ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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第十一話 天空の支配者

 

 イーグル号の甲板に出ていた全ての、船員は一様に驚きの表情を見せていた。だが、それも無理らしからぬ事だった。なにせ、たった二人の少女により、苦戦していた戦況が一変したのだから。

 

 まず最初に驚かされたのは、忍者の少女アカネ。甲板から放たれる魔法を巧みに躱す竜騎士に対し、彼女の攻撃方法は魔法でもなければ、銃でもないただの投擲武器、鬼妖界《シルターン》では苦無と呼ばれる武器であった。

 縦、横、高さ、縦横無尽に飛び回る竜へ寸分の狂いもなく苦無を投げつける。その様子はまるで、自ら辺りに来てるのではないかと錯覚させるほどの正確さであった。そして、それ以上に驚いたのが、類い稀なる腕力を見せた少女ナツミ。彼女が、腰から剣を抜き構えたと思いきや、空気が震え慄いた。

 そして彼女が、甲板より竜騎士に向け剣を振り下ろした瞬間、突風が彼女の剣から生まれ、真正面にいた何人かの竜騎士を遥か彼方へ、飛ばしてしまったのだ。その威力は少なくともスクエア以上であった。

 

 ロイヤル・ソヴリンの竜騎士達はナツミとアカネの異常っぷりに怯えたのか、あとは遠巻きにこちらを牽制しているだけに徹していた。そのまま戦況は膠着するかと皆が思ったとき、突然隣の雲間から巨大なワイバーンが現れたのだ。ワイバーンは空気が激震するほどの咆哮を一つすると、ナツミを背に乗せ竜騎士達へ文字通りその牙を剥いたのだ。

 

「あ、あれはなんだ……?」

「す、すごい……」

 

甲板の皆は圧倒的に不利な状況を掌を反す様にひっくり返すナツミに驚きを隠せないでいた。

 

「お~ワイバーンか~!」

 

 やることが無くなったアカネは、船の縁に腰を乗せ、ナツミの奮闘を観戦し始める。

 

「アカネ君だったか?あれはなんだね?」

「ああ、わたしたちもぜひ知りたいな」

 

 ワルドは事情を知ってそうなアカネへ巨大なワイバーンの素性を尋ね、ウェールズもそれに便乗する。

 

「あれですか?あれはナツミの召か……じゃなくてペットみたいなもんです。多分のナツミの匂いをたどってきたのかなぁ?」

「あれがペット?」

「はっははは!いい意味でナツミ君は期待を裏切ってくれるな!」

 

 とっさに嘘をついて誤魔化すアカネ。あまりの非常識っぷりにその嘘を見抜けないほど頭の回転が鈍っているのか。ワルドは頭を抱え、もはや笑うしかないのかウェールズは腹を押さえて笑っていた。

 

 

 

 船上でそんな会話がされていることを知る由もないナツミは、ワイバーンを自由自在に駆り、竜騎士達を次から次へと戦闘不能に追いやっていた。率先して殺しはしないが、なんとか飛べる程度に竜を痛めつけ、その数を減らしていく。

 しかし、敵もなかなかやるもので、目的である時間稼ぎをなんとか成功させようと、各個撃破されるのを承知で周囲の空域に散開し、イーグル号を攻撃しようとする。ナツミも敵の意図を読めてはいたが、イーグル号を攻撃させまいと個別に撃破していく。

 

 そして、竜騎士の目的はその部隊のほぼ壊滅と引き換えに成功した。

 

 レキシントンがついにその大砲の射程圏内にイーグル号を捉えたのだ。レキシントンの大砲は両側百八門。その内、片側五十四門はイーグル号を破壊せんとその狙いを定める。

 

 

 その様子を見て、ウェールズが歯噛みしながら言葉を漏らす。

 

「不味いな……」

「どうしたんですか?竜騎士達はナツミがほとんど倒しましたよ」

「そうじゃない。もうこの船はレキシントンの射程に入ってるんだよ」

 

 ルイズの問いに、苦々しくウェールズは答える。

 

「この船から砲撃はできないのですか?」

 

 ルイズが視線を飛ばす先には、イーグル号の武装である大砲があった。

 

「砲撃自体は可能だが、こちらが片側二十門に対し、向こうは五十四門…。しかも射程も向こうのほうが広い……。いくらあのワイバーンが強くても、一斉に放たれる五十四もの大砲を止められるとは思えない」

 

 言うが早いか、爆音がレキシントン号から鳴り響き、数多の砲弾がイーグル号へ殺到する。

 

