り去って行った。

 

 

「おい、ナツミ。追わなくていいのか?完全に勘違いしてるぞ、あいつ」

「うん。ちょっと思うところがあってね」

「思うところ?」

「一緒に魔法を探そうってところ……。こっちに来た時は、ホントに帰る当てが無かったから、逆に開き直ってたんだけど、モナティとかソルとか召喚してからは帰る当てが付いてからは、帰る方法しか考えてなかったかもって」

 

 先程までのソルとの会話を思い出して、軽く落ち込むナツミ。普段の楽観的が取り柄のナツミはすっかり鳴りを潜めていた。

 

「らしくないな」

「え?」

「楽観的なのがお前の取り柄だろ?」

「……なんか、あたしがただの馬鹿みたいに聞こえるんだけど」

「ただの馬鹿じゃない、大馬鹿だろ」

「馬鹿って言う方が……」

 

 呆れた様子でナツミを諭すソル。それに反論しようとするナツミの言葉はソルに遮られる。

 

「だけど、そんな馬鹿で、見返りなんか考えない。そんなお前に俺達は助けられたんだ」

「ソル……」

「まぁ下手に考えるのはお前に似合わないってことだよ」

「……ありがと!ソル」

 

 ソルの言葉に陰りが払われたのか、ナツミは勢いよく走りだし、ルイズの後を追う。

 

「まったく世話の焼けることだな。うちのエルゴの王様は」

「まったくね」

 

 ソルの呆れたような苦笑にいつの間にか現れたアカネが同じく苦笑しながら相槌を打った。

 落城前夜。敵味方、それぞれの思いを映し、ハルケギニアの月は静かに輝いていた。

 

 





 纏めて投稿もこれで打ち止めです。
 次話は出来ているのですが、最終話がまだなので、少々お待ちください。次話で切ると凄い気になるところで終わってしまうのです。

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