「きゃああああああ!」

「くっ」

 

 ルイズ、ウェールズがそれぞれ最悪の結末を予想して、声を漏らし、悲鳴をあげる。

 

………

 

……

 

 覚悟を決めて、目を瞑っているが決定的なその瞬間はいつまでたっても、やってこない。

不審に思いルイズが目を開けると、先程と変わらぬ景色が広がっている。想像しなかった光景に軽い混乱状態にあるルイズが周りの様子を見ると、ワルドが自分の隣で口を大きく開けぽかんとしていた。

 

「ワルド。ぼけっとしてどうしたの?なにがあったか見てたの?」

「…………」

「ワルドってば!」

「……っ!ああルイズか」

「ルイズかじゃないわよ!一体どうしたの?」

「実は……」

 

 そう切り出すと、ワルドは自分が見た信じがたい光景を、ルイズに聞かせた。ルイズが目を瞑る、ほんの少し前、イーグル号を庇うようにしてワイバーンを飛ばせていたナツミがまず、迫りくる砲弾の脅威に晒されていた。

 ルイズ達はこの後すぐに目を瞑ってしまったがワルドは見ていた。サモナイトソードと彼女が呼んでいた剣を両手に構えたナツミの姿を、先程のワイバーンの騎乗能力とワイバーン自体の身体能力を駆使すれば、容易く避けられるであろう砲弾の群れを敢えて迎え撃とうとする戦士の姿を。

 その姿を逃さんと瞬きも惜しんで、注視していると、砲弾が彼女の目の前で迫っていた。それに怯える様子を見せず彼女が両手に構えた剣を、横一線に振りぬいた。

 

 

 その瞬間、剣から蒼く眩い光が放たれた。蒼い光は、唯一つの砲弾も逃すことなく飲み込み、イーグル号を守り抜いた。

 

 

「というわけだ」

「ははは、豪快ねナツミらしいわぁ」

「まったく。彼女には驚かされるばかりだね」

 

 ワルドの説明に、二人は度重なる想像もしてなかった事態の連続にもう反応らしい反応ができないでいた。だが、そんなことをしている間に、レキシントン号は次弾の装填終えたのか、再び大砲が火を吹いた。

 しかし、その砲弾たちも先達たちと同じ運命を辿り、一発たりとも目的を果たすことが出来ない。

 

「あ、あれがさっきの光かすごい……。力強い光だ……一体あれは?」

「……ナツミ。しょうがないとはいえ、派手に力を使いすぎじゃないの…バレても知らないわよ…」

「どうしたルイズ?」

「ワ、ワルド!?な、なんでもないわ!」

 

 ナツミの力があまりも馬鹿げているせいか、甲板は先ほどまでの悲壮感に塗れた空気がどこかにぶっ飛んでいた。そして、その現況たる少女がイーグル号に巨大ワイバーンに乗ったまま近づいて来た。

 

「ルイズー!?大丈夫だった!?」

 

 距離がいくらか離れている為か大声を出し、ルイズの安否を聞いてくる。

 それに返すルイズもまた大声を出した。

 

「こっちは大丈夫よ!」

「良かった――!!でこれからどうすんの?」

「……えっ、えっと?」

「ルイズ君ちょっといいかね?」

「は、はい」

「ナツミ君!!聞こえるかい!?」

「はい!って王子様?どうしたんですか?」

 

 二人の会話に入ってきたのはウェールズ。そして、王子が急に、会話に入って来たにも関わらず、特に気にしないナツミ。流石楽観的。

 

「いいかいナツミ君。現状では我らが進路にあの戦艦がいるため、これ以上進むにはあの戦艦を撤退させるか、もしくは落とす必要がある。そしてこちらの大砲は射程圏外。だが幸いにもあちらの大砲も君の力で防いでいる」

 

 そこでいったんウェールズは話を切ると、ナツミが理解したかどうか確かめる。ナツミが力強く頷くのを確認すると再び口を開いた。

 

「敵の攻撃を封じてもらった上に、このような恥知らずな事を聞くのは気が引けるが……」

「……なんでしょう」

「あの艦を攻撃し、撤退もしくは、落とすことは君に可能か?」

 

 空気がしんと静まり返る。

 それを破るは。

 

 

 もちろんナツミの声であった。

 

「できます!」

「すまないな、女の子一人に頼るとは……」

「そんなに落ち込まないで下さい。ルイズを主を守るのが使い魔の務めです!」

 

 そう言うと、ワイバーンを翻らせ、レキシントンを一息に飛んでいく。

 

 

 

「でっかいわね~。あの船」

「galll!」

 

 主の独り言に律儀に答えるワイバーン。怖そうな外見とは裏腹に以外に主思いなのかもしれない。ナツミとワイバーンが現在陣取る位置は、先程大砲を防いだ位置と大差ない位置であった。これ以上、レキシントンと近ければ、イーグル号を守れないし、逆に距離を取ってしまえば攻撃の精度が下がるからだ。

 

「さぁ、ちゃっちゃっと追い払っちゃいますか!」

 

 

 

 レキシントンの艦長は、現在目の前で繰り広げられた事態の飲み込めずに、呆然と立っていた。部下もそれを咎めることもできずに、艦長同様に呆然としている。

 この艦の性能と、向こうの艦の性能差を考えれば、簡単としか言うことできない難度で王党派のナンバー二を殺すも生かすも自由という多大なる戦果をあげられるはずだった。

 

 だが、そのレキシントンの船員が抱く確定されていたはずの予想はあっさりと砕かれた。

 巨大なワイバーンがたった一頭でハルケギニア最強の誉れを受ける竜騎士達を蹂躙したのだ。

 それだけではない。

 本来は王子を捉えることを主眼に置いて、作戦を立てていたが、あのワイバーンの戦闘力を見るにそれは不可能と即座に判断し、ワイバーンごと船を沈めんと、レキシントンが誇る五十四の大砲を一斉に打ち込だ。

 だが、それさえもワイバーンから放たれた正体不明の蒼い光で防がれ、なにかの見間違いと不安を打ち消さんと放たれた次弾も、あっさりと防がれた。

 

「……あ、ああ、ま、まさか……せ、先住魔法?」

「先住魔法?馬鹿を言うな!ただのワイバーンが使えるわけがないだろう!!」

「どこを見てやがる!?大きさ、火炎ブレス!形だけだろ!ワイバーンと言えるのは!」

「……もしかして、伝説の韻竜?」

 

 船内は今、混乱と不安が入り乱れ、怒鳴り声が辺りを飛び回っていた。まるでそうでもしなければ、不安が一気に溢れ最悪の結末を呼び寄せてしまうと追い詰められているかの様に。

 

「皆!静かにしろ!相手はデカイだけのワイバーンだ!弾が無くなるまで大砲を打ち込み続けろ!その後の事はそれから考えろ!!」

 

 ………。

 艦長の鐘を叩いた様な大声は瞬く間に、艦橋に鳴り響き、艦橋に静けさが戻る。

 

「返事は!」

「はい!」

「よし、では……っ!?」

 

 艦長は再び、皆に指示を出そうとするが、その声は、突然船が揺さぶられることで最後まで言うことは出来なかった。

 

 

 

 ナツミが俯瞰するレキシントンは現在その背に巨大な岩を背負い、その重量に耐え切れず、バランスを崩し傾いていた。その強大な岩の正体はナツミが放った召喚術。無属性、名も無き世界に属する召喚術―ガイアマテリアル―、威力は上級の範囲召喚術、同じく岩を召喚するロックマテリアルの十倍近い大岩を対象の真上に召喚しぶつける召喚術である。

 

 大型の戦艦レキシントンに大きなダメージを与えられる。遠距離からでも攻撃可能。そして、ハルケギニアで使用してもそれほど違和感が無い。

 以上の条件を満たす中で、最も威力が高いもの、それがナツミが今回使用したガイアマテリアルであった。その大きさはフーケのゴーレムと比べてもなんら遜色がない大きさの岩石であった。

 レキシントンに突き刺さった岩は、刺さり方のバランスが悪かったのか、レキシントンからゆっくりと抜け、遥か真下へと落下していった。

 

「さぁどうする。このまま続けるなら、撤退するまで何度でも喰らわせるわよ!」

 

 言うが早いか、サモナイトソードを持たぬ左手を空へあげ、魔力を込め、召喚術を紡ぐ。

今度、放たれたのはガイアマテリアルよりは威力が劣るロックマテリアル。いつでも攻撃できるぞという意味と撤退してくれと言う意味も込めて放たれたそれは、再びレキシントンの真上に現れ、墜落するように突き刺さる。

 

「……これでどう?」

 

 ナツミが睨む中、レキシントンは攻撃を辞め進路を変えた。レキシントンはその所々から煙をあげながらも、しっかりした動きでこちらに背を向けて、遠ざかって行った。

 

 

 

 


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